【6】慚愧
〈化け化け〉と言うらしい。
里香が紅魔館に持ち込んだ兵器――兵器? の名である。
見た目は白く、球状で楕円形の本体から長細い尾が伸びている――一言でいうと漫画などに出てくるデフォルメ化された霊魂のようなモノだ。
その霊魂のようなものに、顔がついている。
つぶらな瞳と、長くて大きな舌が出っぱなしの、大きな口があるのだ。
更に、幽霊が漫画などでよく被っている、三角形の飾りの付いた白い冠を被っている。天冠と言うらしい。
兵器?
これは兵器なのだろうか。
「戦車なのです」
「戦車ァ?」
戦車だけはないと思う。
里香はムッとしている。
「判らない人ですね。いいですか、天冠が車体で、魂がそれに搭乗しています」
「この輪っかが、車ですか」
「新時代なのです。ただ被っているのではなく、天冠という〈機構〉の一部になる、つまり搭乗しているのです。そうすることで霊魂は現世に固着化され、物質化され、生物のように振る舞うことが出来ます。これも〈式神〉の一種です」
「ほえー」
「〈火車〉という妖怪がいますよね。あれは〈車〉という〈機構〉を中心としているからこそ〈妖怪〉として成り立ちます。〈付喪神〉も似ている。〈物〉を中心とした妖怪は物に〈取り憑いている〉、つまり〈搭乗している〉という解釈が出来る。同じようなことです。判りますか」
「全然!」
咲夜には専門的な話が判らない!
「――〈魂の乗り物〉も、私は〈戦車〉と呼称します。これなら判りますか」
「判ったかもしれません!」
咲夜は判った気になった!
「人体も〈魂の乗り物〉、即ち〈戦車〉の一種と捉えることが出来ます」
「あっはい大分判りました。つまり〈魂〉が物質としての〈形〉を得る〈仕組み〉があるのなら、それは〈車〉であると」
「判ったようでなにより」
咲夜は判った。
「て、哲学的ですね」
「〈血は魂の通貨〉。〈血は血族の船〉。〈遺伝子は血と言う船とも車とも呼べる容れ物に乗って旅をする〉」
「嗚呼」
その例えは――
その例えは、とても判る。
「そういう意味では、私の思想と貴方達吸血鬼の思想は似ている」
「私――達?」
咲夜は――
何か――忘れている――ような――
「後で説明しますよ。全ての準備が出来た後でね。〈化け化け〉の話をしましょう。この天冠に搭乗しているのは〈吸血鬼異変〉の戦死者なのです」
「――それは」
つまり、紅魔館が起こした戦争の犠牲者。
「勇猛な、馬鹿なのです」
「馬鹿って!」
死者を冒涜しすぎている!
〈化け化け〉は照れくさそうに「ばけばけ」と笑っている。
「戦争の時代には阿呆が沢山おります。現代人として悼む気持ちも判りますが、馬鹿には馬鹿の生き様もあったりします。この周辺の霊魂と交信を試みたところ、過去に紅魔館の為に戦った者達、その中でもレミリア様に忠誠を誓っており、良心的で、今の紅魔館の有り様に納得している者達を発見したので、我が兵器〈化け化け〉によって召喚した次第なのです。大変士気が高く、咲夜さんの為にも勇敢に戦ってくれるでしょう。西洋ではこれを〈ネクロマンシー〉と呼ぶのでしょうね」
「ああ、成る程、〈式神〉」
「ええ〈式神〉です」
理解してみれば確かに正統派の〈式神〉だ。里香は雑霊を物体を触媒に召喚したのだ。
「ばけー」「ばけばけー」「ばけ!」
今、紅魔館の庭には〈化け化け〉がいっぱいいる。溢れている。何体かは咲夜の近くに来て咲夜をしげしげと見つめている。視線がくすぐったい。
――里香の言葉を信じるなら、紅魔館を護ってくれた者達なのだ、彼らは。
里香は〈化け化け〉一体を捕まえて、見つめ合っている。
「幻想郷にも、戦争の時代という物が幾つもございました。咲夜さん、貴方は偶々経験していません」
「――はい」
「それは悲しいかなただの幸運なのです。貴方にとっての戦争が迫っています。覚悟を決めて頂きたい」
「判りました」
「そういうことだ、お前も判ったか〈化け化け〉」
「ばけばけ!」
「紅魔館の為にもう一度死んで貰うぞ」
「ばけー!」
「それまでは暫く振りの体の味でも楽しむがいい」
「ばけ」
「では、臨時の隊長の部下の関係になるが、宜しく頼む」
「ばけ!」
里香は一人の兵士として〈化け化け〉達と接しているようだ。
〈ミス・ブロンド〉との交渉が終わったその日中に里香はテキパキと紅魔館の防備を整え始めたのである。
