Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行   作:野傘

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お待たせいたしました。お待たせしすぎたかもしれません。
『百獣夜行』第三幕、前編でございます。ご査収ください。


漆黒の■帝:災獣コトブキ夜討

「——依頼、ですか?」

「そうだ」

 

 頭上に"?"を浮かべたショウにデンボクは"是"と答える。

 時はショウが『紅蓮の湿地』での負傷より回復し、さらに数日を経たある日のこと。デンボクより"話がある"、と団長室へと呼び出されたショウは開口一番に"依頼がある"と告げられたのだった。

 

「団長からの直々ご依頼とあれば、もちろんギンガ団の一員として喜んでお受けしますが……その依頼という一体どのような内容なのでしょうか?」

「うむう。お前に頼みたい依頼というのは他ならぬ……『百獣夜行』に関するものだ」

「!」

 

 続くデンボクの言葉にショウの表情が引き締まった。

 ヒスイの地を脅かす新たなる災厄……『百獣夜行』。数多のポケモンが狂乱しながら人里へとなだれ込むこの現象は、ヒスイの如何なる伝承にさえその名を残さぬ全く未知なる災害。しかし、調査隊(ショウ)による二度の調査の末、ギンガ団はこの未知なる災害が()()()()()()()()()により引き起こされたものであると見当付けていた。

 

「先の『紅蓮の湿地』での一件。これにより我らは『百獣夜行』が発生する要因をある程度突き止めることが出来た」

 

 "そうだな?"、と同意を促されたショウは僅かに頷くことで肯定を示す。

 思い起こすのは先の一件、調査に赴いた『紅蓮の湿地』にて邂逅したかの水の聖獣(スイクン)のこと。あの時、スイクンの放った黒い霊気(オーラ)を浴びた彼女の相棒(ダイケンキ)は主たるショウの声すら届かぬほどの狂乱状態に陥った。目を血走らせ、全身より黒い(もや)を噴出し、眼前の敵に躊躇なく襲い掛かるその有様は伝え聞く『百獣夜行』における狂騒するポケモンたちの様子と違わぬもの。ならば、それを引き起こしたかの聖獣たちが『百獣夜行』の元凶であるという結論に至るのはごく自然のことであった。

 

「『百獣夜行』はかの聖獣たちにより引き起こされたもの。内、これまでその姿が確認された聖獣は二頭」

 

 ——即ち。

 『純白の凍土』にて姿を顕せし"ライコウ"。

 『紅蓮の湿地』にて姿を見せし"スイクン"。

 どちらもジョウトの伝承にその名を語られる伝説のポケモンたち。

 

「……そして我が故郷(ジョウト)においては、もう一匹。彼奴等と並んで聖獣と称されるポケモンがいる」

 

 かつて大いなる虹の鳳に生命を与えられ、その眷属となった獣は三頭。

 ライコウ、スイクンと、そして——。

 

「"エンテイ"」

 

 その名を"エンテイ"。火山の化身とも謳われし、ジョウト伝説のポケモンであった。

 

「エンテイはライコウ、スイクンと時を同じくして産まれた……いわば兄弟とも言えるポケモンたちだ。既にライコウ・スイクン(他の二頭)がこの地に現れた以上、エンテイのみが姿を現わさぬ道理はない」

「ということは、私への依頼というのは……」

「うむう。お前には最後の聖獣——エンテイの行方を追い、その襲撃を防いで欲しい」

 

 デンボクが告げる依頼の内容。

 それは『百獣夜行』の元凶たる聖獣……未だ姿を見せぬその最後一匹たるエンテイの行方を追い、彼のポケモンによるキング襲撃を防ぐことであった。

 

「これまでの調査により、彼奴等の狙いはヒスイ各地のキングおよびライドポケモンたちであることが分かっている。よってお前はまだ百獣夜行が起きていないキング場を巡り、エンテイによる襲撃……ひいては『百獣夜行』発生の予兆がないかを探るのだ。そして、もし襲撃を受けたのならば現地の戦力と協力しこれに当たれ。

 ……キングたちはヒスイの秩序を担う要。それが彼奴等に弑されたとなれば、いったい如何なる混乱が引き起こされるのか見当もつかぬ。場合によっては『百獣夜行』を上回るさらなる災厄の引き金ともなりかねん。ゆえ迎撃はキングの身の安全を第一とせよ。緊急の場合は捕獲しても構わん」

「え、キングたちをですか!?」

「そうだ。すでに両団の長とも話を付けてある」

 

