今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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2話 告白

「早人くんのことが好きです。私と付き合ってください!」

 

 梨子から告白された。夢かと思った。だって嘘みたいだろ、さっきまであんな話を善子から聞いたんだよ。幼なじみの恋を応援するって誓ったその日に、その幼なじみが恋してる子から告白されるなんて。梨子は今年の春に出会った。善子が連れてきたお友達。赤みがかった綺麗なストレートの髪と琥珀色(こはくいろ)をした少しだけ切れ目の瞳。東京から来たという彼女は一目見た時から綺麗だと思ってた。何度か善子も入れて3人で遊んだことがある。俺と善子がふざけていると側で笑ってくれて、善子の堕天使趣味にも文句言いながら付き合ってくれる子。まさに名前の通り桜の花のように綺麗で、その場を和ませてくれた。でも俺にはずっと思い続けている女の子がいる。だから梨子のことはずっと友達だと思ってた。

 

「ありがとう。嬉しい」

 

 自分でも驚くくらい冷静だった。いや冷静なふりをしていた。俺は今日、さっき大事な幼馴染から大切な相談をされたんだ。そしてあいつの恋を応援すると決めた。だからもう答えは決まってる。その答えを言おうと重い口を開いた時、彼女は牽制するように言った。

 

「答えは今じゃなくていいから!」

 

 そう言って梨子はバス停の方へ走っていってしまった。告白された瞬間、俺は何があっても断ろうと思った。なのにその言葉を言えなかった。たった一言。時間にすれば2、3秒で終わる言葉だ。なのになんでだろう。口が重い。夕日で狩野川が赤く染まっていく。周囲には仕事帰りや学校帰りの人たちが駅から流れてくる。あの人たちにはとってはこの風景もいつもと変わらない日常だろう。しかし俺の周りでは絶賛非日常が起こっている。俺と梨子の2人はこの狩野川から切り取られて別の世界にいるような錯覚がした。

 

 ごめん、梨子とは付き合えない

 

 それだけ言えば良かったのに、言えなかった。いや言いたくなかった。背を向けて走る彼女の髪が揺れるのを見て、後ろ姿の梨子も綺麗だなと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 家に帰ってから、Aqoursが沼津で撮影したというpvを見返していた。善子が部活を始めてすぐに作った映像だ。とても高校生の素人が作ったとは思えない代物だ。この映像が公開されたとき、善子に是非見て欲しいと言われ一緒に見たものだ。善子自身は「全国にリトルデーモンが増える」とかわけのわからぬことを言っていたが、ファンが増えるのは確実だろうと思った。こんな可愛い堕天使がネットの海に流れたらファンが増えるどころの騒ぎじゃないだろ。その時はSNSで俺は「善子 可愛い」とか「Aqours 紫の衣装 可愛い」などと検索しまくった。しかし今は青いドレスを纏った、琥珀色の瞳の彼女を目で追いかけていた。幼なじみの恋を応援するって決めたはずなのに。なんでこんなことしてるんだろ。彼女の一挙一動を食い入るように見てしまった。善子の小悪魔的な可愛らしい動きはもちろん最高なのだが、梨子は対照的に落ち着いた芸術的な美しさがある。こんな動画見てる場合じゃないのに。あー今度の模試の勉強もやってねえわ。一応これでも高校3年生なんだけどな。

 

 

 翌日。どうしても煮え切らなかった俺は沼津駅周辺をぶらぶらと散歩していた。休日特にやることもなく、善子も練習に行っているので暇だ。気分転換にと駅前の映画館に行き話題の映画を見る。まあまあ面白かった。それなりに暇つぶしはできたものの特に気分が変わることもなかった。ちょうど陽が沈みかけた頃、マックでポテトを食ってると朗らかな声が背後からした。

 

「早人くんじゃん。隣いい?」

 

「なんだ曜か。いいよ」

 

「なんだって誰だったらよかったのー」

 

 そう言いながら隣の席に腰掛ける女の子は、Aqoursのメンバー渡辺曜だ。梨子と同じ2年生で水泳部と掛け持ちをしているらしい。どんな体力してるんだこの人は。

 

「今日練習じゃないの?」

 

「さっき終わったの。買い物する用あって沼津来たんだ。ついでマック寄ったら早人君いたからつい声かけちゃった」

 

「お疲れ様」

 

「それなに?」

 

「これ? シェイクのチョコ」

 

 暑い日に飲むシェイクは最高に美味い。俺は小さい頃からこのマックシェイクが大好きだった。

 

「曜のは?」

 

「私はバニラ」

 

