今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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11話 太陽はまた登る

あれから花丸ちゃんと図書館で会うことはなくなった。寂しい気持ちもするけれど、お互い目標に向かって頑張っていると思うと嬉しかった。花丸ちゃんの姿は見えなくてもどこかで繋がっている気がした。さて、季節も秋へと移り変わりやっとあの鬱陶しい暑さも治まってきた。上着を着ることも増えた。過ごしやすい気候になったのだが、一つ大きな問題があった。

 

 成績が伸びないのだ。ゲームでもレベルが低いうちはどんどんレベルが上がるものだ。しかしある程度レベルが上がると、レベルを上げるのが難しくなる。今はそんな時期だ。うーん、どうも今日は勉強に集中できん。今日はこの辺で切り上げて気分転換にでも行こう。

 

 ちょうど運動しやすい気温だったので自転車にまたがり、例のカフェへ向かった。西浦にある海辺のカフェだ。時間をかけて海沿いの道をひたすら行く。海風が肌寒いが、いい気分だった。毎日図書館に困っていたので、体を動かすと日々のストレスが発散される気がする。例のカフェに到着するとみかんスムージーを注文しテラス席に座る。海を眺めながらスムージーを飲む。贅沢。

 

「あれ、早人くんじゃん」

 

 向こうから見知った少女、松浦果南が走ってきた。

 

「今日も自主練?」

 

「うん」

 

 俺は「ちょっと待ってて」と果南に言うとスムージーをもう一つ購入し彼女に手渡した。

 

「俺の奢り」

 

「えっいいの?」

 

「うん。この前のお礼」

 

「この前ってー」

 

 果南は心当たりがないと言った風に首を傾げる。

 

「この前、ここで会った時、言ってくれただろ。目の前のことをやるだけだった。それで勉強やろうって気になったんだ」

 

「えー全然いいのに。勉強頑張ってるのは早人くんでしょ」

 

「それでもきっかけくれたのは果南だから」

 

「それじゃあお言葉に甘えて。いただきます」

 

 果南は美味しそうにスムージーを飲む。

 

「それで、やりたいことは見つかったの?」

 

 オープンキャンパスに行く日。果南から言われた言葉を思います。

 

 ー見つかるといいね。やりたいことー

 

「うん。ぼんやりとだけど。東京の秋葉大に行きたいって思った。人もいっぱいいて授業も面白そうだし。サークルもたくさんあってさ。だからそんなすごいところに行けたら楽しそうだなって思った」

 

「そっか。私もダイビング始めた時はただ面白そうって気持ちだけだった。だから初めは漠然としてていいんじゃないかな。きっとその先にやりたいことが見つかるよ」

 

「ありがとう。できることをやってみるよ」

 

 果南はストイックだ。練習のない時もこうやって自主練としてランニングをしている。彼女はやりたくてやってるみたいだから、ストイックだとかそんな自覚はないのかもしれないけれど。本当にカッコいい人だよ。

 

「勉強のやる気は出たんだけどさ、今ちょっとスランプで。成績が伸びないんだよね」

 

「そうなんだ。大変な時期だね」

 

 果南はそう言ってしばらく海を見つめる。安易な慰めの言葉をかけないあたり、果南にも似たような経験があるのだろうか。

 

「果南はそういう経験ある?」

 

「私は、まああるっちゃあるかな。私が1年生の時、色々あってAqoursが途中で解散になっちゃって」

 

「Aqoursができたのが今年からでしょ?」

 

「あれ、言ってなかったっけ。ダイヤと鞠莉の3人で1年生の時にちょっとだけやってたんだよ」

 

 そう言うと果南は経緯について教えてくれた。3人で東京のイベントに行ったこと、そこで歌えなかったこと、気持ちがすれ違ったことで活動を中止してしまったこと。そして今年になって千歌たちと合流してスクールアイドルを再開したこと。

 

「そうだったんだ。知らなかった」

 

「本当に千歌たちには感謝してるし、年下だけどすごく頼りになる。東京のイベントで票が入らなかった時も立ち直って今があるし」

 

 票が入らなかった? ラブライブはファン投票もあるそうだが、そんな票が入らなかったなんてことあったか?

