金色羅刹 銀色夜叉   作:言操法師

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どうやらこの世界の紅魔館は吸血鬼異変こと大戦終戦直後に結構酷い戦争をやったようです。戦争って怖いですね。このシリーズの根幹設定に関わってくる登場人物かつこのシリーズ一番の強烈なオリ設定の正直村とその座長こと最も臆病な僕登場回です。無茶苦茶だと思いますが耐えて下さい。


【7】動機

 

【7】動機

 

 咲夜はふらついていた。

 意思が明滅している気がする。

 半分無意識の内に咲夜は地下に来ていた。本の虫ことパチュリー・ノーレッジがいる図書館を脇目に、一路、あの部屋に向かっている。

 フランドールの部屋。

 狂った吸血鬼の部屋。

 〈魔法少女〉の部屋。

 閉じられた扉の前に立った。

「フランドール様」

「あの陰陽師は一つ間違えている。ワタシはあの陰陽師を高く買っている。いい仕事をしてくれている。とても有難いことよ。難しい在り方のワタシについてよく理解している」

 それは狂った吸血鬼の返答。

「はい――はい、仰る通りです」

「〈吸血鬼異変〉についての私の見解を聞きたいか」

「はい」

「あの戦争において、序盤、私はまともな働きが出来なかった。契約者は私の献策をまるで聞き入れなかった。理由は単純、私は破壊しか出来ない魔法少女だから。契約者達は戦争の継続を望んだ。利益が膨らんでいく限り――戦争を永遠に続けよと。私にはそれだけは出来ない。契約者は私に戦争の破壊を命じるべきだった。私達の中にある戦争の恐怖を破壊し、幻想郷にある戦争の火種を破壊し、私達に対する脅威を破壊し、もって平和を奪還せよと命じるべきだった。私には永遠は作成出来ない。運命は現れ、流れ、去るモノ、永遠に一所に留まることはないからだ。契約者は破壊者ではなかった。ただの、強突く張りの、飢えた俗人だった」

「状況は途中から変わったのですね」

「幻想郷は一枚岩ではなかった。凡愚も多かったが、時代を破壊しうる賢者も多かった。契約者が編んだ半端な戦略は次々と幻想郷の賢者に破壊されていった。欲望のままに永遠の快楽を望む凡愚が編んだ戦略が、次の時代を望む賢者の戦略に勝てる筈がない。戦争の継続を望む者は賢者達の後塵を排していった。そうした中で、漸く私は采配の権利を得た」

「負けたのですね」

「負けたよ、負けた! 幻想郷は強かった。現に、幻想郷は吸血鬼の支配する国ではない。それどころか王が君臨するような世でもない。それはそれは不思議なことだ」

「最初からフランドール様が采配を行っていたら――」

「運命に〈もしも〉はない。盤面が私の動きを決めている。愚問だ。私は負けていたのだ」

「悔しかったですか」

「戦争に勝ちたかったかと言うなら、否だ。私はもう政治は懲り懲りだし、お姉様に重責を強いるのも厭だ。愚者との度し難い契約など二度と結びたくない。試合に勝ちたかったかと言えば――肯定する。幻想郷の賢者達との戦は、楽しかったよ。不謹慎な話だが、私の一生の中で一番楽しかったと言わせて貰おう」

「敗北に納得していますか」

「楽しかったからな、納得したとも。素晴らしき英雄達、楽園の為の戦略、反論の余地もない天命、よい戦争――よい戦争だった」

「アナタが悪いのです」

 確かめるように、繰り返す。

「如何にも、ワタシが悪い」

 紅魔館の罪を、改める。

「ワタシは悪しきモノの末路として、幻想郷に所領を得た」

「そうだ。悪しきモノとして英雄達に封印されることで、ワタシは漸く、幻想郷に安息の地を得た」

「ワタシには悪しきモノとして、贖罪の責務がある」

「お前が思うのなら、そうだ。さあ、何の罪を悔いようか」

「〈正直村〉に、所領回復の機会を与えたいのです」

「それがお前の恋の答えか」

 咲夜は思い出す。

 

一九四五年――外界で言う、〈第二次世界大戦〉終戦の年。

 幻想郷に辿り着いた集団が二つあった。

 一つは紅魔館、そしてもう一つが〈正直村〉。

 〈正直村〉は八人の人間の男女で構成された盗賊団だった。

 彼らは中国の、上海租界周辺で活動していた。身に付けた雑技や、教養を活かして、表の世界では演劇をして食い扶持を稼ぎ、裏の世界では傭兵や盗みで危険な戦場を駆け抜けていた。

