【10】殺人鬼
戦争。
里香の宣告から三日後、その晩。
「話の流れ的には雑魚が湧いてきて都合がよかったかなと」
等と里香は凄く不謹慎なことを言うのである。
「〈吸血鬼異変〉の話、ですか」
「そういうことなのです。実際の戦争を通して、貴方は〈吸血鬼異変〉当時のことを学んでいく。そうすれば自然と〈ブロンド〉の背中を追うことも叶うでしょう」
咲夜が脳内で使ってた表現だ。頭の中が読まれている。
流石に気持ちが悪い。
「あの里香さん、宜しければ〈能力〉を聞かせて頂いていいですか?」
「筋道とは一つに定まるもの。その道を究めた者は往々にして同じ結論に至る。〈あらゆる道を走破する程度の能力〉。それが私の〈異能〉」
「私の心が読めるのは?」
「貴方の思考パターンをトレースさせて頂きました。私には貴方の思考パターンが〈道〉として視える。後は施行するだけなのです。大体当たってますか?」
「怖いぐらいに」
相手が持つ哲学を読み切り、一つの〈道〉として捉えて、それを走破する――即ち思考をトレースしてしまう。そんなことが可能なのだろうか。実際里香は可能にしている。恐ろしいことだ。里香が〈戦車〉という概念に拘るのもその〈能力〉が齎す独特な世界観が関係しているのだろう。
咲夜の〈能力〉は単純明快に強力だが、里香の〈能力〉は様々な面で途轍もない性能を発揮する類の物だ。レミリアの能力に種類が近い。あの〈博麗の巫女〉の天性の直感にも近いのかもしれない。〈魔眼〉と言うべきか。
里香の情報戦での強さの秘訣もこれなのだろう。里香にはまずあらゆる〈筋道〉が視えてしまう。後は人員を割いて裏を取るだけだ。物証を確保したら、勝ちは決まったようなものである。敵に回してはいけない類の人種だ。咲夜は兎に角里香が怖い。
咲夜の歴史という〈道〉も視えたということだろう。だからこんなに咲夜とのコミュニケーションが上手いのだ。凄い〈能力〉である。占い師かくあるべし、なのかもしれない。里香でこれなら、彼女の上司に当たるらしい〈シンギョク〉というヒトは、どれだけ格が高いのだろうか。
そんな里香が咲夜に書いてくれるこれからの〈道〉とは――
「貴方は件の〈吸血鬼異変〉の残党共を討ち取ることになる。奴らは時勢の読めぬ馬鹿共なのです。〈ブロンド〉が散々降伏勧告を出しているでしょう。それは既に蹴られている」
「容赦なく、殺せと。心得ています」
「貴方は奴らから愚かだった頃の紅魔館を学ぶことになる。知恵が足りず、平穏を得る為に暴力に訴えた頃の貴方達があそこにいる。それを看取るのは苦しいことなのです。ところでこれも仕事、貴方には私に命令する権利がある、面倒な塵掃除は代わりにやってくれないかと」
「いえ。この私が、責任を持って討ち果たします」
「承知しました。では私は後方支援に徹します。御武運を」
一体の〈化け化け〉が飛んでくる。
「敵襲! 敵襲!」〈化け化け〉、喋れたのか。
「完全に定刻通りなのです。奇襲も何もあったものではない。まず敵は我々の防備の固さに呆気に取られて足踏みするでしょう、そこを咲夜さんには存分に叩いて貰いたい。出来るだけ敵を囲んで逃がさないようにするので、殺戮の限りを尽くして下さい」
「はい」
咲夜は生唾を飲み込んだ。
「私はこれで殺る」
里香はどこからともなくゴツい鉄砲を取り出した。今どこから出てきた?
