Aqoursの練習を見学してから数日。ついに第一志望、秋葉大学の合格発表の日となった。これで受かれば東京行きが確定する。ちなみにラブライブの決勝は明日、秋葉で行われる。Aqoursは前日から東京に行くとのことで今日沼津を立つそうだ。俺はこの後Aqoursを見送りに行くことになっている。もしも合格していれば、良い報告をして彼女たちを送り出すことができる。しかし不合格だったら... 嫌な考えが頭をよぎる。合格発表は09:00ちょうど。現在は08:50だ。合格発表まであと10分。部屋の中でじっと待機する。両親は気を効かせてか俺に部屋には入ってこない。時計の針をじーっと見つめる。刻一刻と時間が進む。ゲームしてる時の10分は一瞬なのに今は時が経つのがすごく遅く感じられた。動画サイトを開いて適当な動画を再生する。全く内容が頭に入ってこない。携帯を閉じるとベッドに倒れ込んだ。これまでのことが頭を駆け巡る。初めは全く勉強のやる気など起きなかった。でも果南の一言がきっかけで少しづつ勉強を始めた。善子たちAqoursの姿に随分と励まされた。図書館にも行って花丸と会っておすすめの本も教わった。そのおかげで国語の文章を読むことも少しは得意になった気がする。もちろん勉強だけじゃない。善子が実は梨子が好きだったとわかって、でも梨子は俺のことを。結局梨子との関係は友達と呼べるのかもよくわからない状態になってしまっていた。
「ほんと、色々あったな」
天井を見上げ物思いに耽っていると時計の針が9時をまわった。
動悸が激しい。心臓の音が聞こえる。この小さい画面に俺の人生が表示されるのかと思うと恐ろしい。ゆっくりと文字を間違えないように打ち込み、大学のホームページへとアクセスする。アクセスが集中しているのかなかなかページが表示されない。焦ったいな、と足踏みをしていると画面が更新された。受験番号や生年月日を打ち込むと『結果を表示する』というボタンが表示された。受験本番より緊張している。ゆっくりと深呼吸をする。大丈夫だ。落ちたって人生は変わらない。祈るようにスマホの画面を押した。
画面が一瞬白くなる。その一瞬はとても長く感じた。その後画面には俺の待ち望んでいた2文字が表示された。俺はずっとこの2文字を見るためにやってきたんだ。俺は合格と画面に表示された携帯を握り締めると急足で居間にいる両親の元へ向かった。
「大学、受かったよ!」
勢いよく居間のドアを開けると不安そうな顔をしていた両親がぱーっと明るくなった。
「受かったか! おめでとう!」
「良かったぁ。頑張ってたもんね。おめでとう」
父と母は喜びとともに祝福してくれた。我が家の居間は歓喜にあふれた。合格できたことも嬉しいし、何よりこうやって喜んでくれる人がすぐそばにいることが嬉しかった。
「ありがとう。お父さんとお母さんのおかげだよ」
俺はそう言って両親と共に喜びを分かち合った。今夜はお祝いに飯でも行こうと両親が張り切った。
「善子ちゃんには報告したの?」
「これから行こうと思うよ」
「早く行ってきなさい。大事な幼なじみだろ」
父はそう言って俺の背中を叩いた。この後善子はAqoursのみんなと東京に向かうため沼津駅に来ることになっている。俺は荷物も持たずに家を出た。
溢れる気持ちを抑え駅へ向かって駆け抜ける。途中何度も人とぶつかりそうになりその度に謝る。早く1秒でも早くこの結果を彼女に、彼女たちに伝えたかった。それだけだった。息を切らしながら走る。途中で信号が赤になると焦ったい気持ちでいっぱいだった。1秒でも止まっているのが焦ったかった。駅前の地下道を抜け沼津駅へ到着する。改札の前にはすでに彼女たちの姿を見つけることができた。
「あ、早人君ずら」
「おはよう」
花丸が俺に気付き俺は挨拶をする。他にも浦の星の生徒たちが集まっておりAqoursのお見送りをしていた。俺は邪魔しちゃ悪いと思い少し離れたところでその会話を見ていた。今すぐに合格の話をしたいものの、同じ学校の生徒同士で話しているところを邪魔するわけにはいかない。しばらくして、会話が一旦落ち着いた。俺はすかさず善子の元に近づいた。ちょうど善子と梨子は何やら話をしていた。
「俺受かったよ。東京の大学」
