殺し屋、鎖に繋いだ嫁の為にメシを作る   作:和鳳ハジメ

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ターゲット5/お嬢様と護衛の『ブリの塩焼き』

 

 

 貴咲と学生時代の後輩、八条優香の再会はその場で一端終わりとなった。

 そも、夜も遅い時間だったからだ。

 連絡先の交換の後、雷蔵と貴咲は家に彼らを呼ぶことに決めたのだが。

 

「もうそろそろだね、いやー早めに仕事を片づけたかいがあったよ。危うく間に合わない所だった」

 

「今日の現場、遠かったの?」

 

「距離じゃなくて人数かな、半島系の弱小勢力って話だったのに同じ場所で大陸系のマフィアの密入国があってさぁ……、いやぁ手間だったよ」

 

「返り血こそ無いモノの、血の匂いがしてたものね旦那様。ふふっ、間に合って良かったわ。大事な後輩だから貴方にちゃんと紹介したかったの」

 

 雷蔵が言えた事ではないが、交友関係が少ない貴咲がそこまで言う相手。

 八条優香とは何者なのだろうか、ただの後輩ではあるまい。

 彼は非常に興味をそそられたが、すぐに分かる事だと頷いて。

 

「――部屋の中に凶器ナシ、掃除はした、食材は買ってある、貴咲に鎖はつけてない。…………来客を迎えるにあたって完璧だね!」

 

「私としては、付けても良かったのだけれど」

 

「いやいや、表の人なんでしょ? 首輪と鎖なんて、僕はともかく君まで特殊性癖の持ち主だと誤解されちゃうでしょう」

 

「旦那様がそう気遣ってくれるのなら……」

 

 彼女としては、そのままでもよかったのだが。

 夫の顔を立てるのも重要だと、そんな自分も悪くないと提案を受け入れた。

 口元が緩み、貴咲が無意識に笑顔になった瞬間。

 ――ぴんぽーんとドアベルの音が。

 

「おほほほッ、お邪魔しますわ貴咲お姉様!! 貴方の大事な妹分・八条優香、――見参!!」

 

「お久しぶりっス不破のお嬢様、この度はウチのアホンダラお嬢様をお招きありがとうございますッス」

 

「ちょっと野咲!! 仮にも雇い主でしょうが!! もっとわたくしの事を敬いなさいなッ、だいた貴方は昔からお姉様の前で――――」

 

「ふふっ、相変わらずね優香、野咲さん」

 

 古い漫画から出てきたと言わんばかりのザ・お嬢様、金髪ドリルツインテールの八条優香に。

 黒いスーツにサングラス、護衛ですと言わんばかりの男性・野咲芳雄。

 最後に直接あったのが貴咲が高校を卒業した二年前、あまり変わらぬ光景に彼女は微笑んで。

 

「あはは、個性的な人達だね。僕は――」

 

「見たことがありますわね下郎、以前何度かお姉様の護衛だった人でしょう。さ、お姉様、はいッ!!」

 

「ふぇ?」「ちょっとお嬢!?」「うーん??」

 

 次の瞬間、ガチャンという音と共に優香は貴咲の首に鉄製の首輪をつけ。

 貴咲は目を丸くし、野崎は慌て、雷蔵としては首を傾げるばかりだ。

 無論、彼はその一部始終を見ていたし止めることも出来た、だが。

 

「――取りあえずさ、僕の奥さんに勝手に首輪とつけた理由を聞いていいかな?」

 

「はァ? たかが護衛に話す事など――………………え? ええッ!? ええええええええええええッ!? つ、つつつつつつつ~~~~~~~~~!?」

 

「言ってなかったわね、あの家を出て結婚したのよ雷蔵と」

 

「うええええええええええええええええッ!? そ、そんなぁ!! お姉様が馬の骨に汚されてしまいましたわッ!?」

 

 がびーん、と文字が見えそうな表情で驚く優香に、対して護衛の野崎はサングラスの奥で、冷静に雷蔵と貴咲を観察していた。

 

(結婚? あの『不破』の長女の貴咲さんが? 相手はこの男――どっかで見たような気がするけど、そうじゃなくて、…………え? 『不破』って確かキリングドールに殺されたって――――んんっ??)

