寄るところがあるとのことで梨子と東京駅で分かれた。若干の不安を感じつつもスマホの地図を頼りになんとかホテルへ到着する。その日は特に予定もないため秋葉原をぶらぶらした。おおすげえ、本当にオタクの街だな。道路の至るところにメイドさん立ってるよ。アニメ関連のグッズを数点購入した。夕飯は梨子のおすすめのラーメン屋さんに行ってきた。ちょっとだけ並んで待ったけどすごく美味しかった。
翌朝。ホテルで朝食を済ませ秋葉原大学に向かう。この大学は国内でも屈指の学生数を誇る人気大学だ。文理合わせて11の学部と数えきれないほどのサークル活動を売りにしている。大学の門をくぐるとそこには夏祭りを彷彿とするような人混みが広がっていた。人の海をかき分けて案内をしている腕章をつけた学生に続く。実行委員の学生たちが校内を案内しているみたいだ。100人以上は入るであろう大教室に連れて行かれる。大学ってこんな広い教室があるのか。思わず興奮する。その後次々と学生や教授が登壇し大学の説明や模擬授業が行われた。説明では様々な大学の強みが語られた。学生数が多いこと。海外からの留学生も多いこと。サークル活動が盛んで非公認サークルも入れれば100を超えるサークルがあること。学部の専門外の授業も受講できることなどどれも魅力的だった。実際に通う学生の声も聞けたし何より教授の模擬授業が面白かった。もちろん、体験授業だし、全ての授業がそうってわけじゃないだろうけど、なんだかちょっと今よりも勉強してみたいと思えた。それから最後に学生による受験勉強のアドバイスをもらい、オープンキャンパスは終了した。大勢の人の波に沿って大学を後にする。朝来た時はただ大きいとしか思わなかった校内も、帰るときには憧れの知の宝庫に見えた。明快にやりたいことが決まったわけじゃない。でも、ただこの大きな大学に入りたいと思った。ここで過ごしてみたい。こんなすごい大学に来る人たちはどんな人なんだろう。他のオーキャンの参加者を見てそう思った。
時計を見るとまだ時刻は16時過ぎ。
「走れば間に合うか」
資料の入ったビニール袋をリュックに入れると俺は秋葉原の街を駆け抜けた。梨子は午後のかなり最後の方の発表だと言っていた。正確な時間は聞いてないもののまだ間に合う可能性がある。スマホを取り出し、梨子の出場すると言っていたコンクール名で検索する。お、いけそうだぞ。
「すいませんっ」
時折人にぶつかりそうになりながら高架下を通る。こんな細い道になんで人がいっぱいいるんだよ。梨子が言ってた疲れるって言葉の意味がやっとわかった気がする。何分かして目的の建物が見えてきた。中に入るとまだ開演時間前で会場に入ることが許された。乱れる呼吸を整えて受け取ったパンフレットを確認する。彼女の出番は、結構前の方だった。
どの出演者も演奏が上手く、聞き入ってしまう。ピアノの知識のない俺でもすごいことがわかる。何人かの演奏が終わって、梨子が壇上に上がってきた。ピンクのドレスを着て大きなリボンをつけている。観客席に向かって一礼すると慎重に席に座る。これだけの観客だしきっと俺には気付いてないだろう。1人で大勢の前で演奏するなんてきっと物凄い緊張だろう。でも彼女はその細い腕で力強く演奏を始めた。彼女は海の音を聞いたと言っていた。それがなんなのかはわからない。それでもこの曲からは広くて深い海のどこまでも続く底の見えない神秘的な雰囲気を感じることができた。海の中では人間の発する声も、外の光も小さくなってしまう。下を見れば深いどこまでも続く闇が広がる。この曲からは海のの美しさや深さ、そして一人で静かに海にいる様子が伝わってくる。でも今は1人でも決して心は独りじゃないとそう言っているようにも聞こえた。
梨子の発表は拍手喝采で幕を閉じた。すごい。凄すぎる。俺は思い切り手を叩いた。俺と一つしか歳の変わらない子がこんなに素敵な人の心を揺さぶる演奏をしている。それでもこの時は彼女と比べて自分はダメだとかそんなことは思えなかった。遥か先を走っていた遠くに見えた背中は今では見えない。彼女は俺の隣を肩を並べて並走しているんだ。オープンキャンパスに行って、この大学に行きたいと思えた。明確な将来の目標は決まらなくても今やってみたいことは見えた。この道がどこに続いているのかはわからないけど、足元にある道ははっきりと明かりに照らされている。だから迷うことを恐れずその一歩を踏み出していけばいい。自分は何もないと平凡な人間だと思っていた。果南の言っていた言葉が蘇る。目の前の出来るをやるだけだと。本当は梨子だって果南だって最初は普通だったのかもしれない。ただ目の前のできること、やりたいと思ったことを一歩一歩進んだ結果が今なのかもしれないと思った。
