Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行   作:野傘

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壊劫の刻、来たれり


舞い降りる“伝説”

エクストラ任務

舞い降りる“伝説”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。

 駆ける。

 駆ける。

 

 色づく風が大地を蹴り上げ疾駆する。

 神威渦巻く天冠の頂を目指し、広大無辺なるヒスイの大地を駆けるは、語られざる伝説のポケモン──エンテイ、ライコウ、スイクン。

 そんな彼らの背に跨るは三匹とともに神へと挑まんとする一人の乙女──ギンガ団員ショウ。神器”にじいろのはね”に選ばれし英雄たる少女である。

 時は、彼らがコトブキムラを出立してより数刻。アヤシシのそれを遥かに上回る、文字通り風のような速さで駆け続けた結果、彼らはすでに霊峰の麓──『天冠の山麓』のごく近傍にまで迫っていた。

 

(──!! あれって!!)

 

 その時、大地を駆ける彼らの視界にとあるものが映る。

 視線の先に見つけたもの、それは日が覆い隠され薄暗い視界にあってなお際立つ「黒」。

 揺らめく黒い炎にも似るそれは、かつて『百獣夜行』を引き起こした漆黒の霊気……天穴より漏れ出す瘴気に他ならぬ。

 

(黒い霊気(オーラ)が、もうこんなところまで……)

 

 ヒスイの全てを覆い尽くさんと溢れ出す悍ましき黒靄。天冠山の山体を覆い尽したそれが山麓を越えてここまで広がっていたのだ。

 眼前には分厚く立ち込める瘴気の壁。しかしエンテイたちはその速度をいっさい緩めることなく、渦巻く瘴気の中へと突っ込んでいく。

 

 生物ならば触れただけで即座に絶命するであろう呪いの坩堝へ躊躇なく入り込む……本来ならば自殺行為にも等しい暴挙。

 されども神器”にじいろのはね”の加護を受けし彼らにとり、“呪い”など恐るるに足らず。ショウの懐より発せられた“はね”の輝きが彼らを包み、周囲に満ちる瘴気より守護する。

 さらにさらに“はね”の光は彼らを守るのみならず。もうもうと立ち込める瘴気を打ち祓い、彼らの進むべき道を照らし出す。

 おかげで一行は一寸先も見えぬ霧中にありても、迷いなく突き進むことが出来たのだった。

 

 ──だが暗闇を照らす「光」は同時に、暗闇に秘されたものもまた暴き出す。

 

 視界を覆う黒靄が祓われ、照らし出された景色。

 ショウはそこにおぞましきものを見た。

 

(なに、これ……)

 

 骸、骸、骸。

 光に照らされ現れた、物言わぬ骸の山。

 山麓を文字通り埋め尽くすそれは、瘴気に呑まれたポケモンたちの成れの果てであった。

 そして骸と化したのはポケモンのみに非ず。

 立ち並ぶ木々も生い茂る草花も、視界に映るその全てが灰色に枯れ果てていた。

 

 文字通り、ありとあらゆる生命が死に絶えた『天冠の山麓』。

 冥府と化した大地を駆けながらショウは目に映るその光景に身震いする。

 これこそがヒスイを侵食する“滅び”の景色。もしもショウたちが敗北すればこれと同じことがヒスイ全土で起こるのだ。

 

 ──そのようなこと、認められる訳がない。

 

 数多のポケモンが、人が、生命が息づく、厳しくも美しいヒスイの地。

 もはや彼女(ショウ)にとって第二の故郷とも言えるこの地を滅亡なんてさせやしない。

 

 決意を新たに、進むべき先をしっかと見据え、ショウたちは屍山骸野を駆け抜けていく。

 滝を上り、崖を越え、洞窟を踏破し──そして、とうとう()()にたどり着いた。

 

「──着いた」

 

 岩の門を越えた先、ヒスイで最も「天」に近き場所──シンオウ神殿。

 シンオウさま(アルセウス)を祀る、白亜の柱──先の事件にて破壊され槍のような形状となっているが──立ち並ぶ壮麗なる大神殿は、しかし今、天穴より降り注ぐ漆黒の霊気(オーラ)よって完全に覆い隠されていた。

 

(……ッ)

 

 神殿を隠す漆黒の帳。それは夜よりもなお暗く、墨よりもなお黒く……あまりの黒さにただ見るだけで目が潰れるような感覚を覚えるほどである。

 辺りには寒気がするほどに強烈な「死」の気配が充満し、“はね”の加護なくば一瞬にして自ら命を絶っていたとすら思わせる。

 

(間違いない……この先に、ホウオウが……!)

 

 溢れかえる「死」の気配。あらゆる生命を喰らう魂の引力。それを間近に受けながらショウは確信する。

 “荒ぶる神は間違いなくこの先に居る”、と。

 

 一寸先すら見通せぬ純黒の闇は言わば、冥界と現世を隔てる壁。ここを越えればその先は正しく冥府そのもの。

 荒れ狂う神の領域に一度(ひとたび)を足を踏み入れればもはや戻ることは叶わず。

 現世に再び舞い戻るには荒ぶる神を鎮めるほか術はない。

 

 失敗すれば確実に死ぬ。

 自分だけではない。自らを信じ託した者たちもまた諸共に。

 

(……怖い)

 

 ヒスイの全て(みらい)が自らに掛かっている。

 決戦を前にあらためてその事実を実感し、のしかかる重圧を堪えるかの如く瞑目するショウ。

 

(でも──!)

 

 ──それでもなお、少女は立ち向かう。

 

 開いた眼に怯えはなく、ただ覚悟の光のみが宿る。

 恐怖はある、不安もある、だがそれを呑み込み進む勇気をショウは持っていた。

 

 ああ、彼女こそまさしく英雄。人の強さを神へと示す、シンオウ(アルセウス)に選ばれし勇者なり。

 ならばこそ、荒ぶる(ホウオウ)に挑むべきは彼女おいて他はなし。

 

 覚悟とともに懐の“にじいろのはね”を掴み、高々と掲げるショウ。

 瞬間、“はね”より眩い虹色の輝きが放たれ、神殿を覆う暗黒の帳を打ち祓う。

 瘴気が祓われ姿を現したのは崩れかけた白亜の(シンオウ)神殿と──空に浮かぶ暗黒の太陽(天穴)

 

「──行こう」

 

 ──がえい!

 ──どしゅい!

 ──ひゅらい!

 

 光放つ“はね”を手に三匹の伝説を従え英雄(ショウ)は進む。

 視線の先には荒ぶる神の御座所、天に穿たれし冥界の門。

 

 ──いざ、決戦の刻だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍の如き柱が立ち並ぶシンオウ神殿。

 身廊を進むショウに突如として強烈な視線が襲い掛かる。

 

「──ッ!?」

 

 突き刺さるようなそれの出所は彼女の遥か頭上から。弾かれたように空を見上げれば、そこにあるのは天を覆う黒雲の中心、虚空に穿たれし暗黒の穴(ブラックホール)

 

 そして彼女は墨染の暗黒の中に──爛々と輝く紅い光を見た。

 

 

 

 

 

 

 

ショオオオオオオオアアァァァァーーーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、天穴の彼方より響き渡る(おぞ)ましき叫び。

 底知れぬ狂気と怨念によって彩られたそれが、ショウの耳朶を(つんざ)き、その心胆を寒からしめた。

 同時に頭上の天穴より降り注ぐ霊気が勢いを増し、彼女の視界を黒一色に染め上げる。

 

「ッ、くぅ……!」

 

 霊気とともに凍えるように冷たい風が吹きつけ、思わず顔を背けたショウ。

 

 やがて頬を打つ冷風が止み、再び顔を上げた彼女は──。

 

 

「──────」

 

 

 ──そこに荒ぶる「神」の姿を見た。

 

 

 

 

 

 神殿の遥か上空、天穴の彼方より一羽の(おおとり)が舞い降りる。

 墨染の空の下、悠然と舞うその姿は──“純白”。かつて翼を彩っていた鮮やかな虹色は一切失われ、後には死蝋が如き“白”一色のみが残る。

 神威を顕す黄金の鶏冠(とさか)と尾羽は幽冥の黒に染まり、理性を失った瞳は底知れぬ狂気によって紅く輝いていた。

 

 それはジョウトの神話に語られる伝説のポケモンによく似た、しかし決定的に道を違えてしまった存在。

 遍く命を呪い喰らう、ヒスイを襲う滅びの元凶。

 かつてシントの地で偶然と悲劇により生まれ()ちた──最低最悪の祟り神。

 

