金色羅刹 銀色夜叉   作:言操法師

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忍者って結局何? 何なんだろうね。雑に勉強した程度ではよく判らないですね、忍者。里香とフランドールが色々あってもちゃもちゃする回です。後なんかいきなり神話要素が飛び出しますが、これは魅魔様に繋がる布石なので許してください。私のオリ設定は基本的に鋭角。


【11】雑記 ~忍者の奮闘記録~

 

【11】雑記 ~忍者の奮闘記録~

 

 結局のところ忍者とは何か。それは今も忍者を自認する者達にもよく判っていない。

 元より漠とした呼称なのだ。諜報能力や雑芸に優れるモノが必要とされた時、ソレは権力者から呼ばれる。呼ばれると生えてくる。だから〈草の者〉とも言うのかもしれない。必要とされることが先であり、超人的な技能を持つ集団の発生は後、という可能性が高い。

 面倒くさいので里香はこういう風に説明することにしている。

 このように忍者の定義自体が雑なので、他も色々雑である。自認が忍者であっても衣装などは拘らない。社会生活を含めた作業が楽である格好ならよい。里香は西洋風のスーツが馴染んだのでスーツを選んだ。普段はワイシャツ姿だがこの上にちゃんとスーツを着ることがあるのである。スーツの色は黒でもいいし茶色でもいい。あまり派手ではない色を好む。戦車乗りでもあるから軍人の属性も持っているので、軍服に近い仕立てだと〈らしさ〉が出てよいのではないかと思っている。髪型にも指定無し。三つ編みが好きだから三つ編みにしている。リボンもお気に入りの物を選んでいる。顔も別に改造などはしていない。元々〈溶け込みやすい〉のだ、里香の顔は。

 里香を忍者たらしめる最大の特徴があるとすれば、それは信仰かもしれない。

 仏を信仰しているなら坊主や修験者になる。神を信仰しているなら歩き巫女などになる。

 里香は神を信仰しているので歩き巫女に近い。で、この歩き巫女は忍者に分類されるようである。ならば里香は忍者であろう。全く漠としている。

 その信仰を告白する前に見抜かれることは少なかったので、里香は驚いたのだった。

 〈吸血鬼軍残党〉との開戦二日前のこと。里香はフランドールの部屋にお邪魔していた。咲夜の身辺調査の為である。

「〈魅魔〉でいいのね?」

 フランドールが唐突に切り出した。

「ほう」里香は素直に感嘆する。「確かに私の主の名前なのです。よくお知りで」

 

「日本の死神、死者の国の女王、〈伊弉冉〉の幻想郷での姿――で間違い無いわね?」

 

 里香の眉はひくりと動いた。これはもう、びっくりしている。滅多にないレアな状態の里香である。

「どうやってお調べに?」

「〈レッドマジック〉はただ兵隊をバラ撒くだけの術ではないの。〈血〉が眷属に取り憑いている、その〈血〉から、ワタシに情報が送られてくるのよ。貴方は数十年前には幻想郷にはいなかったわね? その頃は、貴方達の防御力は低かったから、情報を抜くことが出来たわ。その頃の貴方達は脅威に感じるような勢力ではなかったのだけど、ね」

 〈吸血鬼異変〉の頃の諜報活動ですっぱ抜かれた訳だ。

「――先代の落ち度か。仕方ないですね。貴方達も優秀な〈草〉を使っていたようだ」

「私、正直言うと貴方は私を消しに来たんだと思ったわ。その方が楽でしょ?」

「どのように楽と仰る?」

「事故に見せかけて厄介な私を葬る。平行で咲夜を紅魔館の代表者として育て上げる、新しい幻想郷にとって都合がいいようにね。組織の新陳代謝よ。面倒な奴は殺すの。政治とはそういう物でしょう?」

「如何に賢かろうと引き籠もりが過ぎるとナイーブになりすぎる。外の世界の政治は変わったのです。なんでもかんでも殺せばいいというものではなくなりました」

「嘘おっしゃい。貴方は古いやり方が出来る人でしょう」

 どうやらそこまでは見抜けなかったようだ。

「この手の仕事には信頼というモノがある。忍者ごとの特色がある。適正を審査されて、我々に仕事がやってきます。私にもちゃんと仕事が来た理由がある」

「何が言いたいのよ」

「――信仰上の問題で私は無益な殺生はしませんよ。〈我らにとって死ぬべきモノを決めるのは伊弉冉様だけなのです〉。つまり〈魅魔〉様はフランドール様を殺せと命じませんでした。ならば貴方は生きるべきなのです」

