【8】回帰
化けて出た〈正直村〉の座長さんのことは、里香には言えなかった。
「美鈴さんは有能も有能なのです。妖精達はよく訓練されています。ただのサボタージュの名人ではありません、休めるだけの理由は作っているヒトなのです。人員の配置の質も問題はなし」
「美鈴ですから。昼寝は茶目っ気です」
咲夜は微笑む。
「何かいいことありました?」
「まあ、多少」
これから善いことをしなければならないのだ、咲夜が。
「ここからは世間話なのです。美鈴さんは何故門番をやらされているのです? 武術顧問とかにしておいた方が何かといいのに」
「里香さんから見た美鈴の評価は?」
「首を刎ねるべき将軍」
「ひえ」
とんでもなく剣呑な語彙が出た。
でも――咲夜も〈吸血鬼異変〉当時のことを多少思い出した。だから反論は出来なかった。
咲夜の顔色を里香は伺っている。咲夜の記憶の状態を配慮しているようだ。〈恐らく里香は紅魔館という怪異のシステムを完全に理解している〉。プロというのは忙しいものだ。ご苦労様である。
「彼女は今でも有能だ。全く錆びていない。有事の時には防備を整えられるだけのシステムをちゃんと組んでいます。訓練の基礎もしっかりしている。兵士は後は兵器を携帯するだけでいい。驚嘆すべきは〈紅美鈴の部隊は吸血鬼の力に頼っていないこと〉」そう、それこそが紅魔館における紅美鈴という将軍の特色であり、名将たる所以だ。「恐らく紅魔館という軍部の中央システムから距離を取り、機敏に動いて戦中を生き延びたのでしょうねぇ。彼女は賢い。政治も得意な狸だ。だからよく狸寝入りする。私が敵軍なら真っ先に暗殺を考えている」
「駄目です、殺さないで」
「簡単には殺せませんよ、だから紅美鈴は今もぐーすか寝ている」また寝ているのか。寝かせておいてあげよう。念願の――平和の中なのだから。「ああいう手合は殺すよりも仲良くした方がいいんです、本人も弁えているから質が悪い。有事には頼りになりますよ、大事にしてあげて下さいね」
「してます。偶にナイフ刺しますけど」
居眠りしている美鈴を見つけ次第、咲夜はナイフを投擲している。
「そのぐらいなら、まあ」
「いいんでしょうか」
「妖怪だし」
「うーん」
今後は控えめにしてあげよう。
「ところで、戦争の日取りが決まりつつあります」
「は、早いですね」
「私の情報網は強いですよ。後、これでも一応卜占もします。私の流派の卜占は〈当たる〉のでね」咲夜はフランドールからアドバイスを受けている。曰く、〈あいつらの占いは恐らく、当たるのではなく確実に当てに行く物だ。幾つもの調査結果に裏打ちされている〉。卜占の結果と言い出したら話のテンポをよくする為の物の例えだから、話半分に聞いておけ。「三日後の晩、〈吸血鬼軍残党〉の尖兵が紅魔館に侵攻してきます。連中もまあまあの支度の速さで、奇襲を装っていますが、この通り動きが私に筒抜けなのです。容易く退けられるかと。〈ブロンド〉は観戦に徹するでしょうね。そこで、なんですが――」
判っている。咲夜には彼女の心を掴む為にやるべきことがある。
「私も戦うのですね」
「考えていることは同じですか」
「はい。〈ミス・ブロンド〉に、私の戦いぶりを見せたいのです」
「紅魔館の勇姿は、生き延びる意思は、未だ健在であると証明する」
「そうすることで〈ミス・ブロンド〉と私自身が対等に交渉する為の布石を打つ」
「〈ブロンド〉の理屈は、お前らはもうまともな軍事能力を残してないんだから、危険な兵器や技術は最前線組が勝手に貰っていっても構わんだろう? という、非常に身勝手なものですからね。話がややこしくなればあいつにも隙が生まれるでしょう」
「魔理沙に似ていますね。色々と」
霧雨魔理沙という――人間の盗人がいる。盗人ということにしておこう。彼女も黒白の衣装に身を包み、髪が金髪だ。容貌自体は似ても似つかない。
〈ブロンド〉と魔理沙は何か関係あるのだろうか?