 その神威の()は──

 

 

 

 

― 壊劫の翼 ―

ホ ウ オ ウ

 

 

 

 

 純白の翼を羽ばたかせ、主亡き神座(シンオウ神殿)荒ぶる神(ホウオウ)が降臨する。

 天上よりこちらを睥睨する真紅の瞳。その視線に射抜かれた途端、凄まじいまでの重圧がショウたちにのしかかった。

 

 これこそが災厄。これこそが神威。

 かつて対峙した時と空を司る龍神たち(シンオウさま)と遜色ない、けた違いの重圧。否応なしに、眼前の存在がまさしく人智を超越した「神」であることを思い知らされる。

 

 シンオウ神殿に神威の嵐が吹き荒れる。

 常人ならばいつ気絶してもおかしくない状況。しかしその只中にあってなお、英雄(ショウ)が挫けることはなかった。

 逆境上等。ショウがこれまで挑んできた存在はいずれも自らを簡単に屠れる怪物(モンスター)ばかりだった。彼女はそんな怪物たちを相手取り、その悉くに打ち克ってきたのだ。

 この程度の重圧(プレッシャー)などもはや慣れっこ。“無限の勇気”を持つ英雄の心を折るには温すぎる。

 

 勇気と覚悟を心に宿し、瞳にしっかと神の姿(挑むべき相手)を捉えながら、英雄は一歩踏み出す。

 ──その手に持つ“にじいろのはね”はいつの間にか、光り輝くシズメダマへと変わっていた。

 

 彼女の後ろには引き続くは、贖罪を果たすため馳せ参じた三匹の神の眷属たち。自らの犯した罪を雪ぐため、荒ぶるホウオウの怒りを鎮めるため、英雄とともに神へと挑む。

 

 

 ──ショオォーッ!!

 

 ──自らに挑む英雄(おろかもの)を前に、祟り神(ホウオウ)が吼える。

 

 

「──ハァ!」

 

 ──鋭い呼気とともに、英雄(ショウ)が駆ける。

 

 これより始まるは神への挑戦。

 荒ぶる神に人の矜持を見せつけ、怒りを鎮める戦神楽。

 ヒスイの未来(すべて)を賭けた──最終決戦である。

 

 

 

 

 

 

 

伝説のポケモン ホウオウに打ち勝ち 力を示せ!!

 

 

 

 

 

 

 

 遂に火蓋が切られた決戦。

 戦端を開いたのは神の眷属たる三災獣たちであった。

 

 

 ──ひゅららーい!!

 

 ──どしゅすいいー!!

 

 ──がええいいいー!!

 

 

 三匹は咆哮とともに能力を完全解放、ホウオウ目掛け各々が必殺の一撃を打ち放つ。

 

 

【ゆきおろし】

 

【やまつなみ】

 

【おにおしだし】

 

 

 閃く氷雷。迸る泥流。降り注ぐ火山弾。

 ホウオウ目掛け放たれた“わざ”はどれも、ただの一撃で地形さえ一変させる大業(オオワザ)。いかな伝説のポケモンと言えどマトモに食らえばただでは済まない。

 それが三つ同時に放たれたのだ。これに耐えられる者など、この世に存在しないであろう。

 

 ──だが、しかし。

 

 

 ──ショオォァァーッ!!

 

 

ホウオウは おぞましい力を纏い わざの効果を打ち消した!!

 

 

 障壁、展開。

 迫りくる大業を前にホウオウが雄たけびを上げる。刹那、彼の神の周囲へ暗黒の霊気(オーラ)が寄り集まり、闇色の障壁となって立ちはだかった。

 果たして三災獣の放った攻撃は暗黒の障壁(バリア)によって遮られ、その力を発揮せぬまま打ち消されてしまう。

 地形をも変える一撃を触れることすらせず凌いだホウオウ。そのまま返す刀で以て、自らへと叛旗を翻した眷属たちに闇色の風を解き放つ。

 

 

【あやしいかぜ】

 

 

 ──があえいッ!?

 ──どしゅいッ!?

 ──ひゅらいッ!?

 

 身の毛もよだつ黄泉の風が吹きつけ、為す術もなく吹き飛ばされた三匹。

 ホウオウはそんな彼らに対して容赦ない追い打ちをかける。

 

 ──ショアアアアーッ!!

 

 次の瞬間、滞空するホウオウの周囲に無数の影弾が形成され、雨あられとなって三匹に降り注いだ。

 

 

【シャドーボール】

 

 

 迫りくる暗黒の流星群を前に、慌てて体勢を立て直しすぐさま回避行動をとる三匹。

 自慢の神速で直撃こそ避けたものの、しかし降り続ける流星群が途切れることはなく。三匹は攻勢に転ずる暇もないまま、ひたすら回避し続けることを余儀なくされてしまう。

 

 瞬足の三災獣を圧倒的なまでの物量で以て封殺したホウオウ。

 そのまま逃げ回る三匹を嬲り殺しせんとさらに攻勢を強めようとした──その時である。

 

 

「──セイッ!」

 

 

 空を舞うホウオウの下方、唐突に響いた小さな気合の声。

 同時に彼の纏う闇の障壁に何かがぶつかり、小さな虹色の爆発を起こした。

 

 それは攻撃と呼ぶにはあまりにも儚い一撃。戦場をうろつくニンゲン(ショウ)の投擲攻撃であった。

 無論のことポケモンの技ですらない、単なる物理攻撃が伝説のポケモン(三災獣)の必殺すら凌いだ霊気の障壁(バリア)を貫通することなどなく。

 故に、ホウオウは──狂気に犯された思考の中にあっても──眼下のニンゲン(ショウ)を脅威にならぬ存在として意識より外し──。

 

 

 ──!? ショ、アアアアァァァァ!?

 

 

 ──刹那、自らの身心を襲う苦痛に絶叫を上げた。

 

 まるで炎に身を焦がされたかのような激痛。肉体を失い、星幽の存在となって以来久しく感じることのなかった確かな“熱”がホウオウを灼いていた。

 同時にほんの僅かであるが、自身を構成する力……存在の根源そのものが削り取られたかのような感覚。

 見れば、先の虹の爆発が起きた箇所で、ホウオウの纏う闇色の障壁が微かに──しかし確かに薄れていた。

 

 あらゆる攻撃を打ち消す絶対の防御が削られ、神たるこの身に苦痛を齎したという事実。

 ありうべからざる事実を前に、ホウオウはすぐさまそれを為した下手人(ショウ)を脅威と認め、全力で排除に掛かった。

 

 

 ──ショアアアア!!

 

 

 怒りの咆哮とともに翼を一打ちすれば、再び虚空に形成される影の弾丸(シャドーボール)。  

 

 

【シャドーボール】

 

 

 刹那、百を超える暗黒の流星がショウ目掛けて降り注いだ。

 

 

 

 たった一人の人間に“シャドーボール”が殺到する。

 荒ぶる神より放たれたそれらは一撃一撃が岩をも穿つ威力を秘めたもの。直撃すれば人体など一瞬にして消し炭と化すだろう。

 

 ──されども。

 

「──フッ!」

 

 迫りくる流星雨を前にして、ショウはくるりと身を躍らせる。

 次から次へと着弾する“シャドーボール”。炸裂する弾丸が床を削り、大理石の床に無数の穴を穿つ。

 だが、いかに強力な攻撃であろうとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 調査隊秘伝・回転回避。

 雨あられと降り注ぐ“シャドーボール”を、ショウは軽やかな身のこなしでひらりと、ひらりと躱していく。

 何千何万と繰り返し、最適化されたその動きに一切の淀みなく。絶え間なく叩きつけられる弾幕の僅かな隙間を掻い潜り、触れれば致命となる一撃を紙一重で回避し続ける。

 

 加え、彼女の業前は単なる回避のみに留まらず。影弾(シャドーボール)が途切れる刹那の間に手にした「虹のシズメダマ」を投擲し、ホウオウの瘴気を削り取っていく。

 

 

 ──キショアアァァ!!

