【4】陰陽師
咲夜は〈ミス・ブロンド〉と呼ぶことにした。かの〈少女〉のことだ。里香もそれに習うことにしたらしい。
里香曰く、かの〈少女〉は決まった名を持たないらしい。だから好きに呼ぶべきなのだということだ。
「今回の案件ではあいつの名前は〈ミス・ブロンド〉、ということで決定します。妖怪には名付けが必要なのです。名前を固定するのは大事、それが退治封印の第一歩。名前の固定は性格の固定、〈妖怪は茫洋としているが故に強く、柔らかいが故に叩いても響かない。ならば固めて打ち壊せるようにしてしまえばよい。打ち壊すまでもなく、縛り付けるというのならそれは封印と呼ぶ〉。それこそが〈封魔〉の作法。そういう訳で咲夜さんも、あいつの呼び方をころころ変えないようにお願いします。大事、なのです」
「はい――」
そんな話し合いを咲夜は里香とした。
では戦争の支度をしよう、と〈戦車娘〉は宣誓した。
里香は雇い主であるレミリア権限で、紅魔館で一番豪華な客室を寝泊まりの場所として与えられた。この客室は豪華なだけではなく、機能にも優れる。場所がレミリアの部屋に近く、故にレミリアの書斎に近く、紅魔館に貯蔵された資料を閲覧するのに便利なのだ。
里香からの要請で暫く咲夜はこの里香の部屋に同席することになっている。
部屋に到着して早々、里香は部屋の調度品の機能を几帳面に確認した後、さっさと件の書斎に出向き、大量の書類を運んできて、デスクの前にどっかりと腰掛けて書類の精査を始めた。それも、数時間ぶっ続けで、休みなくである。
咲夜はそれを、感心したような、軽く恐れるような心持ちで見守っているのだった。
偶に世間話をする。恐らく、里香の仕事の上で重要な話である。
「鴉――〈ブロンド〉以外に何か気になる珍客はいましたか。館が騒然としたことは?」
「特に無い、筈です。すみません、最近は〈ミス・ブロンド〉のことで頭がいっぱいになっていて」
「恋は盲目だ、仕方ない」察しが良すぎるのも困りもの――である。こうはっきり言われると咲夜は小っ恥ずかしい。「対処すべき相手が〈ブロンド〉だけならいいのですが、こういう場合は〈ブロンド〉が先行したことで焦った別の〈レッドマジック〉を狙う者が動き出す場合がある。デリケートな問題なので想定外は作りたくない。〈レッドマジック〉は危険な軍事技術です、狙っている盗賊は〈ブロンド〉だけではないでしょう、今は死角から盗賊が可能性を潰しているということなのです。お付き合いを」
「何故私に聞くのです? 私は、その――はっきり言ってただの小娘です」
「私は〈ブロンド〉の言葉を信用しています。〈レッドマジック〉の核は恐らく貴方で、術式の危機を察知するのが一番早いのも恐らく貴方なのです。〈レッドマジック〉に関しては、外部の者では恐らく〈ブロンド〉が一番専門家に近い。あいつはそういう女なのです。研究が得意でねぇ、見て盗むタイプですよ。一番厄介なタイプなのです」
「その、私が知らず知らずの内に強大な力を持っていて、それ故に危険に晒されている、という認識で宜しいでしょうか」
「理解が早い」
「漫画だとよくありますよね、そういう展開」
「図書館でよく読むので? 漫画」
「はい。館の皆も漫画が好きですよ」
「今貴方は漫画みたいなことになっているという認識で宜しい。しかもトロフィー化しています。貴方は今奪われようとしていますし、群がる手は多数だ。早急に防備を整えなければならない。大変危険なのです」
「あは――はは」
上手く笑えない。里香の鋭い目が冗談を許さない雰囲気だったからだ。
鋭い目は書類にも向けられている。
「多すぎるな、候補が」
「盗賊が多い、と」
「戦争というのは実に厭なものでね、一度始まって終わると関係者を沢山生む。その関係者の中には、二度と戦争なんて御免だと思うモノもいるが、やるなら勝ってやると思うモノもいるし、勝てるならまた始めてもいいと思うモノもいる」
「私も話だけなら聞いたことがあります。――〈吸血鬼異変〉」
〈この可能性世界での話である〉。
紅魔館は、昔、幻想郷と戦争をした。幻想郷に移り住んできてからの開戦だったので、外の世界から見れば幻想郷内の内乱という形になるだろうか。
それを幻想郷では〈吸血鬼異変〉と呼んでいる。