「何それ」

「さてね。一応〈魅魔〉様と議論は重ねましたが、魅魔様は最後は直感で判断された。フランドールは大丈夫だと」

「詰まらないわね」

「何か問題でも?」

「私は破壊が好きよ」

「私に紅魔館の今までを徹底的に破壊せよと?」

「ワタシは死神を恐れない。来てしまったのなら、粛々と受け入れるわ」

「なら残念。今回の私はただの鬼退治の陰陽師、もしくは雑務を処理する忍者、貴方の死神ではありませんね。ですからここは貴方の死に場所ではない」

「――ちぇっ」

「死に急がれる」

「強い奴と戦うのが、好きよ。貴方が私の運命かと思った」

「こんな穏やかな日に吸血鬼が果てる? 似合わないのでは?」

「厭よ。穢い戦乱の中で死にたくない。私はひっそりと達人に壊されて果てるのだわ。壊すのが上手いヒトにしか、私に触れて欲しくない」

 〈吸血鬼異変〉の時に、あるいはずっと前から、余程酷い目に遭ってきたのだろう。

 可愛らしい少女の顔をしながら、フランドールの内面は、外面から想像出来ない程に、疲れ切っていて、憂鬱が詰まっている。

「業が深い。貴方は確かに狂っている。末路を気にする吸血鬼とはね、繊細すぎる」

「コイン一枚では足りないかしら。私と果たし合って下さらない?」

「まるで足りませんね。その捧げ物では我が主の心は動かせませんよ。それに私を高く買いすぎだ。未熟者の腕で吸血鬼の討滅など出来るかどうか」

「嘘吐き。知ってるわよ、あの〈博麗霊夢〉ですら貴方を怖がっているんだから」

 幻想郷で霊夢の名が出てしまえば、それはもう、話は動かざるを得ない。

「――だる絡みしてくれますねぇ。困ったお嬢様なのです。逃がさないつもりでしょう?」

「貴方はもう迷宮の中にいるわ」

「当てましょうか、私と決闘しないならこれ以上の〈紅魔館〉についての調査は許さない」

「そういうことにしましょうね」

「美鈴さんが優秀だから戦略を練る時間は節約出来るか――忙しいんですよ? 手短に」

 フランドールが里香に何か投げ付けてくる。

 ――懐中時計。

「三分間」

「二先、武器持ち込み無し途中生成は有り、体が天井か壁に接触したら黒星、床はセーフ」

「乗った」

「廊下出ろ馬鹿娘」

 そういうことになった。

 

 里香はフランドールと石造りの廊下の前で向き合う。里香から見て左方にフランドールの部屋の扉があり、長細い通路が右方に続いている。豪華で、家屋として考えれば広い廊下だが、二人が壁に触れることを避けて格闘するには少々狭い。故に決闘は三分間で済む。そういう目算だろう。

 里香は左方に、フランドールは右方に動けば、長く続く通路を背にすることが出来る。つまり延命する。そういう読み合いもある。

 天井に叩き付けられてしまえばそれらの場所の取り合いなどは関係無く一発でアウトだ。故に相手を打ち上げる技に警戒しなければならない。

 また、この廊下は非常に硬い。物理的にも魔術的にも硬い。何かを突き刺すのは不可能だろう。例えば壁に突き飛ばされた際に剣などを壁に突き刺して延命を図るのは難しい。剣が折れるか、切っ先が滑って体が壁に叩き付けられるだろう。壁との間にクッションを作るには、相応に安定した形状の物体を生成する必要がある。となると〈霊力〉〈魔力〉の管理と、生成魔術を使う為の集中力の維持が延命には必要になってくる。

 中々面白いルールだ。咄嗟に思い付いたにしては上出来である。

 里香はフランドールに懐中時計を投げ返す。

「十秒後」

「オッケー」

 九、八、七、六、五――

「三」フランドールがカウント。「二、一――」

 両者通路が開けている側へ飛んだ。つまり里香は右、フランドールは左。

 飛んだ距離はほぼ同じ。距離のアドバンテージに変わりは無し。

 里香はゆっくりとフランドールに向けて前進。対するフランドールが――

 