 

 

 いくつものシズメダマを撃ち込まれ、身を苛む“熱”に絶叫を上げるホウオウ。

 もはや“シャドーボール”では埒が明かぬと見たか、その攻め手を変化させた。

 

 

【あくのはどう】

 

 

 ホウオウの体から悪意に満ちた恐ろしいオーラが放たれる。

 放たれたオーラは一瞬にして巨大化、赤黒の高波となってショウに襲い掛かった。

 

 迫りくるエネルギーの大波。幅は神殿を横断し、高さは柱をゆうに超えるほど。

 回避は不可能。逃走も不可能。ならば、と彼女は──。

 

「──ハアッ!」

 

 ──敢えて正面から踏み込んだ。

 

 押し寄せる赤黒のオーラの津波を前にして怯むことなく、逆に勢いよく飛び込んでいったショウ。

 荒れ狂う膨大なエネルギーに自ら飛び込む……一見すれば自殺行為でしかない無謀な試みである。

 だがしかし、ヒスイの英雄が破れかぶれの自殺など選ぶ筈もなし。その行いは確固とした決断の元、死中に活を見出したが故であった。

 

 決断の材料となったのは、かつてのエンテイとの一戦。

 あの時、燃え盛る火獄に閉じ込められたショウは、バクフーンに勢いよく放り投げられたことで脱出を果たした。

 火獄を覆う炎の壁は人体など簡単に焼き尽くせる温度であった筈。しかし、そこを通り抜けたにもかかわらず彼女にほとんど傷はなかった。

 そう。いかに強力なエネルギーであろうとも、身体にダメージを与えるまでには若干のタイムラグが発生するのだ。

 ならば、身体に影響が出るよりも早く攻撃を潜り抜けることが出来れば、与えられるダメージは極限まで少なくなる筈。

 

 ──結果は果たして彼女の予想通り。

 押し寄せる“あくのはどう”はショウに何の痛痒も与えず彼方へと過ぎ去り、ほぼ無傷のまま彼女は暗黒の津波を潜り抜けたのであった。

 

 

「──セイッ!」

 

 

 そして、英雄の攻勢は止まる所を知らぬ。

 “あくのはどう”を凌ぎ切った勢いそのまま、立て続けに「虹のシズメダマ」を投げ放つショウ。

 放たれたシズメダマは正確無比なる狙いで以てホウオウへと到達、障壁(バリア)に衝突し虹色の爆発を起こす。

 

 

 ──ショアアァァァァァ!?

 

 

 数多のシズメダマを叩き込まれ、身を苛む“熱”に絶叫するホウオウ。

 次の瞬間、ホウオウの纏う闇の障壁(バリア)が粉々に砕け散り、天を舞うその体が地へ堕ちた。

 

 大地に勢いよく叩きつけられバランスを崩したのだろうか、ホウオウは立ち上がることができず藻掻くばかり。

 また集中が途切れたためか、際限なく降り注いでいた影弾も瞬く間に消え去った。

 

 こちらを封殺する攻勢は止み、相手は大きな隙を晒した。

 まさしく千載一遇の好機。

 

「(──今だ!)ライコウ! スイクン! エンテイ!」

 

 ──ひゅらい!

 

 ──どしゅい!

 

 ──がるえい!

 

 そして、訪れた好機をショウが見逃す筈もなく。

 攻勢より解放され、自由を得た三匹へ素早く指示を飛ばす。

 

「“素早く”──【ゆきおろし】【やまつなみ】!」

 

 ──ひゅらああおおお!!

 

 ──どしゅううういい!!

 

 

"早業"【ゆきおろし】

 

 

"早業"【やまつなみ】

 

 

 英雄からの声を受け、繰り出された二つの大業。

 迫りくるそれらから逃れんとホウオウは全力で翼を羽ばたかせる。

 だが、ホウオウが再び空へ舞い上がるよりも早く、神速を以て放たれた大業が彼の身を貫いた。

 

 ──キショアァ!?

 

 凍てつく氷雷に翼が凍り付き、湧き上がる泥流に足が絡められる。

 身体の自由を奪われ地にくぎ付けとなったホウオウ。

 そして身動きの取れなくなった「荒ぶる神」を今度こそ鎮めるべく──火山の化身がその力を解放する。

 

「“力強く”──【おにおしだし】!」

 

 

 ──がううるるおおお!!

 

 

 大気を震わせる咆哮とともに、黒曜の獣(エンテイ)が大地を蹴る。

 そのまま足元を炸裂させ、天上を駆けあがったエンテイはホウオウの直上に達するやくるりと宙返り、巨大な火球となって降り堕ちる。

 

 

"力業"【おにおしだし】

 

 

 天狗天墜。

 昏き空より駆け下る焔帝の姿、まさしく流星が如く。

 

 天翔けるその身はやがてひと際に強い輝きを発し──刹那、隕石衝突(メテオインパクト)とも紛う衝撃がホウオウへと突き刺さった。

 

 

 ──ギショアアァァァァァ!!!!

 

 

 轟音。

 絶叫。

 ──そして沈黙。

 

 “おにおしだし”(効果バツグンの一撃)をその身に受け、悲鳴とともにホウオウの神体が地に沈む。

 さしもの神とはいえ、先の衝撃は相当に堪えたのだろう。倒れたホウオウは身動き一つせず、ただ力なく地に伏すのみである。

 

 三災の直撃を受けて完全沈黙したホウオウ。

 されどなお、天に穿たれし黒穴は健在。荒ぶる神は未だ鎮まってはいない。

 故にショウは攻めの手を緩めることなく、一挙に畳み掛けんと力の限り投擲を続けた。

 

 

「──ハア!!」

 

 

 静止したホウオウ目掛け続けざまに放たれる「虹のシズメダマ」。

 放たれたそれらはホウオウの体表にて次々と炸裂、虹色の輝きで以てその純白の体を包み込んでいく。

 

 ──ひゅららら!

 

 【れいとうビーム】

 

 ──どしゅすい!

 

 【ヘドロばくだん】

 

 ──がえええい!

 

 【ストーンエッジ】

 

 そしてショウを援護するように三災獣たちもまた各々技を放ち、ホウオウへと叩きつける。

 荒ぶる神の怒りが鎮まるその時まで、決して目覚めぬように。

 

 ああ、されどもしかし──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ!?」

 

 動かぬホウオウにショウがシズメダマを都合、数十発は投げつけたであろうその時──弱まっていた筈の重圧が突如として膨れ上がった。

 全身を襲う怖気立つような感覚。彼女の本能が最大級の警報を鳴らす。

 

 次の瞬間、閉ざされていたホウオウの眼がカッと見開かれ──その躯より膨大な漆黒の霊気(オーラ)が溢れ出た。

 

 

 

ホウオウは おぞましい力を解き放った!

 

 

 

「マズッ……!」

 

 凄まじい勢いで目の前へと迫る黒い霊気(オーラ)の大波に、咄嗟に「虹のシズメダマ(にじいろのはね)」を突き出し身を守ろうとするショウ。

 突き出された虹のシズメダマ(にじいろのはね)はすぐさまに押し寄せる霊気を浄化せんと、眩い輝きを発する。

 

 ──が、しかし。

 

「──!? 嘘、押され……ああっ!?」

 

 いくら浄化しようとも、それを上回る勢いで供給され続ける黒い霊気(オーラ)を浄化しきることは出来ず。

 遂には押し寄せる膨大な霊気の勢いに押され、ショウは吹き飛ばされてしまう。

 

 ──ひゅららっ!?

 

 ──どしゅいっ!?

 

 ──がええあっ!?

 

 そして三災獣たちもまた、瞬きの間に迫った暗黒の津波になすすべもなく押し流されてしまう。

 

 ……幸いにその身に宿った“はね(ホウオウ)”の加護によりショウたちが瘴気の侵食(生命の簒奪)を受けることはなく。ただ吹き飛ばされたのみに終わる。

 

 だがその所為でホウオウを縛っていた攻勢は止まってしまった。

 これが意味することは、即ち──。

 

 

 

 

 

 

 

ショオオオオオオォォォォォーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ──彼の神が再び自由の身となったことに他ならぬ。

 

 ショウたちの視線の先、耳を劈く叫声を上げながらホウオウが天高く舞い上がる。

 

(逃げ──いや、違う!!)