門前に、庭に、本館の中に、〈化け化け〉達が配備された。
更に、紅魔館に元々いる防衛隊長的存在、紅美鈴との話し合いもしているらしい。
流石にそれに同行する必要まではなかったから、その間咲夜は自由の身となった。
咲夜はいつも通りのようでいていつも通りではない紅魔館の廊下を歩いている。
「ばけー」
そこら中に〈化け化け〉がいる。会釈してくれる。見た目は可愛らしいが、緊急事態の象徴だ。紅魔館を舞台に殺し合いを演じたらしい恐ろしい存在でもある。
何をしていようか。
咲夜は完全に手持ち無沙汰である。
廊下の端に、〈化け化け〉に群がられている人物がいることに気付いた。
レミリアである。
「お盆っていうのかしらね、こういうの」
「お嬢様」
「あら咲夜、お暇?」
「旧交を温めている、と言ったところでしょうか。お邪魔でしたら」
「気にしなくていいのよ、家族なんだから。そうね、気になっているのでしょう? 戦争の話が」
「――はい。何故、お嬢様は幻想郷と戦争をしたのですか」
「愚かだったのよ、私達全員がね。〈あの正直村の人々のように、強く生きればよかったんだわ〉」
視界が――
揺らぐ。
「〈正直村〉の――ように」
「咲夜、〈悪魔〉ってどういう生き物だと思う?」
「〈悪魔〉は――〈悪魔は力を求める者と契約し、その願いを叶えるモノです〉」
すらすらと言葉が出た。普段使い慣れない言葉が。
「そうよ。私達にとっては契約者が悪かったのよ。私達の意思の弱さも悪かった。私達のあの契約者達は、戦争を極度に恐れて、幻想郷に逃げ込んだの。それは私達も望むところだった。しかし、戦争を恐れた筈の契約者達は、暴力で周囲を制圧することで戦争を防ぐことを選んでしまった。私達もそれに従ったの――だって、私達も怖かったんですもの。幻想郷を信用出来なかったんだわ。あの頃の幻想郷はね、今より遥かに荒れていたの。いつ戦争になってもおかしくなかった。だから、いっそのこと私達で始めて、私達で終わらせればいいと思ってしまった」
「〈愚か――でした〉」
まるで、自分で体験したかのような言葉が、出てしまう。
「〈幻想郷のことを教えてくれたあの正直村の人々なら、こんな間違いはしなかった〉」
そう――
そうだ。
〈正直村〉の人々が、ワタシに幻想郷の存在を教えてくれたのだ。
あの――日に――
「私は傀儡君主だったわ。実態はあのクソみたいな契約者の言いなりだった! だって、何もかもが怖くて、自分では何も決められなかったんですもの。あのクソ契約者だって知恵が回りそうな顔をしてたから従ってやったのよ! それが――あんなことに、あんなことになるなんてね」
あの戦争で、大勢死んだのだ。
レミリアは〈化け化け〉を撫でてている。
「ごめんね」
「ばけー」
「悪魔は力であればいいと思ってた。力でしかないと思ってた。心も思考も要らないと思っていた。そんな物を持っても意味がないと思っていた。でも、とても悲しいことになってしまった。私は脳が無いのだもの、どうなるか判らなかったの。そんなのはただの世迷言よ! ちゃんと考えればよかったわ! 後悔――してる」
「アナタが悪いのです」
これは――咲夜の言葉か?
「ええ。ワタシが悪いのよ」
「はい。ワタシが悪いのです」
判らない。自然と、言葉が溢れて――
視界が、揺らぐ。
「もっと早く気付ければ――いや、気付いていた筈なのよ」
「ええ、だって、ワタシは」
あの日、出会っていたのだから。
彼らに。
〈正直村〉に。
思い出せそうで、思い出せない。
記憶に蓋がされている、のではない。これは、多分――分散している。
そうだ、だって、ワタシは。
「咲夜、〈レッドマジック〉は」
「はい。ワタシは〈紅い魔法〉ですものね」
「判っているなら、いいのよ。咲夜、決して悪用されては駄目よ。二度と酷い契約者に捕まってはいけない」
「はい」
「でも、彼女が帰ってきてくれた」
「はい、美しいあの方が――」
「もしかしたら今度こそ、ワタシは、運命に出会えたのかもしれない」
「ワタシが〈正直村〉に仕えることが出来たなら、運命は変わっていたのでしょうか」
「出来なかったの。過去は変えられない。時間はワタシにも巻き戻せない。だから今度こそ、善き出会いを」
そうだ。
この愛を伝えなければ。
告白しなければ。
彼女に。