今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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6話 図書館

 8月に入り暑さはいよいよ我慢ならないレベルになってきた。ずっと家にいても勉強に集中できないので、気分を変えて図書館に出かけることにした。今の俺はとりあえず進路は決まってないものの、勉強をしてみることにした。同世代の子たちが頑張っているのを見てから、いてもたってもいられなくなたんだ。館内は静かで時折小さな声で会話する親子の会話が聞こえる程度である。席を確保し勉強を開始する。家ではなかな集中してできなかったような勉強も図書館ではなぜかスラスラと勉強できてしまうから不思議だ。やっぱり場所を変えるのは大事なのかもしれない。午後から勉強を開始したものの気づけばもうすでに時刻は6時を過ぎていた。こんな時間まで勉強していたのか。図書館での集中力の高さを実感するとともに少し怖さも感じる。全然勉強したりない気がする。まだまだ勉強できてないところが多いのに。ついこの前まではさぼりまくってたのが嘘みたいだ。しかしまあ腹も減ったため夕飯を食べに帰宅することにする。図書館を出て自転車を引っ張り出す。

 

「あの、早人さんですよね」

 

 まるで童話の主人公のような可愛らしい声に呼び止められて顔を向けると、そこには見知った少女が立っていた。

 

「国木田さん?」

 

「はいっ。オラ...じゃなくて私、国木田花丸です」  

 

 国木田花丸ちゃん。善子と同じ1年生でAqoursのメンバーだ。善子から話はよく聞いていたけど話したことはほとんどなかった。図書館で会うなんて奇遇だ。彼女の家は内浦のほうにあるのでバスで来ているらしい。駅前のバス停まで歩いて帰るとのことなので俺も駅まで一緒に歩くことにした。

 

「この前のライブすごくよかったよ」

 

「...あ、ありがとうございます」

 

 俺が褒めると花丸ちゃんは俯いて顔を隠してしまう。なんてピュアなんだ! 褒めれば当然でしょとない胸を張る某堕天使は見習っていただきたい。

 

「あ、あの川田さん」

 

「早人でいいよ」

 

「えっとじゃあ、早人くんで。早人くんは勉強してたんですか?」

 

「うん。これでも一応受験生だからさ」

 

「確か3年生でしたよね。お疲れ様です」

 

 花丸ちゃんはペコリと頭を軽く下げた。可愛い。

 

「ありがと。花丸ちゃんはなんで図書館来てたの?」

 

「まるは本読みに来てたずら」

 

「ずら?」

 

「な、なんでもないです」

 

 花丸ちゃんは声を小さくして下を向いてしまう。可愛い。ずらって言うのはよくわからなかったけど、とにかくこの子は本を読むのが好きな子らしい。

 

「本好きなんだ。どんなの好きなの?」

 

「に、日本文学が好きです!」

 

 本の話を振ると下げていた顔を上げて悔い気味に答えてくれた。その話を待っていましたと言わんばかりの勢いだ。おお、この子めっちゃ本が好きなんだな。

 

「俺漫画くらいしか読んだことないんだよ。よかったらおすすめの本教えてくれる?」

 

「もちろんずら! 早人くんはどんなジャンルが読みたいですか?」

 

「うーん特にこれってのはないな。あんまり難しくないやつ読んでみたいな」

 

 なんだかこの時は勉強の息抜きに何か新しいことでも始めてみたい気分だった。それにこの前から俺の頭から消えないあの記憶を振り払うためにも別のことで気を紛らわせたい気持ちもあった。

 

「だったら芥川龍之介の短編がおすすめです! 短いしオチも明確なので初めての方にも読みやすいと思います!」

 

「芥川龍之介か。わかった今度読んでみるよ」

 

「本当ですか! 是非感想聞かせて欲しいずら!」

 

 初めの遠慮しがちな雰囲気はどこへやら、積極的に話をしてくれるようになった。謎の口癖ももう復活してるし。でも楽しい。

 