 

 こちらに背を向け飛び去るホウオウの姿に一瞬、逃走の可能性を疑ったショウ。

 だが、彼女のその考えはホウオウがすぐさま反転したことで否定される。

 

 純白の翼をはためかせ、遥か天の高みより叛逆者(ショウ)たちを睥睨するホウオウ。

 次の瞬間、嘴をガパと開き、大きく身をのけ反らせた。

 

 

「──まさか……!!」

 

 

 まるで何かを解き放たんとするかのようなホウオウの姿勢。

 その時、ショウの脳裏に先の『ハマナスの島』の戦いの記憶がよぎり……ゾッと背筋が凍りつく。

 

 思い起こすのはあの時、影の鳥より放たれた一撃。草木の繁る『ハマナスの島』を一瞬にして生命無き荒野に変貌させた、あの“黒い炎”。

 そして今、天に浮かぶホウオウの姿勢はまさしくその影の鳥と同一であった。

 ならば、この次に訪れる展開は──。

 

「止め──!!」

 

 その可能性に思い至ったショウはすぐさまホウオウの動きを阻止せんと動き出す。

 

 が、すでに何もかも手遅れであった。

 

 

 

 

 

 

 

ショオオオオオオアアアアァァァーーーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ショウが動きださんとした、刹那。

 全てを無に帰す──終末の劫火が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オオマガツヒ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──音が消えた。

 

 ──光が消えた。

 

 ──世界(うちゅう)形象(かたち)を失った。

 

 ──そして、全てが黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウオウの口より放たれる、熱無き“黒炎”。

 それは正しく世界(うちゅう)を焼き尽くす“劫火”そのもの。命あるものを悉く滅ぼし、無へと還す終焉の炎である。

 

 瞬く間の内に“黒炎”の濁流へと呑まれ、黒一色へと染まるシンオウ神殿。

 文字通り世界を滅ぼす一撃がたった一人と三匹に対し振るわれる。

 天冠の頂を蹂躙する桁外れの物量。全てを呑み込む黒炎の波浪を回避することは叶わず、その圧倒的な力の前にはいかな加護さえも無力であろう。

 

 ──それからどれほどの時が経ったか。

 吐き出される黒炎はいつしか止まり、世界に静寂が満ちる。

 

 ──キショアアァァ!!

 

 次の瞬間、静寂を引き裂き凶鳥の咆哮が叫びが響き渡った。

 主神(しゅじん)に叛逆せし不敬の輩。不滅の神体を脅かす不倶の大敵。それらが討ち滅ぼされたという事実にホウオウは歓喜する。

 

 もはや(ホウオウ)を止められる者はいない。このままこの地を喰ろうてくれよう。

 

 立ち込める余燼を吹き散らし、再び神殿に降りたったホウオウ。

 暴走する本能の示すまま、今度こそヒスイの全てを呑まんと大口を開け──。

 

 

 ──キショル!?

 

 

 ありえざる存在を目の当たりにして、思わず動きを止めた。

 

 ホウオウの目に映ったもの。

 それは余燼が除かれ露になった神殿の景色と──その只中にしっかと立つショウたち(怨敵)の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さて、如何にしてショウたちは降り注ぐ終焉の劫火より生き延びたか。

 それは誰あろう神の眷属たる三災獣の尽力によるものであった。

 

 ホウオウが今にも解き放たんする大業。

 眷属の身たる三災獣たちはその性質をよく知っていた。

 

 【オオマガツヒ】は一度うち放たれたが最後、これを止める術は存在せず。またその勢い故に避けることも不可能。

 そして威力は直撃すれば“にじいろのはね”の加護すら削り取り、自分たちを確実に死へ至らしめる。

 

 だからこそ、もはや発動を阻止することが不可能と悟ったその瞬間、三災獣たちはすぐさまに次善の策を打ったのだ。

 

 

 ──がえええい!!

 

 エンテイが、爆発で以て無数の岩塊を捲き上げ。

 

 ──どしゅるい!!

 

 スイクンが、泥流で以て捲き上げた岩塊を絡め取り。

 

 ──ひゅららい!!

 

 ライコウが、氷雷で以て瞬時に凍てつかせ──分厚い氷の壁を作り出した。

 

 

 そう、避けることも出来ず阻止することも叶わぬならば、残る手立ては耐え忍ぶことのみ。

 ホウオウの黒炎は熱を持たぬ呪いの火。あらゆる生命にとっての天敵と言える権能(ちから)だが、そうであるがために無生物相手では効果が薄いのだ。

 故に三災獣たち作り出したのは即席のシェルター。分厚い防壁によって劫火を阻み、終末から逃れんとしたのである。

 

 ──果たして、その目論見は正解であった。

 

 作り上げたシェルターに三災獣たちが駆け込み、同時にスイクンがそのたてがみで以てショウの体もまた引きずり込む。

 

 途端、襲い掛かる終焉の劫火(【オオマガツヒ】)

 生類を悉く滅ぼす黒炎の濁流が押し寄せ、シンオウ神殿の全てが黒へ染まる。

 

 満ち満ちる死の気配。あらゆる命を蹂躙せんと吹き荒れる黒炎。

 だが、分厚い氷壁の影に隠れるショウたちへ劫火が届くことはなく。かくて、彼女らはホウオウの齎す終末より生き延びたのである。

 

 

 

 森羅必滅の大業──【オオマガツヒ】を見事無傷で切り抜けたショウたち。にもかかわらず、ホウオウと対峙する彼女らの顔には焦りの色が浮かんでいた。

 その理由は単純明快、彼女らには次の【オオマガツヒ】を防ぐ手立てはないからだ。

 

 ショウたちを護った氷壁は【オオマガツヒ】が止むと同時に崩れ落ち、跡形もなく消滅してしまった。

 そして先の大業を凌いだ手法はすでにホウオウに知られてしまっている。ならば同じ手立てはもはや通用しない。次に【オオマガツヒ】を使われたが最後、確実に仕留めるまでホウオウが大業を止めることはないだろう。

 

 ──即ちショウたちが生き延びるには、次の大業が放たれる前にホウオウを鎮める他ないのだ。

 

 定められた命の刻限。

 三災獣たちはすぐさま動き出す。

 

 ──ひゅららーい!!

 

 ──どしゅすいいー!!

 

 ──がええいいいー!!

 

 各々タテガミに雷光、水流、火焔を纏わせ吶喊。荒ぶる神が次の行動を起こす前に、再び封じ込めんとする。

 自慢の神速を以てホウオウへと迫る三匹。千里の道を一晩で駆ける彼らにとってこの程度、目と鼻の先に等しい距離である。

 果たして彼我の間を刹那の間で詰めた三災獣たちは勢いそのまま、ホウオウを再び地へと沈める──。

 

 

 ──ショオォォーッ!!

 

 

 ──よりも速く、ホウオウの姿が虚空に掻き消えた。

 

 

 ──!!??

 

 

 それはまさしく一瞬の出来事であった。

 三災獣たちの爪牙がホウオウの神体を捕えんとした刹那、突如としてその姿が視界より消滅したのだ。

 “何処へ消えた?”──三匹の脳裏によぎる疑問。

 果たしてそれはすぐさまに氷解する。

 

 

 ──キショアアアアッ!!

 

 

 

【シャドーダイブ】

 

 

 

 三災獣たちの背後、中空に生じたひび割れより姿を表したホウオウが、彼らに襲い掛かったのだ。

 

 

  ──ひゅらいっ!?

 

  ──どしゅあっ!?

 

  ──がえんっ!?

 

 

 自らの死角、意識の外側より行われた急襲に不意を打たれた三匹は対応することが出来ず。

 白翼に打ち据えられたライコウとスイクンは神殿より遥か彼方に吹き飛ばされ、黒爪に捕らわれたエンテイは神殿の床に縫い留められてしまう。

 

「ライコウ!? スイクン!? そんな……!」

 

 神殿よりはじき出され、天冠の頂より転げ落ちる二匹の姿に思わず悲鳴を漏らすショウ。

 強大極まりない力を持つ筈の三災獣がただの一手で無力化された。その事実を前に荒ぶる神(ホウオウ)の有する桁外れの力を改めて実感し、ショウは戦慄する。

 

 ──同時に、疑問に思うのは先の攻防でみせたホウオウの“わざ”。

 

(あれは、()()()()()の……!)

