今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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20話 山から見える景色

 

『よかったら、今度遊びに行きませんか』

 

 狩野川で泣いた次の日。俺のスマホに一通のメッセージが届いた。送り主は梨子だった。

 

「これは二人でってことだろうか」

 

 俺が返信をどうしようか悩んでいると、突如手にしていた携帯が震えた。画面が着信を告げる画面に変わる。そこにはまさに昨日会った子の名前があった。

 

「もしもし」

 

 昨日のことの恥ずかしさもあり少し照れ臭い。いつもと同じ様子を頑張って振る舞って電話に出た。

 

『...もしもし。私よ』

 

 心なしか善子の声がいつもより小さいように聞こえる。まあお互い泣いたんだし当然か。

 

「どうした」

 

 至って自然に、何事もなかったかのように話した。

 

『さっき梨子からメール来たでしょ』

 

「なんで知ってるんだよ」

 

『...まあそれは堕天使の力ってやつね』

 

 何かわからんが、知ってるみたいだな。

 

『それよりも』

 

 俺が次の言葉を探そうとしていると善子が俺の言葉を待たずに続けた。

 

『梨子と遊びに行ってあげて欲しいの』

 

 俺はその言葉にすぐに返事をすることができなかった。だが、しばらくしてからこう答えた。

 

「わかった。行ってくる」

 

 ただ俺はそう告げた。

 

 

 善子との電話を終えてから、梨子への返信を書こうとするもなんて返事をすればいいのか思いつかない。しばらく部屋の中をうろうろ歩いてから何も思い浮かばなかったため、結局シンプルな返事を書いた。

 

『いいよ。行こう』

 

 少し冷たいだろうか。そう思ったが他に言葉が見つからないため、それで送信した。

 

 

 あっという間に梨子と遊びに行く日になった。どこに行くのかも聞いていないのだが、とりあえず駅間に集合することになった。

 

 集合場所に向かうと、すでに梨子はいた。遠くから見てもわかるくらい可愛い。心なしか周囲の人が梨子のことを見ている気がする。こんなに可愛い子がいたらそりゃあみんな見るよな。

 

「お待たせ」

 

「ううん。私も今きたところだから」

 

 ところで今日はどこに行くのかも決めていない。どうしようかと思ったところで梨子は駅の方を指さした。

 

「行きたいところがあるの」

 

「おお、どこ行きたいんだ」

 

「伊豆の方にロープウェイがあって」

 

「ああ、あそこか。いいな」

 

 小さい頃に行ったことがある。葛城山って名前だったかな。景色はすごくいいし今日は天気もいいから最高だな。確か沼津からだと電車じゃなくてバスの方が早かったっけ。

 

「私ずっと行きたかったの」

 

 そう言って梨子はバス停の方へ向かっていった。その姿は公園に遊びに行く子どものようで微笑ましい気持ちになった。

 

 二人分の席を見つけ座る。ちょっとドキドキしてしまう。

 

「早人くんはロープウェイ行ったことあるの?」

 

「うん。小さい頃に何度か。梨子は?」

 

「私は初めて。ダイヤちゃんたちから聞いて行ってみたいなって思ってたの」

 

「今日晴れてるし、いい景色が見えるよ」

 

「やった、楽しみ」

 

 そう言って微笑む梨子を見て可愛いと思った。

 

バスに揺られること数十分。目的地に到着した。春休みということで多くの人で賑わっていた。

 

チケットを購入しロープウェイに乗り込む。相席という形で俺らの正面には大学生っぽいカップルが座った。そのカップルは二人で写真を撮ったり、手を繋いだりとだいぶ楽しんでおられた。

 

 俺はそんなカップルを見るのが恥ずかしく外の景色を見ていた。一面木々が広がっている。秋に行ったら紅葉が綺麗なんだろうな。初めはゆっくりと、徐々に登っていく。ゆったり進んで行くんだなと思っていると、突然スピードを上げて進んだ。それにビックリしたのか、梨子が俺の肩を掴んだ。

 

「あっ、ごめん」

 

「大丈夫。俺もビックリしたし」

 

 そう言って恥ずかしくなってお互いに視線を逸らしてしまう。 

 俺の目の前に座っていたカップルがニコニコしながら俺たちを見つめていた。小さい声で「いいなぁ」「うぶだね」と囁いているのが聞こえる。いや、違いますからね。

 

 

 数十分で気まずいロープウェイはやっと頂上につき、解放された。さっきのカップルが小さい子を見守るような温かい視線で俺たちを見つめてくる。だから違いますからね..?

