今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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23話 道

 

「じゃあ今日は16ページから18ページまでが宿題ね」

 

「えー多すぎー減らしてくださいよー」

 

 都心にあるビルの1階と2階を借りているこの小さな個別指導塾は、大学受験を控える高校生対象にしている。大学生になった俺はそこでアルバイトをしている。4月になってすぐにアルバイトを始め、5月となって今ではある程度仕事にも慣れてきた。とは言えまだ分からないことも多く毎日大変だが、楽しく働いている。

 

 俺が古文の宿題を伝えると、担当生徒の山岸さんは俺に抗議した。彼女は善子と同じ高校2年生でバレーボール部に入っているらしい。俺が塾でバイトを始めた直後に彼女はこの塾に通い始めた。俺の初めての担当生徒さんだ。

 

「じゃあ16ページだけ。それだけやってみようか」

 

「わかりました」

 

 山岸さんは渋々了解してテキストを鞄にしまう。やっぱり部活もあるだろうし、宿題あんまり出さない方がいいかな。善子と同じ学年ってこともあってどうしても、彼女と重ねて見てしまう時がある。彼女の母親からはこう言われていた。山岸さんは1年生の時、ほとんど授業も聞いておらず、成績もだいぶ危なかったそうだ。だから、どうにかしてあげて欲しいとお願いされた。成績を上げるにはある程度勉強を頑張ってもらわなくてはならない。でも、今の彼女に対してそれを強いても、反発されるだけだし、辛いだけだ。俺はどうしたらいいんだろう。塾を後にする彼女を見送って、考え込んだ。

 

 

 

 

「疲れたー」

 

 アルバイトも終え帰宅後、自宅のベッドの上でAqoursの動画を見ている。こっちに来て、へこたれそうな時、何度もAqoursの曲をきいて元気をもらっている。俺、ちゃんと教えられてるのかな。

 

 でも。果南からもらった言葉を思い出す。俺だからこそ誰かを励ませるかもしれない。他の誰でもなくて俺だから、背中を押せる人だっているんだ。そう、信じてる。明日も早いしもう寝よう。部屋の電気を消し、明日の目覚ましをセットして眠りについた。善子、ちゃんと寝てるかな。ゲームして夜更かししてないよな?

 

 

 前回の山岸さんとの授業から1週間後。

 

「宿題はやってきた?」

 

「はい。やってきました」

 

 彼女は古文のテキストを机に広げると、俺は解答と照らし合わせながら採点をした。残念。ほとんど不正解だ。

 

「先生、こんなのやっても意味あるんですか」

 

「意味ないと思う?」

 

「勉強つまんないし、将来の夢もないし」

 

 彼女はつまらなそうに、シャーペンを回している。確かに、そう聞かれたら、なんて答えればいいのか、俺は上手い答えを持ち合わせていなかった。色々勉強した方が将来が広がるとか、言えるけどそう言うことじゃない気がする。まさにこうやって勉強が嫌な時期の人にそう言ってもね。

 

「でもさ、知らないこと知れて面白いなーとか思わない?」

 

「全然。これ何が面白いの? って思います」

 

 答えに詰まる。何も言えなくなってしまう。確かにそう考えると難しい。面白いと思ってない人に、面白さを伝えるのは意味がないかもな。俺も高2の頃は勉強なんて何が面白い?と思ってたし。俺は作戦を変えて自分の高校時代の話をしてみることにした。

 

「俺もさ、高3の夏までずっと勉強サボってたんだ。あんまり勉強好きじゃなかったんだけど、でもねあるスクールアイドルに影響されて自分も何か頑張ってみようかなって思えたんだ。今よりできるようになったらもうちょっとだけ勉強楽しくなるかもよ?」

 

「楽しくなんてなりませんよ」

 

 彼女は窓の外を眺めながら吐き捨てるように言った。

 

「でもさ、このままわからないままなのも辛くない?」

 

 彼女は何も答えずに窓の外を眺め続けた。

 

「だからさ、ちょっとでいいからやってみない? 少しでもできるようになれば楽しくなるって保証はできないけど、今より楽になるって保証ならできるよ」

 

「本当ですか?」

 

「うん、約束するよ。俺が高2の頃だって全然勉強してなかったよ。そんな俺がいうんだから、保証する」

 

 それを聞いた彼女は視線を俺の方に向けると、小さく答えた。

 

「じゃあ、ちょっとだけなら」

 