 

 三ヶ月前、日本の裏社会を震撼させる出来事があった。

 歴史を遡れば平安時代から存在する、裏社会の暴力の頂点『不破』一族。

 その党首から末端まで一人残らず、族滅の憂き目にあったと。

 

(そうっス、何で気がつかなかったんスか俺!! 貴咲さんが生きてる訳ないって、だって長女っスよ?? そんな貴咲さんが生きてて、結婚、……え、結婚? この旦那さん、何処かで見たような??)

 

 野咲は雷蔵の顔を主人である優香と同じく、まじまじと見る。

 主人はさっき何と言ったか、貴咲の護衛で見たと言ってなかったか。

 それはつまり、不破の人間であり。

 

(今、不破で唯一生存が確認されている人物、――不破が作り上げた最終兵器・殺戮人形その人じゃないっスかねぇっ??)

 

(護衛って聞いてたけど、うーん、どっちかっていうと僕側というか……殺し屋じゃないかな野咲さん。うん、前に見たことあるし。八条も古い家だもんぁ、子飼いの殺し屋だっているだろうし、娘の護衛につけても不思議じゃないか)

 

(――っ!? うわ見てる!? キリングドールが!! 殺戮人形が俺を見てる!? は? 死ぬ?? 今日が俺の命日っス?? あ、そういえば首輪……ああ、そっか、俺……今日、お嬢と一緒に死ぬんスね……)

 

(なんか親近感沸くなぁ、でもちょっと羨ましくもあるね。さっきの遣り取り、優香さんとは良い関係を築いているんだろうね)

 

 笑みを浮かべる雷蔵に、彼の正体に気づいてしまった野咲は青い顔でぷるぷる震え。

 一方で貴咲といえば、涙目の優香にヒシと抱きつかれ。

 

「なんで教えてくださいませんでしたのお姉様ァアアアアアアアアアアア!!」

 

「ごめんなさいね、急な結婚だったから」

 

「急な? ――はぅぁッ!? ま、まさか駆け落ち!? だから不破の御本家にも連絡つかないしお父様は探さない様に仰ったし……!?」

 

「駆け落ちではないけれど、ちょっと訳アリだったから。貴女を巻き込みたくなかったのよ」

 

 そんな水臭い!! と優香は叫んだ後、ギロリと雷蔵を睨んだ。

 コイツが、この男が大切なお姉様を、と言わんばかりの目つきに雷蔵としては苦笑しかなく。

 とはいえ、聞くことは聞かなければいけない。

 

「初めまして、貴咲の夫の雷蔵です八条さん。――で? 僕の妻に首輪をつけた訳を説明して欲しいんだけど」

 

「――――がるるるるッ、あ、貴方がお姉様の……くッ、み、認めませんわ!! せっかくお姉様が本当のお姉様になってくれるかもって、ウチのお兄様と結婚して貰うかお父様に養女にして貰う為に連れて帰ろうと思ったのに!!」

 

「お、お嬢~~~~~~!? け、喧嘩売らないでくださいっス!? あ、すみません雷蔵さん?? お嬢に悪気は無いんです、ただちょっと貴咲さんの事になると頭のネジが外れるだけで、今回も不便な暮らしなら助けようって思っただけで――――」

 

「ははぁ、なるほどね。…………うん、良い妹分だね貴咲」

 

 あはは、と爽やかに笑う彼の姿は優香にとっては挑発に見え、野咲にとっては処刑宣告に見えた。

 しかし、妻である貴咲にとっては。

 

「でしょう? 空回りは多いけれど良い子なのよ。理解してくれて嬉しいわ。てっきり旦那様なら――」

 

「嫉妬するとでも思ったかい?」

 

「……少しだけ、危惧していたわ」

 

「安心しなよ、まぁ八条さんが男だったら話は違ってたけど」

 

(セーーーーフっ!! 圧倒的セーーフ!! お嬢が女でよかったっス!! 首の皮一枚繋がったっス!!)

 

 雷蔵の発言は、裏を返せば仮に優香が男だった場合。

 首と胴がさよならしていた可能性が高く、そしてその見解は貴咲も同じで。

 

「…………貴女って運の良い子よねぇ、よしよし」

 

「お姉様によしよしされましたわ!! 久しぶりで嬉しいですけれど何故か複雑!!」

 

「いやお嬢?? その運の良さを大事にしないと俺も守れませんよ??」

 

「え? 何その反応?? 僕、何か変なコトを言ったかい?? ま、せっかく来たんだし上がりなよ。一緒に晩ご飯を食べるんだろう? 今から貴咲と一緒に作るからお茶でも飲んでて待っててよ」

 