 

 そう。ショウの記憶が正しければ、先の一撃は反物質の神(ギラティナ)が使った“わざ”そのもの。なぜ縁もゆかりもない筈のホウオウがそれを使えるのか。

 想像を超える事象に、ショウの頭は疑問で埋め尽くされるのであった。

 

 

 ──何故、異郷の神(ホウオウ)が縁もゆかりもないギラティナの専用技を使えるのか。その理由は彼の神が誕生した経緯にあった。

 かつて三災獣に所業よって肉体を失い、荒ぶる祟り神と化したホウオウはシントの大地を滅ぼした……そこに住まうシントの民(古代シンオウ人)も諸共に。

 そして、シンオウ人たちはシントに自らの崇める神──アルセウスの神殿を建て、聖域としていた。

 これが示すことは即ち、ホウオウはアルセウスの聖域を滅ぼしたということであり──アルセウスの敵対者(サタン)となったということだ。

 

 シントの地はジョウトとヒスイ、二つの世界観(うちゅう)が混ざり合う場所。そこはジョウト(異教)の神話と同時にヒスイ(シンオウ)神話(うちゅう)でもある。

 そしてヒスイ(シンオウ)神話(うちゅう)において、(アルセウス)に敵対する者は「ギラティナ」である。

 そう、「ギラティナ」とは(アルセウス)に仇なす者、(アルセウス)の敵対者。ならばシントの(うちゅう)においてアルセウスの聖域を滅ぼしたホウオウは即ち──「神の敵対者(ギラティナ)」に他ならぬ。

 

 ──「習合(シンクレティズム)」。

 異なる神話(せかいかん)同士が接触した結果、本来は異なる筈の神性が同一視され、それぞれの神話に取り込まれる現象。

 人類社会において普遍的に見られるものであり、そしてそれはシントにおいても例外ではなかったのだ。

 即ち、アルセウスの聖域を滅ぼした荒ぶる霊鳥はシントにおける「ギラティナ」そのもの。

 同じシンオウの世界観にある限り、このホウオウは「ギラティナ」として定義されその力を振るうことが許されるのである。

 

 

 とはいえ、そのような理屈ショウが知り得る筈もなく。彼女の疑問は終ぞとして氷解することはなかった。

 ──そのような疑問にかかずらう余裕も、もはやなかった。

 

 

 ──が、がああ……!!

 

 

「ッ、エンテイ!!」

 

 彼女の眼前、ホウオウの鉤爪に捕らわれたエンテイが苦痛の呻きを上げる。

 エンテイは拘束から逃れようと必死に藻掻いているものの、凄まじい力で以て押さえつけられているのか、まるで抜け出せる様子はない。

 

「いま救け……ッ!? キャア!?」

 

 危機に陥った仲間(エンテイ)を救い出さんと、ホウオウ目掛けシズメダマを投げつけるショウ。

 だがそのシズメダマが到達するよりも早く、ホウオウが足元の敵目掛け膨大な黒炎を吐き出した。

 

 

 ──キショオオーー!!

 

 

 

 

【オオマガツヒ】

 

 

 

 

 ホウオウの嘴先より再び放たれる、終焉の劫火。

 幸い規模は先の神殿を覆い尽くしたものほどではなく、ショウが黒炎に呑まれることはなかった。

 だが、投げつけたシズメダマは一瞬でかき消され、放たれた衝撃で彼女は思わず倒れこんでしまう。

 【オオマガツヒ】の余波に煽られ、神殿の床を舐めることとなったショウ。それでも圧力に抗ってどうにか顔を上げた、その時。

 

 

 ──ががああああああああああああ!!??

 

 

 絶叫が、彼女の耳を打った。

 

 シンオウ神殿に響き渡る尋常ならざる苦痛の声。それはホウオウの足元、命奪う黒炎(【オオマガツヒ】)にさらされたエンテイの断末魔の叫びであった。

 

 『壊劫の翼』が吐き出す炎、それは逃れられぬ運命そのもの。生あるもの、形あるものにいつか必ず訪れる終焉(おわり)

 それは眷属たるエンテイとて例外ではない。

 一切衆生を喰らい尽くす呪われた黒い火は“にじいろのはね”の加護を薄紙のように引き剥がし、エンテイに宿る命の火を消し去っていく。

 

 “遠からぬ内にエンテイは物言わぬ骸へと変わる”。

 そう確信に近いものを抱きながら、しかしショウに為す術はない。救けに行こうにも吹き荒れる黒炎によって近寄ることは出来ず、仮に無理やり近づいたところでエンテイの二の舞となるだけだ。

 心中に去来する無力感。何も出来ぬ己の不甲斐なさに歯噛みしながら、ショウはただ目の前の光景を見ることしか出来なかった。

 

 この時、ショウも、ホウオウも──そして当のエンテイ自身さえも、その死を疑っていなかった。

 事実、瀕死のエンテイを救える者はこの場に誰もおらず。順当にいけば彼が息絶えるのは当然の結末であった。

 ああ、されどもしかし。誰もが諦めるその中でただ一人──否、ただ()()だけ、諦めぬものがあった。

 

 

——生命危機感知——

 

 

 それはエンテイの体の内、彼を生かし続けてきた「本能」。

 

 

——炉心稼働最大——

 

 

 刻一刻と削られ続ける生体エネルギー。

 紛れもない生命の危機を前に、彼の「炉心」へ火がくべられる。

 

 

——貯蔵ガス全放出——

 

 

 「炉心」──エンテイの持つ“ほのお”の力の根源たる熱生産器官。

 かつて彼の喰らったホウオウの骨……その髄に残った生細胞より変じた「炉心」は()()()を護るべく──今、その姿を変じさせる。

 

 

——形態変化(フォルムチェンジ)——

 

 

 

 

【かしょうざんまい】

 

 

 

 

 

 ──そして、轟音とともに“地獄”が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火界、流出。

 漆黒の奔流が吹き散らされ、神殿に蒼い火獄が出現する。

 轟音とともに放たれた極大規模の大爆発。それは押し寄せる黒炎を焼き尽くし、覆いかぶさるホウオウの体をも吹き飛ばした。

 

 ──ギショアアアアッ!?

 

 身を襲う凄まじい衝撃に、悲鳴を上げて倒れるホウオウ。

 見ればエンテイを抑え込んでいた片足は跡形もなく消滅しており、傷痕からは本質たる黒い霊気(オーラ)が流れ出していた。

 

 ──ギショガアッ!!

 

 仕留める寸前の獲物(エンテイ)に反撃を許し、あまつさえ地を舐めさせられた屈辱にホウオウは怒りの咆哮を上げる。

 すぐさま貯め込んだ生命力(エネルギー)を集中させ、身体を再生。星幽の存在(ゴースト)と化したホウオウにとって肉体など所詮仮初のもの。物理的ダメージなど何の痛痒にもならぬ。

 果たして、瞬きの間で欠損を取り戻したホウオウは今度こそエンテイを仕留めんと首をもたげ──。

 

 

 ──がえええいいいい!!!

 

 

【フレアドライブ】

 

 

 ──瞬間、その横面を思い切り張り倒された。

 

 蒼い火閃が祟り神の横面を捉え、凄まじい勢いで跳ね飛ばす。

 あまりの衝撃にホウオウの体がのけ反り、再び大地に沈む。

 天を統べる神鳥が再び地を舐めさせられるというありうべからざる事象。驚愕するホウオウの眼に映ったのは、それを為した蒼き鬼神の姿であった。

 

 顕現せしは、死せる魂を焼く獄炎の化身。

 四肢から、たてがみから、鬼面から、蒼い炎を噴出し叢原の羅刹(エンテイ)が戦場に君臨する。

 意識の間隙を突きホウオウを再び地へと沈めたエンテイ。そのまま間髪を入れることなく、次なる攻撃をうち放った。

 

 ──がええええい!!

 

 炎揺らめく前脚を神殿の床へ叩きつけ、次の瞬間に起爆。地盤を文字通りめくりあげ、巨大な岩石の雪崩を作り出す。

 

 

"力業"【いわなだれ】

 

 ホウオウ目掛け雨あられと降り注ぐ無数の岩石弾。

 大質量がホウオウの神体を圧し、その動きを封殺した。

 

 

 ──ギビショアアアッ!?