 "緊急の場合は保護のためにキングたちを捕獲しても構わない"。そう言い放ったデンボクをショウは思わず驚愕の表情で見つめた。

 無理もない。ヒスイ各地を守るキングたちはコンゴウ団・シンジュ団の信仰の対象となる存在。コダイノエイユウとともにシンオウ様に挑み、その力を認められたポケモンたちの子孫……いわばシンオウ様の眷属とも言えるポケモンだ。

 そんな存在を他所者たるギンガ団の怪しげな装置(モンスターボール)で捕らえる……本来であれば言語道断の筈の所業。

 しかし、デンボク曰く両団の長(セキ・カイ)はこれを了承したという。それは即ち——無論、今までの行いによりギンガ団が両団からの信頼を勝ち得ていたという点もあろうが——通常考慮にすら値しない筈の提案にさえ頷かざるを得ないほど、二人が今のヒスイは危ういと判断していることに他ならない*1

 コンゴウ・シンジュ両団がその伝統を曲げてまで対応せねばならぬ異常事態。その事実を知りショウはあらためて『百獣夜行』がヒスイ地方を脅かす未曾有の危機であることを認識する。

 ——なればこそ、彼女の返す言葉は一つであった。

 

「了解しました! 団長の依頼、お引き受けします!」

 

 決意を込めて、ショウはデンボクの依頼を承諾する。

 元より記憶を失い、漂泊の身であったショウにとってヒスイ地方はもはや自らの故郷に等しい存在。ヒスイの厳しくとも美しい自然も、そこに住まう人々やポケモンも、彼女には愛しい宝物。故にそれらを脅かす『百獣夜行』は何としてでも止めねばならない。それはギンガ団の一員としてだけではない、ヒスイの地に生きる一個の命としての彼女の決意であった。

 

「忠勤に期待しよう。では……そうだな、まず手始めに『群青の海岸』のキング場へと赴け」

「『群青の海岸』、ですか?」

「うむう。伝承によればエンテイが吠えれば何処かで火山が噴火するという。その伝承が事実かどうかは分からんが……しかし彼奴がそれだけ火山と深く関わっているポケモンであることは確かだ。そしてヒスイにおいて火山といえば——」

「あ、『火吹き島』!」

「そうだ。さらに言えばかの島は、彼奴等の狙いであるキングの住処でもある。なればこそ彼奴が現れる可能性も高い、という訳だ」

「なるほど……!」

 

 手始めに『群青の海岸』へと赴くよう告げたデンボク。伝承に語られるエンテイの性質と『百獣夜行』における聖獣たちの行動から導き出したその推測は、なるほど確かに的を射たものであり、それを聞き及んだショウにとっても同意を得るものであった。

 

「では、早速『群青の海岸』へ——!」

「いや、待て」

 

 "ならば早速"とばかりに団長室を辞し、駆け出そうとするショウ。だが、デンボクはそんな彼女を押し留め、"まだ話は終わっていない"と落ち付かせる。

 

「気持ちは分かるが逸るな。まだ私の話は終わってはおらん」

「あ、すみません。つい……それで、お話というのは?」

「うむう。実はお前にはもう一つ依頼したいことがある」

 

 ついつい勇み足を踏んでしまい、バツの悪そうな表情を浮かべるショウ。

 そんな彼女を若干呆れたような顔で見つつ、デンボクはショウへの「もう一つの依頼」について話を切り出した。

 

「今、コトブキムラでは万が一の『百獣夜行』の襲来に備え、彼方此方で工事が行われていることはお前も知っていよう」

 

 デンボクの言葉に"そういえば"、とショウはここ数日間コトブキムラの彼方此方で建築隊が何やら慌ただしくしていたことを思い出し、なるほどこれが理由であったかと合点する。

 

「その上で、だ。この工事にお前の手を借りたい」

「私の?」

「そうだ……いや、正確に言えば"お前のポケモンたち"のというべきだろうが」

 

 コトブキムラで進められている対『百獣夜行』の工事、デンボクはこれにショウの持つポケモンたちの手を借りたい、と言った。

 

「お前も知っていようが、我らギンガ団は現在、シンジュ集落復興のため多くの人員を派遣している。……やむを得ぬことではあるが、お蔭で今コトブキムラは建築隊の人手が足りておらん。『百獣夜行』がいつ起きるか分からぬ以上、防衛設備の強化は可及的速やかに行う必要がある。しかし、今の人員のみではとてもでないが間に合わんだろう」

 