そう言った直後、善子と梨子は一瞬固まってそれから表情が明るくなった。この二人、似たような反応するんだな。ちょっと面白いなって思った。電話じゃなくて直接伝えたかった。さすがに決勝に行く今言うべきかとも思ったけど、やっぱり今だから言いたかった。俺、やったよって言いたかった。
「よかった。受かったのね。おめでとう!」
「早人君、本当におめでとう」
二人はそう言って思いきり自分のことのように喜んでくれた。いつも感情を素直に出す善子は本当に喜んでくれているんだとわかった。梨子も善子に比べたら大きく感情を出す子はないけれど、それでもその表情と言葉からは祝福してくれているのがわかった。
「ありがとう。二人が応援してくれたからだよ」
「何言ってんのよ。あんたが頑張ったからでしょ。胸張りなさい」
「うん、善子ちゃんの言うとうりだよ。でも私たちが少しでもその応援ができてたなら嬉しいな」
善子は俺の胸を軽くとんと叩いた。梨子はそれを見て握り拳を作ると俺と自分の拳を交互に見てからそっとその手を下ろした。流石に今のは俺も恥ずかしいからやめてくれて助かった。俺たちのやりとりを見て他のAqoursのメンバーたちも俺の話を聞きつけて祝福してくれた。
「おめでとう。行きたい大学に行けてよかったよ」
「おめでとう! ダイヤと同じ大学ね!l
「おめでとうございます。私とは同じ大学ですね。よろしくお願いたします」
果南、鞠莉、ダイヤが俺の元にやってくる。
「ありがとう。そうだな、同じ大学だね」
ダイヤはペコリと頭を下げる。俺もつられて頭を下げた。その様子を見てた鞠莉は楽しそうに何やら笑っていた。
「早人、ダイヤの事よろしくね。この子東京で迷っちゃうかもしれないし」
「ま、迷いませんわ! ですが、知っている方がいて安心です」
ダイヤと同じ大学なんだよな。困ったときはお互いに助け合おう。後で連絡先聞いてもいいかな。
「あの、早人君。合格おめでとうございます。東京なんてすごいずら」
「合格、おめでとうございます! お姉ちゃんと同じ学校ですね。」
3年生と話したのち、花丸ちゃんとルビィちゃんがやって来てくれた。
「ありがとう。花丸ちゃん、ルビィちゃん」
花丸は先ほどから何かを遠慮していたようだがルビィが花丸の背中を押す。花丸が一歩前に出て俺との距離が近くなる。ん、これは二人で話せと言うことか。
「花丸ちゃんがお勧めの本教えてくれたからお陰で国語少し得意になったよ」
「そ、そんな。早人君が頑張ったからですよ」
花丸は遠慮がちに下を向き全力で手を横にふった。彼女のおかげで読書に親しみを持って国語への苦手意識が薄れたことは事実だ。
「花丸ちゃんと図書館で会えて楽しかったよ。本当にありがとう」
俺は本心からそう告げた。図書館で勉強するのも彼女のおかげで随分と楽しみが増えた。勉強の後に一緒に歩いて帰ったり、休み時間に花丸ちゃんのおすすめの本を読んだり。俺のあの勉強生活で間違いなく俺を支えになっていた。
「本当にまるは全然何も...」
花丸ちゃんが遠慮して何も言えなくなっていたとき、近くにいたルビィちゃんが花丸ちゃんの方を見た。花丸ちゃんはルビィちゃんと目を合わせて何かを確認すると俺に向き直った。
「私も楽しかったです。早人君に言ってもらった言葉忘れません」
そう言って花丸ちゃんは少しだけぎこちなく笑ってくれた。俺はそれが嬉しくてつられて笑みが溢れた。俺が言ったことが少しでも彼女の支えになれたなら俺はそれで満足だ。それからルビィちゃんと花丸ちゃんの二人は浦の星の子と話す為、その場を離れた。次にやってきたのは千歌と曜だ。
「早人君、合格おめでとう!」
「おめでとう。さすがだね」
「千歌、曜、ありがとう」
二人はAqoursの最初期のメンバーだ。千歌が発起人となってスクールアイドルを初めて、曜がそれに続いて。そしてメンバーがどんどん増えていって今の9人になった。
「ついに決勝だな」
「うん。こんなに応援に来てくれてる人いるし」
千歌は辺りを見渡す。そこには浦の星の生徒に加えて保護者たちや沼津の人たち、他校の生徒、様々な人たちが集まっていた。
「千歌ちゃんとここまでこれて嬉しいな」
曜は全く照れることもなく屈託のない笑顔で笑顔を見せた。この二人がどんな関係だったのか。俺は知らない。でも小さい頃からずっと一緒だった人がどれだけ大切かってことは俺にはわかる。
