もう数日で東京に行くというある日。善子はうちに来て一緒にゲームで遊んでいた。もしかしてこうやってゲームできるのも今日は最後かもな。なんてことを言ったら「異界の戦場でも堕天使の力で転移することができるわ」と言ってた。まあつまりオンラインでも遊べるだろってことらしい。まあそうだけどさ、こうやって顔合わせて遊べるのが最後って思うと寂しいだろうよ。
「東京まで新幹線で往復一万円くらいするのね」
俺に3回連続で負けた善子は拗ねるかのようにそう呟いた。一万円は学生には相当痛い。
「そうなんだよ。気軽に行き来するってのもな」
「私やっぱりバイトしようかしら。そうすれば東京にも月一では行けるわね」
「部活はどうするんだよ...俺がバイトしてお金貯めるから、それで沼津戻るよ」
「絶対よ」
「うん」
善子は、俺の袖を摘んでじぃーっと見つめた。おいやめろそんな可愛い顔で見つめるな照れるだろ。
「東京で可愛い子見つけて、もうずっと東京にいるなんて言わないでよね」
「言わないよ。そんな彼女なんてすぐできるとは思えないからな」
善子より可愛い子なんいないだろって言いかけて、辞めた。一人の女の子が頭に浮かんだからだ。コントローラーを持ち直し、次のゲームをするぞと思った時、その頭に浮かんだ女の子の名前を善子が口に出した。
「この前梨子と遊びに行って、どうだった?」
「...楽しかったよ」
正直、ここで嘘をついたら梨子に失礼だと思った。というか、なんでか善子は俺と梨子が遊びに行ったこと知ってるんだよな。
「私ね、梨子と早人っていい関係なんじゃないかって思うのよね」
「...善子はそれでいいのかよ。だって梨子のこと好きなんだろ」
自分でも何を言ってるんだろうと思った。そうだ、俺は善子が梨子を好きだってわかってて、善子の恋を応援するって決めたのに。なのに。正直、善子の言葉に甘えた。あの時、梨子から遊びに行こうと誘われたあと善子から電話が来た。『梨子と遊びに行ってあげて欲しいの』と言われた。俺はその言葉に甘えてたんだ。本当は梨子と遊びに行きたいって思ってたんだ。でも善子に言われたからって言い訳をしてたんだ。
「梨子のことはもちろん好きよ。でも私は早人も大切だし好きだから。だから早人には幸せになってほしい」
善子はまっすぐ俺の目を見てそう言った。前にも同じようなことを言われた気がするが、ここでいう梨子に対する「好き」と俺に対する「好き」は違う。
「幸せって善子、自分の幸せはどうすんだよ」
「早人だって、同じじゃない。早人の幸せはどうするのよ」
「それは」
そこまで言葉が出かけて何も言うことができなかった。結局善子の恋を応援しようと思ったのに、何もできていなかった。
「私ね、梨子に告白したのよ」
「えっ、いつ!?」
「夏祭りの日。早人が急に来れなくなったから二人だったし、その時」
「それ、初めて聞いたよ」
夏祭りってもう何ヶ月も前じゃないか。そんな話一度も聞いたことがなかった。
「振られたのよ。他に好きな人がいるって」
俺はそれを聞いて、時が止まったような感覚になった。かける言葉が見つからなかった。何か言わなくてはそう思ったのに、一つでも言葉を間違えたら大変なことになると思った。
「気遣いなんて無用よ。この堕天使ヨハネにとってはこんなこと問題ではないわ」
俺が次の言葉に悩んでいると、善子がすかさずそう言った。
「辛くないのか」
梨子と遊びに行っておいて、俺は何を言ってるんだ。俺は本当にー
「ちょっと、今自分のこと責めたりしてないわよね?」
さっきまで寂しげだった善子は、ムッとして俺を見つめた。
「私のこと心配してくれるのは、すごく嬉しいしかっこいいけど、早人の幸せはどうすんのよ」
「それは...俺は善子が幸せになってほしいから」
「でも私は振られたの。だから私じゃリリーの彼女にはなれないわ」
その重い言葉を聞いて俺は何を言おうか、すぐに言葉が出なかった。好きな人に振られる、その辛さは俺自身わかってるはずだった。だってあの日、善子が梨子を好きだって知った時、泣きそうだった。泣きたかったけど善子の前だから堪えた。
「早人は色んな好きがあっていいって言ってくれたよね」
覚えている。あの時、夏祭りの日だ。俺が行かなかったから善子は梨子と二人でお祭りに行った。その日、お祭り帰りの善子がお土産を渡しにうちに来たんだ。その時俺は善子に「色んな好きがあっていい」って言った。みんなが同じもの好きだったらスクールアイドルも個性がなくてつまらない。堕天使が好きな人や、ダイビングが好きな人など色んな人がいるからAqoursは魅力的なんだって言ったんだ。
「私ね、梨子と早人が仲良くしてるところを見たいの。もしも早人がその気なら、付き合って欲しい」
その時の善子の儚い表情を見て、俺は昔を思い出した。そうだ、俺が善子をほっとけなかったのは、俺が助けないとどっかに行っちゃうんじゃないかって思ってしまうような、そんな儚い表情を見せるからなんだ。まるで本当の堕天使が地球にやってきていて、もしも俺がどうにかしなかったらたちまちどこかへ行ってしまうような、そんな女の子だったんだ。
「私のわがまま聞いてほしいの。早人に気があるなら、梨子の彼氏は早人がいいの。早人こそ相応しいから。東京行っちゃう前に、お願い聞いてほしいの」
「...梨子と話してみるよ」
「ありがとう」
この時、これが俺にできる精一杯の返事だった。花丸ちゃんと話したこころの話を思い出した。人間のエゴイズムを描いた作品だ。誰もが自分を一番に考えてるんじゃないかな、なんて話をした。俺は、自分の気持ちに正直になってもいいんじゃないかって思ってしまった。
参考文献 夏目漱石(1951) こころ 角川文庫