今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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12話 行ってきます!

「川田、最近頑張ってるな」

 

 放課後。わからないところを先生に質問に行くとそう言われた。

 

「まあそれなりにですけど」

 

「お前が初めて質問に来た時は嬉しかったよ。ついにやる気になったかって」

 

「ちょっとスタートは出遅れましたけどね」

 

「その分今から取り戻せ。この調子ならきっと大丈夫だから」

 

 先生はそう言うと頑張れよと俺の肩を叩いて教室を出ていった。先生の言葉は深く俺の心に残った。

 

 一時はスランプに陥ったものの、わからない部分はしっかり先生に質問しに行くようにした。疑問が増えれば増えるほど不安な気持ちも増えたが、その分その疑問が解消されると一気に理解が深まった。大丈夫。初めからできる人なんていない。壁に当たってもそれは挑戦している証拠だと、そう自分に言い聞かせた。すると解ける問題も次第に増えていった。問題集も以前よりできるようになり自身の成長を実感した。善子から決勝進出が決まったと嬉しい報告もあった。勉強の関係で大会を見に行くことはできなかったものの、きちんとその勇姿は動画で見た。驚いたぜ。なんでって千歌がバク転したんだからな。もちろん千歌だけじゃない。9人の姿に俺は背中を押された。彼女たちを見てますます勉強のやる気が上がった。

 

 

 

 ある日の夕飯時。家族揃って食卓を囲っていると母親が真剣な表情で衝撃的な発言をした。

 

 

「そういえば浦女なくなっちゃうんだってね」

 

「え?」

 

 そんなことを初めて聞いた。浦の星がなくなる? 聞いたことがない。そんな。だってAqoursは確かー

 

 ラブライブの公式ホームページを開く。確かに決勝進出グループの欄にAqoursの名前があった。前回は突破できなかった地区大会決勝を彼女たちは突破したのだ。なのになぜ。急いで善子に電話しようと携帯を取る。電話帳で彼女の名前を見つけると発信ボタンを押す手前で指が止まった。

 

 なんで、そんな大事なことを教えてくれなかったんだろう。彼女は何かある度に俺に報告してくれた。大会のことも新曲のことも。でも今回は彼女は何も言わなかった。そういえば果南から、東京のイベントで結果が振るわなかった話をされた。そのことも俺は善子から聞いていない。

 

 

 

 俺は携帯を閉じた。代わりに問題集を開く。善子のことだ。報告しなかったのは俺に心配をかけないためだろう。これだから俺の幼馴染は。それでも彼女たちは決勝に出場するだろう。話さなくてもわかる。千歌たちがどのようにしてこの廃校と向き合って受け入れたのか。それはわからない。でもきっと彼女たちなら。あの時の果南の言葉を思い出す。

 

『見て。太陽は沈むけど明日にはまた昇るんだよ』

 

 きっと大丈夫だろう。あいつらなら。

 

 

 

 

 ...やっぱり一言くらい何か言おう。余計なお世話かもしれないど。実はめっちゃ落ち込んでるかもしれないし。再び携帯を取り出し発信ボタンを押す。数回のコールで繋がった。

 

「もしもし、俺だけど」

 

『誰かしら名を名乗りなさい』

 

「早人だよ」

 

「...? 悪いわね。この名詠門(チャネル)は仮初の名は通すことができないのよ。真名を言ってくれるかしら?』

 

「すまん人違いだ」

 

 やっぱ電話しなきゃ良かった。電話を切ろうとすると受話器の向こうから騒がしい声がした。

 

『早人ね!』

 

「ったく、わかってるじゃねえかよ」

 

『たった今検索(サーチ)したのよ。それでなんの用かしら?』

 

「まあその、最近どうなんだ?」

 

 廃校になる、そのことは言えなかった。

 

『部活のこと? なら問題ないわ。順調よ」

 

「そうか」

 

 順調だと言われてしまったらこれ以上に言うこともなくなってしまう。梨子のことも今聞ける感じじゃないな。

 

「お互い忙しいけどまたゲームしような」

 

 俺が今言えることはそれだけだった。

 

『次こそはボコボコにしてやるわ!』

 

「楽しみにしてるよ」

 

『うん』

 

 声だけでは全てはわからないけれど、少なくとも今の善子はきっと大丈夫だと感じた。

 

「んじゃ。またな」

 

『ええ。それじゃあね』

 

 電話を切る直前、受話器の向こうで小さく「ありがとね」と聞こえた。何か返そうと思った時には、もうすでに電話は切れていた。

 

 

 

 暦は12月。だいぶ寒さも本格的になった。暖房を付けると暖かい分眠くなるんだよなあ...コーヒーを飲み眠気を戦いながら問題集を解く。過去問も買い揃え手にかかった。時間を測り取り組む。解けない問題や間違った問題があれ解説を読み、理解できるまで復習した。以前までならきっとここで投げ出していただろう。でも今はもう少し頑張ろうとそう思えたのだ。

 

 クリスマスも変わらず勉強を続け、大晦日も過ぎあっという間に年を越した。元旦に善子と近所の神社へ初詣に行くのが恒例となっていた。

 

「あけおめ!!」

 

 部屋を出るともすでに善子は来ており、なんだかすごく楽しそうな様子だ。さてはお年玉たくさんもらったな。

 