 『百獣夜行』——即ち、相当数のポケモンの襲来に備えるための設備とあらば、求められる堅牢さもそれ相応のもの。しかし、シンジュ集落復興のため人手を取られている現状ではとてもでないが速やかな建築など望めない。

 では、シンジュ集落より部隊を呼び戻せばよいのではと思われるだろうが……残念ながら政治的な問題からこれも難しい。復興支援を申し出ておきながら、都合が悪くなったので途中で切り上げる……そのような信義に(もと)る行為をしてしまえば、ギンガ団の信用は地に墜ちる。

 ただでさえギンガ団はヒスイにおいては新参の組織。ヒスイ開拓においては先住民であるシンジュ、コンゴウの両団との協力は不可欠であり、そのために今まで必死になって両団との対立を回避し、彼らの問題を解決して信用を積み上げてきたのだ。それがようやっと実を結びつつある今、積み上げて来た信用を打ち崩すような真似は絶対に出来ない。信用を築くのは至難だが、崩れるのは一瞬なのである。

 そういった理由でシンジュ集落より部隊を呼び戻すのは不可能。では、肝心の人手不足はどうするのか……というところで、今回のデンボクの依頼に繋がるという訳である。

 

「そこでだ。この人手不足を補うべく、ポケモンたちの力を借りたい。具体的には調査隊が捕獲し、放牧場で管理しているポケモンたち……彼らをこの工事に動員したいのだ」

「——あの子たちを、ですか?」

 

 どうあがいても足りぬ人手、それをポケモンたちの手を借りることで補う……それこそがデンボクの考えた解決策。

 対し、ショウはデンボクから伝えられたその策に驚きを隠せなかった。

 

(……驚いた。団長がこんなこと言うなんて)

 

 かつてはあれほどポケモンを恐れ、警戒していた筈のデンボクから飛び出した"ポケモンに助力を求める"という発言。先の「時空の裂け目」の一件以来、ギンガ団のポケモンに対する見方も少しずつ変わってきていることは知っていたが、まさか団長自身がこうも変わるとは。

 デンボクのポケモンに対する忌避の感情が薄れつつあることを驚きつつも好ましく思うショウであったが、そんな彼女の心情はさておき、今はデンボクの依頼である。

 調査隊が研究のために捕獲し、放牧場にて管理されている多くのポケモンを労働力として使いたい、というデンボクの依頼。ショウはしばし考えた後"是"と答えた。

 

「大丈夫だと思います。放牧場に居る子たちは人に慣れてますし、人間()からの指示で動いた経験もあります。よっぽど無茶なことを命令しない限り、建築隊の方の言うことも聞いてくれるかと」

「ならばよし。では、後ほど建築隊とともに放牧場へ向かい、使えそうなポケモンを見繕ってくれ」

「承知しました」

「うむう。頼んだぞ」

「はい!」

 

 果たしてデンボクにそう力強く返事を返すと、ショウは今度こそ団長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 さて、時はショウがデンボクより依頼を受けた数日後のこと。

 未だ姿を見せぬ最後の聖獣——エンテイの手がかりを求め『群青の海岸』は火吹き島のキング場へと足を運んだショウ。訪れた先で同地の管理するシンジュ団のキャプテン・ガラナにそれらしきものは見なかったかと聞き込みをするも、しかしその回答は捗々しいものでなかった。

 

「『百獣夜行』の元凶の一角、火山の聖獣ですか。残念ながら、火吹き島にそれらしき姿は……」

「そう、ですか。……分かりました。ガラナさん、ありがとうございます」

 

 ショウの聞き込みにどこか申し訳なさげな表情を浮かべつつそう答えるガラナ。曰く、この火吹き島に、ひいては『群青の海岸』そのものにも変わったことは起こっていないという。

 "エンテイは"かざんポケモン"の異名を持つポケモン、故に姿を現すのはヒスイ唯一の活火山である火吹き島の可能性が高い"……というデンボクの推論に従い勇んで火吹き島へと足を運んだショウであったが、残念ながらその推論は誤りであったらしい。

 如何にも信憑性が高いと思われた推論が外れたことを残念に思いつつ、ガラナへと礼を述べ火吹き島を後にするショウ。イダイトウの背に揺られベースキャンプへと戻る道すがら、彼女は思わず"ハア……"とため息を漏らした。

 

(これで調査は振り出し、かあ……)

 