会場を後にする。梨子にメールを送信しようとしたが、本文を書く途中でやめる。このことは今度会った時直接伝えよう。ホテルで荷物をまとめ東京駅へ向かう。新幹線まではまだ少し時間がある。梨子が東京駅は色々お店があるよって教えてくれたし行ってみるか。家族にお土産でも買いたいし。バナナのお菓子が有名だったような。それでも買って帰ろう。お土産を買い重い荷物を抱えながら新幹線へと乗り込んだ。窓を覗くと太陽が沈みかけ東京の街を赤く染めるのが見える。また来るよ。そう心の中で呟いて、列車は東京を出発した。
東京から帰ったきてから勉強へのやる気はますます熱を上げた。午後から行っていた図書館へは午前から行くようになった。あの大きな大学に行きたい。そんな思いが自然と俺を机に向かわせた。もちろん苦しいと思うこともあったが目標に向かって少しづつ前進していることを思うと達成感で胸がいっぱいだった。花丸ちゃんともちょくちょく図書館で会って話した。行きたい大学ができたことを伝えた。明るい報告ができてよかったし花丸ちゃんも喜んでくれた。夏休みの終わり、Aqoursの地区大会決勝にも行った。残念ながら地区大会突破はできなかったものの、9人の健闘はしっかり俺の胸に焼きついた。ラブライブは年2回開催されるのでまだまた2学期にチャンスはある。次の大会に目標を切り替えたAqoursはまた一歩踏み出したみたいだ。本当に強いグループだよ。俺も負けてられないな。
2学期が始まった。俺は勉強、善子は練習とお互い忙しく会えない日々が続いた。大会も終わったため久々に遊ぼうということで、善子は俺の部屋に遊びに来ている。まあたまには息抜きもいいだろう。久々と言ってもやることは大体テレビゲーム。レースゲーム、爆走バイクで俺が周回差でゴールを決めると善子がコントローラーを置いて倒れた。
「速すぎよ!」
「お前が下手なんだだけなんだよなぁ」
俺が勝って善子が文句を言う。やっぱり落ち着くな。久々に遊んだがいい感じにストレス発散できる。次はハンデありで勝負してやろうとあまり使ったことのないキャラクターを選択した。今度はいい勝負ができそうだ。
「最近花丸とよく会うんだってね」
「花丸ちゃんから聞いたのか。図書館館で勉強するんだけどそこでよく会うんだよ」
「仲良さそうね」
「まあ仲良いって言っていいのかな」
ちょうどカーブに差し掛かったのでブレーキを踏みながらドリフトを決める。
「私は早人が誰を選んでも祝福するわ」
「はっ!?」
っぶね! 思わずハンドルを切り遅れコースから外れる。やばい抜かれた。
「何よ。花丸といい感じなんじゃないの」
「いい感じって。ただの図書館仲間だよ」
「...そう」
花丸ちゃんそんな風になんて考えたことない。ちょっと意識しちゃうからやめてくれよ。俺はむず痒くなって話題を変える。
「そう言う善子はどうなんだよ。梨子とは」
「私は普通よ。普通」
「普通って」
「...思うようにはいかないものね。これも定め」
返す言葉が見つからない。善子は俺と梨子の関係を知らないはず。だが上手くいかないとは何のことだろうか。まさか、告白したんじゃ。俺が困惑しているのを見て訂正が入る。
「告白してないわよ。ただね、梨子の気持ちは別の人に向いてるんじゃないかなって」
「...なんでそう思うんだ」
「話してれば雰囲気で大体察するわよ」
それから何を言えばいいのか分からず黙ってしまう。
「梨子が早人のこと好きって言ったらどうする?」
「っは!? り、梨子が俺のこと!? そんなわけねえだろ」
「もしもの話よ」
「もしもって何もしないよ」
「それは私に気を遣ってるの?」
違うと言えば嘘になる。だって俺にとって善子は大切な幼馴染だし。だから善子の恋を応援しないって選択肢はあり得ないんだ。
「俺はお前の恋を応援するって」
「言っとくけど、この堕天使ヨハネ様にそんな気遣いは無用よ。私の運命は私が切り開くもの」
「そりゃあ頼もしいな」
「あったり前でしょ」
善子はどうだと言わんばかりに胸を張る。あの時の弱々しい彼女はもうそこにはいなかった。勉強で忙しくしばらく見ない日が続いたが彼女の俺の見えないところで成長するきっかけに出会えたのだろうか。
「超絶可愛い堕天使ヨハネ様が相手なのよ。だから、手を抜くなんて眷属如きにおこがましいわ」
「もしかして梨子から何か聞いたんじゃ」
「堕天龍鳳凰縛!!」
俺の問いに対し帰ってきたのは、謎のプロレス技だった。肩と腰をしっかり手足で捕縛されコントローラーを落としてしまう。全然痛くねえけど...
善子は梨子が俺に告白したことを知ってるんじゃないか。それを知って俺の好きにしろと、そう言っているのだろうか。確かに梨子は素敵な女性だと思うけどだからって付き合うとかそういうのは。俺は纏わりつく堕天使を解きながら考えた。
「すきありっ!」
善子は素早くコントローラーを拾うと一気に加速アイテムを使い俺より先にゴールした。この堕天使め...善子がどこまで知っているのかは謎だ。もしも善子が梨子の気持ちを知っていて、それを配慮してるんだとしたら。俺はそのことが頭を離れずゲームに集中できなかった。