 

「ちょっと待ってくれ。票ってなんのことだ?」

 

「え、もしかしてそれも聞いてなかったの?」

 

 果南が驚いて呆れたように笑う。そういえば俺、Aqoursの曲はよく聴いていたしライブ映像も何度も見たつもりなのに彼女たちがどのような経験をしていたのかなんて全く聴いたことなかった。なんとなく頑張ってるなってことしかわかってなかった。

 

「千歌たちね、東京のイベントで頑張って歌ったんだよ。それは私たちにできなかったこと。でもそのイベントではお客さんの投票が行われて、Aqoursの得票は0だったの」

 

 0

 

 その数字を目の当たりにした彼女たちは、どんな気持ちだっただろうか。俺にも似たような経験がある。一生懸命勉強したテストで全く問題に歯が立たず、解答用紙が帰ってきたことがある。あんなに頑張って自信を持って挑んだテストなのに。何もわからなかった。そんな自分の無力さをまじまじと見せつけられたような気分だ。

 

 お前は大したことはない。小さい存在だ。

 

 そう言われてしまった気がしたんだ。

 

「千歌たち相当悔しがってたって。でもね、それが今の彼女たちの、ううん私たちの強さなんだと思うよ。悔しい思いをした人は強い。だって悔しいって全力で挑まないと感じないよ」

 

「悔しさ、か」

 

 果南は海に沈む太陽を指差す。その夕焼けに照らされた表情は凛々しく美しかった。

 

「見て。太陽は沈むけど明日にはまた昇るんだよ」

 

 俺はその沈みゆく太陽を節目に見た。その輝きは計り知れなく、直視することができない。太陽は輝き、そして人々を照らす。一度沈んでもまた再び登る。

 

「私たちがライブの前にする掛け声知ってる?」

 

「それは聴いたことあるよ。確かー Aqours、サンシャインだっけ」

 

「そう。0から1へ。だから早人くんも大丈夫」

 

 果南は右でをL字を作ると、にこりと笑った。その笑みは太陽に照らされてまさに輝いて見えた。

 

 果南と少し雑談をしてから別れる。いい感じにリフレッシュすることができた。秋は日が沈むのが早い。急いで家へ向かうとエレベーターを待つ善子に出会った。

 

「善子、今帰りか」

 

「ええ。花丸とルビィとご飯食べてたの。早人は?」

 

「俺はちょっと勉強に行き詰まってさ。海の方までサイクリングしてた」

 

「...そう」

 

 エレベーターがやってきて乗り込む。部屋のある階のボタン押し上昇する。

 

「堕天っ」

 

「エレベーターでは静かにしろ」

 

「むぅ」

 

 こんなに楽しそうにふざけている善子も裏では困難に直面してそれを乗り越えていたんだな。そんな裏の努力も知らずに、自分とは違う特別な存在だと彼女たちを勝手に持ち上げて自分はダメだと思っていた。でも本当は一緒なんだ。俺も善子も。初めは小さな一歩でもそれが重なれば大きな進歩となって、時には困難にぶち当たって、それを乗り越える。だから初めから劣等感なんて感じる必要はなかったのかもしれない。

 

「勉強、大変なの?」

 

 エレベーターから降り部屋に入る手前、そう善子に問われた。そうか。自分のことを応援してくれている人がいるんだよな。嬉しいけど心配をかけっぱなしでは悪いな。

 

「ありがとう。でもなんとかするよ」

 

「辛かったら言いなさいよね」

 

「うん、ありがとう」

 

 その時の善子の表情は堕天使ではなく天使のようだった。

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