「お姉様の料理!? 食べる!! 食べます!! ――野咲、予定は全部キャンセルで!!」

 

「ちょとお嬢……、まぁ予想済みですし、ウチの系列店だからいいですけども……」

 

「相変わらず苦労してるわね野咲さん、今宵は優香と一緒にゆっくりしていって」

 

 そうして、雷蔵と貴咲はエプロンをつけたのであったが。

 調理に入る寸前、彼女はふと思い出したように優香と野咲の両名に問いかける。

 

「ところで貴方達、いい加減に恋人になったの?」

 

「「なんでコイツと!!」」

 

「あ、そういう仲なのね」

 

「「違う!!」」

 

 貴咲の後輩とその護衛はとても愉快で賑やかで、雷蔵はこういうのも普通の幸せかと噛みしめながら台所に立ったのであった。

 

 

 

 □■□

 

 

 

「それじゃあ貴咲、今日は何を作るの? やっぱりご馳走かい?」

 

「それも考えたのだけれど、普通の夕食を作るわ。――あの子に初めて食べさせた物を」

 

「食べさせた? ……ああ、そういえば君って料理研究部の所属だったっけ」

 

「ええ、家庭的な方が男受けが良いって強制的に。ふふっ、旦那様は嬉しいかしら? 妻が家庭的な存在で」

 

 棘の残る言葉に、夫としてどう答えたものか。

 仮に嬉しいと答えたら「男なんてそんなものね」と失望の台詞が出てくる気がする。

 しかし、悲しんだらそれはそれで「安い同情ね気が引けると思ったの?」と言われてしまう気がする。

 

(かなり僕らの仲は深まった気がするけどね、うん、それでもまだ色々あるからなぁ……)

 

 雷蔵は少しばかり考えた挙げ句、困った顔をして貴咲の手を両手で包み込む。

 何を言うべきかは決まっている、こういう時は己の心に素直になるべきだ。

 

「理由や過程がどうあろうと、僕の為に腕を磨いていてくれたって思っていいかい? 男として、そして夫として、健気に尽くし愛してくれる妻を持ったと自惚れても?」

 

「…………ゼロ点よ旦那様、台詞がクサすぎ」

 

「ええッ!? 採点厳しくない!?」

 

「妻の口説き方もなっていないなんて、不甲斐ない旦那様ですわ。寝物語に教えて差し上げますから、今は料理を始めましょう」

 

 話題を振ってきたのはそっちなのに、という言葉を飲み込んで雷蔵は頷いた。

 世の中には亭主関白という古い言葉があり、不破という家はその古さの見本のようなものであったが。

 己達はむしろ逆らしいと、苦笑を一つだけこぼして。

 

「ああ、あ゛あ゛~~……、ううッ、お姉様ぁ゛~~なんで、なんでそんな幸せそうにぃ~~~~」

 

「え、幸せそうなんスかアレ?? 怒っているワケじゃなくて?」

 

「は? そんなコトも分からないんですの野咲?? 貴方、お姉様と出会ってから何年たってるんですの??」

 

「無茶言わんでくださいっスお嬢……、俺は護衛なんスからむしろお嬢の周囲に目を向けてるんですよ??」

 

 野咲は一刻も早く逃げ出したい一心を、必死に隠し通しながら主人にヘーコラした。

 不破貴咲が主人の敬愛する先輩であれ、夫が裏でも名高い殺し屋な上に、そも貴咲ですら『不破』なのだ。

 これが人生最後の晩餐である可能性も考慮して、護衛は青い顔をいっそう青くする。

 

「――あら、体調でも悪いの野咲? 先に帰ってる?」

 

「ま、まさかァ!! 元気溌剌ですよ!! むしろ元気すぎてお腹減ってるからそう見えるんスよ!! あー、お二人の作る夕食楽しみだなぁ……、何を作るんスかね?」

 

「ふふん! 教えて欲しい? 聞きたい? いえ、みなまで言う必要はありませんコトよ! おほほッ、このわたくしは材料を見ただけで理解できるのですッ! 貴咲お姉様と泥棒オス猫が作ろうとしているのは――ぶりの塩焼き!!」

 

「え? 照り焼きではなく?」

 

 野咲は護衛という立場を忘れ、思わず優香に問い返した。

 普通、ぶりならば照り焼きが定番ではないのだろうか。

 それを塩焼き、確かにそれも美味しいだろうが何故そのチョイスなのか。

 