 彼女がため息を吐くのも無理からぬこと。何せ、火吹き島は行方の知れぬエンテイを探し出す有力な手がかりであったのだ。それが空振りに終わり、調査が振り出しに戻ってしまったとなればため息の1つも吐きたくなるのも当然であった。

 

(ううん、良い方に考えよう。少なくともエンテイはこの『群青の海岸』付近にはいないってことは分かった。他の地域は各団が目を光らせているから、何か予兆があればすぐに情報が入ってくる……団長の予想通りエンテイがすでにヒスイ地方に現れているとすれば、そう遠くない内に手がかりが掴めるはず)

 

 "既に終わったことを悩んでも詮無きこと、その時間で次なる一手を考える方が余程有益である"と、そう自らを納得させ無理やり思考を切り替えたショウ。事実、少なくともこの『群青の海岸』一帯に『百獣夜行』(三聖獣)の影響が及んでいないことは分かった。この情報によりエンテイの出現するであろう場所をさらに絞り込むことができるだろう。それだけでも収穫だ。

 

(とにかく一度コトブキムラまで戻って次の調査の準備をしよう)

 

 と、そんなことを思いながらショウが調査拠点(海岸ベース)にほど近い『砂の手』へと上陸した……その時である。

 

「——?」

 

 彼女の腰に着けたポケモンボール、その内の1つがカタカタと震えだした。

 

「……バクフーン?」

 

 不思議に思った彼女が手に取ってみれば、それは彼女がラベン博士より譲り受けたポケモンの一匹——"おにびポケモン"バクフーンが収まるボールであった。

 彼女の掌の上で、さらにボールの震えがさらに激しくなる。それはまるで自らを出せと訴えているかのようで、突然のことに困惑しつつショウはボールよりバクフーンを解放する。

 

 ——バギュア!

 

 ボールより飛び出し、砂浜へと着地したバクフーン。飛び出すや否や彼はすぐさま頸より揺らめく鬼火を吹き出し、何かを探る様にしきりに周囲を見回し始めた。

 

「バクフーン? 一体、どうしたの?」

 

 何やらただならぬ様子の相棒に、一体どうしたのかと問うショウ。

 だがバクフーンがそれに応えることはなく、ただただ視線を彼方此方に飛ばすのみ。

 

 ——!

 

 と、唐突に彷徨っていたバクフーンの視線が一点へ固定される。そのまま凝視し続けることしばし、弾かれたようにバクフーンは駆け出した。

 

「あ、バクフーン!?」

 

 やおら駆け出した相棒の様子に当惑しつつ、慌ててその後を追うショウ。

 やがてバクフーンは波打ち際で立ち止まると背後を振り返り、後を追って来るショウに"こちらへ来い"と言うかのように一声鳴いた。

 

(私を呼んでる……?)

 

 明らかにこちらを呼ぶような素振りの相棒に疑問を抱きつつ、ショウは足早に相棒の隣へと向かう。

 そうしてショウがバクフーンの傍らまでたどり着くと、バクフーンは困惑の表情を浮かべるショウに目くばせしつつ、前方のある一点を指差しながら再び"ばぎゅあ"と鳴いた。

 

(あっちを見ろ……って、こと?)

 

 さながら"そちらを見ろ"とでも言わんばかりの相棒の様子を不思議に思いつつも、素直に彼の指差す方向を見るショウ。

 だが、どれだけ目を凝らしても異変と呼べるようなものは何もなく、目に映るのは『静かな内海』の穏やかな風景のみ。果たしてこれがバクフーンの見せたいものであったのか、と頭を捻った……その時。

 

(……!)

 

 彼女の視界が何かキラりと光るものを捉えた。

 

(何だろう?)

 

 昼下がりの陽光を反射し、キラキラと輝きながら波間を漂うそれは潮の流れに乗って少しづつこちらへ近づいてきているようであった。

 "もしやあれがバクフーンの見せたかったものなのか"と、どうしても気になったショウは腰まで水に浸かりながら漂うそれへと近づき、拾い上げる。

 

「これって……」

 

 瞬間、思わずしてショウは目を瞠る。

 

(……羽根?)

 

 ————それは一枚の鳥ポケモンの羽根であった。

 

(……とうめいな、はね)

 

 恐らく何日も海を漂ってきただろうにもかかわらず、その羽根はまるでついさっき抜け落ちたばかりのように真新しい。水晶の如く透き通る羽根を日差しにかざしてみれば光の具合で様々にその色彩を変化させた。

 その神秘的で美しい輝きにどうしてだかショウは強く惹きつけられるものを感じた。

 

(——綺麗)

 

 手の中で微かに煌く"透明(とうめい)羽根(はね)"。それは、まるでこの羽根が彼女の手に渡ること自体が定まったものであるかのような……この羽根自身が彼女を呼び寄せたかのような、摩訶不思議な感覚。

 そんな感覚に囚われたまま、ショウはしばし手にした"透明(とうめい)羽根(はね)"を見つめ続けた。

 

「——ショウ殿! 何をしておられるのですか!?