「うわあ何ですかそれ」
「砲。もしくはスナイパーライフル」
「こわい!」
咲夜が思うに、味方が強すぎる。
里香曰く、正門から打って出よとのことなので、咲夜は鎧を着て門まで走った。
門前には美鈴がいる。
「美鈴!」
紅い長髪。
中国の、人民服風の、くすんだ緑色を基調とした衣装。
何となく人柄を掴みかねる、人間を取って喰いそうなとぼけた顔。恐ろしい海のように青い瞳。だが笑うと柔和である。
それが、紅魔館の門番紅美鈴の立ち姿である。
「おや格好いい」美鈴は鎧姿を褒めてくれる。「昔馴染みだけで片付けたいんですが、やっぱり駄目ですかね」
美鈴は――今回の敵を知っているのだ。昔の同僚だったから。
「美鈴、貴方には説明してないけど、私には〈紅魔館〉の人間として戦う義務があるの」
「いやあ何となく〈紅魔館〉の仕組みは知ってましたよ。レミリア様とフランドール様と咲夜さんは三位一体なんでしょう? 紅魔館の〈龍脈〉が何に通じているのか、確認しているに決まってるじゃないですか。私は〈屍蝋〉時代の貴方も知ってますし」
〈吸血鬼異変〉という戦争の時代の生き証人、紅美鈴。
美鈴の過去に触れることで、止まった時が動き出した――気がした。
「貴方が紅魔館に残ってくれて、よかった」
「こんなに面白い場所からは離れませんよ」今宵の美鈴の笑みは、ちょっと恐ろしい。怜悧な人食い妖怪の笑みだ。「私はあくまで部隊長ですから戦う気はなくて。好機が来るまで話し相手になりますが、如何でしょう」
「そうね、美鈴――ワタシ達に恨みはある?」
美鈴はフッと笑った。
「振り回されて嫌気が差してるかですか。そんなことを一々気にしていたら、私達は世界全てを恨む羽目になってしまう。そうなっていたら、私は今頃あっち側にいましたよ」
美鈴は顎をしゃくって戦場を示す。妖精達や〈化け化け〉が謎の敵襲と戦っている。
「美鈴、私から見た貴方は謎の多いヒトよ」
「ははは! お嬢様からもよく言われます! お前、いつから紅魔館にいたっけってね! 酷いなぁ、〈正直村〉との戦が派手だったからって忘れられている」
「貴方〈正直村〉を知ってるの?」
「私が〈紅魔館〉に挑んだのは〈正直村〉の後です。あの頃は〈正直村〉の奴らともよく喧嘩しましたよ。お前丁度いいから〈屍蝋〉のお嬢ちゃんのところに行ってやれって、あの棒振りに言われましてね。お嬢様方とはそこからの付き合いです。お陰で人生変わっちゃったからなぁ! ハハ!」
棒振り――軍刀使いの〈最も臆病な僕〉のことだ。
美鈴も〈第二次世界大戦〉当時、上海租界にいたということだろう。
彼女もまた、戦乱の時代を、生き延びたのだ。
「貴方、結局何の妖怪なの?」
「さてねぇ。今回私のことは気にしなくたっていいじゃないですか。あの〈ブロンド〉と喧嘩するんでしょう? 今はあいつに一途になればいい」
「そう。ねえ美鈴、〈正直村〉が壊滅してしまったこと、どう思う?」
「〈臆病〉の奴も老いたかって思いましたね。仲間が数人、妖怪に襲われて死んだ程度で心が折れたらしい。戦場じゃああんなに強かったのに、つまんねえ死に方しやがって、馬鹿」
美鈴はとても寂しそうに、笑った。
折角の平穏を、美鈴は旧友と分かち合えなかったのだ。それが紅美鈴と〈正直村〉の物語。
咲夜は言うしかないと思った。
「ねえ美鈴、その座長さんが化けて出たって言ったら、驚く?」
「〈臆病の〉が?」
「ええ。私の前に出てきたの。女の子になってて、〈巫女のような姿〉だったけど」
「〈巫女〉――? まさかあいつ〈先祖返り〉したのか? 本当だったら面白いなぁ! 幻想郷だったらそういうこともあると思いますねェ! いいなぁ、私も会いたい」
「会ったらどうする?」
「一発ぶん殴る! とっととくたばりやがってこの野郎ってね!」
美鈴はニカッと笑った。屈託のない笑みだった。
成る程、そういう関係なのだ。
二人は殴り合う程仲良しだったのだ。
「貴方から見た座長さん、どういう人だった?」