「ありがとう。少しだけやってみようか」

 

 そう言って俺は山岸さんの間違えた問題の解説から始めた。そもそも俺だってまだ明確に勉強のゴールが決まってるわけでもない。とりあえず大学では必修の授業をとって、それから面白そうだと思った選択授業をとってるだけで、将来何をしたいのかも正直分からない。でも、あの時何もしなかったらもっと迷ってたと思う。あの時は暗い道をどっちに進んだらいいのか何も分からない状態だった。でも今は少なくとも足元の道は見える。その道が右に曲がるのか、左に曲がるのか。その先はわからないけど、暗い道を彷徨っていた時よりは随分か楽になった。だから、もしかしたら山岸さんも、微かな光でもいいから見つけてくれたら嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトが終わって、帰宅後。スマホを見ると、バイト中に善子からメッセージが来ていたのでそれに返信する。

 

『お昼前には着きそうだ』

 

『では共に晩餐を囲みましょう』

 

 昼なんだから晩餐じゃないだろ...来月Aqoursがライブをするということで、見に行くことになった。新しいAqoursのライブは初めてでとても楽しみだ。この様子だと善子は変わってなさそうでよかった。でも俺を安心させるために、変わらないふりをしているだけだったらどうしよう。不安が頭をよぎる。新しい学校で馴染めてるかな。色々考えてしまう。まあでもAqoursのみんながいるし、大丈夫だろうな...と考えてると別の人からメッセージが来た。

 

『今日、電話出来る時間あるかな』

 

 梨子からだ。爆速で返信したくなるが一旦、スマホを置く。いやここですぐ返信したらずっとメッセージ来るの待ってたみたいにならないか。あ、でも今日のことだし早めに返信したほうがいいよな...とか色々考えていたが結局我慢できなくてえいっとすぐに返信した。

 

『うん。今大丈夫だよ』

 

 と、送信するとすぐに既読がついた。数秒すると携帯の画面が黒くなり、ブルブルと震えた。

 

『もしもし』

 

『もしもし、ごめんね急に』

 

『全然大丈夫だよ』

 

 まるで何事もないかのように電話をとったけど、本当はすごく嬉しい。

 

『大学はどう? 慣れた?』

 

『ちょっとずつ慣れてきたよ。ダイヤともたまに授業で一緒になって話すよ。昨日さ、Aqoursのファンの人が大学にいてサイン求めらてたよ。『構いませんわ』って平然としたフリしてたけど、すっごく嬉しそうだった』

 

『ダイヤちゃんらしいね。そっか、私たちのファンの人東京にもいるんだね』

 

 実際、大学でできた友達の中でも、Aqoursを知っている人はいた。俺が沼津出身だと言うと、Aqoursの話をされたこともある。

 

『ところで、サークルは決めたの?』

 

『うん、登山サークルにしたよ。あの時、梨子と葛城山に行って、景色がすごくよかったから、ちょっと登山に興味出てたんだよね。それに運動したいなって思ったのと、自然感じたいなって思って』

 

 

『あの時の景色すごくよかったもんね。今度山登ったら写真見せてね』

 

 顔は見えないけど、話している梨子の声はとても嬉しそうに聞こえた。あの時の思い出はずっと忘れられない。

 

『今度高尾山に行くからその時送るね』

 

 こうやって現状について報告できる相手がいることは嬉しい。電話で話すだけでももちろん楽しいけど、早く会いたいなと思った。

 

『来月、ライブ行くよ。楽しみにしてる』

 

『やった。楽しみにしてね』

 

 それから俺は新しいAqoursについてあれこれ聞き出そうとしたのだが梨子は見てからのお楽しみだよと言ってそれ以上のことは教えてくれなかった。それで余計に気になってしまう。早く来月にならないかな。こんな夜でもお互いに話が弾んでしまって、お互いの学校のことや普段の生活のことなどを話した。新しい学校でも楽しくやっているみたいで、それを聞けて安心した。梨子と話しているとあっという間で、時計を見るとだいぶ遅い時間になってしまっていた。梨子だって練習もあるだろうしあんまり遅くなっては悪いだろう。

 

『もう遅いからそろそろ寝るね。ライブの時に沼津帰るから』

 

『うん、楽しみにしてるね。おやすみ』

 

『おやすみ』

 

 俺はこれ以上にないほどの幸福を感じながら、沈むようにベッドで眠った。

 

 

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