「これはね、わたくしとお姉様の思い出の料理なの。友達を求めて料理研究部に所属したはいいものの……」

 

「成金の娘だからってハブられてたんスよね」

 

「まったく度し難いですわ、我が母校の風潮も……それは置いておいて。そんな中、唯一わたくしに優しく接し、本当の妹に様に可愛がってくれたのが貴咲お姉様なんですの……!!」

 

「何回言ったか覚えてませんけどね、俺、それを何度聞かさせるんス??」

 

 もはや野咲にとっては、そらんじられるぐらい繰り返し聞かされた話だ。

 当時もあの不破と関わってるなんて、と冷や冷やしながら聞いていたが。

 今となっては、主人の不興を買っても縁切りさせておくべきだったと後悔しかない。

 

「今でもはっきり思い出せますわ……、不破というお家柄、それに加えて誰よりも美しかったが故に孤高であったお姉様……、成績も優秀で、芸事にも秀でて、運動神経抜群で、全生徒の憧れだったお姉様……」

 

「それが何で、ぶりの塩焼きに繋がるんです?」

 

「料理研究部で貴咲お姉様は、孤立していたわたくしに手を差し伸べパートナーにしてくださいましたの……、そして当時のわたくしは料理などしたことがなく」

 

「なるほど、その時のメニューがぶりの塩焼きだったっスね?」

 

 優香はこくんと頷き、台所に立つ貴咲の背中に遠い眼差しを向ける。

 

「あの時のお姉様は、時間が少ない時は照り焼きよりも軽く塩をふって焼いた方が美味しいと微笑んでいらっしゃったわ」

 

 その笑みは美しく、しかしてどこか寂しげで。

 

(だから、お姉様の側にいたくなったんですの)

 

 優香とて不破の家の事は知っていた、美しい彼女が将来どんな目にあうかも予想していた。

 故に、少しでも良い思い出が残せればと。

 いつか、その運命から助け出せればと。

 

(――でも、助けられたのはわたくしだったわ)

 

 親しくし始めてすぐ、優香は孤立しなくなった。

 度胸があると、何より遠巻きにされながらも人気のあった貴咲と周囲の生徒だって親しくしたかったのだろう。

 目的はどうであれ声をかけてくれる人々が増え、中には今でも親しくする友人もいる。

 

「苦手だった勉強も何度も何度も教えて貰いましたし、本当に、お姉様には感謝しかありませんわ」

 

「…………やっぱり、結婚を知らさせなかったのはショックだったスか?」

 

「実は……少しだけですのよ。もしあのままだったら、お姉様とは一生会えない覚悟もしてましたから」

 

「お嬢……」

 

 寂しいような、嬉しいような、複雑な顔をする主人に野咲はそれ以上なにも言えなかった。

 

(知ってたんスねお嬢……、全部承知の上でお父上の反対を振り切って貴咲さんと仲良くして)

 

 きっと、だから不破貴咲も結婚の事を告げなかったし。

 不破という家が滅亡しても、優香に頼らなかったのだろう。

 二人は確かに、親友とも姉妹とも呼べる間柄だったのだ。

 

「悔しいですけれど……お姉様が幸せそうでよかった」

 

「雷蔵さんを認めるっスか?」

 

「お姉様が選んだヒトですし……、多分、お姉様を救ったのもあのヒトなのでしょう」

 

「それは……たぶん」

 

 野咲にとっては、貴咲が雷蔵に殺させず妻となっている事が不可解ではあった。

 彼とて耳にしている、不破がどんな事をしていたのか。

 歴史あるが故に、その権力が故に、誰もが黙認していたのだから。

 

「久しぶりだわ、お姉様の料理……。ぶりの塩焼きという事は玉葱の味噌汁と、付け合わせはほうれん草のゴマ和えでしょう。今から楽しみですわぁ……!!」

 

「…………まぁ、お嬢がそれで良いなら――――ッ!?」

 

「うん? あら? 今……、もしかして雷蔵さんって、護衛が本業ではなく料理人でしたの? ――ッ!? もしやッ、窮地に陥ったお姉様を料理人のあの方が救い出して駆け落ち結婚みたいな!? わたくしの知らないところで育まれていたラブがあるとッ!?」

 

(はぁ!? ――――嘘っスよね今の!?)