「馬鹿ですよ。殺しの天才なのに、あの時代に皆で楽園に行くことばかりを夢見てた馬鹿でした。殺し合いなんてさっさとやめて、みんなで仲良く暮らせる場所に行くんだってね、ずっと言ってた。生まれた国だの人種だの、化け物だの人間だの関係無く、楽しく暮らすんだって。辿り着いた幻想郷だって、そんなにいいとこじゃあなかったのに。多分、〈正直村〉という一個の共同体の方が、あいつの言ってる〈楽園〉に近かった。そりゃ、興行しながら大陸を練り歩いて、時に業突く張りから盗みを働いて、更に陰では化け物と戦っていうあいつらのやり方は、戦争の時代にしか出来ないのかも知れないけど――それでもあいつは上手くやってた」
〈正直村〉の中で最も臆病であるが故に、誰よりも強く、戦争を憂い、屈強な仲間達を引き連れ、〈楽園〉を追い求めた男、〈最も臆病な僕〉。
彼は吸血鬼にも手を差し伸べ、優しさ故に諦めた。それが咲夜が辛うじて知る、彼の顔。
蓬莱国は、あった。
しかし、そこは、彼の思うような場所ではなくなっていた――
「うん――」
「でも、あれから色々あって、幻想郷は本当に〈楽園〉に近付いた。あいつが言っていた〈楽園〉という概念に」
「そうみたいね」
「馬鹿だよ本当に。なんであいつ当人がいないんだか。幻想郷のこれからを考える賢者の中にあいつがいないのが不思議で堪らない。だからまあ、馬鹿です、あいつは。馬鹿なんですよ」
「――うん」
「でも化けて出たのか、あいつ」
「私の幻覚かも知れないけど」
「いや、あいつだったらもしかしてっていう気がしてならないですね。もしかしたら裏の世界で頑張ってるのかも知れないからなぁ、あいつ。殺しても死なないような野郎だ」
美鈴はもう一度ニカリと笑った。
咲夜も笑った。
戦場でこんな雰囲気になるのはおかしいかもしれない。でも――
側に彼らがいるような、気がして。
――妖精が飛んでくる。
「美鈴隊長、連中を包囲しましたよ」
美鈴がスッと真剣な顔になる。
「そろそろだな。咲夜さん、やっちゃって下さい」
咲夜は小さく頷いて乱戦の中へと駆けだしていく。
〈正直村〉は失われたのに、戦争の時代の死に損ない共は時々帰ってくる。
――卑怯だとは思わないか?
等と問いかけても、あの敵達に咲夜の思いなど伝わるまい。
咲夜達の中にある〈楽園〉への思いなど理解してくれない連中だからだ。
――ワタシはお前達を覚えている。
咲夜の殺意に迷いはなかった。確かに何人か見覚えがある奴がいたからだ。
ワタシを散々利用してくれた連中だ。
ワタシを戦乱の渦中に突き落とした連中だ。
まだ吸血鬼の力を求めて此岸を彷徨っていたのか、連中は。
お前達なんて思い出したくなかった。紅魔館の、恥だ。
「クソッ新手かよッ」
最初に叫んだあいつは吸血鬼の力を得て好き勝手に略奪を働いていたどこかの部隊長だった男だ。確か中国の外の――ロシアだったか――軍人崩れで、戦争の後に必ず幻想郷との和平を齎しますと宣っていた派閥の中にいた筈だ。〈吸血鬼異変〉中、この男がそんな素振りを見せることはついぞなかったが。
第一、本当に幻想郷と戦争する必要はあったのか? 問い質してやりたい。だが、今は。
咲夜は一歩一歩を確かめながらゆっくりとその男に近付く。
剣をゆらりと中段に構える。
「なんだァテメエ傭兵か? 今時雇われ騎士とは、何の妖怪だか知らねえが――」男は傲慢さを滲ませながら咲夜の方に向き直る。手には銃剣の付いた銃。確かモシンナガンだったか。銃の製造技術を残しているのか、こいつら。「そんな鉄クズ鉄砲の前ではなァ」
「喧しいッ!」
咲夜は怒りの儘に剣を振るう。
モシンナガンは中程から両断された。
剣の切っ先を男の首に突き付ける。
「ハッ、ヒィッ」
「戦争を厭って紅魔館に来たのではなかったのか貴様」
「ア」咲夜は裏拳で思い切り男の頬を殴りつける。「ゲェッ」
「こんなところで何をしている」
「何って」
「戦争ならとうの昔に終わった。こんなところで銃を抱えて何をしていると聞いている」
