「うわっまた負けた」
春休み。俺の受験も善子のラブライブも終わり久々に2人でゲームをしていた。最近発売されたゾンビゲーム,マキマムゾンビをプレイしている。このゲーム無茶苦茶なんだよな。敵キャラの数も多いし以上に難易度が高い。俺も善子もこのゲームにハマってしまい休みなのをいいことに朝からプレイしている。
「これとんでもないゲームね」
善子は、今じゃ日本一のスクールアイドルとなった。でも普段はそんな様子も見せずに普段と同じように接してくれている。俺も接し方を変えるつもりもないしいつものように仲良くしている。それでもこうやって一緒にゲームをできるのはあと数えるほどだろう。3月の中盤、卒業式も終え現在は春休み。3月の後半には俺は沼津を出る。東京での一人暮らしのためだ。
「梨子と遊びに行かない?」
善子は画面から向き直ると俺にそう告げた。それは突然のことだった。何の脈絡もない。以前の俺なら何か理由をつけて断っていたと思う。でも今は断る気が起きなかった。
「いいよ。行こう」
その時の善子の表情はほっとしたように見えた。
数日後。善子に連れられて自宅近くのバス停に向かった。大体遊ぶと言えば駅が多いのだが、今日は違うみたいだ。善子に言われれるがままバスに乗り込む。
「内浦の方いくのか」
「そうよ。淡島行こうかなって」
「お、いいな。何年ぶりだろ」
淡島は小さい頃に何度か家族で行ったことがある。あとは小学校の頃に、社会科見学で行ったっけ。もう何年も行っていなかったので久しぶりの淡島に俺はワクワクしていた。地元の観光地って意外と行くこと少ないもんな。天気は快晴で右手には太陽に照らされる海を見ることができる。バスにしばらく揺れること数十分。淡島行きのフェリー乗り場の前でバスを降りる。道路を渡るとすぐに梨子を見つけることができた。白いワンピースに身を包んだ彼女はこちらを見るとにこりと笑った。なんと声をかけようかと迷っている俺を差し置いて善子が真っ先に梨子のもとに向かう。
「お待たせ、今日もかわいいわね」
梨子はそれを聞いて俺の方をちょっと見てからありがとうと呟いた。
「ね、あんたもそう思うわよね!」
「お、おう。可愛いよ」
善子に問われつっかえながら同意する。可愛いと思ったのはは本心だ。みんなそう思うだろう。
「...ありがとう」
梨子は今度はぽっと赤くなって動揺している。それでも今度は目を離さずに俺を見ていた。そうやって見つめられるとかなり恥ずかしいんだが...
「じゃ,行きましょ」
若干気まずくなった空気を壊すように善子が先陣を切って歩いた。春休みということもあり多くの人がチケット売り場に並んでいる。駐車場を見ると他県ナンバーの車も見ることができる。
「何ぼーっと見てるのよ」
何県からのお客さんが多いのかと車を見ていると不思議に思ったのか善子が聞いてきた。
「他県から結構きてんだなって。地元の観光地が人気で嬉しいな」
「ここの景色すっごくいいものね」
俺の答えに梨子が続く。確かに駅前とは違ってまさに田舎って感じで落ち着くよなあ。そんなことを考えていると急にこの沼津をもうすぐ離れるってことが気になり始めた。今はこんなこと考えてちゃダメだな。我慢我慢。こういうことは後で考えよう。
無事に3人分のチケットを買い船に乗り込む。淡島までは船で向かう。風を受けて髪が揺れる。塩の香りを感じる。いい気分だ。
淡島に着くとちょうどアシカのショーが始まるとのことでそれを見ることにした。席に座ると多くの人たちで席が埋まっている。アシカは飼育員さんの合図で会場にやってくる。飼育員さんの指示に合わせてプールを泳いだりボールを鼻で運んだりしている。懐かしいな。小さい時の思い出が蘇ってくる。それにしてもアシカってすごく賢いんだな。飼育員さんの笛の合図に合わせて手を叩いたり泳いだりと、多芸だ。善子と梨子も喜んで騒ぎながら拍手している。可愛いやつらめ。梨子もこんな子供っぽくはしゃぐんだな。
アシカショーの後は室内の水族館を見てまわった。実際に生き物と触れ合えるコーナーもあり充実している。浅い水槽にヒトデが何匹かいる。俺は恐る恐るヒトデに触れた。おお、意外と硬いんだな。ゴツゴツしてる。俺が触っているのを見ると善子も隣に来て触った。梨子はビクビク震えて俺の背後からそーっと覗き込んでいる。無理やり触らせるわけにもいかないけど、ビビってる梨子が可愛くて申し訳ないけど何度も笑った。
水族館を一通り見てまわった後は淡島にある神社に行くことになった。神社は階段を登った先にあり、島の山頂付近にある。
「結構距離あるけど、大丈夫?」
俺が階段に足を伸ばすと善子が心配してくれた。Aqoursはこの階段を練習でよく走っているらしいのだが、今日はさすがに走らないよな? 善子も梨子も運動する用の服じゃないし。
「最近運動不足だし、登ってみるか」
気温もちょうどいいし大丈夫だろう。俺はそう思って意気揚々と階段を登り始めた。