 

 妙な誤解を始めた優香とは違い、野咲は目を見開いて驚いた。

 驚きすぎて、顎が外れそうである。

 だってそうだろう、雷蔵が包丁を一度振り下ろしただけで玉葱が一つ丸ごと綺麗に切り裂かれたのだから。

 

(いやいやいやいやっ!? あり得ないっスよ!? 何で一回切っただけで全部切れてるス!? これが不破の最終兵器、殺戮人形の実力!? 腕の動きが全然見えなかったっスよ!?)

 

 何という所で、殺しの腕を見せつけているのだろうか。

 料理にそんな物が応用できるのか、仮に出来たとしてもどれぐらいの研鑽が必要なのか。

 裏に身を置く者として、欠片でも理解してしまった野咲の背筋は恐怖に震え。

 

「あ、またやったわね旦那様……普通に切れないのかしら? お客様の前なのよ?」

 

「え? 普通に斬るより早いならいいじゃん」

 

(こ、これはまさか――俺らなんて何時でも殺せるってメッセージっスか!? 死ぬ!? 貴咲さんが生きてるって知った俺らは生きて出られない!?)

 

(なんで野咲は白目むいてるのかしら??)

 

 雷蔵としては言葉のままの意味合いで、しかして野咲は先程の優香のように誤解を始め。

 そうとは露とも思っていない雷蔵は、豆腐を手に取り。

 

「――よっと、じゃあこれも小皿に分けておくね」

 

「…………旦那様と一緒に料理すると、包丁の腕が鈍りそうだわ」

 

(今度は豆腐を!? 何で投げて斬ったっスか!? 結構高くなげたのに崩れてないし、一度しか斬ってないように見えるのに均一な賽の目になってるっスよ!?)

 

「もしやお姉様、この方に料理を習っていたのかしら。……そうした時間が二人を結びつけて、でも周囲の反対が……っと、ダメよわたくし。勝手な想像をしてはダメ、お姉様に失礼……でも妄想止まりませんわぁッ!!」

 

 敬愛する貴咲と本当の家族になれなかったのは残念だが、もしや最良とも言える結果になっているのでは。

 夫婦の背中に、優香がそう思っている一方。

 

(よし!! ご飯食べたら全力で媚び売ってせめてお嬢様だけでも逃がすっス!!)

 

 誤解の解けない野咲は、固く決意を固めるのであった。

 

 

 

 □■□

 

 

 

 優香の予想どおり食卓には、ぶりの塩焼き、玉葱の味噌汁、ほうれん草のゴマ和え、そしてご飯が人数分並んでいた。

 それを前に、野咲は戦々恐々。

 貴咲の腕は信頼できるだろう、だがしかし、雷蔵の方はどうだ。

 

(い、いくらあんな絶技を見せても、味が良いとか限らないっスからね!! ――匂いはスゲー良いんスけど……)

 

(うーん、野咲くんまだ緊張してるみたいだね。何かサービスして稽古とかつけてあげた方がいいのかな?)

 

(――殺気っ!? こ、殺される!? やっぱり最後の晩餐なんスね~~~~!?)

 

(とうとう震えだした!? あ、もしかしてお腹減ってたのかな? それは悪いことしたなぁ)

 

 男たちがすれ違ってる一方、貴咲と優香はなごやかに。

 

「じゃあ食べましょうか。――いただきます」

 

「はいッ、いただきますッ!! ~~~~んん!! これですわコレ!! お姉様のお味噌汁、優しいお味……、玉葱の甘みがよく出てますわぁ」

 

「しばらく料理をしない日々が続いてたから、貴女にそう言って貰えて嬉しいわ」

 

「またまたぁ……、あ、でも雷蔵様は料理人なんですよね? なら作る機会が無いのも道理ですわ」

 

「料理人? ああ、どっちかというと野咲さんと同じよ旦那様は。刃物ならなんでも上手く使えるのよ」

 

 苦笑しながら告げられた言葉に、野咲としては震えるしかない。

 雷蔵が殺戮人形と認識してはいたが、1パーセントぐらいは別人の可能性があると縋っていたのだ。

 ああ、終わった、人生終わったと観念した彼は主人と同じく味噌汁から手をつけ。

 

「………………、あ、美味い」

 

「だろう? いやぁ、僕も最近食事時が楽しみでさぁ!」

 

 料亭のように極まった味ではない、ごく普通の、飲み慣れた実家の味という味。

 しかし、それが故に刺さる。

 男二人のように、いつ死ぬかも分からない裏家業にとって安心する味こそ至宝だ。

 