「な、なんだよテメエ。誰だ? レミリアか? まさかフランドール?」
「ワタシはワタシだ。ワタシは〈紅魔館〉そのモノだ。お前達が恐れ敬うべき全てがここにいる」
それが事実なのだ。
故に、この男には行いを懺悔すべき義務がある。
だが、男の顔には薄気味悪い下卑た笑みが浮かぶだけに留まった。
「――咲夜か! おいテメエら! 〈屍蝋〉が覚醒してるぞ! 〈禁忌〉の核がノコノコ這い出て来やがった! ――ウッ」
咲夜は男の心臓に剣を突き立て、引き抜いた。鮮血が迸る。こんな奴でも血は新鮮なのか。てっきり真っ黒に腐っているかと思っていた。
話すまでもない。里香の言う通りだ。こいつらはただの野盗だ。〈紅魔館〉の力を盗もうとし、幻想郷でも乱暴狼藉の限りを尽くしたクソッタレの集団。昔から、そうだった。
〈ミス・ブロンド〉は〈吸血鬼軍残党〉の連中は〈レッドマジック〉の仕組みを理解していないと言っていた筈。しかし今の男の口振りでは連中は〈紅魔館〉の仕組みも〈レッドマジック〉の仕組みも理解しているように思える。状況が変わったのか。
続いて飛び出してきた男達――奇しくも男ばかりか――こいつらのことも覚えている。木っ端の連中だが、覚えていてやった。それが主としての最低限の義務だ。
一人は日本の〈関東軍〉崩れだ。〈正直村〉の座長と似たような来歴の持ち主だから、高潔な人物なのかと思ったら、実情は酷いものだった。こいつも戦う意思が強いだけでただの野党だ。
もう一人はドイツ軍崩れ。所謂〈ナチスの亡霊〉である。言うに及ばず。
三人目はイタリア軍崩れだったか。〈枢軸国〉の国家で固まって動いていたのだろうかこの三人は。
――これが戦中の〈紅魔館〉の末路である。〈正直村〉が差し伸べた手を拒絶した後、〈紅魔館〉の周りに集まったのは愚劣な暴力集団だった。連中は戦争の終結が近付いたことと敗戦を悟ると、それでも戦争を続ける手段を模索し、〈紅魔館〉という悪魔の力を発見し、縋り付いたのだ。
最初はワタシも彼らを哀れに思った。戦争で傷付いた人々だと思った。――丁度いい傀儡だとも思った。共生関係を築き、崇拝させ、〈血〉捧げさせればそれでいいと思った。
かく言うワタシこそが、あまりにも幼く、愚かだったのだ。自分で考え、自分で従え、自分で生きていくには、あまりにも経験が足りなさすぎた。
だって、あの頃のワタシはそれしか知らなかったのだ。暴力を、暴力で従えて、暴力で願いを叶える方法しか――悪魔のやり方の中にはなかった。
決別したいのだ。この剣という最後の暴力で、この歪んだ過去から。
「立派な鎧を着込んだ程度でどうにかなると思うなよお嬢ちゃん」イタリア軍の男が言う。
「吸血鬼の力は俺達の方が使い慣れている。すぐに降伏すれば悪いようにはしない」〈ナチスの亡霊〉が言う。
「貴方達は包囲されている。それなのにデカい口を叩くわね」
咲夜は啖呵を切る。
男達はくすくすと笑い出し、ゲラゲラと哄笑した。
「数が多いだけだろうが。お前を捕まえたら後は悠々と帰還するだけだ。俺達はなーんも困ってないんだぜ、お嬢さん?」〈関東軍〉崩れが言う。
咲夜は周囲の状況を窺う。
美鈴が率いる妖精部隊や〈化け化け〉達と戦っているのは〈グール〉だ。吸血鬼が作り出す眷属の一つである。自発的な思考力を失った動く死体だ。彼らは食欲だけで動き、痛覚がない為怯まず、飢えを満たす為に戦い続ける。
アレがこの男達の余裕の理由の一つだろう。〈グール〉は数こそ紅魔館の兵隊に劣っているかもしれないが、継戦能力が非常に高い。体が半分になっても気にせず戦い続けるような兵隊だ、頭数以上の戦闘力がある。
あの〈グール〉達は元はどんな人間だったのだろう。
紅魔館の〈禁忌〉が悪用され、また兵隊が生み出されたのだ。
アレが――昔、幻想郷を襲ったのだ。紅魔館の名の下に。
その歴史が紅魔館に返ってきただけだ。恐れることはない。責任を取って討滅すればよい。 〈関東軍〉崩れが無造作に手を伸ばしてくる。相手が咲夜と見て油断したか。