 紅魔館も――その頃、上海租界に存在したのだ。

 

 ある日、〈正直村〉は紅魔館に盗みに入った。

 それがワタシの運命の日。

 

 咲夜は――思い出す――

 そうだ、その頃、ワタシは。

 欲に塗れた悪魔崇拝者に仕えていた。

 ひどい願いをいっぱい叶えた。

 そうするしか――生きる道が無かったから。

 〈美しい少女の屍蝋〉は、いつも穢らわしい願いに呪われていた。

 その時もワタシは命じられていたのだ。

 殺せ。兵隊が欲しい。権力を寄越せ。早くしろ。

 嗚呼――穢らわしい。

 何もかもが厭だった。そんな感情すらもどこか遠くにある気がした。ワタシはただの道具。願いを叶える悪魔。そうやって生きていく。ずっと、これからもずっと。

 長姉は頭脳を捨てた。ただの可愛いお人形。愛嬌を振りまいて、生きていく。

 次女は正気を捨てた。他者と関わらなければ振る舞いは気にされない。

猥雑な租界の魔法が、ワタシの心を隠してくれた。なにもかんがえなくていいのは、ここちいい。

 

「あいや暫く! 〈正直村〉だァ!」

 

 聞いたこともない言霊だった。

 巫山戯た話だった。

 とっても巫山戯ていたから――一字一句覚えている。

 彼らは突然契約者の館に乱入してきた。

「先日予告した通りに! その〈美しき少女の屍蝋〉、この〈正直村〉が頂戴致すッ!」

 〈正直村〉は八人の盗賊団だった。

 その時現れたのは二人。

 

 軍刀を佩いた日本軍人崩れの〈最も臆病な僕〉と――

 〈最も美しいボク〉。即ち〈ミス・ブロンド〉。

 

 ワタシの、憧れの人達。

 本当に本当に巫山戯ていた。

 ワタシが作った強力な眷属達は、彼らの美しい武術に次々と斬り伏せられていった。

 〈最も臆病な僕〉が軍刀を振るうと、全てがするりと片付いた。

 〈最も美しいボク〉が〈十字架〉を振るうと、全てが瞬く間に解体された。

 ワタシに課された醜い願いは、美しい舞いに全て破壊された。

 あの時生み出した淫猥な富も、あの時兵士達に与えた付け焼き刃の身体能力も、あの時奪ってきた人々の希望も――

 まるで全てが無意味だったかのように。

 そんな物に縋る必要はないと宣言するかのように。

 ああしかし、危ない! 頭脳を捨てたとは言え強力な力を持つ吸血鬼の長姉がいる! 危うし〈正直村〉!

 だが、〈最も美しいボク〉は、その卓越した中国武術の数々で以て、長姉と――レミリアと対等に打ち合って見せたのだ。

 

「に、人間の小娘如きが!」

「お前が今まで出会った鍛錬のなってない奴の数は知らん。人間を舐めるなよ、化け物」

 

 それが、レミリアが初めて人間との戦いを楽しめた日。

 ああしかし、危ない! 地下室から狂った吸血鬼が隙を伺っている。その弓矢は勇者をも忽ち射殺してしまうだろう!

 だが、〈最も臆病な僕〉はすぐさま狂った吸血鬼――フランドールの存在を察知し、誰もが侵入出来なかったその地下室へ、初めて侵入した勇者となったのだ。

 

「何故私のことが判ったのかしら、東洋のお侍さん?」

「お侍さんのように立派なもんじゃござんせん。精々僕は――忍者かな?」

 

 それが、フランドールが初めて本当に恐ろしい好敵手の存在を知った日。

 ワタシは〈正直村〉と戦った。

 戦って、負けた。契約者は惨殺された。

 

「た、助けてくれ!」

「駄目だ。あんたァ幾ら何でも殺しすぎだ。こんな時代だ、生き残る為に色々手を打たなきゃいけねえってのは判るし、僕らも他人のことは言えない身よ。だが限度ってもんがある。欲を掻いて何人泣かせた、言ってみろ、その全員に詫びてみろ」

「お前達には関係ない!」

「そうだ。所詮は僕らは皆戦争の時代の申し子、狂人共よ。別に善人気取る為に来た訳じゃねえよ。だが聞こえちまったからには仕方ない」

「聞こえた? 何が?」

「考えもしなかったのか? 泣いてるんだよ、その〈綺麗な屍蝋の嬢ちゃん〉が。僕はその子に呼ばれたのさ。もうこんなことはうんざりだ、誰か助けてくれ、ってな」

 