「嗚呼、……美味い、美味いっスねぇ……へへっ、なんか妙にしょっぱい気もしますけど」

 

「うぇっ!? ちょっと野咲!? なんで貴方泣いていますの!? そんなに美味しかった!?」

 

「あー、気にしないでやってよ八条さん。僕らみたいな人種には家庭的な味が何より嬉しいんだ」

 

「ふふっ、貴女も作ってあげたらいいわよ優香」

 

 八条のお嬢様は、そ、それなら偶になら、と頬を赤く染めていたが。

 しかして、目の前の料理に夢中である野咲は聞いていない。

 彼は続いて、あじの塩焼きに箸を伸ばすと。

 

「くぅ~~~~、これも美味いっス! さすがお嬢が絶賛してた料理の腕前!! 塩加減が絶妙で、魚の臭みも料理酒でちゃんと取ってる感じっすねコレ!!」

 

「あ゛あ゛ーー、ご飯が進みますわぁ……!! あじの油っぽさが塩焼きにする事で適度に押さえられ、あっさりしてて、でも幸福感があるといいますか……」

 

「ふふっ、そんなに絶賛されると照れるわね」

 

「うーん、僕もこれぐらい言えるように勉強した方がいいかなぁ?」

 

 負けてはいられない、貴咲に関しては負けられない。

 妙な対抗心を燃やす雷蔵は、手元の箸を見てふと気づく。

 こうなったらアレしかない、初挑戦だがやるしかないと。

 

「――――はい、あーん」

 

「…………だ、旦那様っ!?」

 

「はい、あーんだよ貴咲、食べさせてあげるよ」

 

「ッ!? なんて羨ま――じゃない、貴重なお姉様の照れ顔……でもない!! くッ、見せつけてきますのね!!」

 

「あ、俺らもやりますお嬢? はい、あーん」

 

「ッ!? ~~~~ぁ!?」

 

 初めてのあーんに照れる貴咲に、不意打ちをくらって同じく照れて言葉がでない優香。

 二人はきょろきょろし、同時に目をあわせる。

 男たちは何を考えているのか、だがやってみたかった事の一つでもあり。

 

(い、行くわよ私っ!! 優香に幸せな結婚をしたって見せつけて安心するのよ!!)

 

(こ、この男はまたそんな無自覚に~~ッ、何なんですの野咲!! どうして無自覚にわたくしを口説くんですか!! そんな気もないくせに!! でも嬉しいって思ってしまうのが悔しい!!)

 

(どきどき、食べてくれるかな? やってみたかったんだよね)

 

(腕疲れるんで、早く食べてくれないっスかねぇ……)

 

 それぞれの想いを胸のうちに、女性陣は決意に目を光らせて。

 

「――――あーん、……うん、美味しいわね」

 

「今度は僕にもやってよ!」

 

「っ!? ――くっ、わ、分かりましたわ旦那様!! 卑怯な人ね貴男って!!」

 

「ぱくっ、…………ああ、美味しい(とは言いましたが緊張して味が分からなくなってきましたわ~~!!)」

 

「あ、俺にもお願いするっス(これが最後の晩餐なら罰はあたらないっスね)」

 

 またも貴咲と優香に試練が与えられた、何故こんな事になっているのか。

 貴咲は耳まで真っ赤にしながら、震える手で箸を持ちぶりを一切れ差し出す。

 優香は唸りながら赤い顔で睨み、しっかりと白米を野咲に差し出して。

 

「――ん、美味しいねぇ……!」

 

(で、出来たわ!! ええ、ええ、私ならこれぐらい簡単よ!! …………ま、まぁ次は私からやってあげてもいいですけれど??)

 

「んぐんぐ、白米がこんなに美味しく感じたのは初めてかもっス」

 

(~~~~ッ!? わたくしが食べさせると、そんなに美味しく感じると!? そ、それってもはや告白なのではッ!?)