「穢らわしいッ」
咲夜は剣を振るってその腕を刎ねた。
「くそッ、小娘ェ」
「手が早すぎるのがお前の悪癖だよなぁ」イタリア軍の男が言う。「お嬢様はしっかりかわいがってやらねえとよ」
――発砲。
〈ナチスの亡霊〉が銃を撃ち込んできた。咲夜は剣で弾く。銃弾に対応出来る程度の速度は出せる。
「貴様ら生温いぞ」
「とか言いながら効いてないじゃないか」イタリア軍の男。
「チッ。身体能力が吸血鬼並みだ。紅魔館の代表者面はただのハッタリじゃない、何か仕掛けがあるぞ。警戒しろ」
「オメエは生真面目過ぎるんだよ。久々の戦争なんだから楽しまなきゃよ。鎧に仕掛けがあるならよぉ、脱がしてやらねえとな」イタリア軍の男が微かに下卑た笑みを浮かべる。「知ってたか? 俺達のマドンナ〈屍蝋〉ちゃんは凄え美人だって評判だったんだぜ? 俺は見たことあるぞ。その時も真っ裸だった。〈血〉だらけでよ、〈棺〉の中に入ってた。悪魔って感じでエロかったぜ」
「喋ってないで働けロリコン」〈関東軍〉崩れ。「お前はいつもそうだ! ――フゥ」
〈関東軍〉崩れの腕が――再生した。斬り落とされた上腕から流れ出していた鮮血が肉体に置き換わっていき、失われた腕のカタチになったのだ。こいつらも半端にだが吸血鬼の力の仕組みを会得しているのだったか。
となると――
「ビッチめ! 我々にケツを振っていた淫売が!」ロシア軍の男が後方で叫んでいる。傷が治ったのだ。「よくも逆らってくれたな、小娘の癖にィッ」
「オメエ殴り返されるとキレるよな」イタリア軍の男が言う。
クソッタレ共が上手いこと集まってくれたものだ。虫酸が走る。
なんでワタシは、〈正直村〉の手を払って――こんな奴らと、なんか。
過去の自分に呆れている場合ではない。
イタリア軍の男が躍り出てくる。
「よっしゃ、じゃあ働いちゃうもんね。いいぜお嬢ちゃん、ファイトしようぜ。俺が勝ったら可愛いお顔にキスさせてくれ」
「即刻死ね」
「言うねー。ハッハ! カンフーだ! 俺は君の所の門番より強いぜー?」
舐めた口を利く。
男が右フックを打ち込んでくる――遅すぎる。右腕を剣を振り上げて刎ねる。「あだッ」鳴いている。剣を振り降ろして左肩を刎ねる。「うおッ」喧しい。腹に剣を突き刺す。「ぶッ」音を、出すな。首を刎ねた。
イタリア軍の男の体は崩れ落ちた。
「弱えんだよお前はッ」他の男達が一斉に吠えた。
「付き合うな。撃て! 囲んで撃て! 傷物にしても構わん!」
〈ナチスの亡霊〉が号令し、銃を撃ち込んでくる。他の男達も撃ってくる。
咲夜はそれを鎧で受け止める。弾を弾ける。里香が用意してくれた鎧は銃弾如きでは壊せない。
〈ナチスの亡霊〉が間抜けな顔をしている。馬鹿が。間合いまで踏み込んで横薙ぎで鼻柱を両断してやる。そして剣を振り降ろして銃を持つ右腕を肩ごと斬り落とす。裏拳を顔に叩き込んで怯ませてから、腹に横薙ぎを叩き込んで上半身と下半身を泣き別れさせる。寝ていろ。
周囲から撃ち込まれる銃弾がうざったい。
咲夜は鎧のスカート状になっている部分に仕込まれているナイフを取り出して投擲した。それらは男達の額に吸い込まれていった。これで――倒れたか。頭部への攻撃は有効らしい。傷が小さいのですぐに再生するのだろうが。
しかし〈血〉を使った再生か。吸血鬼でも軽く出来ていい芸当ではなかった筈だが、会得されているのなら仕方ない、対応しなければ。面倒なことだ。
「ナイフの腕は聞いていたぞ。噂の通り退魔の銀製――これは厄介だな」〈関東軍〉崩れが早くも立ち上がっている。「だがすぐにジリ便になる」
「いいや、ボクが見飽きたから終わりだ」
鴉の鳴き声が――聞こえる。
天空から声と、あの黒白と金色の羅刹が、ふわりと降ってきた。
――〈ミス・ブロンド〉。
「貴様ァ。和平を忘れたのか」〈関東軍〉崩れが〈ミス・ブロンド〉に詰め寄る。
和平? 〈ミス・ブロンド〉は奴らと和平を結んだのか?