 そう言って曜は美味しそうにシェイクを飲む。幸せそうな顔だ。場の空気を明るくする天才だよな。そう思いながら俺も冷え冷えのチョコを飲む。吸うのにちょっと力いるんだよなこれ。

 

「ところで梨子ちゃんと付き合うの?」

 

「うぇっ!?!?」

 

 あっぶね! 思わずやっと俺の喉元まで到達したシェイク吹き出しそうになったわ。一旦ストローから口を離し深呼吸をする。

 

「昨日のこと知ってるの?」

 

「うん。梨子ちゃんから聞いた」

 

「それって---」

 

「でも知ってるのは私以外は千歌ちゃんだけだから」

 

「そうか」

 

 よかった。とりあえず善子には知られてないみたいだ。俺は正直に今の気持ちを話した。この子の明るさの前では自然と嘘をつけなかった。正直梨子のことは今まで女性としてはあまり意識していなかった。でも昨日のことでドキドキしてしまったこと。告白を保留にしてしまったことを。もちろん善子が梨子を好きだってことは黙っていた。俺の話を曜はニヤニヤしながら聞いていた。

 

「やっぱり梨子ちゃん可愛いからねえ。気持ちわかるよ」

 

「おいなんでちょっと上から目線なんだよ」

 

「あはは。ごめんごめん」

 

 しばらくの間無言になり曜は店のガラスを見つめていた。その先にあったのは、昨日梨子と会ったバス停だ。

 

「実はね私と千歌ちゃんで、バス停まで一緒に行ったの。緊張しちゃうから一緒に来てって梨子ちゃんに頼まれて」

 

「そうだったのか」

 

「その時の梨子ちゃん、すごく緊張してた。でもライブの前の梨子ちゃんとはちょっと違くて」

 

 曜は綺麗な景色を見た時のように外の景色を眺めながら続けてこう言った。

 

「すごく可愛かったの。恋する女の子ってあんなに可愛いんだって思った」

 

「そうか」

 

「ちょっとー反応薄いぞー」

 

 ペシッと紙ナプキンで頭を叩かれた。もちろん全く痛くない。

 

「私ね、初めは特にスクールアイドルが好きだったわけじゃないの」

 

 いきなり何の話だ? 先が見えないがとりあえず黙って聞くことにする。

 

「千歌ちゃんと一緒に何かをやりたいってそんな気持ちで始めたらすごく楽しくて、スクールアイドルを好きになった」

 

 曜は外の風景に向けていた視線を外すと俺の顔をじっと見て笑った。

 

「だから、動機は何でもいいじゃない? 告白されてから好きになるってのも。梨子ちゃんすっごく可愛いから絶対好きになるよ」

 

 そう言って曜は残りのシェイクを飲み干すと「じゃあね」と足早に店を出ていった。曜と2人きりで喋ったのは今回初めてだったんだけど、背中を押されてしまった。その進む方向が正しいようには見えないのだけど。

 

 てか俺の方が年上なのに普通にタメ口だったな...いやいいんだけどね?

 梨子も今じゃタメ口だけど初めは敬語だったからよ、びっくりしちゃったぜ。いいんだけどね!

 

 

 

 

 週末が終わり月曜日。沼津駅を北へ行くと学校が集まっている学園通りがあり、俺の通う学校はその通りにある。ちなみに善子が通う浦の星女学院は沼津駅からバスでずーっと南に行った先だ。浦の星があるのは駅前と違ってかなり田舎のエリアだ。

 

 結局授業中も梨子のことで頭がいっぱいになってしまった。退屈な国語の授業中、こっそりスマホで梨子について検索してみた。すると梨子のことを応援しているコメントを見つけた。Aqoursの名前はスクールアイドルファンの中では結構知れ渡ってるみたいだ。梨子がμ’sの音ノ木坂出身ってこともあるみたいだけど。出身校関係なく梨子の魅力について語っている人も少なくない。しかもピアノも弾けて作曲もできる。こんな子が俺に告白してくれたなんて想像もできない。国語の先生の朗読は心地よいbgmとなって右耳から左耳へと流れていった。気づけば梨子についてのコメントを次々と読みあさってしまった。

 

 昼休み。飯を食ってるとスマホの通知音が鳴り響いた。画面を覗くとそこにはさっきまでまさに考えていた人の名前が表示されていた。

 

『今度の日曜日、お出かけしませんか』

 

 梨子からのデートの誘い。この日は確か何もない日だ。正直許されるなら行きたいと思ってしまった。

 

「梨子ちゃんてまじで可愛いよなー」

 

 そのとき、教室の後ろで梨子の話題で盛り上がっているクラスメイトの騒ぎ声が聞こえてきた。

 

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