 

 食卓にはほうれん草のゴマ和えより甘い空気に包まれて、無言のまま、しかし暖かな雰囲気が流れる。

 雷蔵は実に機嫌良く、貴咲はそんな彼をチラチラ見ながら。

 優香は体をくねらせ、野咲は平然と味を楽しみ。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「おそまつさま」

 

「いやぁ、そんなに美味しく食べてくれるなんて作ったかいがあったなぁ」

 

 とても和やかなムードで食事は終わった、貴咲は食後のコーヒーを用意する為に席を立ち。

 それを手伝う為に、雷蔵も席を外す。

 残された二人は、はふぅと仲良く幸福感にみちたため息を出し。

 

(いつか……うん、いつか結婚に至った話を聞かせてくださいましねお姉様。今日は何も聞きません、貴方が幸せそうだから、わたくしは――)

 

(さー、後は殺させるだけっスね。秘密を知ったからには死あるのみってのが裏の常っスし、何より不破はそのへん厳しいって聞くからなぁ……、お嬢だけでも見逃してくれないっスかねぇ、足掻くしかないかぁ)

 

 野咲は最後の晩餐として、とても良かったと覚悟を決め。

 優香は過去と今に想いを馳せる、あの不破貴咲がこんなにも普通の幸せと掴んでいるだなんて。

 

(あの包丁さばきが本職ではないとすると、ならば音に聞こえた殺戮人形、それが雷蔵様の本当。貴咲お姉様が知らない筈がなく、なら本当に二人は……)

 

 いくら姉妹のようだと言っても、他人である優香に詳しい事情を知るすべは無い。

 でも分かる、敬愛し尊敬するお姉様は幸せな新婚生活を送っていると。

 もう二度と、不破という古すぎて黴の生えた家に振り回される事はないと。

 ――コーヒーの用意が出来て。

 

「あ、これ駅前に出来た高級な店のシュークリームだよね? 嬉しいな食べたかったんだよ」

 

「もぐもぐ、こっちのエクレアも美味しいですわよ旦那様」

 

「本当かい? 一口ちょうだい」

 

「ええ、どうぞ」

 

 二人は食べかけのデザートを交換して、それがごく自然で、とても仲の良い夫婦のように優香には見えた。

 この光景を見たかったのだ、彼女がそんな風に幸せなら、きっと。

 

(わたくし達も、いつかそうなれますか野咲?)

 

 ふいに隣の護衛の手を握りたくなった、いつになく素直な気持ちで行動できる気がする。

 だから。

 

「――お姉様が幸せそうでよかったですわ」

 

「あら、そう見える?」

 

「ええ、とっても!! ずっと……ずっと心配してましたの。お姉様は望まぬ結婚をするしかないお立場でしたから。僭越ながらいつか、わたくしが救って差し上げたいと。――でもそんな心配はいらなかったみたいですわ」

 

 優香の視線の先には、雷蔵がいた。

 彼女は頼もしそうな視線を彼に送っていて、思わず貴咲は苦笑する。

 どうやら己の夫は、そんに頼もしそうに見えるのかと。

 

「酷い人なのよ?」

 

「でも、お姉様と幸せにできる方ですわ。お姉様の望む幸せと一緒に生きてくださる方、わたくしはそうお見受けしました」

 

「…………ありがとう、八条さん」

 

「ふふっ、優香がそう言ってくれて私も嬉しいわ。――貴方が変わらず元気でいてくれて私も嬉しいの」

 

 ひとつ、気づいた事がある。

 正確には、思い出したというべきか。

 

(私は……孤独ではなかったわ優香。貴女が居てくれたから、こうして今も友達でいてくれるから)

 

 実の妹より妹のように思える、大切な親友。

 その存在に貴咲は、あらめて感謝の念を送った。

 女性達が絆を確かめ合っている中、雷蔵は野咲にアイコンタクトを送って。

 

「そういえば野咲くん、ちょうど君に渡したい物が出来たんだ。ちょっとベランダまで来てくれない?」

 

「――――ええ、分かったっス」

 

「何? 男同士の話ですか旦那様?」

 

「そうなんだ、彼、見所があるから先達としてアドバイスを少しね。――ちょっと野咲くんを借りるよ八条さん」

 

「ええ。よろしいですわ?」

 

 首を傾げる優香と微笑む貴咲をリビング残し、二人はベランダへ移動した。

 

(来るっ、ここが生き残れるかの大勝負っス!! せめてお嬢様だけでも!!)

 

(あー、やっぱり誤解してるねコレ。まぁ無理もないか、同じ立場なら僕だって警戒するし死闘を覚悟するよ)

 

 年齢としては野咲の方が少し上だろうが、業界にいる時間も実力も雷蔵の方が上だ。

 何より、殺し屋ではあるが護衛を主としている彼と、専門として常に実戦を繰り返してきた雷蔵との間には天と地との差があって。

 

(扉が閉まった、――今っス!!)