「は? 馬鹿なことを言うな。ボクは〈レッドマジック〉についての情報を売ってやっただけだぞ。ちょっと優しくされた程度で勘違いする戦争童貞のようなことを言うな」〈吸血鬼軍残党〉が咲夜の重要性に気付いていたのは――〈ミス・ブロンド〉が情報を売っていたからなのか。「折角期待の新人の威力偵察に使ってやったのに本当につまらん。戦いになっとらんじゃないか。何がジリ貧だ。お前らは夜明けまでそこの騎士に殴られまくって太陽で蒸発して死ぬんだよこのままじゃ」
「何を馬鹿なァ」
〈ミス・ブロンド〉は苛立ちの為か顔をピクピク痙攣させながら溜息を吐いた。
「想像力が、ない。そうやって若者を舐めてるから老害は老害なんだろうがよ。使えねーホント使えねー! 同期ながら見てらんねえよオイ!」
「何だと!」
「ババアも呆れる有様で御座いますねっつってんだよボケがァ! オメエ〈関東軍〉所属だったな」
「そうだ」
「誇りはあるか」
「大和魂だ」
「捨てちまえそんな誇り! 迷惑なんだよ! 何が悲しくてテメエみたいなのを座長の同類面させてなきゃいけねえんだ? 腐っても一応ポン刀提げてるからって調子乗りやがってよ。正直この場でボクが鏖殺してやりたいねェ! だがテメエらの死に場所はここじゃない。この場はボクが使うから、今の内に、退け」
「はあ?」
「戦場狂いのババアが親切にもオメエら負けてるから退けっつってんだァ! テメエら潮時も判んねえのかァ!」
「何をする気だ?」
「想像力の足りない君達には判らないことですヨ。いいから失せろォ! 散れ散れェ!」
「そこの〈金髪〉が言っているのは事実だ。撤退した方がいいだろうな」〈ナチスの亡霊〉が言う。「我々は無敵の兵団だが数は有限だ。損失が出るのは極力避けるべきだ」
「チッ――撤退だ! 撤退!」
他の男達もすごすごと逃げ帰っていく。咲夜は〈ミス・ブロンド〉に睨まれて動けない。
「何が大和魂だ。どうせあいつ神様へのちゃんとした信仰心もねえんだろうが〈関東軍〉の痩せ犬め。愛国心があるならさっさと幻想郷に恭順しろってんだクソ野盗共がよ」
「〈ブロンド〉さん」
――咲夜の足下に何か飛んできた。
〈歪な形の黒十字架〉。
闇医者〈ミス・ブロンド〉が操る人を生かす為の〈メス〉であり、同時に殺人の為の得物。
「戦るぞ。よく来たな、戦場に」
「ワタシ、思い出しました――貴方に憎まれる理由を」
「そうか。レミリアとフランドールが許したか。刺激の強い記憶だったと思う。よく耐えた」
「歓迎――してくれるのですか」
そういう口振りだ。
「いずれ来る事態なのは把握していたからね。ボクら〈正直村〉と〈紅魔館〉には浅からぬ縁がある。ボクらが今の紅魔館の一部を作ったと言っても過言ではあるまい。君はいずれこの因縁に辿り着いただろう。しかし計算外なのはッ――何? 君、ボクのこと好きなの」
「はい」
「――なんでさ」
「一言では言い表せません。強いて言うなら、貴方達の姿に、憧れました」
自由で、巫山戯た、生き方に。
「わっかんねー」
「正直、ワタシにも、何故そこまで惹かれてしまうのかは、判らないのです」
「そうかよ。なんかやりづれえなぁ。ボクはよぉ、はっきり言ってあの男共と大して変わらねえただの野盗だぞ? それでもかい?」
「それでも、なんです」
だって。
輝いて見えるのだもの。
どうしようもなく。