 

 

 のしかかる猛烈な重量に、絶叫し何とかこれより抜け出さんと藻掻くホウオウであったが、しかしそれは叶わない。

 ──『壊劫の翼』にとって本来であればこのような純粋な質量などなんら障害となりはしない。実体なき星幽の身体は物質を透過する上に、保有する無限大に等しい力は大山すらも吹き飛ばす。故にこのような岩礫程度、抜け出るのも消し去るのも自由自在である。

 されども、今の『壊劫の翼』は神降ろしの儀式により”ホウオウの偶像(すがた)”としてその身を縛られている。いかに仮初とはいえホウオウ──ポケモンとしての(からだ)で顕現した以上、振るえる力はポケモンの域を出ず、その肉体はポケモン勝負における“わざ”の影響を受けてしまうのだ。

 加え、いかに無限大の力を有していようとポケモンとしての“枷”がある限り、出力される力もまた限りがある。そして先の神体の再生と【オオマガツヒ】の連続使用によってホウオウの力は枯渇しており、再充填(リチャージ)までその力を十全に振るうことができぬ状態であった。

 

 つまりは今のホウオウは隙だらけで完全に無防備な状態であり──攻勢をしかける絶好の機会(チャンス)という訳だ。

 それでも再度力が満たされるまでそう時はかからないだろう。何としてもこの好機(タイミング)で『壊劫の翼』と決着(ケリ)をつける必要があった。

 

 ──がえん!!

 

「!!」

 

 かくて、次の一合を以て戦を終わらせることを結論づけたエンテイ。彼は背後で立ち上がったショウを一瞥し、一声吠えることで自らの意思を伝えんとする。

 そしてショウもまたエンテイの意思を正確に読み取り、首肯。無言で虹のシズメダマ(にじいろのはね)を握りしめ、疾走の構えを以て応えた。

 

 ──がががるるる……!!

 

 ショウ(トレーナー)と意思を一にし、後顧の憂いを絶ったエンテイ。

 四肢を大地に押し付け、この一撃で以て仕留めんと力を込める。

 

 ──が、しかし。

 

 

 ──ギショアアアアアアアッ!!!!

 

 

 エンテイが決着の一撃を放つよりも早く、圧し掛かる岩塊を跳ね飛ばし『壊劫の翼』が復活する。

 想定よりも遥かに早い力の充填。ひんしの重症を負いながら、ほんの僅かの時間で復活を遂げるその様は、まさしく不死身の怪物そのものだ。

 

 ぎょろり、と、狂気を帯びた真紅の瞳がエンテイたちを射抜く。

 全身に圧し掛かる、底冷えする重圧(プレッシャー)。何もかも見透かされるような感覚がエンテイとショウを襲う。

 

 ホウオウは明らかにこちらの動きを読んでいる──祟り神の視線を浴びた一人と一匹はそう確信する。

 ──そして、その確信はまさしく正解であった。

 

 

 ──ビシャアアアア……!

 

 

 

【シャドーダイブ】

 

 

 

 

 ショウたちの眼前、ホウオウの神体が突如として影に包まれ、虚空へと掻き消える。

 それは先に見せた冥神(ギラティナ)権能(せんようわざ)──【シャドーダイブ】に他ならぬ。

 

 なるほど確かにエンテイの持つ“火災”の大業は、直撃すれば今の『壊劫の翼』では耐えきれぬほどの威力を有している。

 だが、いかに強大な一撃であろうとも……来ることが分かっているのならば対処は容易。

 命中すれば必殺となりうる大業も、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冥神の力を使い、『壊劫の翼』がこの世の裏側(やぶれたせかい)へと潜航する。

 彼の神とショウたち間に立ちはだかるのは世界を隔てる壁。それは物理的なものに非ず、理──即ち概念に属するもの。純然たる力ではこれを打ち破ることは出来ず、故にいかに強力であろうともエンテイの攻撃が届くことはない。

 “理を越えられるのは理のみ”……概念に干渉することが出来るのは、同じ「概念」だけなのだ。

 

 かくてショウたちによる乾坤一擲の攻勢は失敗に終わり、ヒスイの全て(みらい)に滅びが齎される──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──否。

 ──まだ、我らが宇宙(しんわ)は敗けてなどいない。

 

 ──その権能(ちから)、返してもらうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きょううん!

 

きゃううん!

 

きゅううん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──!?

 

 ホウオウ(ギラティナ)以外に存在しない世界に突如として鳴り響く、聞き馴染みのない声。

 次の瞬間、虚空より半透明の赤い鎖(あかいくさり)が飛び出し、『壊劫の翼』の神体を縛り付けた。

 

 ──ギ……ギショアアアアアァァァ!?

 

 神体へ巻き付く紅の鎖に驚き、何とか逃れんと藻掻くホウオウ。だが、いかに藻掻こうとも身を締め上げる鎖を振りほどくことは叶わない。

 そも赤い鎖はヒスイの神々を繋ぎ、鎮めるための神具。故に曲がりなりにもヒスイの神(ギラティナ)である『壊劫の翼』がこの拘束より逃れられる道理はない。

 

 ──ヒスイに異なる神話(うちゅう)が敷かれたため、ヒスイの神々はこれまで干渉を封じられていた。

 だが、『壊劫の翼』がヒスイの神(ギラティナ)の力を使ったことで、異郷の神話(うちゅう)はヒスイの神話(うちゅう)地続きとなっ(習合し)た。

 即ち、この場において『壊劫の翼』はヒスイの神。ならば同じ神話に属する者同士、干渉することもまた可能。

 もとより湖の神々は創世の化身と対を為し、荒ぶる彼らを鎮める存在。なれば荒ぶる創世の化身(ギラティナ)たる『壊劫の翼』を鎮めるのは道理である。

 

 なにゆえ、この時機(タイミング)で湖の神々が『壊劫の翼』に仇なしたか、その理由は如何とも知れぬ。

 あるいは、異郷の神(がいらいしゅ)風情が、いかに追放されたとはいえ兄妹(ギラティナ)の名を騙ることが赦せなんだか。

 ただ唯一明確なのは──ホウオウにとってはこれ以上ない程に最悪の時機(タイミング)での横殴りであったということだ。

 

 “あかいくさり”の権能が乱れた世界(うちゅう)の理を修復する。

 『壊劫の翼』が宿す冥神の権能(ギラティナの力)が引き剥がされ、あるべき場所へと還っていく。

 同時に世界の隔てる壁は引き裂かれ──異郷の神(ホウオウ)が再び現世へと引きずり出された。

 

 ──ショオアアアァァァ!?

 

 絶対の安全圏から再び戦場へ引き戻されたホウオウ。

 眼前には必殺の一撃を放たんと力を溜めるエンテイの姿。そして冥神の権能を封じられた今、この世の裏側(やぶれたせかい)に逃れることは出来ない。

 

 されども、黙って必殺を喰らってやるほど『壊劫の翼』は甘い手合いでなし。自らの権能の一部を引き剥がされたことに気づくや、すぐさまに次の手を打つ。

 

 

 ──ショオオオオオーー!!

 

 

 咆哮とともに白翼を広げ、飛翔。

 ギラティナの力が失われたことで効力を失った“あかいくさり”を引きちぎり、天高く舞い上がる。

 例え権能を失い、界を超えることが叶わなくなったとて、『壊劫の翼』にはまだ空を統べる双翼がある。

 大地を侵す燎原の火も、天上までは届かない。空とは即ち神の領域。卑小の身には侵し難き聖域である。

 

 遥か天の高みより地を這う眷属(エンテイ)を見下ろしながら、ホウオウは次の瞬間、嘴先に黒炎を収束させた。

 ホウオウの顎より漏れ出る漆黒の霊炎。森羅を寂滅せしめる終焉の劫火が、再び大地を蹂躙せんと唸りを上げる。

 

 だが、ホウオウが【オオマガツヒ】をまさに解き放たんとしたその時──戦場に乱入する者があった。

 

 ──ひゅらおおおお!!

 

 神殿に響く、雷鳴が如き雄たけび。

 刹那、天を舞うホウオウに白き氷雷が降り注ぎ、その神体を大地へと撃ち落とす。

 

 ──ショアアアッ!?

 

 意識の間隙を突かれ、悲鳴を上げながら神殿に落下したホウオウ。

 何とか再び天に昇らんとするも、氷雷を浴びた双翼は凍り付き羽ばたかせることさえ覚束ない。

 

 ──キショオオオオッ!!

 

 ならばと、双翼より霊気を噴出させ纏わりつく氷を引き剥がしにかかるも……再びの乱入者によって阻止されることとなる。

 

 ──どしゅすいいい!!

 

 神殿に響く、地鳴りが如き咆哮。

 刹那、地に伏せるホウオウに泥流が纏わりつき、その神体を絡めとった。

 

 ──ショオオオオッ!?

 

 まるで意思を持つかのように蠢く泥濘に半身を覆われたホウオウ。もはやまともに動くことすらもままならない。

 

 氷雷と泥濘による完全なる拘束、これでホウオウが大業より逃れる術はなくなった。

 まさしく最高の時機(タイミング)で為された助太刀。瞬間、それを為したのは者たちがエンテイの傍らへと降り立った。

 

 ──ひゅらい!