 

 

 ロープウェイを降りて、人だかりの出来ている方に進むと、そこには日本一の山、富士山が目に飛び込んできた。おおー。久しぶりに来たけど、改めて見ても綺麗だな。いつも家の近くから見る富士山よりも大きく迫力がある。

 

「うわー、綺麗!」

 

 梨子は富士山を間近で見てまるで子どものように興奮している。そういえばこうやってはしゃぐ梨子を見ることはあまりなかったかもしれない。

 

「迫力あるな」

 

「ねえ、写真撮ろ?」

 

「うん、いいよ」

 

 梨子がスマホを取り出し、富士山を背景にして並ぶ。二人が内カメラに収まるには、かなり梨子と顔を近づけないといけない。動悸がする。今の俺に心臓の音聞こえてるんじゃないかと思ってしまった。

 

 少し歩くと、足湯に入れる場所があった。そおっと足を入れる。初めは熱かったが、しばらくすると気持ちよくなってきた。

 

「癒されるな」

 

「うん、こんなにいいところ来れてよかった」

 

 俺と梨子は富士山を眺めながら足湯に浸かっていた。しばらくすると梨子がおもむろに口を開いた。

 

「こうやってゆっくり出来るのも久しぶりかも」

 

「確かにAqoursの練習で忙しいよね」

 

「うん、だからこうやって過ごせるのが幸せ」

 

「俺も、来れてよかった」

 

 俺も今はすごく幸せだと思った。でも幸せだと直接言えなかった。自分にそれを言う資格がないと思ったからだ。代わりにと言うか俺は梨子にずっと言っていなかったことを思い出した。

 

「そういえばさ、梨子に言ってなかったことあって」

 

「どうしたの? 急に改まって」

 

「俺さ、ずっと梨子とか善子を見て自分ってダメだなーって思ってたんだよね。ただ漠然と毎日過ごしてるだけで、自分には何もないんだなって思ってた」

 

 あれ、なんでこんなこと話してるんだろ。足湯に浸かって温まってからか自然と思っていたことが口から出てしまった。

 

「でもさ実際に自分が大学に行こうって目標決めてからそんな気持ちもなくなったんだ。自分は自分のやることをやろうって思えた。それにみんなの練習を見て、ただ元からすごくなったんじゃないってわかったんだ。Aqoursだって頑張ってるから俺も頑張ろうって思えたんだ。それに梨子だってピアノをあんなに上手に弾けるようになるまでに相当努力したはずだし」

 

 自分の思っていたことを吐き出して急に恥ずかしくなる。俺色々言っちゃったよな...?

 

「そんなふうに思ってくれてたんだね。そう言ってくれて嬉しい。私も頑張ってよかった!」

 

 梨子は、おもちゃを買ってもらって喜ぶ子どものように笑った。そこまで喜んでもらえると照れるな。でもその喜んでいる梨子はとっても可愛かった。

 

「それに、早人くんだって十分すごいんだよ」

 

 俺が東京にオープンキャンパスに行く時、梨子もちょうど東京でピアノの発表会があった。東京に行く時に駅でたまたま出会って一緒に東京に行ったんだ。その時に梨子からそんな話をされた。

 

「ああ、善子が俺のことすごいって言ってたってやつか」

 

 善子とは夜の狩野川で善子と会ったあの時、多分そんな感じのことを言ってたな。俺がずっと善子の前でお兄さんでいようと思ってたこと。それを善子はすごいって言ってくれた。あーあの時泣いたの思い出して恥ずかしくなってきた。

 

「頼れるお兄さんがいる善子ちゃんが、羨ましかったんだ」

 

 そんな風に思われたのか。ちょっと驚きだな。

 

「善子にも言ったけど、俺はただ幼馴染として当たり前のことをしただけなんだよ」

 

「それがすごいしカッコいいんだよ」

 

「梨子だってピアノもスクールアイドルもやっててカッコいいよ」

 

 梨子からかっこいいと言われ恥ずかしくなり、それを隠すために俺も同じことを返した。こうも直球で褒められると恥ずかしいな...てか梨子ちょっと顔赤くないか。自分の顔も熱くなるのを感じる。いやこれはきっと足湯のせいだ。お湯結構熱いしそのせいで赤くなっているんだと思う。

 

「人からすごいって言われることって、意外と本人は自覚なかったりするよね」

 

「梨子は、すごいって自覚はなかったの?」

 

 ピアノもスクールアイドルもどちらも人前に立って行うものだ。それでもすごいことしてるぞって自覚はないものなんだろうか。

 

「全然。私はただ自分がやりたいことをやってただけなんだ。でも周りの人からずっと期待されてるのは感じててそれはプレッシャーだったんだけどね」

 

 そう言う梨子はさっきまでとは違い少し俯いて苦笑いをしていた。なんと返事をしようかと迷っていると梨子は続けてこう言った。

 