 ――〈禁忌〉フォーオブアカインド

 

 三人増えた。フランドールが合計四人いる。既存の魔術を即座に行使出来るマジックアイテム――〈スペルカード〉を使用したのである。幻想郷ではこの〈スペルカード〉は武装の中には入らない。

 ルールを遵守する為か、増えたフランドールは黒い影のような見た目をしている。本物は色鮮やかだ。見分けが付きやすい。里香は当該個体群を〈影〉と呼称することにする。

 里香は〈スペルカード〉を訳あって持たない。基本的にはその場の直感で術を行使する。

 〈影〉一体が突っ込んでくる。威力偵察だ。里香の戦闘力がどんな物か見たいのだろう。

 里香は――

「スゥッ、ハァッッッ」

 〈影〉の腹に全力で張り手をぶち込んだ。

 爆音。血肉が砕け散る音。魔力の虹彩。

 〈影〉一体が弾け飛んだ。爆発四散し――魔力の飛沫となったのだ。

 フランドール達に動揺の色あり。フランドールが僅かに後退。

 徒手空拳状態の里香は下手な術は必要としない。基本は空手だ。戦車は硬い装甲と極大の火力で戦況をこじ開ける。

 フランドールが〈光の弓矢〉を生成し、構えている。

 

 ――〈禁弾〉スターボウブレイク

 

 〈分身〉と〈高火力射撃〉の二枚の〈スペルカード〉を同時展開している。大した〈魔力〉量である。フランドールの〈魔力〉管理状態は判らないが、流石に無尽蔵ではあるまい。前進は継続。里香は状況判断する。 

 〈影〉一体が右方から接近。もう一体の〈影〉も左方に移動。三方向からの攻撃で里香の対応能力を処理落ちさせる作戦。

 右方の〈影〉が巨大な〈金色の魔力弾〉を生成、連続で射出してくる。格闘戦は難ありと判断したようである。

 里香は右腕を軽く振り回してこの魔力弾を全て掻き消した。

 右方の〈影〉は攻撃を停止。動揺が見られる。

 残念ながら里香の硬さは筋金入りである。その程度では怯まない。

 フランドールの持つ〈光の弓矢〉の出力が上がっている。時間稼ぎされているか。だがこのままいけば発射前に一撃入れられる。

 右方の〈影〉が里香の下半身目掛けてタックルを開始。左方の〈影〉が里香の頭部周辺目掛けて飛び掛かってくる。

 〈影〉は高濃度の魔力弾のような物。流石の里香でも軽い反撃では掻き消せないだろう。この〈影〉の攻撃を受ければ左方の影に肩を掴まれ、天井目掛けて運び去られると見た。そのまま天井に投げ付けられる。それを食い止めても〈光の弓矢〉の砲火を受けるという訳だ。

 里香は体の安定感を捨てることにした。その場で独楽のように横回転。ラリアットのような技を繰り出す。〈影〉二体を弾き飛ばした。寸前で後退されたので掻き消すには至らない。