 

 が、それは唐突に途切れることとなった。

 

「うぇ!?」

 

 突如として耳朶を打った大声。内海全体に響くような自らの名を呼ぶ声に、思わず変な声を出しながらショウは我に返る。

 

(うわあ、ぼんやりしちゃってた!)

 

 いくらベースキャンプにほど近いとはいえ、攻撃的な野生ポケモンが跳梁跋扈する環境下でぼんやりとしてしまった。その危険性にいまさら気が付き、慌てて頭を振って意識を覚醒させる。

 そうして声のした方を振り向けば、ベースキャンプの方角より物見の警備隊員が走り寄ってくるのが見えた。合わせて彼女も慌てて砂浜へと上がる。

 

「ショウ殿……! 良かった、海の只中にて立ち止まっておられた時はどうしたのかと心配しましたぞ……!」

「す、すみません。ちょっとぼんやりしてしまって……」

 

 ハアハアと荒い息を吐きながら、ショウの元へとやって来た警備隊員。

 彼女が海の只中で佇んでいたことで良からぬ事態を想像したのか、相当に慌てた様子であった。

 

「?」

 

 その時、焦る警備隊の様子にショウはただの心配のみならぬ、何か不穏なものを感じ取る。

 

(何か、あったのでしょうか……?)

 

 果たして彼女の感じたその予感は、警備隊より発せられた次の言葉により的中することとなった。

 

「——ギンガ団本部より緊急連絡です! "コトブキムラに『百獣夜行』襲来。全団員は速やかに帰還せよ"、と……!」

「——!!!」

 

 コトブキムラへの『百獣夜行』襲来。

 ギンガ団が万が一にと備え——同時に、最も恐れていた事態が発生した。

 

「……警備隊は既に帰還準備を進めています。ショウ殿もお早く!」

「! 分かりました!」

 

 帰還準備を進めているという警備隊員の言葉に促され、ショウはベースキャンプへと駆け出した。

 

 ——ポーチの中へ無意識のうちに先ほど拾った"透明な羽根"をねじ込んで。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ——時は『群青の海岸』へと帰還命令が届けられる前のこと。

 

「——団長、状況はいかがでしょうか?」

「うむう、見ての通りだ。未だ動きはないが、正直いつ事が起きてもおかしくはない」

 

 場所はギンガ団本部、最上階バルコニー。

 状況を問うシマボシに、眼前の景色を示しながらデンボクは答えた。

 彼の差し示す先、普段であれば疎らに森林が広がっている筈の場所。

 そこは今、天よりドス黒い炎とも靄とも見える瘴気が降り注ぎ、もうもうと立ち込めるそれによって完全に閉ざされていた。

 

 事は今より遡ること数時間前、デンボクの元へとコトブキムラ近傍の空に突如として"時空の歪み"らしきものが確認されたとの一報が齎されたことに始まる。

 報告が齎された当初、デンボクは警備隊に監視を強化するよう命じたのみで、特別な対応を取るようなことはしなかった。何故なら"時空の歪み"はヒスイ地方において取り立て珍しいものではなく、無暗に侵入しなければ大きな害はないと認識されていたからである。

 確かに"時空の歪み"内に出現した強力なポケモンの影響で野生ポケモンの移動が起きることこそあるものの、それだけ。歪み内に出現したポケモンは歪みが収まると同時に——捕獲した場合を除けば——自然消失し、"時空の歪み"そのものも精々数時間程度しか持続することはない。故に移動した野生ポケモンが誤ってムラ内に迷い込まぬか見張るのみでよい……と、そう判断したのだ。

 が、そんなデンボクの判断はしかし、続いて齎された情報によりすぐさま覆ることなった。

 

 齎された新たなる情報。それは今まで確認された"時空の歪み"と明らかに異なる特徴を備えているというものであった。

 ヒスイ地方にて確認される"時空の歪み"はその頂上付近に、天に開いた()()()のような部分を備えていることがほとんどである。しかし、此度発生したものは従来確認されたどれとも似つかぬ……さながら虚空に穿たれた()のような形状を有しており、さらにはそこから黒い瘴気が無尽蔵に湧き出し、地上へと降り注いでいるのだという。