「前にも言ったけど早人くん何私の普通の部分を見てくれるのがすごく嬉しかったんだ。善子ちゃんが甘えてるの見て私も甘えたいって思っちゃった」

 

「善子ってそんな俺に甘えてるか?」

 

「うん私にはそう見えるよ」

 

 そう言われると恥ずかしいな...てか今俺に甘えたいって言った? 恥ずかしさを隠すために咄嗟に否定する。

 

「いやまあ普通だよ。俺はただいつも通り普通にしてただけ」

 

「やっぱりね。凄さって自分じゃ気づかないものね」

 

「俺はただ善子とずっと一緒で、いつも接しててだから梨子も同じように接してたつもりなんだけど」

 

「そう言うところ、私は本当に嬉しかったよ。早人くんの前では普通の女の子でいられたんだよ」

 

 

 そう言う梨子はとても穏やかで幸せそうだった。梨子がどれだけのプレッシャーを受けたかとか期待されていたかとかはわからない。でもその重圧は俺にはわからない。そんな経験したことないから。だから普通でいられることにどれだけ嬉しさを感じていたのかは想像するしかなかった。

 

 あーでもやっぱり恥ずかしい。俺は次に言うべき言葉が見つからず、この熱い足湯を言い訳に話題を代えることにした。

 

「あったまったしそろそろ出よう」

 

「うん、そうね」

 

 足を上げると、温まった足に風が当たって心地よい。あー露天風呂入った時みたいで気分いいな。

 

 それから山の頂上を歩いてまわった。相変わらず人は多いけど、癒されるな。木々も見えるし富士山も見える。活力がもらえる。ストレス発散には自然がいいって聞くけど本当だな。でも東京にはこんなところないだろうな...

 

「東京行ったらこんな自然もないんだろうな」

 

「あるよ! ほら高尾山とか」

 

「あ、高尾山って東京だったんだ」

 

「うん他にも奥多摩とか自然もいっぱいあるよ」

 

「東京にもそんなところあるんだな」

 

「うん。新宿とかそういうビルばっかのところって意外と一部で東京にも自然いっぱいだよ。秋葉からはちょっと遠いけどね」

 

 それを聞いて少し安心した。東京にも自然を楽しめる場所はあるんだな。

 

「東京、もうすぐか」

 

 東京で一人暮らし。その日が近づくにつれて楽しみという気持ちもあるが同時に不安もあるのは確かだ。

 

「不安?」

 

「うん。楽しみだけど不安もある」

 

「そうだよね」

 

 もしも、あの時善子の前で弱音を吐いていなかったら、ここでは強がって不安だと言えなかったと思う。でも善子の前で泣いたんだ。もう今更そんな隠すこともなかった。

 

「梨子はどうなんだ。その、学校変わるだろ」

 

「私も不安はあるよ。でもAqoursは続けるし、また早人くんの応援できたらいいなって思うよ」

 

「ありがとう。新しいAqoursも楽しみにしてるよ」

 

「うん、楽しみにしてて」

 

 俺はAqoursの練習は一度しか見たことないけど、ダンスの練習の時は果南が仕切ってたようだった。新しいAqoursに梨子たちがどんな思いを持っているのか、どんなことで不安なのか、聞こうとしたが辞めた。それはきっと新しいAqoursのライブを見ればまた伝わってくることがあるだろう。それにAqoursならどんな困難も切り抜けられるだろう。

 

「それにね、私も来年東京の大学を受けようかなって思ってるの」

 

「音大ってこと?」

 

「それはまだ決まってないけど、考えてもいいんじゃないかなって思ってるんだ」

 

「梨子なら行けるよ」

 

「じゃあまた一緒だね」

 

 梨子は子どものように無邪気に笑った。俺はただ「そうだね」としか返すことができなかった。心の底では、嬉しいと思っている自分がいた。

 

 

 それからは歩いて自然を満喫したり売店でソフトクリームを食べたりと山頂を楽しんだ。この時の梨子は本当にどこにでもいる普通の女の子って感じで、可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

 

「俺も楽しかったよ。またね」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎて帰る時間になった。葛城山からからバスに乗り沼津駅前に戻ってきた。ここで解散だ。バスに乗り込む梨子を見送って俺はしばらくそのバスを見ていた。

 

「楽しかったな」

 

 ポツリとそう呟いた。心が満たされる感じがする。友達と遊んだ時ももちろん楽しい気分にはなる。でもこの時はそれとは違う感覚がした。東京に引っ越したら、梨子とは全然会えなくなる。一年後にはまた梨子が東京に戻ってくる可能性もあるけど...

 

 俺、梨子のこと...

 

 いやこんなこと考えちゃダメだろ。本当はもう自分の気持ちに気づいてた。でもこれはダメなんだ。

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