 

(はい、これで無力化完了ってね)

 

 女性達の視線がなくなった途端、野咲は懐の銃をクイックドロー。

 それを予想していた雷蔵は、袖口から取り出したナイフで銃を七つに斬り裂く。

 続いて首筋にナイフをあて、その早業に野咲が気づいたのは一秒後。

 

「っ!? ――――――参りましたっス、出来るならお嬢だけは」

 

「誤解だよ野咲くん、僕は妻の親友とその想い人を殺すような奴じゃないさ。まぁ業界に流れてる噂からしてみれば意外だろうけどね」

 

「……………………本当にっスか?」

 

「本当さ、何より不破はもうない。僕が全て滅ぼした。僕が不破を名乗ってるのは、貴咲に名字を残してあげてるだけであって」

 

 殺さない、本当にそうなのか、野咲は緊張した面持ちで唾を飲む。

 喉元のナイフが恐ろしい、一歩間違えれば死ぬのだ。

 騙して悪いが、は騙される方が悪い業界なのだ。

 

「…………信じるしか、なさそうっスね」

 

「うーん信頼ないなぁ、まぁ殺し屋なんてやってたらそんなもんだよね」

 

「繰り返して悪いっスが、本当に? 俺らが雷蔵さんと貴咲さんの事を言いふらさないとも限らないっスよ?」

 

「八条さんも君もそんな人じゃないでしょ、それに君たちが意図しなくても何処からか情報なんて漏れるものだし、そもそもさ、狙った時点で相手は死んでるでしょ」

 

 当たり前のように出された言葉には、絶対の自信が感じられて。

 野咲は今度こそ降参だと、両手を上げた。

 確かに殺すならもう死んでいる、ならば本当にその気は最初からなかったのだろう。

 

「すみませんっス、誤解して……」

 

「まぁまぁ、気にしないで。僕だって同じ事をしたさ」

 

「どうか、どうか今後も、お嬢様の来訪を許してくださいっス。十二分に気を付けるんでお願いしますっス」

 

「うん、僕がいる時が妥協点かな。あ、そうだ渡したい物があるのも本当なんだ、はい名刺、今ゴトーに勤めてるから。何かあったら力になるよ、君たちならタダでもいい」

 

 ゴトーの名に野咲は目を丸くした、ゴトー・クリーニングサービスは政府の息がかかった企業だ。

 そんな所に彼がいるということは、本当に不破は滅んで。

 かつ、後ろめたい事がなければ命を狙われないという事で。

 

「ありがたく頂戴するっス! 今後は仲良くお願いしますっス雷蔵さん!!」

 

「うん、分かってくれて何よりだよ。さ、中に戻ろうか」

 

 中に入ると、貴咲と優香が楽しそうに笑いあっていて。

 男二人は、それを見て笑みを浮かべる。

 そして一時間後、優香と野咲は満足そうにして帰宅し。

 

「――――ふぅ、賑やかだったねぇ」

 

「ええ、こんな風なのも悪くないわね」

 

「素直じゃないなぁ、すっごく嬉しかったんでしょ?」

 

「ふふん、旦那様の前で素直になるのは閨の時だけで十分ですわ」

 

「僕もまだまだ旦那力が足りないなぁ……」

 

 二人を見送ったまま玄関で、雷蔵と貴咲は扉をみつめたまま。

 旦那力とまだ不思議なワードを、と貴咲は思ったが口には出さず。

 そっと彼に体をすり寄せ、雷蔵は妻を腰に手を回した。

 

「今度はさ、僕らが二人を誘おうか」

 

「ええ、そうしましょう。今度は街で遊んで……ふふっ、今から楽しみですわ。私、そういう事をしてこなかったから……」

 

「僕もだよ、うーん楽しみになってきた」

 

「じゃあ、私から連絡しておきますね。――はふぅ……そろそろ後片づけをして、ゆっくりしましょうか」

 

 そうして二人は、静かに仲良く、そしてしめやかな夜を過ごし。

 一方、そんな二人の家を観察している者が一人。

 髪の短い、黒のライダースーツを来た不審者。

 ――――その胸は、貴咲より大きく。

 

(さっきは焦った、気づかれたかと思った……)

 

 彼女はとある依頼で、雷蔵と貴咲の二人を監視していたのだ。

 

(貴方達二人に恨みはないけれど……殺すわ。…………殺せればいいなぁ、爆弾で殺せればいいけど)

 

 新米夫婦に、驚異が迫っていたのであった。

 

 

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