10分ほど登り続けたところでだいぶ息が切れてきた。だいぶ足にくる。肩で息をする俺だが、善子と梨子の二人は楽しそうにお喋りしている。
「二人とも、余裕そうだな」
「これくらい平気よ。普段から走ってるもの」
「大丈夫? ちょっと休もうか」
得意げな善子と心配してくれる梨子。二人の反応は対象的だ。反対の性格二人だとは思うが、反対だからこそ仲良くなれたのかもしれない。
小さい時、善子と公園で遊んだことを思い出す。俺はいつも善子の歩調に合わせてゆっくり歩くようにしてた。お兄さんだから善子ちゃんに合わせなきゃダメだよと親から言われていた。そんなこともあったのに、今では俺の方が遅れをとっている。一緒に遊んでる時には全く変化なんて感じさせなかったのに。俺はその変化が少し寂しくもあり、でも同時に嬉しかった。
それから休憩を挟みながらもしばらく歩きついに頂上へ着いた。そこには神社があった。木々に囲まれ、海も見える絶景だ。
梨子は俺の隣に並ぶ。そうやってしばらく景色を眺めていた。
「浦の星はあっちの方?」
「そうだよ」
俺の疑問に答えた梨子はなんだか少し誇らしげな表情をしていた。
「こんな景色いい場所で練習してたんだな」
「うん。私この場所好きなんだ」
梨子がつぶやいた。それを聞いて俺も自然と特に何も考えずに答えた。
「俺も好き」
何気なく呟いた自分の言葉が頭の中で繰り返された。やばい今の俺めっちゃ恥ずかしいこと言った。ほおが熱くいのを感じる。静寂が流れる。絶対今の俺顔赤くなってる。梨子がこっちを見てないことを祈る。そっと横目で梨子を一瞥した瞬間、彼女の琥珀色の瞳がこちらを見つめていることに気づいた。慌てて視線を逸らす。
心なしか彼女の頬も赤く染まっているように見えた。
そうだ、善子は何をやってるんだ。振り返ると、堕天使がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
お前、何嬉しそうにしてるんだよ。梨子のこと、好きなんだろ。
「お参りしていきましょ」
俺の怪訝な視線に居心地が悪くなったのか、善子は社の方へスタスタ歩いていってしまった。俺と梨子も慌ててついていく。
小銭を賽銭箱に入れる。えーっと確か二礼二拍手一礼だったっけ。俺は静かに手を合わせた。
「何を祈ったのよ」
「秘密」
善子にそう聞かれ、初詣を思い出す。確か同じようなこと言われたっけな。今回はお祈りはしなかった。神様に『Aqoursのことを見守っててくれてありがとうございます』と、そう感謝した。
また長い階段をゆっくりと降りた。ちょうどお腹がすいたところでご飯を食べることにした。海を眺めながらの食事は格別だった。
その後もイルカショーを見たり島の周りをぐるりと周ったり、淡島を楽しんだ。俺の学校はは沼津駅の近くで海は見えないんだけど、浦の星の生徒たちはこの景色を毎日見てるんだな。浦の星の生徒が羨ましく思えた。
一通り楽しんだ俺たちは再び船に乗り淡島を離れた。近くに善子たちがよく行くカフェがあるとのことでバスで向かった。みかんを使ったスイーツが有名だそうで、二人のおすすめを購入した。4人がけのテーブルに案内されたので二人を奥の座席に座れせ、俺は手前の座席に腰掛けた。
お菓子とコーヒーをいただきながら過ごす。至福の時間だ。善子と梨子はくだらないことで言い合っている。そんな様子微笑ましい。俺が東京行っても、梨子がいてくれれば善子はきっとー
そんなことを考えて二人を見つめていると善子が怪しいものでもみるかのように俺を見つめた。
俺はコーヒーをぐいと飲み込み視線を外す。ダメだ、今は楽しむ時なんだからこんな表情をしてられない。
「ところで、来年は部活どうするんだ?」
善子に心の中を見透かされた気がして、注意を逸らすために慌てて話題を提示した。
「続けるわよ。3年生がいなくても新しい学校で頑張ろうって」
善子はそう言えってジュースを飲んだ。梨子も頷いている。
「よかった。梨子、来年も善子のこと頼む」
「頼むって、何よ! 子ども扱いしないでよね」
「うん、頼まれました」
俺に抗議する善子と苦笑する梨子は対照的だった。この二人は正反対なのに、いや正反対だからこそ仲がいいのかもしれないな。
それからしばらくカフェでおしゃべりを楽しんだ。時計を見るともうすっかり夕方になっており、そろそろバスの時間も近くなっていた。
「じゃあそろそろ行くか」
「そうね」
3人でバス停へ向かう。この辺からバスになる人はあまりおらず俺たち以外に並んでいる人はいなかった。しばらくするとバスがやってくるのが見えた。
「今日はありがとな、楽しかったよ」
「またね」
俺たちは別れを告げバスに乗り込む。俺の言葉よりも随分と善子の言葉は軽い。これからも毎日学校で会うんだろうし、それもそうか。
「うん、それじゃあね」
バスのドアが閉じる瞬間、俺たちに手を振る彼女が儚く見えた。バスはエンジン音をたてて走り去る。人と別れるのにこんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。