「千歌、曜。二人とも善子のことをAqoursに入れてれてありがとう」
俺はそう言って頭を下げた。ずっと言いたかったこと。善子がヨハネでいられて、学校に楽しく通えるようになった。それが何よりも嬉しかった。善子の居場所を作ってくれた二人には感謝しても仕切れない。
「ちょっ頭あげて。ううんお礼言うのは私の方だよ。善子ちゃんがAqoursに入ってくれて嬉しかったなあ」
「私もっ。可愛い堕天使衣装も着れたし。お礼言うのは私達の方」
俺は頭を上げて二人に向きな直った。彼女たちは一個下だけどそれでも俺より随分と大人びてカッコよく見えた。
「明日の決勝、観に行くから。楽しみにしてるよ」
「それは善子ちゃんの幼馴染みとして?」
曜が興味深そうに聞く。確かに初めは善子がいるから。そんな理由でAqoursを観ていた。でも今では違う。もちろん善子のことを見たいと言う思いもあるけど。
「もちろんそれもあるけど。でも今はAqoursの1ファンとしての方が強い」
Aqoursの曲、歌詞、ダンス、メンバーの個性。どれも俺にとっては魅力的で素敵なアイドルだった。俺はもう幼馴染みとかそんな贔屓目を抜いて彼女たちのことのパフォーマンスを楽しみにしていた。彼女たちが決勝でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか期待が膨らむ。
「嬉しいこと言ってくれるなあ。期待に応えられるようにしなきゃね、千歌ちゃん」
「うん!」
そろそろ電車の出る時間となった。見送りに来た他の人たちも次々と会話を切り上げている。俺が千歌たちと喋っている間、善子は浦の星の子たちと楽しそうに喋っていた。それを見て心の底からホッとした。これで安心して東京に行ける気がする。千歌もそろそろだねと他のAqoursのメンバーの元へ向かう。曜も千歌の後を続こうとしたが、一度立ち止まって俺のそばへ寄ってきた。どうしたのかと聞こうとする前に曜は俺の耳元に近づくと、小さな声でこう囁いた。
「明日の梨子ちゃん、すっごく可愛いからね。特にサビの前注目しててね」
俺が何か言おうと考えている間に「行ってくるね」と曜は行ってしまった。代わりに善子が俺の元にやってきた。
「緊張してるか?」
「堕天使ヨハネ様にとっては人間の争い如き大したことないわ」
右手を額に当て、そう自信満々に答えるヨハネ様だったがその右手は微かに震えていた。
「緊張するのは頑張ったからだろ」
「んっなによ」
「だって絶対負けるってわかってたら緊張しないだろ」
「...そうだよね」
不安げな彼女に対して俺は右手で拳を作り突き出す。
「明日絶対見に行くから。楽しみにしてる」
善子は俺の拳に合わせて軽くついた。
「うん、楽しみにしてて」
俺たちは顔を見合わせて笑った。身長は俺の方が大きいけど、今の善子はすごく頼もしく見えた。ふと視線を感じてその方向を向くと俺たちを梨子が見ていた。梨子にも最後に何か言わなきゃな。俺は梨子の元に近づくと拳を突き出した。梨子は遠慮がちに小さく拳を作る。梨子が拳を突き合わせるのを待っていたがなかなか彼女は動かないので俺の方から軽くついた。
「サビ前何かあるのか?」
「えっ誰かから聞いたの?」
梨子は顔を赤くして慌てて周囲を見渡す。
「曜から注目してって言われたんだけど」
「曜ちゃん、言わなくていいのに」
そう言う梨子は怒っているのか喜んでいるのかよくわからない。それでもサビ前に何かあることはわかった。
「楽しみにしてるよ」
「...うん、ありがと」
梨子が下を向いて照れているところで千歌が「そろそろ行くよ」と呼びかけた。Aqoursに向かって手を振る。夏祭りで初めて9人が揃った姿を見た。あれから半年ほどしか経っていないけど、彼女たちは見違えるほど頼もしくかっこよく見えた。彼女たちは改札を通って駅の中へ進んで行く。俺は彼女たちが見えなくなるまで手を振った。行ってらっしゃい。
その日の夜は俺のお祝いと言うことで両親はちょっとお高いお寿司を頼んでくれた。お腹いっぱいになるまで寿司を食べた。父も母も本当に良かったと自分のことのように喜んでくれた。こうやって家族で食事をするのも当たり前じゃなくなるのか...