「じゃあまたね。気をつけて」

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

 バス停につくと花丸ちゃんはペコリと今度は大きく頭を下げた。なんて礼儀正しくていい子なんだ。いい子すぎて悪い奴に捕まらないか心配になってきた。

 

「あ、そうだ」

 

 あることを思い出して自転車を漕ぐのを止める。あいつの幼なじみとして言わなきゃいけないことを忘れるところだった。

 

「善子が学校いけなかった頃、プリント届けてくれてありがとうね。あいつ花丸ちゃんのおかげで学校行けたと思うから」

 

「そんな、まるは大したことは。こちらこそ善子ちゃんのおかげで学校楽しいです」

 

 伝えるべきことを伝えることができたので今度こそ彼女と別れた。花丸ちゃんには今度何か奢ってあげたいな。あんな素朴な感じの子、今時なかなかいないだろうし。

 

 

 

 

 

 それから図書館に行き勉強することは日課になっていた。花丸ちゃんとは何度か会い一緒に帰った。とても純粋でお淑やかな子だ。扱いは慎重にならざるを得ない。善子と話す時とは違い卵をそっと運ぶようなそんな気持ちで接していた。

 

「花丸ちゃん」

 

 ある夏の日。勉強を終えて家に帰ろうと、出口でまた花丸ちゃんにあった。最近Aqoursのライブ動画を見る際は花丸ちゃんに注目してるんだけど、あの素朴な感じがいいんだよな。控えめでそれでも一生懸命にステージで輝こうとする姿を見てついつい応援したくなる。

 

「早人くん、勉強お疲れ様ずら」

 

 俺たちは特に示したわけでもないが自然と一緒に駅前のバス停まで歩く。もう一緒に帰ることは当たり前になっていた。彼女と一緒にいる時間は勉強で疲れた俺にとって癒しだった。

 

「そうえいば芥川の『芋粥』読んだんだけどびっくりしちゃった。あれ100年くらい前の小説なのに、人間の本質みたいなのをうまく描いてて、現代の自分でも共感できちゃっったよ」

 

 『芋粥』は芥川龍之介が書いた短編小説だ。ページ数もさほど多くなく、すぐに読むことができた。芋粥をずっと思う存分食べたいと思っていた男いた。その男は、芋粥を少ししか食べたことがなかったが、ある時ついに芋粥を好きなだけ食べられることになる。しかし、その時になって「芋粥をたくさん食べたいと思っていた時期の方が幸せだった」と気づく話だ。

 

「え、もう読んでくれたんですか!?」

 

 花丸ちゃんは驚きと喜びに満ちた様子だ。この子わかりやすい。

 

「うん。勉強の休憩に読んだよ。いつも家ではゲームばっかしてるけどたまには本読んでみるのもいいものだね」

 

「楽しんでもらえてよかったです! ずっと昔に書かれた小説なのに、共感できてしまうのが面白いですよね」

 

「昔の人も今の人も、人間って変わってないのかもね」

 

「はい。特に芋粥をたくさん食べれるって直前に、やっぱり芋粥食べるのを延期してもうちょっと後にして欲しいって思うところか、すごく共感してしまいました」

 

「花丸ちゃんは、似たような経験あるの?」

 

「ありますよ」

 

「どんな時?」

 

「好きな作家さんの最新作の発売前にそう思っちゃったことがあります」

 

 花丸ちゃんはすごく純粋な本が好きな女の子なんだな。

 

「それで、読んでみてどうだった?」

 

「ちゃんと面白かったですよ」

 

 そう言って笑う花丸ちゃんはまるで天使のようだった。

 

「それはよかった」

 

「早人くんはありますか? そういう経験」

 

「うん、ゲームの発売前に思ったことあるかも。お店で買った瞬間に、ちょっと物足りなく感じちゃったかもなあ」

 

 花丸ちゃんと俺は笑ってバス停への道を歩いた。案外、人って違わないのかもな、なんて思った。

 

「『ひょっとこ』って話も読んだよ」

 

「人間の二面性を描いた話ですよね」

 