「ボクはてっきり復讐を恐れてくれていたと思ってたんだけどな。そうすりゃ復讐鬼と生き延びた吸血鬼、鬼同士がっぷり四つ組み合えると思っていたんだが」
「すいません。どうしても、好きなので」
「じゃあボクの為に死んでくれる?」
そんなことを言われたら。
「――死ねます」
だって、貴方達は、ワタシの所為で死んでしまったから。
〈ミス・ブロンド〉は咲夜を鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい! ボクは世にも恐ろしい吸血鬼を狩って、その〈禁忌〉を盗みに来たんだ、泣き虫の小娘を虐めに来たんじゃないんだぜ」
「ワタシは、世にも恐ろしい吸血鬼であるべきですか?」
「調子狂うんだよなぁ本当に。君ねぇ、首を狙われてるんだぞ? 敵に聞くなよ」
「貴方が望むのなら、私、悪魔にだってなれます。貴方は恐ろしい敵と戦いたいですか?」
「そうさな。ボク達を殺した〈紅魔館〉の鬼ならば、とびきり強くあって欲しいよな。ボク達が死んだ理由を納得させるぐらいの恐ろしくて強え奴が。でねえと、感傷と怒りでどうにかなっちまいそうだ。ボク達八人は仲良しだったんだ、例外なくクズでした。確かに悪い盗賊団だったけどよ――お前がボク達の死ぬ理由だったとしたら、納得させて貰わねえとよ」
嗚呼、もう既に、あの男達とは違う。
「貴方はワタシを見てくれているじゃないですか」
咲夜の中の何かが――
ワタシが――
悪魔が。
主を、求めている。
呼ばれている。願いを叶えなければ。
愛しい貴方。
貴方の願いはなんですか?
「キミを見れてるのかね? 〈紅魔館〉にいるのは恐ろしい悪魔だ。それしか知らねえがよ」
「ワタシは悪魔です」
「テメエの泣き言の為に戦争を起こした悪い奴だ」
「はい」
「お陰で巻き込まれたボクらは死んじまった」
「――はい」
「死んじまったのはテメエの責任さ。弱かったからだ。でもよ、弱るにも理由がある。座長はもう戦いたくなかったんだ。念願の〈楽園〉に辿り着いて、〈最も臆病な僕〉は偽りの安息を手に入れたんだ。もう、盗賊はやめてよかったんだ。戦場を切り抜けたり、戦場に飛び込んだりしなくてよくなったんだ! 喜んで戦いを捨ててもいいじゃないか! ボクだけが反対したんだ。ボクだけが――最後まで盗賊団〈正直村〉だった。そのお陰かボクだけ生き残っちまってよ。ボクだけが最後まで気を抜かなかったから、タフだったから、そんだけ。まあ、タフが過ぎてボクは人間としては〈終わった〉けどよ」
「そう――なんですね」
〈ミス・ブロンド〉はギリギリと歯を食いしばった。
「どうしていいのかボクも判んねえ。判ってる、八つ当たりなのは判ってる。だから結局、ボクは自分の弱さを憎んだんだと思う。ボクがもっと強い暴力装置なら新しい〈正直村〉は生き残ったかもしれない。平和な時代の〈正直村〉が見れたかもしれない。悪い奴だからって死ねばいいっていう道理はないだろうがァ! 皆、漸く新しい人生を始めようとしていたんだ、それなのに、あの頃の幻想郷はよォ――お前らはよォ!」
嗚呼、悪魔であるワタシには、これしか掛ける言葉はない。
「貴方の願いは何ですか?」
「ボクと戦え悪魔ッ。強いオマエを見せろッ。あの頃のようにッ。お前は恐ろしい悪魔である筈だろう。復讐鬼が現れた、どうする? 全力で自分の命を護って見せろよ。その腕前に納得したらボクは去るだろうが、半端だったら、ぶち殺してやるッ」