 フランドールの〈光の弓矢〉の出力順調に上昇。一手取られた。発射されるのは確定か。

 仕方がないので里香も〈霊力〉を切る。前進を諦め、体勢を屈め、両手を床に突き、目を見開く。〈邪眼〉の発射体勢に移行。両眼に霊力集中開始。

 里香、〈邪眼〉装填開始。フランドールの〈光の弓矢〉、装填ほぼ完了。〈光の弓矢〉の出力量は未知。拮抗出来るかは出たとこ勝負。

 フランドールの〈光の弓矢〉発射シークエンス確認。里香、〈邪眼〉照射開始。

 本来の〈スターボウブレイク〉は拡散広域爆撃波動だという情報を得ているが、今回フランドールは里香に対応したらしく、〈光の弓矢〉からは一所集中光線が照射された。

 里香の眼からは禍々しい色の〈死の波動〉が発射された。

 両射撃衝突――里香の〈邪眼〉が押し負けている。やはり溜めが足りない。

 フランドールの光線が里香本体に接近。直撃は回避不能。防御態勢へ移行。〈邪眼〉照射停止。里香は腕をクロスしてフランドールの光線を受ける。

 甲高い接触音発生。里香の体後退開始。踏ん張れてはいるが着実に距離的アドバンテージ消失。

 フランドールの光線照射――停止。里香標的目視。フランドールに僅かな呼吸の乱れ確認。〈魔力〉切れの模様。状況判断。反転攻勢の機。前進再開。

 〈影〉二体消失せず。生成された後は独立した固体として維持されている模様。

 〈影〉二体〈巨大金色魔力弾〉による前進妨害射撃開始。里香は両腕を振り回してこれを掻き消しながら前進。フランドールの〈魔力〉が回復する前に一撃を入れる算段である。

 〈影〉二体の射撃停止を確認。〈魔力〉切れ。

「あッ、あんた硬すぎッ」

 フランドールが泣き言を発する。

「待ったなし」

 里香は口撃を選択。

 不測の迎撃、無し。

 接近、完了。フランドールを間合いの中に入れた。

 格闘戦シークエンス、完了。構えは完成。

 フランドールの呼吸は荒い。構えを取ったものの魔力の回復は追い付いていない模様。

「フッ」フランドールの眼は動揺で見開かれている。「ハァッハァッハァッ――」

「――シャアッ」

 里香は右の張り手をフランドールの腹部目掛けて打ち込む。

 フランドールにより〈魔力障壁〉発生。だが里香の張り手を前にあっさり砕け散る。

「ハァッ」

 左の張り手をフランドールの腹部目掛けて打ち込む。

 直撃。

 フランドールは壁に向かって吹っ飛び、厭な音を立てて壁に全身を叩き付けた。

「――ごほっ、ははははァー。けほっ。ほぎゃあー」

 フランドール、ゆっくりと壁からずり落ちて、床に全身を投げ出す。かなり効いてる。

「まだやります?」

 里香はそれを見下ろして声を掛ける。一応心配している。

「まだゲームオーバーじゃないもん。ライフ一個あるもん」

「ルール変更します? どうやら試合形式の決闘では私が有利すぎる。また後の機会に射撃の精密さ勝負でもしましょう。我が〈封魔衆〉自慢の銃器が――」

「うっさい。まだやれるし」

「では、お立ち下さい?」

「ふぅーっふぅーっ負けねえ」

 フランドールはよろめきながら立ち上がる。

 

 第二ラウンドである。

 フランドールの手札は多いが、里香レベルの重装甲と安定感を持つ、自分の猛攻を耐えきれる者との接近戦闘は想定していなかったと見える。フランドールは典型的なスナイパータイプだ。機動力と御隠密能力――加えてフランドールには分身能力があり――それらで高火力を取り回すタイプ。こういう手合いは防御力を捨てがちだ。フランドールは吸血鬼なのでタフネスの基礎値は法外なのだが、里香にとっては恵まれた種族で下駄を履いている程度では問題にはならない。体力があろうと再生しようと命が幾つあろうと、掴まえて、ぶち殺す。法外なモノを殺すモノであるから、里香は彼岸で忍者などやれているのだ。

 それと、フランドールにとっては残念な話だろうが、里香には機動力も遠距離火力もある。なんなら近距離白兵戦闘に用いる武装もある。まだ隠しているだけだ。〈邪眼〉を使わされたのは予定外だったが、問題無い。

 フランドールの研鑽の全てを味わうのも、一人の武人として興味がある催しだが、今日は仕事が忙しい。早々に畳ませて貰うつもりだ。

「十秒カウント」

 里香は無慈悲に告げる。

「お話しましょう!」

「はーち、なーな」

 

「貴方は〈ヒルコ〉の一族の末裔よね?」

 

 大した諜報能力だ。その通り、里香は〈伊弉冉〉に日本国から流され、それでも尚日本国に帰還し、女王〈伊弉冉〉に仕えることを望んだモノの末裔である。〈葦船の一族〉の末裔であり、その技術を転用して〈戦車娘〉となった。一族の天才と呼ばれる者だ。

 〈葦船〉は〈悪しき船〉。洒落なのだが、この言霊の邦日本では洒落にならないのだ。故に里香は〈邪眼〉使いであり、〈イビルアイ〉という名を冠す戦車群を操る戦車乗りである。

