【9】鉄騎
そして咲夜は、里香にぶっ飛ばされて宙を舞っているのだった。
鎧の性能は凄まじかった。
身に付けた直後、咲夜は全身に力が湧き上がってくるのを感じた。否、力が湧いたと言うよりは、咲夜の周りに漂っていた力が凝固して使えるようになった、と言ったところだろうか。 咲夜は己が吸血鬼というシステムであることを自覚する。恐らく咲夜の周囲には常に水蒸状の〈血〉が漂っており、それは普段咲夜には自覚出来ず干渉も出来なかったが、鎧に仕込まれた魔術が〈血〉を力に変えてくれたのだろう。
つまり咲夜は人間の身でありながら吸血鬼の力を羽織ったのである。
なら、里香と組み手しても対等に渡り合えるのでは? と思わなくもなかった。
思わなくもなかったのだが――
現実は非情である。
多分、里香は――べらぼうに強いのだ。
まず、小手調べと言った感じで、軽いジャブで二メートルぐらい空中に吹き飛ばされた。
何が起きたか判らなかった。ちょっと痛かった。
起き上がって里香に飛び掛かってみた。
背負い投げされた。凄い音がしたと思う。
何が起きたか判らなかった。体が砕け散ったかと思った。
恐る恐る近寄ってみる。
俊敏な動きで距離を取られる。一生詰められる気がしない。
咲夜の得意な得物はナイフだ。ナイフは使用許可が出ていたので手に持って斬り掛かってみた。
気が付いたら床にキスしていた。何が起きたかよく判らなかった。どうやら足払いされて咲夜は顔面から床に倒れたらしいのだが、一瞬意識が飛んでいた。
基本的に里香が何をしているのか判らない。速い。速いし一撃が重い。咲夜は鉱物製の鎧を着ている筈である。でも軽々振り回されている。きっと里香はまだ手加減している。本気を出せば鎧ごと咲夜の体を砕けるに違いない。咲夜の本能が恐怖を訴える。
「あの」
咲夜は半泣きだった。
「暫くは、転がします」
「転がされるんですかぁ」
「戦いの基本は避けることと受けること、そして受け身を取ることなのです。どんな戦場であれそこは変わりません。さあ立って。体に覚え込ませます」
「なんでそんなに強いんですかぁ」
「鍛えてるので」
「里香さん、種族は?」
少なくとも人間ではないと思う。
「人間ですが」
「エーッ」
そんな馬鹿な。
咲夜は渋々里香に挑みかかった。
いっぱい転がされた。鎧のお陰で体はあまり痛くないのだが、心が痛かった。
それでも戦っているうちに自分の体の勝手が判ってくるもので、咲夜は鎧を着たまま普段通りの動きが出来るようになってきた。咲夜は元々体術は上級者なのである。
素早くナイフを数本投げ付ける。普通の相手ならこれで十分に牽制出来るのだが――
里香は一本目のナイフを掴んで受け止め、そのナイフを振るって残りのナイフを弾き飛ばしてしまった。
「こういう場合もあります」
「うむむ」
正直に言うと初めてのケースである。普通は刃の鋭さを恐れて飛来するナイフを掴もうとはしない。里香の反射神経がおかしい。
「怯んでいては駄目なのです。〈ブロンド〉だったらこの程度は朝飯前なのです」
「それってもうナイフ投げない方がいいんじゃ」
「そうかもしれないですしそうではないかもしれない。場合によっては有効でしょう。相手の余裕を削って的確に投げるのです。一発で駄目なら百発だー。弾幕ごっこを思い出せー」
「あのこれ、私が里香さんに勝つまでやるんですか」
「今日中には絶対勝てないので安心して挑んできて下さい」
「ぐっすし」
咲夜は辛い。世界には自分が想像もしなかった猛者がいるのだ。
里香はまだ単純な体術を披露しているだけに過ぎない。ここから更に忍術だの陰陽道の術だの魔術だのが展開されるのだ。それは勝てないだろう。
「しかし追い込むだけではよくないのでここでいいニュースも入れましょう。実は必殺の武器を用意しています。私には訳あって通らないけど」
そう言って里香は一時フランドールの部屋の中に引っ込んだ。次戻ってきた時には、里香の側にフランドールもいて――
里香は一本の豪奢な剣を抱えていた。
「〈紅魔館〉の魔術の中にどうして〈北欧神話〉に関連する武装を生成する物があるのかは、私にはよく判りませんでした」
「通りかかった時に面白そうだったからパクった」フランドール。
〈その辺の地域〉を〈紅魔館〉が通過した時があるのだ。咲夜の記憶にもある。
「ですってよ。面白そうだったからでパクれていいモノじゃない気がする。相性がよかったんでしょうね。で、レミリア様が〈グングニル〉、フランドール様が〈レーヴァティン〉を修得しているという点に一応着目しました。〈ザス〉と〈クトニア〉と〈クロノス〉――〈天〉と〈地〉と〈時〉の関係なんだよな多分と思い、一応鋳造してみましたよ。正直解釈がピッタリ合ってる自信ない」
「〈運命剣ノルン〉ですって」フランドール。
「紅魔館の三人を象徴する剣としてはまあまあの完成度じゃあないかなと」
「ほええ」
咲夜は――専門的な話が判らない!
里香は剣を差し出してくる。咲夜は恐る恐る受け取る。
「雑にこれの性能を言うと、〈時を操る程度の能力〉の精度を高める触媒になってくれます。〈永遠〉属性が乗っているので兎に角丈夫です。咲夜さんの能力が健在ならまず破壊されないでしょう。慣れてきたらレミリア様とフランドール様の能力、即ち〈運命を操る程度の能力〉と〈ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〉も使えるようになるかもしれません」
「なにそれすごい」
「でも残念ながらまだ私にはあまり効きません。〈ただの時の流れが遅くなっているだけの永遠では私を倒せない〉。〈停滞〉属性ではねぇ、ちょっとねぇ、負けられないかな」
なんだか凄そうな里香の宣言が通った。
「里香さん、一体何者」
「まあ何者かなんですよ。さあこれを使って打ち掛かって来て下さい。転がしますので」
「斬っちゃって大丈夫なんですか」
「これじゃ斬れない。私硬いので」
「硬い」
種族人間とは。
咲夜は遠慮無く里香に斬り掛かった。
手の平で剣を止められた。金属と金属がぶつかり合うような音まで聞こえた。成る程これでは斬れないのだ。里香は何者なのだろう。
〈戦車娘〉。
多分里香の体にも咲夜の鎧並みの何らかの仕掛けがあるのだ。それはもう凄いやつが。咲夜にはさっぱり判らない。判らないんだから勝ちようがない。これは確かに咲夜如きが今日中に里香の揚げ足を取るなど無理だ。
で、カウンター里香パンチを食らって咲夜は転がされる訳である。里香曰く、上段構えは防がれると隙だらけだからここぞという時だけにした方がいいとのことだ。
それでも咲夜は立ち上がる。
――体が戦い方を学ぶことに悦びを覚え始めたからである。