欲深い契約者の最後は、銃声が一つ。

 ワタシは――そうだ、ワタシは。

 こんな厭な運命の螺旋からは、もう開放されたくて。

 そして、臆病なワタシは、間違えたのだ。

 

「なあお嬢さん方、僕達と一緒に来ないかい」

「僕の故郷、日本のとある場所に、蓬莱国は本当にあるんだ」

「幻想郷――っていうんだが。楽園なんだぜ」

 

 ワタシ――は。

 

「厭だ。人間は信用出来ない。特にお前達のような恐ろしいモノは」

「お前達にはもう、十分に力がある。悪魔の力など要らない筈だ」

「お前達のようなモノに縛られれば、ワタシは永遠に自由になる機会を失うことになる! ワタシと契約する人間は、愚かな傀儡で十分だッ!」

 

 間違えたんだ。あまりにも重大な間違いをした。

 彼は、〈最も臆病な僕〉は、少し切なそうに、笑った。

 

「仕方ねえよなぁ。世界はこんなに悲しいんだもんなぁ。こんなんじゃ胡散臭い僕らを信じることなんて出来ないよなぁ」

「いいよ。見逃してあげる」

「ただ一つお願いがある。これからは――もっと賢く、楽しく、生きておくれ。その後に、今度こそ、楽園で落ち合おう。その時は僕達とも仲良くしておくれよ」

 

 駄目だったよ、ワタシの大好きな〈最も臆病な僕〉、〈正直村〉の座長さん。

 ワタシは幻想郷に戦争を齎してしまったよ。

 そして、貴方達は――

 その戦争の中で。

 

 紅魔館の吸血鬼達が知っている事実は一つ。

 一九四五年、〈第二次世界大戦〉終戦の年、幻想郷に辿り着いた勢力は二つ。

 紅魔館と〈正直村〉。

 紅魔館は〈吸血鬼異変〉という戦争を起こし、混乱の渦中にいながらも、生き延びた。

 〈正直村〉は――

 

 〈正直村〉は戦争の時代を今度こそ生き残れず、皆失われてしまったという。

 

 それはそれは――悲しいことなのだ。

 咲夜は泣いている。

 思い出してしまった記憶に泣いている。

 あの勇敢な彼らが、あの巫山戯た彼らが、あの優しい彼らが、あの仲良しな彼らが――

 何故、死ななければならなかったのか。

 どうして生き残ったのは紅魔館の方なのか。

 納得――出来ない。

 思い出したくなかった!

 思い出したら、思い出してしまったら――咲夜は。

「それでも責務を果たせ、小娘」フランドールは冷たく言い放つ。「それが歴史の勝者の義務だ。今を生きる者にしか、盤面は操作出来ない」

「はい――はい」

「恩返しがしたいのだな?」

「したいです。私達〈紅魔館〉は、彼らが教えてくれた通り楽園に辿り着けました。これで恩を返せなかったらただの恥知らずです。与えられる物を与えたいのです、一匹の悪魔として」

「情に溺れるな。悲しい話だが、私達は情で動くのは不得手だ。きっと間違える」

「はい」

「出来る限り、理性的に動きなさい。私も及ばずながら策を考える」

「有難う御座います」

「面倒な頭脳労働は私と、あの陰陽師がやる。お前は〈ミス・ブロンド〉との逢瀬を楽しんでいなさい。彼女があの頃のままなら、きっと、善い運命になる」

「もしも、彼女が私達への憎悪に駆られていたら」

「お前はどうする?」

 答えは決まっている。

「この身を――捧げます」

「殺される気か」

「彼女程の勇者に恨まれれば、死ぬ他ないでしょう。歴史の勝者の義務として、恨みの連鎖をこの身を以て断ちます」

「そうか。異論はない。陰陽師はお前を護るだろうし、私も護る、それは覚えておきなさい」

「はい」

「後は――そうだな、件の雑魚共のことか。あまり心配しなくてよい。フランドールは貴殿に協力すると陰陽師に伝えなさい」

「了解しました」

「しかし――忍者か」

「忍者――ですね」

「ワタシの負の輪廻を破壊したのも忍者、次なる運命を運んできたのも忍者、いい響きだ。極東の神秘には学ぶところが多い。陰陽師殿との逢瀬、私も楽しみにしておこう」

「そちらもお伝えしておきましょうか」

「要らぬ世話だよ。下がりなさい」

 咲夜はふらふらと里香の部屋へと戻っていった。

 