 ――で、動揺するとでも思ったのだろうか。

「――よーん、さーん」

「そうよね! やっぱり! お目に掛かれて光栄よ」

「いちぜーろ。やる気あります?」

「だから逃がしたくないってことよ。本当だとしたら忍者の始祖じゃない!」

「我々のようなモノに上も下もありませんよ。〈草〉は〈王〉に必要とされて生えてくる。故に〈民草〉故に〈葦〉。国と法あって民がある。古い価値観でしょう? 王権主義者など」

「王権主義者なんだ」

「あくまで我々が掲げる王は〈伊弉冉〉と〈伊弉諾〉ですがね。〈天照〉を担いでいる〈高天原〉派と我々は反目している」

「ジャパニーズ不敬ね! そういうの好きよ! 悪魔ですから!」

「面倒なヒトに掴まったな」

 所謂厄介ファン。

「〈天照大御神〉は貴方にとっては妹のようなものに見えるのかしら」

「故に日本国の民草は守護すべき〈兄弟〉ではありますが、我々の一族とは違います。我々はあくまで〈伊弉冉〉の民草だ」

 フランドールは「ふんふん」と鼻息荒く頷いている。

 隙だらけなのだが。

 やっちゃっていいのか?

 やっちゃわないのだが。

 我ながら甘いよなぁと里香は思う。

「つまり、ジャパニーズの皆さんは、妹草?」

「造語をしないで下さい。ニュアンス的には確かに合っている」

「びっぐぶらざぁうぉっちゆぅ?」

「失礼なことを言うな。確かに影ながら見守っているけども」

 里香達の一族は日本の歴史の暗部で色々している。

「うぉっちみぃ」

「判らないヒトだな」

 なんだこのテンション。乱気流だな。

「〈スクナビコナ〉とのご関係はー」

「質疑応答三分間となっておりまーす。使い切る気かー。シバくぞー」

 仕事が忙しいんだってば。

「霊夢や魔理沙のこと、どう思ってますかぁ」

「――いい後輩、かな」

「三分じゃ足んないね。行くぞォ!」

 そんなんで不意打ちのつもりですか。

 

 ――〈禁忌〉レーヴァテイン

 

 フランドールの手の中に〈炎の杖〉が現れる。恐らく〈杖〉。フランドールの二つ名が〈魔法少女〉だから〈杖〉。それ以上の確証無し。

 この〈杖〉がデカい。メートルで言うと二十メートルぐらいであろうか。壁から反対の壁に余裕で届く。

「しゃおらしゃおらッ」フランドールは〈炎の杖〉をブンブン振り回す。里香はひょいひょい避ける。「きえーッッッ」

 破れかぶれじゃあないですか。

 〈炎の杖〉は〈炎の杖〉なので火の粉が飛ぶ。しかし火の粉程度ではダメージにならぬ。

 なので問題は〈炎の杖〉本体である。ヤケクソになって振り回すだけあってこの〈炎の杖〉の威力は本物と見た。里香でもあまり受けたくない。

 後退しないように避け続けるのは結構骨が折れる。里香は飛んだり跳ねたり屈んだり転がったりしつつ避ける。なんとか距離を詰められないかと機を窺っているのだが、中々難しい。

 しかもフランドールの息が切れそうな素振りが全く見られない。スタミナ管理も〈魔力〉管理も容易な高効率な魔法のようだ。もしかしてこの〈レーヴァテイン〉、フランドールの〈スペルカード〉の中では防御力が高い方なのか。

 これは本気で三分間使い切られるかもしれない。千日手が狙いなのか?

 ――待て。

 火の粉の配置が妙だ。

「今だッ死ねぃ!」フランドールが吠える。

 

 ――〈禁忌〉カゴメカゴメ

 

 成る程〈魔杖〉か。〈レーヴァテイン〉の本当の役割は〈魔術準備〉。本体の高火力は〈準備動作〉を妨害されない為のものと見た。中々面白い魔法を使う。

 火の粉が〈変化〉し無数の魔力弾に変貌する。里香は〈魔力弾〉に囲まれる。状況判断。周囲を囲む〈魔力弾〉は格子状に配置されている。並んでいるだけなら里香には障害にもならないが、問題はフランドールが〈炎の杖〉を振り回し続けていることだ。

 〈炎の杖〉は巨大で、フランドールは一度振ってから構え直すまでにそこそこ苦労している様子だ。それが里香にとっては救いである。

 里香は状況判断する――判断を違えれば負けると本能が叫んでいる。

 周囲に配置された〈魔力弾〉を観察する。これは――ただの〈魔力弾〉ではない。牽制にしてもあまりにも小粒すぎる。これ単体では威力に欠く。しかし、あの〈炎の杖〉と接触し、何らかの反応を起こせば?