「魔理沙かー」
「二人には何か関係が?」
「いや、魔理沙と縁が深いのは私。〈ブロンド〉とはあんまり関係ない」
「えっ。どのような――」
「魔理沙は私の弟子」
「弟子」
「あいつの火力主義は私の悪影響」
ああ。
〈戦車娘〉の弟子だから〈魔砲少女〉。
忍者の弟子だったのか、魔理沙。確かにそう言われてしまうと色々腑に落ちる点も――
これは、今回の本題とは別のお話。
別の話だけども。
「里香さんもビームとか撃たれるのですか?」
「目から撃つかなー」
「目から!」
魔理沙は八卦炉という道具を使う。自らの身体だけで完結している里香の方が上手だ。やはり師匠か。
「でも拳か足に魔力込めた方が早い。美鈴さんも手足に気を纏わせて遣うでしょ? あの理屈なのです。纏め上げて打ち込んで響かせた方が総合的な威力は上がる。魔理沙にも、一応身体強化系の魔術は教えてあります。飛ぶの早いでしょあいつ、あれは魔術訓練と人体工学の賜」
「身体強化魔術ですか。私も学ぼうとは思っているんですが」
「咲夜さんはこれから戦場に立ちますし益々必要になりますね。安心して下さい、そもそも私の本業の一つが武器商人なのです。少し訓練すれば使える装備を用意してございます。丁度習得して貰う予定でした」
「武器」
「鎧なのです」
「騎士なんかが着る」
「戦場に出る場合は出来るなら顔を隠した方がいい。穢れますからね」
里香の言葉を反芻して、じわじわと理解して、ごくりと生唾を飲んだ。
咲夜は明日、殺し合いをするのだ。ワタシは慣れている――そういう人生だ。しかし〈十六夜咲夜〉が堂々と戦場で兵士を殺戮をするのは、明日が始めてだ。
これから咲夜という名前が、体が、穢れるのだ。
でも、それだけのことをして。
漸く〈ミス・ブロンド〉の背中を追うことが出来る。
二日後――
場所はフランドールの部屋の前の廊下に移された。戦闘を想定した造りになっている為兵器の試運転には丁度いい、とのことだ。
鎧を着るだけで場所を移す必要があるということは――つまり、これから出てくる鎧は普通の鎧ではない。
「んしょんしょ」
里香は、なんだか物凄くカッコいいデザインの、鉄か何か、間違いなく鉱物製の、銀色に輝くフルプレートアーマーを乗せた台車を押してきた。
洒落た細工が幾重にも組み込まれている。一つ一つ検分するには咲夜には知識も集中力も足りない。
何より、アレ、滅茶苦茶重そうだ。少なくとも人間の少女が着るような代物ではない。
「な、なッ――なんですかこれはーッ!」
「造るの苦労した」
里香はずっと紅魔館に、しかも咲夜の側にいた筈なのだが、いつの間に造ったのだろう。忍者は判らない。
「いやあの! これもしかして私が着るんですか!」
「いけるいける」
「無理です! 兜だけ抱えても腰を痛めそうですぅ!」
「魔術的な仕掛けが幾つも施されています。貴方の吸血鬼としての力を、人間の体のまま引き出す為にね。だから最終的には動きます。いつもの体より数倍動きます」
「えっ、えっと、そう――ですか」
何を言っても里香の言うがままになる気がしてきた咲夜。
「貴方の血筋、調べさせて貰いましたよ。いやーとんでもないことが判った。ぶっちゃけ私はこの仕事を受けていなければ貴方を殺していたかもしれない」
「う」
怖い。忍者怖い。
「そんな運命はあり得ない。〈紅魔館〉は〈正直村〉と必ず出逢いますから。貴方の出は〈ギリシャ〉ですね? もしかしたらと思っていたが間違いない、〈時間神クロノス〉の血筋なのです。しかも、旅の過程で〈農耕神クロノス〉の性格も吸収している」
「――はあ」
実は、その辺りの詳しい話を、〈紅魔館〉はよく覚えていない。
生き延びることに――必死だったから。
「〈ギリシャ神話〉は邪教とされていますから確かに〈悪魔信仰〉の属性がある。〈クロノスは絶対神ゼウスに倒された古い絶対神なのです、これが善き神であっていい筈がない〉。だから貴方達は悪魔に零落した。所謂〈アブラハムの宗教〉にとって、〈クロノス〉は力を持たれては都合の悪い神に決まっている。実際、〈貴方〉は沢山の苦労をした、でしょう?」
厭な――記憶が――
脳裏に――過って――
〈紅魔館〉は――虐げられて――だから沢山ころして――
「はい」
「〈血を啜って生き延び、血を操って使役する〉という性格がどの時点で発生したかまでは私には判りません。判明させるには解析にもう少し時間が必要なのです。〈農耕神クロノス〉には――シモの話になりますが――〈父神ウラノスの男根を切り落とした際、ソレが海に落ち、発生した血や泡から神を生み出した逸話があります〉。〈液体〉と〈体液〉と〈生命〉という属性に統合が結ばれうる状況だったのかも、しれません、ただの推測なのです。貴方が使役している〈血〉から〈海水〉の成分が発見されればこの説はほぼ確定なのですが」
里香は、真摯な研究者であった。
咲夜当人だってこんなに真面目に自分のことを考えたことはなかった。
ワタシのルーツは、海、だったのか?
