今にも堕ちてきそうな桜の木の下で   作:航貴

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7話 東京

 

「え! 東京に行くんですか?」

 

「まあ行くって言ってもオープンキャンパスだからさ」

 

「でもすごいです。東京の大学に行くなんて」

 

 図書館からの帰り道。この日は花丸ちゃんと出会うことができた。毎日ではないものの、数日に一度花丸ちゃんとこうやってバス停まで一緒に帰ることが日課になっていた。俺にとっての癒しの時間としていつも楽しみだった。

 

「でもその日ちょうど大会の日と被っちゃってるんだよね。だからごめんライブには行けないんだ」

 

「全然気にしないでください! 大事な時期なんですから」

 

「ありがと、会場には行けないけど後で動画絶対見るから」

 

「が、がんばります」

 

 受験勉強について本腰を入れることが全くできなかったけど、最近はちょっとずつ進むべき方向が見えてきた気がした。果南の言ってた通り小さいことから始めるってのは大事なのかもしれない。

 

「あの、早人くん。質問があるんだけど」

 

「質問?」

 

 別れ際、今までの砕けた雰囲気から一転して花丸ちゃんは改まって真剣な声色で聞いてきた。そんな花丸を見ていつかの幼馴染から相談されたあの日のことが思い出される。

 

「私のアイドルとしての魅力ってなんだと思いますか? この前は今のままで良いって早人くん言ってくれたけど」

 

 花丸ちゃんの魅力。確かにこの子は善子やルビィちゃんとは違う。きっとこの子にとってはそれが悩みなんだろう。自分の魅力って自分では気づけないもんなあ。

 

「本当に今のままでいいんだよ。無理に変えなくていいと思う」

 

「今のままって、おら自信なくて」

 

「自信のない女の子が一生懸命、頑張ってる。それがいいんじゃない。そんな花丸ちゃんに背中押される人だっていると思いよ」

 

「...そうなですか?」

 

「俺は花丸ちゃんに背中押されてるから。いつも図書館で会えるの楽しみにしてる」

 

「...あ、ありがとうございます。私も会うの楽しみです」

 

 そこでちょうどバスがやってきて彼女と別れた。俺の言葉は嘘でもお世辞でもない。花丸ちゃんだからこそ勇気をもらえるって人もいると思う。現に俺が励まされたから。その後も数日に一度は花丸ちゃんと会った。本のことだけじゃなくて学校のことや部活のこと色々話した。善子とも仲良くしてくれてるみたいでありがたい。花丸ちゃんと話す時間は勉強後のささやかな楽しみになっていた。

 

 

 東京へオープンキャンパスに行く日になった。余裕をもって行くために前日からホテルに泊まることにした。重いキャリーケースを引きずりながら商店街を抜ける。駅近くに安く新幹線の切符を買える券売機があるのでそこで購入。無くさないように切符を財布にしまい駅へ向かった。

 

「梨子ちゃん。次のステージは絶対みんなで歌おうね!」

 

「え」

 

 改札前で何やら女の子たちが集まっている。よく見るとその群衆の中に梨子に大きな声で声援を送る千歌の姿が見えた。

 

「早人くん!?」

 

 同じく大きな荷物を抱えた梨子はその琥珀色(こはくいろ)の瞳を俺に向けて戸惑っていた。

 

「その荷物...どこか行くのか?」

 

「東京に」

 

「奇遇だな俺も東京行くぞ」

 

「え!?」

 

 何という偶然。同じ日に同じ場所に行くとは。改札の外を見ると他のAqoursのメンバーがこちらを見ている。曜と千歌は梨子が俺に告白してくれた件を知っている。2人はなんだか気まずそうに不自然に俺から視線を逸らしている。俺も同じ気持ちですよ...善子はこちらをじぃーっと見つめてる。なんですかその意味ありげな感じは。すぐ横にいた花丸ちゃんは手首を動かして小さく手を振ってくれた。かわいい。俺も小さく手を振る。

 

「早人もどっか行くの?」

 

 事情を何も知らないだあろう果南が質問する。

 

「オープンキャンパスに行くんだ」

 

「そっか、見つかるといいね。やりたいこと」

 

「うん」

 

 果南とのあの時の会話を思い出す。振り返ればあの時果南に言われたことがきっかけで勉強をするようになったんだよな。果南には感謝しかない。やりたいこと見つかったら彼女に報告しよう。

 

 俺と梨子は揃ってホームへ向かう。あの時、告白を断ってから梨子と会うことはなかった。というか気まずい。きっと梨子も同じ気持ちだろう。だからと言ってここで分かれて別々の電車に乗るのもそれはそれで気まずい。

 

「そういえば新幹線は指定席?」

 

「ううん、自由席にしちゃった。早人くんは?」

 

「俺も自由席」

 

 指定席なら自然な形で分かれられたのに。新幹線は東京まで約1時間ほど。気まずいけどこれは一緒に行くの確定だ。三島駅で乗り換え新幹線に乗り込む。自由席の車両に乗り込み自然と隣の席に座った。まあそうなるよね。

 

「梨子は何しに東京行くの?」

 

「私はピアノのコンクールがあるの。ラブライブと被っちゃったんだけど千歌ちゃんが行ってほしいって背中を押してくれたの」

 

「そうなんだ。頑張れよ」

 

「うん」

 

 それから特に話すこともなく沈黙が流れる。どうしよう。梨子は外の景色を眺めてる。絶対気まずいって思ってるよな向こうも。無理矢理会話を続ける方が気まずい気がするので、俺は英単語帳を読むことにした。一度読んだだけでは覚えることは到底できないので何周も読むことが大切だと、英語の先生に言われた。単語を記憶するように読む。

 

 全然集中できねえ...