「承知しました、ワタシの愛しい人。ワタシは貴方の復讐すべき、敵です」
体の底から力が湧いてくる。悪魔の力が。
それは〈血〉というカタチになって咲夜の鎧の穴という穴から溢れ出した。〈紅魔館〉に集った命の通貨が、その価値を示す時が来た。
咲夜の元に集った命達が〈ミス・ブロンド〉の願いに呼応し、闘争を求めている。
これが〈レッドマジック〉の神髄なのだ。咲夜は理解した。
咲夜を中心として血溜まりが広がっていく。〈十六夜咲夜〉が広がっていく。
〈ミス・ブロンド〉は「ハハ」と笑った。
「そうだ、これでいい。最初からこれでよかったんだ。ずっとこれを待っていた。白手袋を投げ付けてやりたかったんだ。ボクの〈正直村〉への妄念と、君の〈紅魔館〉を護る意地、どちらが強かったか見せてくれよ。無意味な戦いさ。判ってる。でもよォ――この復讐の結末を見ないと、ボクはもう先に進めねえんだ」
「判っています。ここは幻想郷ですもの」ここは決闘の〈楽園〉、幻想郷。だから。「ワタシは、貴方の恨みを――受け止めたい」
「匂い立つなァ。真っ赤な〈血〉の香り。まだ隠し持っていたじゃないか、化け物め」
「化け物を前に、貴方はどうします?」
貴方があの〈正直村〉なら。
あの日の貴方がそこに残っているのなら。
「――今度こそぶちのめしてやる。〈正直村〉は負けねぇッ。ボクがッ、諦めねえ限りッ」
嗚呼、勇者は悪魔を直視しても恐れない。
きっと、だから好きなんだ。
それでもまだ、好きの理由が語り尽くせない。
勇者の手の中で禍々しい輝きを放つ〈十字架〉。
彼女はヴァンパイア・ハンター。
吸血鬼を吸血鬼と知って狩る者。
悪魔を知り、悪魔を研究し、悪魔を乗り越えることを至上とした者。
今宵の悪魔狩りは聖者ではなく、鬼を超えし鬼。
その戦いは正しき為の物ではなく、きっと理外の闘争。
だからこそ彼女は、凶星のように眩く輝いた。
「力が欲しいですか」
「オマエから勝ち取ってやるッ」
勇者は冒険を臆さない。
「過去を覆したいですか」
「死人は戻んねえんだよッ。戦勝を墓前に捧げてやるぜクソッタレめッ。それでテメエとの借りは、チャラだッ」
勇者はそれでも尚前進する。
「未来を勝ち取りたいですか」
「おうよ、そういうことだ。テメエが蓄えた呪われた富を盗んで新しいビズを始めるのよ。それで〈正直村〉は新しく蘇る! テメエはどうだ、平和の時代じゃ悪魔のツラも苦しくなってきたんじゃないか。テメエは内地で楽しく暮らしてりゃいいだろうが。ボクは彼岸で魑魅魍魎と戦して武名を稼ぐのよ。寄越せ、その悪魔の軍事力。因縁のオマエから〈禁忌〉を勝ち取って、ボクは〈正直村〉をデッカく再起させるんだッ」
賢い勇者は冒険の後のことを考える。次の冒険を。次の次の冒険を。
出来るなら――
貴方達に、仕えたかった。
「それでは――征かせて頂きます、ワタシの愛しい人」
「来い、泣き虫の化け物。小娘だろうと容赦しねえッ」
咲夜は全身に寒気を覚える。レミリアの体験が全身に走る。あの戦いの記憶が更に苛烈になって、今この時に蘇るのだ。
激しい戦いとなるだろう。
月光を背に、咲夜は金色の羅刹に挑む。
旧き騎士の姿を取り、美しい盗賊と向かい合う。
願いを受け止める為に。
想いを告げる為に。
急拵えの殺人鬼と、大戦帰りの殺人鬼は己の得物を構える。
ソレはどうしようもなく始まった。
【続く】