海は――
きらいだ。
おちるとくるしいから。
いのちにあふれていて、けがらわしい。
「はい、海に落ちると苦しいですね」心を――読まれた? 〈里香の能力か〉?「〈ウラノスの男根〉から発生した〈女神アフロディーテ〉も陸地の神になっていますから、この系統の神にとって海は、故郷ではあるかもしれないが、そんなに好意的に捉えられる場所ではなさそうだ。これは吸血鬼の弱点にも合致します。〈アフロディーテ〉の話は切り上げます。貴方達はこの〈ウラノスの男根〉の系譜にある血筋のモノ――だと推測します。しかしそうなると〈時間神クロノス〉の性格が先なのか、〈農耕神クロノス〉の性格が先なのか判らない。この神々は名前は同一ですが本来全く別の神であり、名前が一緒だから混同されているに過ぎない筈。まあなので牽強付会に考えるのですが、〈貴方の存在こそがこの二柱の神を結びつける証拠と言えるのではないでしょうか。この二つの神々が交わった時点で、貴方の血筋は発生した〉。信仰の交雑の結果生まれたモノは神に満たず、時代もそれを神と認めなかった為、貴方達は悪魔に堕ちた――のかなと」
「そこまでは判らないです。本当です」
咲夜の身の上は里香の方が詳しいのだろう。
「まあ判らないのでしょう。私も、調べてはみますが、きっと尤もらしい結果は得られないでしょうね。歴史の流れ、血筋の掛け合わせ、魔術的環境の成立、暦の奇跡、星々の符号、そういったモノが貴方を生み出したに違いない。つまり、結局は全くの偶然であり、試行数だけに約束された必然。〈この可能性世界の貴方は斯くして誕生した〉」
「この〈可能性世界〉――の?」
「まあ、何、我々の流派のお約束のような言葉です、聞き流して。吸血鬼としての貴方達に弱点が多い理由はこれで説明が付く。貴方達は〈ウラノスの死〉から発生している、その血筋には〈死のトラウマ〉が多く刻まれている。その〈死のトラウマ〉が弱点になっているようですね。例えば〈太陽〉。〈貴方が怖いのは正確には日光そのモノではない。だから日傘程度で避けられる〉」
空。
ゼウス。
天を統べる偉大な神。
正しき神。
今も――ワタシは睨まれている。
「雨雲は〈ゼウス〉の管轄なのです」里香は続ける。
雨は――こわい。
「しかし逆に〈落雷〉はどうでしょうね」里香は更に続ける。「〈クロノスはゼウスと戦えています〉。いざ戦闘したら覚悟が決まるから案外どうにかなるのかも。〈だから貴方は天を支配しうる。クロノスは確かにゼウスに負けたが、対等になり得る元絶対神でもあるからだ〉」
ワタシは天に挑み続ける。
「〈夜の神は貴方の味方なのかな〉? 〈ニュクスはゼウスに屈することのなかった偉大なる夜の女神なのです〉。案外〈クロノス〉と仲が良かったのかもしれないですね。んー、弱点の分析は、そんなところにしておきましょうかね。気になることと言ったら、咲夜さん自身は別に〈日光〉が弱点ではないというところですが――多分あの〈エロ親父〉が悪い」
「〈エロ親父〉」咲夜は流石に反応した。
「〈貴方なんだかんだでゼウスに愛されてますよ〉。あの神、政治上は容赦ないけど、内心の好意を性欲で言い訳しながら吐露するからなー。美少女罪なしのポーズ」
――そうなのか? ワタシは悪魔の一種なのに?