 

 ──どしゅい!

 

 現れたのは純白と深緑の二つの毛並み──ライコウとスイクン。

 先の一合にて吹き飛ばされ、神殿よりはじき出された二匹が舞い戻ったのだ。

 

 戦場に再び三災獣が並び立つ。

 眼前には藻掻く『壊劫の翼』。傍らには全身を蒼く燃やすエンテイ。

 そしてその姿より兄弟(エンテイ)の意思を察したライコウ、スイクンもまた、各々のタテガミを純白、濃藍に染め上げ、大業の構えを取る。

 

 シンオウ神殿に満ちる一瞬の静寂。

 瞬間、裂帛の叫びと共に三災獣が各々の大業を解き放った。

 

 

 ──ひゅららあああおおおおおおおおぉぉぉ!!

 

 

 

 

 

【ふうさい・ゆきおろし】

 

 

 

 

 

 天凍の雷光と共にうち放たれる、狂飆の爆弾(ダウンバースト)

 万象一切を薙ぐ風災がホウオウを襲い、その右翼を引き裂く。

 

 

 ──どしゅしゅいいいいいいいい!!

 

 

 

 

 

【すいさい・やまつなみ】

 

 

 

 

 

 蓋地の泡沫と共にうち放たれる、土石の波浪(マッドフラッド)

 万象一切を呑み込む水災がホウオウを襲い、その左翼を引きちぎる。

 

 

 ──がああああえええええいいいいい!!

 

 

 

 

 

【かさい・おにおしだし】

 

 

 

 

 

 鳴山の震動と共にうち放たれる、火砕の奔流(グランウンドサージ)

 万象一切を焼き尽くす火災がホウオウを襲い、その無防備な胴を粉砕する。

 

 

 

 ──ギショオオオアアアアーーーッ!!

 

 

 

 風災、水災、そして火災。

 世界を滅ぼす三つの災厄。その名を冠する三災獣の大業が直撃し、『壊劫の翼』の神体が砕け散る。

 双翼、胴は千々に吹き飛び、原型すらも残さず消え去った。辛うじて残ったのは胴と泣き別れした首のみ。

 

 千切れたホウオウの首が宙を舞い、神殿の床へと堕ちる。

 生首一つという、尋常の生物であれば確実に死んでいるであろう様相。にもかかわらず、『壊劫の翼』の眼は未だ爛々と輝き、その嘴からは悍ましき鳴き声を漏らしていた。

 

 ──キショオオ………!!

 

 然もありなん。神たる『壊劫の翼』は尋常の生物に非ず。

 そも『壊劫の翼』とは肉体を喪失したホウオウの成れの果て。その身はすでに死んでおり、故にもう一度死ぬことはできぬ。

 

 

 ──ショオオアアアア………!! 

 

 

 奇声と共に、生首の断面へ黒い霊気(オーラ)が寄り集まる。

 再び形作られんとする仮初の器。これまで消耗ゆえに速度は見るべくもないが、それでも時を経ればやがて神体は再生するだろう。

 

 そう、死した者が死ぬことは決してない。

 正しき終焉を迎えられなかった魂は、苦痛と狂気の赴くままに永遠に世界(うちゅう)を彷徨い続ける。

 その終わりなき輪廻を断ち切るには──死者に正しき「死」を与える必要があった。

 

 

「──ハアッ!!」

 

 

 ──そのために、英雄(ショウ)は駆ける。

 

 三災の過ぎし後、残ったホウオウの生首。

 もはや何の抵抗も出来ぬそれ目掛け、ショウは全力で駆け出した。

 

 ライコウが、スイクンが、エンテイが、その全霊を以て作り出した最大の好機(チャンス)

 先の一撃で三匹はすでに力を使い果たした。この機を逃せば『壊劫の翼』に接近できる機会は二度とないだろう。

 既に『壊劫の翼』はその神体を再生させ始めている。迷っている暇は、ない。

 

 手に輝く虹のシズメダマ(にじいろのはね)を握りしめ、その眼にホウオウの姿をしっかと捉えながら全身全霊で神殿を駆けるショウ。

 既にホウオウは目と鼻の先、距離にして僅か数間である。

 

 

 ──ショオオォォォォ……!!

 

 

 その時、ぎょろりとホウオウの眼が蠢き、自ら目掛けひた走るショウを捉える。

 迫りくる怨敵の姿に、これ迎撃せんとホウオウはその口元へ漆黒の炎(【オオマガツヒ】)を収束させる。

 星幽の存在(ゴースト)たる『壊劫の翼』にとり、肉体の有無など些細なこと。例え力の大半を失い、生首だけとなろうとも──ニンゲン一人消し飛ばす程度は容易い。

 

(──ッ!!)

 

 開かれたホウオウの顎、その内よりこちら目掛け終焉の劫火(【オオマガツヒ】)が放たれんとするのを目の当たりしたショウ。

 

(避け……いや、無理だ……!)

 

 彼我の距離はすでに手を伸ばせば届くほど。避けることは叶わない。そして両者を隔てるものは何もなく──【オオマガツヒ】を防ぐこともまた、叶わない。

 

(だったら……!)

 

 防ぐも避けるも叶わない。

 その事実を悟った瞬間、ならば、と英雄(ショウ)はあえてもう一歩踏み出すことを選択する。

 決断は刹那の間。下した判断に思考はなく。ただ、不可思議なる確信を以て最後の一足を踏み込んだ。

 

「──ハアアァッ!!」

 

 かくて、終焉の劫火(【オオマガツヒ】)を放つよりも早く、英雄は「荒ぶる神」の御許へたどり着き──

 

 

「お還し……します……!」

 

 

 ──手にしたシズメダマを、その口へ叩き込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手元より溢れだす虹色の輝き。

 それは瞬きの間で神殿を覆い尽くし、万象一切を虹の光で染め上げる。

 

 そして──視界の全てが虹の輝きに満ちる中、彼女が最後に聞いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショオオオォォォォーーーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──高らかに響く、産声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──がるるる……

 

「──ぅ」

 

 ゆさゆさ、と何かに揺さぶられる感触でショウは目を覚ます。

 

「エンテイ……?」

 

 ぼやけた視界に真っ先に飛び込んできたのは、艶めく黒曜の毛並み持つ獣──エンテイの姿。

 どうやら意識を失っていたところをエンテイに揺り起こされたらしい。

 

 と、そんな益体のないことをぼんやりと考えていたショウであったが……その時、気を失う直前の出来事を思い出し、意識が一挙に覚醒する。

 

「ッ、そうだ……! あの時、私……!」

 

 あの時、大業を繰り出さんとしたホウオウに、無我夢中でシズメダマを叩き込んだ後。手元から虹の大奔流が溢れ出し、彼女は意識を失ったのだ。

 

「あの後、どうなって……それにホウオウは……!?」

 

 あの後、一体どうなったのか。

 それを確かめるべく慌てて周囲を見渡したショウ。

 瞬間、その光景が目に飛び込み──思わずして息をのんだ。

 

「──あぁ」

 

 彼女の目に映ったもの、それは茜色に染まる空と──

 

 

 ──ショオォォ……!

 

 

 ──中空を舞う、虹の霊鳥の姿であった。

 

 紅の翼を羽ばたかせ神殿の空に浮かぶ霊鳥。身に煌びやかな色彩を纏い、佇む姿はどこまでも神々しく。

 その瞳に先の狂気はもはや欠片として存在せず、代わって深い知性と慈悲の輝きが宿っていた。

 

「……よかったあ」

 

 絢爛にして壮麗、神聖にして慈愛に満ちたる神鳳(シンオウ)

 天を舞う霊鳥はまさしく、そう伝承にて語られるホウオウそのものである。

 その様を一目見て、ショウは安堵の胸をなでおろす。

 ホウオウの姿が正しきものとなった、それは即ち荒ぶる『祟り神』が鎮まったということであり……破滅の未来が回避されたということに他ならない。

 

 ヒスイを襲った未曾有の厄災は、ここでようやく終わったのだ。

 ──と、その時。

 

 ──ひゅるる……

 

 ──しゅすい……

 

 ──がるえん……

 

「……? あなたたち、何を……?」

 

 徐にショウの傍らより三災獣たちが進み出る。

 天に佇むホウオウを見上げ、ゆっくりと歩を進める三匹。

 一瞬、すわ再びホウオウに挑むつもりかと勘繰るショウであったが、しかしよくよく見れば三匹にそのような素振りはない。

 事実、三災獣に対するホウオウもまた、歩み寄る彼らの姿を静かに見守るのみである。

 

 ──ひゅららい……

 

 ──どしゅすい……

 

 ──がえええい……

 

 やがてホウオウの御前までたどり着いた三匹は膝を折り、まるで自らの罪を告解するかの如く深々と(こうべ)を垂れる。

 抱いた思いは悔悛か、あるいは贖罪か……断ずることは出来ぬ。されども彼らの祈りは確かにホウオウ()へ届いたようだ。

 

 

 ──キュアァーー!