翌日。俺はAqoursの決勝を見に行くため東京に向かっていた。沼津から東京って遠いようで意外と近いんだよな。まあそれでも気軽に行ける距離ではないが。特に金額。携帯の地図を頼りに会場に向かう。秋葉原の街に構える巨大なドームが見えた。こんな大きな場所で大会を開けるなんてスクールアイドルの人気は俺の思っていたよりすごいみたいだ。そしてその人気の中で決勝に進んだAqoursは本当にすごい。一度練習に見学に行った際にダイヤから聞いたのだがμ's以降、スクールアイドルの人気は爆発的に広がりその参加者は(詳しい数字は忘れたが)何倍にもなったらしい。
ドーム会場に入ると、あたり一面に観客が集まっていた。俺と同じ年くらいの人もいれば小さい子や大人もいる。俺は事前に申し込んで当たった席を確認し足下の数字を見ながら向かった。目的の座席付近に着く。確かこのあたりだったはずだ。手元の携帯に表示されている番号を確認し自分の座席に目を向ける。そるとその俺の座席には1人の女性が座っていた。長い黒髪をおろし、サングラスとマスクをつけている。もう一度自分の座席を確認する。やっぱり、この女性が座ってる席が俺の席みたいだ。怪しい(?)格好をした人ちょっと怖いな。俺は恐る恐るその女性を刺激しないように声をかけた。
「あのーすいません、座席間違えてませんか? 多分ここ俺の席だと思うんですけど」
俺の声に驚いたその女性は慌てて携帯を取り出し座席の番号を見た。何度か携帯と座席の間で目を動かしてから急いで隣の座席に映移った。
「失礼しました。間違えてたみたいです」
「いえいえ、大丈夫です」
よかった。変な人だったらどうしようと思ったけど、普通に席を代わってくれた。でもサングラスにマスクって、ちょっと目立つな。俺はその女性のことを見てしまった。すると俺の視線に気づいたのか、その女性が俺の方を向いた。やばい。俺はとっさに入口で貰ったパンフレットに視線を向ける。いや遅いよな絶対見てたのバレた。
「あの、このことは内緒で」
そう言ってその女性はサングラスを少し下ろしてにこりと笑った。一瞬見えたその紅い瞳はまるで宝石のように輝いて見えた。
「はあ」
内緒ってなんだ? さっきの座席を間違えたことか。そんなこと誰かに言うつもりもない。俺はこれ以上関わりたくなくて再びパンフレットへ目線を移す。
「本当にお願いします」
俺の返事が信用できなかったのか彼女は再び俺の方へ向いた。
「誰にも言いませんから安心してください。座席間違えるなんてよくあることですし」
「もしかして私のこと知らない...?」
その女性はもう一度サングラスを軽く下げるとその瞳で俺を見つめた。歳は多分俺よりちょっと上くらいかな。多分20代前半かもしかしたら10代後半だろう。その声は可愛らしくまるでアイドルのようだった。黒く長い髪もとても綺麗でお人形みたいだ。こんな綺麗な人に出会ってたらきっと覚えてるだろう。
「あの、すみません。どこかでお会いしましたっけ」
俺はもしも知り合いだった時のために申し訳なさそうに語尾を弱めながら聞くとその女性は「そう言うことね」とつぶやいてほっと一息ついた。その女性はそれ以降特に何も言ってこなかったので改めてパンフレットを再確認する。
「あの、スクールアイドル好きなんですよね」
すると先ほどの女性がまた声をかけてきた。
「友達が出るのでそれで。まあその友達のグループのファンですね」
「...そうだったんですか。なんてグループですか」
「Aqoursってグループです。えっと文字は英語でエー、キュー、」
「静岡県のAqoursね! エーキューオーユーアールエスでAqours」
表記の仕方が特殊なため説明しようとするとその女性は俺が最後まで言い切る前にかなり食い気味に反応した。いや体近いんですけど。
「そうです。よくご存知ですね」
「あったりまえよ。Aqoursは前から注目してたスクールアイドルだもの」
詳しいんだな。別にAqoursの誰かの知り合いって訳じゃなさそうだし贔屓目なしでAqoursを応援してくれるのは嬉しい。開演までまだ時間あるし少しこの女性のことが気になった俺は話してみることにした。
「あの、お姉さんはスクールアイドルお好きなんですか」
その質問をしてすぐにこの質問のおかしさに気づいた。そもそも好きじゃなかったら来ないはずだ。と言うかAqoursのこともバッチリ名前のスペルと静岡のアイドルってことまで覚えてるくらいだから相当なファンなんだろう。
「まあまあね。毎年来るくらいには」
「すごいですね。俺初めてなんで」
「まあ決勝は東京だからね。私は東京に住んでるけど、静岡からじゃちょっと遠いもの」
「あの、ちなみになんですけどAqoursのどんなところが好きですか」
俺はふと気になって質問してみた。ただ、純粋な興味だった。
「それはまずはお友達のあなたの意見が聞きたいわ」
そう言って女性は試すようににやりと(マスクで口元が見えなかったがおそらく笑っただろう)笑って俺を見つめた。まずい。この人はAqoursを事前に知っていたことを考えると相当なオタクだぞ。俺はこの人に話しかけたことを少しだけ後悔した。