里香は咳払いする。
「でだ、〈エロ親父〉の性欲の話をしたのには訳があります。〈このことから、血を操る貴方と、十六夜咲夜本体はどうも別の神格の性格を有していることが判る〉。〈血を操る性格の方が農耕神クロノスで、十六夜咲夜本体は時間神クロノスなんでしょう〉。〈農耕神クロノス〉の力は流石に〈エロ親父〉的にもアウトなんだ。だから〈血〉から生まれたレミリア様フランドール様は駄目」
「詭弁ですね。悪魔などかの〈ゼウス〉様ならばまとめてアウトなのでは?」
「魔術は詭弁なのです。それに、〈ゼウス〉にだって、父親である〈クロノス〉のことは思うところがあった筈なのですよ。とまあ長々駄弁りましたが、その辺りの事情を加味して作られた鎧が、そちらになります。施した意匠が――」
里香が鎧を細かく指さしていく。
女性的なシルエット――
胸元に大きく一から十二の数字が円盤状に刻まれた時計盤の意匠。〈時間神クロノス〉の象徴。
両肩に鎌の意匠。〈農耕神クロノス〉の象徴。〈アダマスの鎌〉。
手甲に棺桶の意匠。吸血鬼の象徴。
腰元にスカート状になるように鉄板が付けられており、それらは先が尖っている。十六夜咲夜のナイフの象徴であり、〈切り落とされたウラノスの男根〉の象徴でもある。
背中に古代ギリシャ文字で〈父は死んだ。故に少女は一人で天に挑む〉という文字列。〈クロノス〉の神話と咲夜の神話を表す一節。
他、細部にレミリアとフランドールを表す細工。
そして――兜。
「迷ったんですよ、兜。咲夜さん個人を表す細工を入れようと思って」里香は兜を上からじっと覗き込んでいる。
「これが、私の象徴ですか」
「正体を隠しながら戦いつつ、それはそれとして十六夜咲夜ここにありと言うならば、こうなるのかなぁと」
兜のシルエット自体はシンプルなクローズヘルム。
右頬に五芒星の飾りが付けられていた。
「星」
「〈ザ・ワールド〉より〈スタープラチナ〉なのかなと」
「〈ジョジョの奇妙な冒険〉」
咲夜も好きな漫画だが。〈親近感が凄いのだ〉。
「――右かなと」
「何故右」
「ナイトのライトかなと」
洒落。
つまり〈騎士の右頬〉が〈夜の明かり〉で〈十六夜咲夜〉か。
なんかそれっぽい。それっぽいのは、いいことだ。
咲夜はしげしげと鎧一式を見る。
カッコいい。
咲夜には勿体ないぐらいカッコいい。
咲夜が気になったのは――
「お高い、ですよね」
「請求はレミリア様にいってます」
「うーん」
魔術的な細工が施された、特注の鎧。血統の詳細調査付き。とんでもない値段なんじゃないだろうか。
「咲夜さん、戦車というのは高いです。国家予算――具体的には何人もの人間が何年か食べていける量のお金が動く」
「ひえ」
「それぐらい大事なのですよ、戦場で要人や兵隊の命が護られ、ちゃんと帰還を果たして貰うということは。死体を敵の領地に積み上げてもその土地を占領出来る訳ではないですしね。生きて辿り着いて貰わないと」
「これは戦車ですか」
「重装備の鎧騎士というのは、現代で言うところの戦車と運用方法が似ていると思って頂いていい。私の領分の内。ならばこれは戦車なのです。これを着た貴方は、敵の隊列を突破し、戦況を打開する、一個の戦車となります」
「責任重大――ですね」
「英雄なのです。望むところでしょう?」
そうだ。
英雄にでもならない限り。
あの美しい悪鬼羅刹の隣には並べない。
「私、着ます」
「よかったよかった。しかしまだ改良の余地があるんですよねぇ。〈ザス〉と〈クトニア〉と〈クロノス〉がー〈エロス〉でー」
「専門的な話は判らないのですが」
「いやー私もまだまだ全然判らん。どうも〈ペレキュデス〉の思想を読み解かないとこの流派の魔術は完璧には使いこなせない様子。弟子である〈ピタゴラス〉も参考になるのかな、なるんだろうか。申し訳ないのですがこの流派専門ではないので、性能は自身の感覚で発揮させていって下さい」
〈ピタゴラス〉は判った。古代ギリシャの哲学者だ。〈ペレキュデス〉――あまり聞かない名だが。多分図書館の本の虫は知っている。
「勉強しておいた方がいいですか」
「あれ? 〈ペレキュデス〉知らない? 〈時間神クロノス〉を発見した哲学者なんですが」
「知らない――です」
「弱ったな、こりゃ途中で伝承が絶えてるぞ。んー〈ヘプタミュコス〉自体も散逸しちゃってるんだよなぁ。これは思ったより技術を仕上げるまで難儀かもだ」
「お付き合いお願いします」
「お金は貰ってるんでねー。じゃ、組み手から始めますか。着て下さい」
「エッ組み手――」
里香が。
シャドーボクシングしている。