「――〈爆薬〉かッ」

 なんと厄介な魔法だ。〈魔理沙〉の考察では、フランドールの〈カゴメカゴメ〉という〈スペルカード〉は本来弾同士が干渉して何らかの反応を起こす仕組みなのではないかとされている。様々な属性へと〈変化〉させることが出来る、応用が利く〈飽和攻撃〉系の魔法なのだろう。

 フランドールが上段に〈炎の杖〉を構えている。

「カーゴメカゴメェッ」

 籠の中の鳥は――いついつ出やる。

「ムゥッ」

 罠だとは予想が付いているが、前に跳ぶしかない。このルール、下手に後に跳べば負けだ。

 フランドールが〈炎の杖〉を振り降ろす。里香は前に跳んで〈弾〉を掻き消しながら受け身を取った。

 〈炎の杖〉が〈爆薬弾〉に接触。直前まで里香が立っていた地点が局所的に高火力の爆発を起こす。さしもの里香も爆風と熱量に耐えきれず更に前方に一回転。

「うぇるかぁぁぁむ」

 見上げるとフランドールが嗜虐的に嗤っている。里香に若干ダメージが入ったのが嬉しかった模様。

 里香はフランドールの出方を窺う。

「仕事なんて忘れてもっと遊びましょうよ! 悔しがらせてあげるわ!」

 

 ――〈QED〉四九五年の波紋

 

 衝撃。

 それは――単純な〈魔力波動〉。

 フランドールの体から放たれる〈殺戮の風圧〉。

「ぬおっ」さしもの里香でも、体勢を崩した状態からこれをまともに受けると――「あらららららら」キツい。

 絶え間ない〈魔力風〉に吹かれて里香はすっ転び続ける。常人や並みの妖怪ならば体が〈魔力風〉に触れた側から崩壊を始めているのだろうが、里香の体は無傷だ。無傷なのだが立っていられない。

 ――摩擦が〈壊されている〉?

 フランドールの能力は〈ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〉。そのフランドールの〈気質〉が練りに練り込まれている〈風〉が吹き付けている。何か魔術的な作用が撒き散らされていてもおかしくない。

 〈空気摩擦〉が行方不明になっている。これでは〈飛行能力〉が上手く使えない。踏ん張るための引っかかりがないので普段と同じように〈飛行〉が出来ないのだ。抵抗はしているが前進の為の出力が足りない。

 当然のように床との〈摩擦〉も無くなっている様子。足を踏ん張れない。

 〈重力〉も局所的に〈壊されている〉ようで、里香は自分の体の〈重さ〉が把握出来なくなってきている。不味い。

「むおおおおおお」

 超風圧の大型扇風機に吹かれるように全身を〈風〉に揉まれる里香。確実に後退していく。

 〈後方への力〉は生きている。それがなければ〈後退〉はしない。何とか利用出来ないか。

 ――無理そうであった。さしもの里香でもそれは咄嗟に対応出来ない。

 里香はいよいよ空中に浮く。四方八方滅茶苦茶に回転し始める。それでも頭を超高速回転させて〈前〉を判断し、〈飛行能力〉を発揮し、なんとか前進を試みる。傍から見たら今の里香は空中に浮かぶ超高速回転正体不明物体である。大変滑稽な絵面だろう、などと他人事のように考えている里香であった。

「むああああああ」

 恐ろしい事態になりつつあることを里香は察知した。〈魔力風〉によって里香の〈霊力〉が〈壊されている〉。〈霊力〉を失えば里香は〈飛行〉出来ない。前進が不可能になる。いよいよ詰みだ。

 そして、里香は完全に〈飛行能力〉を喪失した。

 鉄塊で石の塊をぶん殴ったような音が聞こえた。つまり里香は壁に体を叩き付けられた。凄い速度でぶっ飛んだらしい。そのまますとんと床に落ち、里香は着地する。丁度大の字で床に対してほぼ垂直の状態で壁に叩き付けられたらしい。