 

 

 頭を垂れる三災獣を見守っていたホウオウが、突如として双翼を広げ()く。

 瞬間、ホウオウより放たれる虹色の霊気(オーラ)。温かく、力に満ちたそれが三匹の身体へ吸い込まれていく。

 ホウオウが三災獣に与えたもの、それは先の一戦にて引き剥がされた“にじいろのはね”の加護と同質の──ホウオウの眷属たる証。

 これが示すことは即ち、ホウオウが三災獣の為した罪を赦し、彼らを自らより生まれ出でし眷属(こども)として祝福したことに他ならない。

 

 放たれた霊気(オーラ)が眷属の体にすっかり取り込まれたのを見届けたホウオウ。

 次いでホウオウはその視線をショウへと移し、まるで礼を言うかのように目を伏せる。

 

 

 

 ──ショオォーーッ!

 

 

 

 そして次の瞬間、荘厳な雄たけびを上げ、天高く舞い上がった。

 

 茜色の空に虹の軌跡を残しながら、ホウオウは天を舞う。

 残された虹の霊気(オーラ)は大地へと降り注ぎ、枯れ果てた大地に緑を蘇らせていく。

 

 ──そして、蘇ったのは緑のみに非ず。

 新緑に染まる大地より響き始めるざわめき声。

 黒い霊気(オーラ)に命を奪われたポケモンたちが、再び息を吹き返したのだ。

 

 その軌跡より遍く命を蘇生させながら、ホウオウはヒスイを巡る。

 『百獣夜行(やくさい)』に傷ついたヒスイの地を癒してゆくかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──同時刻。コトブキムラ、ギンガ団本部・団長室。

 

「空が晴れた……。うむう、やり遂げたかショウ……!」

 

 茜色に染まった空を見上げながらデンボクは呟く。

 ショウを決戦に送り出してよりどれほど時が経ったか、突如として天冠の頂より凄まじい光が放たれ、全天を覆う黒い霊気(オーラ)を吹き飛ばしたのだ。

 それは先のシンオウさまの一件にも劣らぬ、まさしく神話が如き光景。故にそれが過ぎし後、正常な夕焼け空に変わったのを見てデンボクは確信した。

 “ショウが災厄の元凶を鎮めたのだ”、と。

 

「──む、あれは……?」

 

 その時、デンボクは天冠の頂より輝く天弓が伸びゆくのを見る。

 よくよく目を凝らせば、天弓の先端には光り輝く神鳳の姿。

 

「ホウオウ……」

 

 その姿は紛れもなく、ジョウトの伝説に語られしホウオウのもの。

 幼き時分、おとぎ話にて語り聞かされた伝説の存在を目の当たりにして、思わず嘆息するデンボク。

 やがて虹の軌跡がコトブキムラの上空にまで達すると、ムラに天より神々しき彩光が降り注いだ。

 

「──むう……?」

 

 コトブキムラに降り落ちた、美しき虹の光。それを浴びた途端、デンボクは自らの身体に違和感を覚えた。

 

「痛みが……消えた?」

 

 エンテイによるコトブキムラ襲撃の際に負った重傷。多少回復したとはいえ、今なお動くたびに痛みが走り、歩く時は杖が欠かせぬ状態であった。

 それがどうだろうか。天より降る光を浴びた途端、身を苛んでいた痛みがすっかりと消え去ってしまった。試しに杖なしで団長室を歩いてみれば、負傷前と変わらぬ……いや、むしろ負傷前よりも調子がよい程である。

 

「これが、ホウオウの「だ、だだだ、団長!! 大変だあ!!」……むう、どうしたナバナ」

 

 と、その時。

 ドタバタとという足音とともに団長室へと駆け込む人影。見ればギンガ団畑作隊の隊長、ナバナであった。

 よほど慌てて走ってきたのだろう。ゼエゼエと肩で息をするナバナに、一体どうしたのかと問うデンボク。

 

「そ、それが! さっきの光を浴びた途端、畑の作物がすげえ勢いで育っちまって……とんでもねえ大豊作になってんでさあ!!」

 

 対するナバナの返答はまさしく驚愕すべきもの。

 コトブキムラ中の畑の作物が季節も品種も関係なく急成長し、大豊作となっているのだという。それこそ、向こうしばらく食べる物には事欠かないであろう程に。

 

 ただでさえシンジュ団への支援でギリギリだったところに起きたコトブキムラの襲撃。

 人手も物資も枯渇寸前で、次の冬を越せるかすらも怪しかったギンガ団にとって、この豊作はまさしく救いの手に他ならなかった。

 

(……これも、ホウオウなりの“詫び”ということか)

 

 “これで冬が越せる”と喜ぶナバナを見ながら、デンボクは内心そう独り言ちる。

 生命を司る神に相応しい、それもう随分と壮大な詫びだと顔を綻ばせながら。

 

「? 団長、どうしたんでさあ?」

「いいや、何でもない。──さあ、皆を呼び集めよう。コトブキムラの……ヒスイの未来(あした)は救われたと伝えねば、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天に大きく弧を描き、ヒスイの全てを巡るように飛翔するホウオウ。

 やがてホウオウは嘴先を南に、ヒスイを離れ遥か彼方へと飛び去った。

 その姿が水平線に消えるのを見届けたショウ。

 

 ──ひゅららら……

 

 ──どしゅいあ……

 

 ──がるるえあ……

 

「……? どうしたの?」

 

 その時、(おもむろ)に三災獣たちがショウの傍らを離れ、彼女へ向けて鳴き声を上げる。

 ──まるで彼女へ別れを告げるかのように。

 

「──そっか、あなたたちも行くんだね」

 

 ──がえん!

 ──しゅい!

 ──ひゅら!

 

 ごく短い間であったがショウは彼らの相棒(トレーナー)として共に戦った身。

 故に彼らの伝えんとするところを察するのは容易いことであった。

 

 もとより三災獣はホウオウによって遥かシントの地から連れられてきた外来種。

 ならば身を縛る呪いが解かれ自由の身となった今、故郷を目指し旅立とうするのも当然のこと。

 何より、自らの意思によるものではなかったといえ、三災獣はヒスイに数多の災厄を振りまいた存在。この地(ヒスイ)に留まるべきでないと考えるのも──無理からぬことである。

 

 三災獣の意思を受け取り、ショウの胸に寂しさが湧き上がる。

 いかに短き間でも、過去に命を狙われようとも、それでも彼らは確かにショウの(ポケモン)であった。

 友との別れはいつだって辛いもの──それでもそれが彼らの選んだ道ならば、友としてそれを尊重しよう。

 

「さようなら……元気で」

 

 寂しさを胸に、まなじりに涙を浮かべながら、それでも笑顔で友を送り出す。

 

 笑みを浮かべるショウを見て、名残惜しむようにしばし瞑目する三災獣たち。

 そして再び眼を開くと、ショウ(とも)に背を向け……一足飛びに駆け出した。

 

 瞬く間に三の色つく風となった彼らの影が、新緑に大地に解け消える。

 果たしてショウはそんな見えなくなった友の後ろ姿を、いつまでも見送っていたのだった。

 

「……いつか、また」

 

 ──いつか、どこかで再び巡り合うことを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。どこまでも。

 駆ける。駆ける。彼方を目指して。

 目指す場所は新たな故郷。進むべきは果ての無い流浪の旅路。

 

 それでもなお、彼らは進む。

 傍らには、共に歩む兄弟たち。

 その胸には、分かちがたき友との絆。

 

 それらが共にある限りきっと彼らはどこまでも行けるだろう。

 そしていつの日か、自らの楽園を見出した暁に──

 

 ──また、会おう。

 

 

 

「Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行」 完

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