 

 俺が単語帳を読み始めたせいか梨子もスマホいじってるし。さっきから同じページを何度も何度も行ったり来たりしているのだが全く頭に入らない。東京まで約1時間。このまま単語帳を読むふりをするよりかはいっそのこと喋った方がいいだろう。俺はパタンとそれをしまうと梨子に話しかけた。

 

「東京のどの辺に行くの?」

 

 梨子は突然に質問に戸惑ったのか一瞬表情を固めた。

 

「上野だよ。早人くんは?」

 

「秋葉原」

 

「えっ秋葉と上野は近いよ。歩いて行けちゃう距離」

 

「そうなの?」

 

 東京の土地勘が全くないので知らなかった。上野といえばパンダが有名だよな。

 

「ピアノのコンクールは明日?」

 

「うん。夕方からよ」

 

 そうか。だったら間に合うのかな。梨子のピアノを生で聴いたことってないしいい機会かも。

 

「秋葉大のオーキャン?」

 

「うん。俺も明日」

 

「そっか。なんで秋葉大にしたの?」

 

「大した理由じゃないよ。ただ何となく。有名だし」

 

 梨子のピアノ聞きに行くよと喉まで出かけたがやめた。間に合う保証もないし、何よりプレッシャーを与えてしまうと思ったからだ。

 

「それでも東京の大学行こうって思えるのすごいな」

 

「いや、まだ決定じゃないし。受かるかもわからないから。やりたいこともわかんなくて今はただ勉強してるだけで」

 

「それで十分なんじゃない。ごめんね私まだ2年生だから他人事みたいに言っちゃって」

 

「いいよ気にしないで」

 

 十分なのか。というかピアノの大会に行く人とただ大学を見学しに行く人、全然違うじゃん。車窓からは青く広がる海が見える。梨子は、沼津の景色が好きだと言ってくれた。この町が、Aqoursのことが好きだと。そして俺のことも。自分みたいな普通の高校生のどこがいいのか。俺は結局、堕天使スクールアイドルの隣の家に生まれただけの平凡な男だ。自信を軽く失い景色を呆然と眺めてる。東京の景色はきっと沼津以上の人と建物で溢れているのだろう。俺はそこでやっていけるのか。漠然とした不安がのしかかった。

 

「部活の時ね善子ちゃんいっつも早人くんの話するんだよ

 

 重苦しい雰囲気を変えるためか梨子が部活の話題を振った。善子が俺のこと? そんな話すこと何かあるのだろうか。

 

「え、俺の悪口?」

 

「もぅ、そんなわけじゃないでしょ。『早人はすごいんだから』っていつも自慢してるの」

 

「すごい? 俺のどこが」

 

「それは本人の口から聞いてほしいな」

 

「まあゲームが上手いとかそんなもんだろ」

 

「まあそれもあるけど。それだけじゃないよ」

 

 梨子は何が面白いのか楽しそうに微笑んでいる。俺のすごいところなんて全く思いつかないのだが。教えてくれと聞いても頑なに教えてくれない梨子。何度か同じやりとりをするも「それは善子ちゃんから直接聞いてほしいな」と教えてくれない。このまま続けても教えてくれなさそうだし、ちょうど東京に行くのだから東京の話題に変えた。

 

「東京でなんか見ておく場所ってあるかな」

 

 梨子はうーんとちょっと考えた。俺はあんまり時間はないけどと付け足した。

 

「東京駅の中だけでもたくさんお店あるし、楽しいんじゃないかな。漫画とかのお店もあったんじゃないかな」

 

 なるほど、帰りに寄ってみるのも楽しそうだ。漫画と言えば俺は前に善子から聞いたことを思いだした。

 

「秋葉原には、梨子がよく行ってたお店とかないの?」

 

 俺がそう質問すると梨子は携帯の地図を見せながら色々教えてくれた。あんまり時間はなさそうだけど行ってみたいな。特にお気に入りもラーメン屋さんを強くおすすめされたので行ってみることする。

 

「そうやって普通に接してくれるのが嬉しかったんだよ。私の事、普通の女の子として見てくれるよね」

 

「普通?」

 

 突然、そう言われて聞き返してしまった。普通。俺にとっては自分の嫌なところ。普通な自分。すごくない自分。同年代の彼女たちを見て自分の至らなさを自覚しなければならない嫌な言葉だった。

 

「私ね、小さい頃時からピアノやっててそれなりに結果も出せてたからよく褒められたの。それに自分で言うのもあれあだけど、美人だねって言われることもあって」

 

 自分で言うのかよ... 確かに美人だとは思うけどさ。

 

「周囲の人は私にすごいねって言ってくれたんだ。でも気を使われてる気がして対等に接してくれる人は少なかったの。私のピアノの部分しか見てもらえない。だからもしもピアノが弾けなくなったら、みんな私のこと嫌いになっちゃうのかなって」

 

 梨子は外していた視線を俺に向けた。

 

「でもね、早人くんは私の普通の部分を見てくれたんだよ」

 

 そう言う梨子は優しく安堵したように笑った。

 

「私の好きなものの話、学校の話。普通のすごくない部分を見てくれたから早人くんといるときはすっごく安心できたんだ。この人の前ではすごくなくていいんだって」

 

「そんなつもりじゃ」

 

 俺は何も考えたことなかった。自分がそんなふうに見られてたなんて。俺はただ普通に接してただけなんだけど。でもその普通の部分が梨子にとっては大事だったのかもしれない。

 

「だからね、早人くんはもう今のままで十分魅力的なんだよ」

 

 梨子がそう言ったとき、窓に映る景色には背の高いビルが遠くに見えた。

 

 

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