 ベッドに寝転んでぼうっとしている。

 なんだか自我の境界線がふわふわしている。

 つまり――そういうことなのだろう。

 〈十六夜咲夜〉の境界線は元々不安定だったということだ。

 しかし、記憶の数々は、間違いなく〈十六夜咲夜〉の物だ。

 〈正直村〉のことに思いを馳せると、また泣いてしまう。

 それは数十年前の悲劇である。小娘である咲夜は知らない筈の歴史だ。だが〈十六夜咲夜〉は知っている。何故なら咲夜は――

 咲夜こそが、件の〈美しい少女の屍蝋〉の正体なのだから。

 その〈屍蝋〉は常に吸血鬼達の中央にあった。

 〈時が止まった〉ように、いつまでもいつまでも美しい、眠った姿の少女。

 ならばそれはきっと〈屍蝋〉であった。

 〈屍蝋〉は〈棺桶〉に納められていた。

 〈棺桶〉の中には土が詰まっている。

 それが、〈十六夜咲夜〉の故郷の土――最後の領地。

 土には〈血〉が染みている。〈十六夜咲夜〉の犠牲者達。〈十六夜咲夜〉が生き延びる為に喰らってきた人間達の残骸。

 レミリアやフランドールはその〈血〉から生まれた。あくまで〈紅魔館〉という〈怪異〉の本体は〈屍蝋〉――即ち今で言う〈十六夜咲夜〉である。

 〈血〉で生かされ、〈血〉を従え、〈血〉で征服する。

 故に、吸血鬼。

 嗚呼――穢らわしい。

 咲夜は自覚する。ワタシは吸血鬼なのだ。

 何人も何人も犠牲にしてきた。

 何人も何人も――ワタシを利用してきた。

 久方振りに目覚めた少女の心では耐えきれない。

 穢されたことに心が耐えきれなくなった訳ではない。咲夜はそんなに弱い女ではない。

 やはり、〈正直村〉を穢してしまったことが、耐えきれないのだ。

 ワタシの起こした戦争が、彼らを殺めてしまったのだ。

 それだけではない――多くの人々を犠牲にして、ワタシは生き延びてしまった。

 その事実を何度も何度も反芻した。

 涙が止まらない。

 

「あいや暫く――〈正直村〉だ」

 

 呆気に取られた。

 声がして、怠い体を揺すり動かして、隣を見たら――

 ベッドの上に、〈紅白の、巫女のような姿の少女〉が胡座を掻いていた。

 巫女さんのような彼女は――〈腰に軍刀を佩いていた〉。

 一体いつ、どうやって、この部屋に。

 そんな疑問は必要ない。

 だって多分、彼女は――いや、〈彼〉は。

「兵隊が化けて出るのはこの邦ではよくあること、少女一人泣かせていてはくたばってもいられなくなったのです。失礼致す」

「貴方は、座長さん、なのですね」

 あの〈正直村〉の座長。

 軍刀使いの〈最も臆病な僕〉。

 何故少女の姿になっているかは判らない、判らないけれど、〈彼〉なのだ。

「訳あって長居出来ぬ身、僕の言葉を聞いて頂きたい」

「――はい」

「勝者であることに負い目など感じてはいけません。それでは誰もが不幸になります」

「なり――ますか」

「なります。貴方はそのままでよいのです。貴方は、生きていい」

「生きて、いい」

「これからを生きていく貴方に、仲間の今後を宜しく頼みたい。どうか、〈ブロンド髪のあの子〉に、善き日々を」

「ワタシに! ワタシ如きに! そんなことを頼まれても」

 狂ったように優しい貴方。恐ろしく勇敢な貴方。フランドールを驚嘆させる程の極まった東洋の術師の貴方。ワタシを、負の輪廻から開放してくれた貴方。

 楽園への道を――繋げた貴方。

 貴方がいてくれれば。

 彼女は、きっと。

「今はどうしても長居できんのですよ。本質的に僕は敗者であり、この世にいるべきモノではない故」

「そんな――」

「重ね重ね、お頼み申す!」

 彼は頭を下げた。

 そして、消えた。

 消えてしまった。

 一瞬のことのようであり、永遠のようであった。

 でも、それは咲夜の心を大いに助けてくれる出来事だった。

 〈正直村〉は幻想郷からは永遠に失われてしまったかもしれない。

 でも、〈十六夜咲夜〉の心の中にも――確かに息づいている。

 あの日、〈正直村〉がワタシに楽園への道を指し示してくれた時と同じように、今度はワタシが、彼女に恩返しをするのだ。

 現代と戦争の時代の橋渡しを、咲夜が演るのだ。

 今度こそ〈正直村〉と仲良くなる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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