「おお――負けてしまった」

 里香は目をぱちくりさせている。驚いている。

 前を見るとフランドールが肩でゼエゼエ息をしている。

「なんッなんなの貴方のタフネスッ。おかしいんじゃないのッ」

 普通は耐えられない想定なのか。まあ、里香も無理だと思う。

「いやお見事。正直貴方を舐めていた」

「なんで何事もなかったかのようにすぐ立って歩けるのー」

「鍛えているので」

「ヤッベ。次どうしよう」

 フランドールのお嬢様口調が崩壊している。

 里香は〈レーヴァテイン〉が出た場合は次はダメージ覚悟で打ち合いに行くことに決める。あれは中々素晴らしいコンボパーツだ。いいものを見た。里香は他人の技術には惜しみない賛辞を送ることにしている。

 〈四九五年の波紋〉は厄介だが発動の為にかなり長い溜めが必要と見た。この一試合の観察結果を総合してみたが〈事前に特殊な呼吸法を行い全身の魔力を練り上げる必要がある〉。〈東洋における気を操る術の研究でもしたのだろう〉。そうでなければ〈カゴメカゴメ〉はもっと早い段階で使われていた筈だ。〈カゴメカゴメ〉単体で見れば、適度に火の粉を配置して〈変化〉させればいいだけの、フランドールにとっては楽な魔法である。〈四九五年の波紋〉までのコンボを完走するのは難しい。つまり、里香を前にあの芸当は二度は出来ない。

 そして、悲しいかな里香は何となくフランドールの残りの手札を察している。恐らくフランドールは新しい〈スペルカード〉を開発していない。とするとアレが来る。幻想郷の〈スペルカード〉史にいきなり現れた衝撃のアレが。

 

 第三ラウンド。

「私がテンカウントしますよ」

「うーい」

 フランドール、キャラが判らない。

「十、九、八――」

「何使えば貴方倒せると思います?」

「知りません。五、四、三――」

「最早これしかないのよォッ!」

「やっぱりアレですよね。スタート」

「自爆するしかねえ」

「えっ」

 フランドールが、爆ぜた。

 

 ――〈秘弾〉そして誰もいなくなるか?

 

 正確には、フランドールは〈血〉の飛沫になり、〈血〉の霧となった。吸血鬼が出す〈血〉の霧――それは幻想郷にとっては最早おなじみの現象だ。

「ほう。本来はこういう使い方をする〈スペルカード〉でしたか」

 さて、里香は困った。

 フランドールは自分自身を霧になるまで〈分解〉してしまった。つまりこれは〈ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〉を応用した結果の一つなのだろう。霧を壁に叩き付けるのは難しい。壁に接触させればいいんだから風でも起こせばいいのだが――生憎と〈戦車娘〉でも風を起こす技能は持っていない。

 天狗に弟子入りしておくんだったなー、と里香は思う。

 フランドールの使う魔法の数々は奇想天外で、里香にも手筋のトレースが難しい。阿呆が突飛な発想をしているのではない、その魔法は大胆かつ精密で、幾重にも分岐し絡み合い相乗効果を齎し、作り込まれているが故に予想出来ない結果を生んでいる。

 成る程才人、幻想郷が恐れる〈魔法少女〉とはこのことかとここに至って感心した。

 周囲で〈魔力弾〉が生成されている。〈血〉で空中に〈魔法陣〉が描かれている。これは集中砲火が来る。

 巷説曰く、〈そして誰もいなくなるか?〉は幻想郷最初の〈耐久スペル〉である。つまり、術者が無敵なので標的にされた者は術者の魔力切れまで逃げ続けるしかない攻撃だということだ。

 問題はお互い残りの時間で決着が付けられるか、だろうか。

 〈魔力弾〉が撃ち込まれてくる。このままだとひたすら揉みくちゃにされるだけされて三分が来るまで踊り続ける羽目になる。

「――閃いた」

 が、里香は閃いてしまった。手持ちの術で何とか出来る。

 〈弾幕〉第一波が里香の頭部に直撃。

「むんっ」里香は僅かに傾く。「ぬんぬん。止むべし」〈弾〉がどんどん当たる。むず痒い程度だがウザいものはウザい。

 まずは〈弾幕〉を気にせず小規模な〈結界〉を張りその中に〈口寄せ〉する。〈口寄せ〉とは某漫画で有名になった〈降霊術〉の別称である。里香の場合は物体を召還する場合にも使用する語彙で、今回の場合はこの物体の召還をしている。