「おめでと。今年もよろしくな」

 

「こちらこそよろしくね」

 

 エレベーターを降り2人で神社へ向かう。そこまで有名な神社ではないもののそれなりに人は集まっている。参拝客は列をなしていた。

 

「何お願いするか決めた?」

 

「ああ。善子は?」

 

「もう既に望みは決まっているわ」

 

 俺たちの番がやってきた。せっかく新年だ。財布から銀色に輝く100円玉を取り出すと賽銭箱へ投げ込む。確か2回礼と拍手をして最後に一礼だったよな。普通の受験生なら合格できますようにとかそんなことを願うのだろう。だが。きっと俺なら大丈夫だろう。神様に頼らなくたってここまで頑張ってきたんだ。勝手にAqoursのことを祈るのも、なんだか失礼な気がした。

 

 善子の運が上がりますように

 

 そう心の中で祈った。

 

 多くの参拝客に飲み込まれそうになりながら神社を出た。

 

「何お願いしたの?」

 

 善子に聞かれる。

 

「秘密」

 

 もちろん、答えるのも恥ずかしいため黙っておく。

 

「善子は?」

 

 わかっているが一応聞くのが作法だろう。帰ってきたのは予想通りの言葉だった。

 

「ふふっ秘密よ」

 

 そう言う彼女は楽しそうに笑っていた。新年早々堕天使様の笑顔が見れて良かったぜ。

 

 

 それからは親戚の家をまわったり改めて家族で初詣に行ったりとイベントも多少あったが、それ以外の時間は勉強に費やした。受験期間が早く終わってほしいと思っていたのにも関わらずこの時期になるともうちょっと時間がほしいと思うようになる。だが過ぎ去った時間は戻ってこない。少ない時間でもできることをやるんだ。

 

 

 それからあっという間に日々は流れていき、2月の某日。ついに受験前日となった。キャリーケースに着替えなど荷物を詰め込む。

 

「受験票持った?」

 

 母さんが最後の確認をする。

 

「うん。ちゃんと鞄に入れたよ」

 

 沼津駅前。受験会場へ向かう俺を見届けるために父と母が見送りにきている。ありがたいね。

 

「しっかりな」

 

 父さんが俺の肩をポンと叩く。

 

「うん」

 

 

 父さんと母さんと話していると遠くの方から見慣れた堕天使が走ってくるのが見えた。練習があるだろうから来なくていいって言ったのによ。よく見るとその隣にもう1人、人がいる。あれはー

 

「私たちはお邪魔みたいね」

 

「そうだな」

 

 それを見た両親はニヤニヤしながら駅を離れる。おいっ息子の大勝負への見送りをこんなあっさり終えるのかよ! でもこうやって交通費から受験料まで払ってくれた両親には感謝しないとな。

 

「行ってきます!」

 

 俺がそう叫ぶと両親はチラリと俺を見て手を振って歩き出した。ありがとう父さん、母さん。

 

「間に合ったわね」

 

 両親と別れたところで堕天使様がやってくる。とその隣いたのはー 梨子だった。

 

「来なくていいって言ったのに」

 

「リトルデーモンの大事な決戦の日に応援に来ないマスターがどこにいるのかしら」

 

「誰がリトルデーモンだ。でもありがとな。嬉しいよ。梨子も来てくれてありがとう」

 

「こちらこそ急にごめんね」

 

 梨子は恥ずかしそうに顔を下げる。それを見た善子が何やら梨子の耳元で囁いた。それを聞いて梨子はゆっくりと前に出る。

 

「頑張る早人くんを応援したくて」

 

「もう十分応援されてるよ。Aqoursの曲にも梨子のピアノにも力もらってる」

 

「あれ、早人くんの前でピアノ弾いたことあったっけ?」

 

「ああ。上野のコンクール実は行ってたんだ。すごくよかったよ」

 

 梨子は嬉しさと恥ずかしさを両方合わせたような表情で驚いた。

 

「だからね、俺はもう大丈夫。十分応援されてる」

 

「さすが早人。そういうことね」

 

 善子は何やら満足そうに笑みを浮かべると拳を突き出した。俺も拳を作り拳と拳を突き合わせる。なんだこれ。一応梨子ともやっとくか。梨子の方を向き拳を差し出す。梨子はちょっと恥ずかしそうに小さくちょこっと拳を突き出した。しっかりと拳を合わせる。その拳からほんのり熱を感じたような気がした。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

「あ、これ良かったら」

 

 そう言って梨子から小さい包装された箱を受け取る。

 

「私と善子ちゃんで選んだの。明日開けてね」

 

「わかった。ありがとう」

 

 俺はそう告げるとキャリーケースを引いて改札を抜ける。

 

「頑張ってね!」

 

 梨子が声を上げて声援を送ってくれる。

 

「ラグナロクに勝ちなさい!」

 

 それじゃ世界終わるだろ。そんな善子の言葉も今ではすごく頼もしかった。正直、緊張はしてた。遠く離れた東京で1人試験を受けるんだ。そんな中でこの堕天使のいつものくだらないやりとりは俺を笑わせるのに十分だった。

 

 俺は右手を軽く上げて手を振るとホームへ向かった。行ってくるぞ、東京。

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