開戦した訳までは――聞いていない。咲夜が敢えて聞こうとしなかった。聞かなくてもいいと思ったからである。誰も咲夜に罪の意識を持てと諭さなかったということもある。
その時の当主もレミリアであったと聞いている。
あのレミリアが幻想郷の民と殺し合う理由。咲夜には咄嗟に思いつかなかったし、考えたくもなかった。今の紅魔館は幻想郷に許されているのだから、それでいい筈なのだ。
今、咲夜の身に迫る危機の原因になっている禁忌〈レッドマジック〉が使用された戦争。
きっと深い訳があったのだ。今それを――里香が調べてくれているのか。
「レミリア様はないな」
――里香の口から驚きの言葉が出た。
「そ、それはお嬢様を疑っているということですか」
「一番あるとしたら内患かなぁと思って。しかし資料を読む限り〈レッドマジック〉はフリーアクセス出来る状態なのです。わざわざ武力を使ってまで独占するような状態ではない。レミリア様は現状で〈レッドマジック〉を悪用している様子はない。よく反省している。余程幻想郷との平和条約に納得しているのでしょう。いいことなのです」
「そう、なんですか」
戦争の専門家からの紅魔館の現状への評価を咲夜は初めて聞いた。
「しかし流石は一時は幻想郷の基盤を揺るがした勢力たる紅魔館の術式だ、全貌が見えませんねぇ。こういった大魔法は、文字で記述されているタイプや、生物が記憶しているタイプ、何らかの物質として貯蔵されているタイプがあるのですが――該当しそうな〈触媒〉が見当たりません。規模が大きいのだから〈触媒〉もそれ相応に大きくなる筈なのです。尻尾ぐらいは一日で掴めてもいいと思うんだけどな、重大な見落としがあるようだ」
「一部は、私の中にある、ということは確定していると」
「はい。理解が早くて助かります。咲夜さんの中にあるのは多分〈鍵〉なんだよな。もしくは〈時間を操る程度の能力〉から考えると――」確かに、ソレは咲夜の固有の異能だ。「〈器〉なのかな? 〈咲夜さんを所有していると起動出来る〉、もしくは〈触媒は普段咲夜さんの精神世界の中に貯蔵されている〉のどちらか。私は〈鍵〉だと思うんですが、んー」
里香は咲夜の顔をじっと見る。吸い込まれそうな瞳だ。
「わ、私にも判らないんですよぅ」
「そうですね。こういうのは情報を分散させておくだけ損ですから。多分実態は技術者しか知らないなぁ。恐らく〈レッドマジック〉を構築したのは――フランドール様だと思うんだが」
――フランドール・スカーレット。
名前から判る通り、レミリアの親族。吸血鬼であり、レミリアの妹である。少々気が触れており、当人曰く好んで地下室に籠もっている。他の館の住人からはそれをいいことに幽閉されているきらいもある。
咲夜はフランドールを頭のいいヒトだと思っている。頭はいいのだが会話が通じない。会話をする気があまりないタイプだ。その中でも他人を煙に巻くような言動よりも自己完結型の言動が多いタイプで、独特な例え話をすることが多い。一生懸命その話を理解してみると、かなり物を考えているヒトだということが判る。だから咲夜はフランドールを頭がいいヒトだと思っている。
フランドールが魔術を開発したと聞いても違和感はなかった。風評でも、フランドールが使用する魔術は非常に技量が高く、見ごたえがあるという話である。あくまで咲夜が聞き及んでいるのは〈スペルカード〉の評価に限った話だが。
「フランドール様ですと、話は聞きにくいですね」
「紅魔館にもしものことがあった時の為に絶対口は割らないでしょうね。何しろ虎の子の秘術の話ですから。情報を売る時は法外な値段を吹っ掛けるでしょうよ」
魔術は家宝のように扱えるものなのか。魔術師の世界も大変である。
里香は大きな溜め息を吐いた。
「――専門家の口を割らせるしかないか。後顧の憂いを断つ為なのです。交渉するぞー」
「専門家というのは」
「さっき言った通り〈ブロンド〉のことです。恐らく奴が開発者の次に〈レッドマジック〉について詳しい」
「えっと、つまり」
「ラウンドツー、ファイー。〈ブロンド〉を呼び出して話し合います。咲夜さんも同行した方がいいんでしょうね。明日明朝、実行します。準備しておいて下さい」
あれよあれよという間に。
咲夜は憧れのヒトともう一度相まみえることになったのだ。