 〈結界〉の中に天冠――即ち〈化け化け〉を呼び出した。

「ふぅあー」

 里香は一旦周囲に〈霊撃〉を放ち〈弾消し〉する。〈霊撃〉とは己の中の〈霊力〉を爆発させ周囲に放つ術で、幻想郷の術士ならば大抵の者が修得している基本技能である。

 で、自分の周りを覆うように大きめの〈結界〉を張り直す。十秒程保てばよい。

 詠唱開始。

「〈朱雀〉〈玄武〉〈白虎〉〈勾陣〉〈帝久〉〈文王〉〈三台〉〈玉女〉」

 唱えながら里香は〈マジカルステップ〉を踏む。〈反閇〉である。〈清浄な場〉を作る為の動作であり、謂わば〈魔法準備〉に当たる。〈結界〉が〈外を拒む〉所作ならば、〈反閇〉は〈内の質を高める〉所作。故に〈反閇〉は気圧の操作に似る。似るが当然非なる。

 〈簡易祭壇〉完成。

 里香はどっかりと腰を降ろして胡座を掻く。

「〈招魂続魂祭〉、〈化け化けの術〉、〈フランドール・スカーレット〉、〈急々如律令〉」

 プログラミング終了。

 実行。

 このように〈陰陽道〉の流れを組む術は準備動作が複雑で、実践で使うには高い集中力と判断能力が必要だが、決まれば強力である。

 里香の周囲の〈結界〉が消滅する。

 天冠を中心として〈霊力の気流〉が巻き起こる。

 〈霊力の気流〉は周囲の〈フランドール・スカーレット〉と名の付く魂を吸い尽くす。光景としては、天冠の輪っかの中を中心として〈血〉の紅い竜巻が発生している。〈弾幕〉もこの竜巻の中に吸われていく。〈弾幕〉は〈フランドール・スカーレット〉から発生したモノだからだ。

「えっうわっあれっ」フランドールの鳴き声だ。「なにこれーッ、うわーッ」

「はっはっは、殺人事件の犯人よ、姿を現せ」

 陰陽師は〈そして誰もいなくなった〉をこう解決する。犯人を強制的に召喚してしまえばよいのだ。ネタバレだが、陰陽師がやるなら、死人だって喋る。

 紅い竜巻は収縮し、次第に球体状になっていき――

 最終的に、デフォルメされた幽霊のような物体になった。

 ちゃんとフランドールに見えるように、フランドールの帽子を被っていて、金色の髪が生えていて、歪な形の羽が生えていて、瞳が紅くて、口から尖った牙が覗いている。

 つまり、フランドールが乗った〈化け化け〉である。

「うにゃあ」

 フランドールの〈化け化け〉が鳴く。以後諸々の事情を考え〈式神フラン〉と呼称する。

「UNオーエン捕まえた」

「〈式神〉にされてしまった」

 〈式神フラン〉はぷるぷる震えている。

「私の前で下手に拡散するとこうなります。今回は〈化け化け〉持ち込んでなかったので焦ったけど。さあ壁に行きましょうね」

 里香は〈式神フラン〉を抱きかかえる。腕の中でブルブル暴れている。

「やだー! もっと遊ぶー! 打ち上げ技の読み合いとか通路の取り合いとかするのー!」

「またの機会ねー。お仕事忙しいからねー」

「ママー!」

「あんたのママになった覚えはない。ほーれタッチダウーン」

「むぎゅう」

 里香は〈式神フラン〉を壁に押し付ける。軽く潰れる〈式神フラン〉。柔らかい。

 よって白星二対一で里香の勝ち。

「仕事の邪魔されると面倒だから暫くこのままでいいか」

「なんだとー!」

「多少は満足しましたか。――私のような死神に軽々しく死にたいとか言わないように」

「今日のところは満足してやる」

「さて仕事の話なのです。〈棺〉を調べさせて貰っていいですか」

「構わぬよ」

「キャラが判らないんだよなァ」

 どうも本人も口調の軸を定めかねている節がある。ヒトとコミュニケーション取らないからこうなる。

 里香はこの後〈棺〉の調査を開始し、中に納められている土が〈ギリシャ〉の物であることを判明させたり、土に染みた〈血〉の遺伝子の散布図から、〈紅魔館〉の神話を暴いていくことになる。

 

 

 

 

 

 

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