 俺がそのタイトルを出した途端、花丸ちゃんは、またわかりやすく嬉しそうに話す。『ひょっとこ』はある男が酒に酔っている時と酔っていない時のどちらが本当の自分かわからないという話だ。

 

「そうそう。あれ読んでさ、普段の善子も、堕天使ヨハネも、スクールアイドルの時の善子も全部善子なんだなって思ったんだよね。普段の善子と堕天使ヨハネが一緒ってことはずっと一緒だからわかってたけど。でも、スクールアイドルの時の善子はなんかちょっと特別に見えたからさ、でもその善子も善子なんだなって思った」

 

 俺の話を聞いていた花丸ちゃんはしばらく下を向いて考えてからこう俺に聞いた。

 

「あの、スクールアイドルの時の私と普段の私って何が違うんでしょうか」

 

 突然質問をされて、一瞬立ち止まってしまう。そう言われると、難しい。花丸ちゃんとはまだ出会ったばかりだし、普段の花丸ちゃんもまだよく知らない。でも今見た限りじゃあんまり違わない感じもするけどなあ。俺は正直に思ったことを答えた。

 

「今の花丸ちゃんもステージの花丸ちゃんもあまり大きく違わない気がするよ、でもそれがいいんじゃないかな」

 

「そうなんでしょうか...」

 

「でも、それがいいんだよ」

 

 花丸ちゃんは小さく答えた。あまりうまい返しができなかった。本当に花丸ちゃんは今のままでいいのに。バス停で花丸ちゃんと別れ帰路に着く。花丸ちゃん癒されるなあ。あんな子と一緒にいられれば、きっと善子も学校や部活楽しいだろうな。

 

 

 

 

 またその次の日。この日も図書館で勉強したものの花丸ちゃんには会えなかった。部活や友達との予定もあるだろう。毎日図書館に来るわけじゃないよな。なんだかちょっとがっかりしてしまった。それより俺は勉強のこと考えなきゃいけないんだけどな。

 

 

 

 

 

「早人。これなんだけどさ」

 

 図書館で勉強を終え帰宅後、夕飯時に母さんから一枚のチラシを手渡された。そこに書かれていたのは。

 

「秋葉原大学?」

 

「そう。オープンキャンパスを今度やるらしいの。行ってみたら?」

 

「いや東京って」

 

「いいじゃない。あんた最近勉強頑張ってるみたいだし。お母さん感心しちゃったよ。ずっとゲームばっかしてたのにねえ」

 

 うちの両親は放任主義というかあまり勉強について干渉してこないタイプだった。なのでゲームばかりしても特に叱られることはなかった。それでも最近図書館に通ってるのに進路の話をしない俺に流石の両親も少しは干渉する気になったのだろう。

 

 それから自室のベッドで天井を眺める。東京か。まあ確かに東京は憧れるけど。東京に行くとなると一人暮らしだし善子たちとも離れなきゃ行けなくなる。でも最近勉強のやる気も出てきたしどうせなら東京の大学にも挑戦してみたい気持ちもある。

 

「俺も挑戦してみるときかな」

 

 この前の夏祭りのAqoursのパフォーマンスを見返す。まあ善子のことは何度も見てるからフリも完全に覚えちゃってるんだけど。いつも善子に向けている視線を外し、最近仲良くなった文学少女に目を向ける。図書館で会った彼女。自信たっぷりな善子と違って若干控えめな印象を受ける。それでもステージで一生懸命に自分を表現する彼女からは前へと進む意志を感じることができた。この映像から読み取れることは想像の範疇を超えないけれど、きっと誰よりも緊張してこのライブに挑んでいるんじゃないか。少しだけだけど彼女と話して思った。彼女は自信満々で堂々としているタイプじゃなさそうだ。でも。

 

 そんな困難を前に進もうとする彼女を見て背中をぐいと押されたような感覚がした。

 

 

 

参考文献 芥川龍之介(1989). 羅生門・鼻・芋粥 角川文庫

 

 

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