 ヒスイにおいて一度たりとも確認されたことのない、異形異質にして奇奇怪怪なる"時空の歪み"。されどそれより瘴気が——炎とも靄とも見まごう"黒い霊気(オーラ)"が漏れ出ているとの情報を聞き及び、デンボクは直感的に察した。

 

 ——これは『百獣夜行』の前触れである、と。

 

 これを受けてデンボクはすぐさまにヒスイ各地へ散らばった戦闘可能なギンガ団員を招集。同時にコトブキムラに残留していた団員たちへ、住人の避難および対『百獣夜行』の警戒態勢を取らせたのである。

 

「住人のたち避難の状況は?」

「およそ4割ほどです」

 

 傍らのシマボシに住人の避難状況を問うデンボク。

 帰ってきた答えは、まだ半数以上の住人がコトブキムラに残っているという事実。

 急故に仕方のないことであるが、遅々として進まぬ住人の避難にデンボクは思わず唸ってしまった——そのとき。

 

「……む?」

 

 ——オオオオォォォォ!!

 ——ギュウルルルル!!

 ——ギギギィィィィガアアアアア!!

 

 デンボクの耳を打つ、不気味な唸り声。

 同時に、足裏に感ずる微かな振動。

 決して幻覚の類いなどではない。その証拠にデンボクのみならず傍らのシマボシもまた、デンボクと同一の感覚を感じ取っていた。

 

 そしてそれは黒煙に閉ざされた森の彼方より響き、少しづつ此方へ近づいているようであった。

 

「……住人の避難を急がせよ。どうやら、動き出したようだ」

「——は」

 

 唸り声の響く方角を見据え、デンボクは静かな声でそう命じる。

 命を受けたシマボシは短く了解の意を告げた後、踵を返しムラへと戻っていく。

 

「……来るならば、来てみよ。コトブキムラを我が故郷の二の舞にはさせぬ……!」

 

 おのれ以外に誰も居なくなったバルコニーで、デンボクは一人呟く。

 手すりがギシギシと音を立てるほどに強く握りしめ、眼前に、炎に包まれたかつての故郷の姿を幻視しながら。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ———キュエエエエエン!!

 

 高らかな嘶きを上げてアヤシシが疾駆する。

 野を越え、山を越え、風のような速さで。

 人の手の入らぬ原生の地形をものともせず、ヒスイの大地を軽やかに走り抜けるその様は、まさしくシンオウの加護を受けしライドポケモンの面目躍如であった。

 

 そんなアヤシシの背に跨るのは、ギンガ団調査隊員ショウ。

 彼女は他団員と別れただ一人、コトブキムラを目指すヒスイ東端から西端への単騎行の真っ只中であった。

 

 なぜ彼女は同行していた警備隊と離れ、ヒスイの大地を一人駆けているのか——事の発端はデンボクの伝令により『群青の海岸』を後にした、その直後のことである。

 コトブキムラに『百獣夜行』襲来の報を受け、『群青の海岸』より可及的速やかに帰還せんと急ぐ団員たち。しかし、『群青の海岸』が位置するのはヒスイ地方の東端。ここからコトブキムラの間には天冠山(テンガンざん)に連なる峻険の峰々が横たわっており、徒歩ではどうあがいても救援に間に合わない。

 ムラまでの道のりを勘定し、そう結論づけた一行は、故に非常手段に打って出た。

 

 即ち、ライドポケモンを使った強行突破。

 ライドポケモンという圧倒的な機動力を持つショウが、その力を以ってコトブキムラまでの道のりを走破するというものである。これならば十数人の警備隊と連れ立って行くよりも、よほど速くコトブキムラへとたどり着けるだろう。

 もちろん警備隊を伴わぬ単独での強行突破だ。万が一事故にでも遭えば命を落とす可能性は極めて高い……が、それでもショウは強行突破に賛同した。

 それは無論彼女がライドポケモン・アヤシシの力を知り尽くし、その能力に信を置いているということもある。だが、何よりも今はコトブキムラの一大事。ギンガ団存亡の危機となれば多少のリスクに目を瞑ってでもやる価値はあった。

 

 かくして実行された、ショウ単独によるヒスイ横断騎行。

 その道のりにて深山幽谷に潜む数多の障害に直面し、時として危うい目に遭いつつもライド(シンオウの加護受けし特別な)ポケモンであるアヤシシの力、そしてギンガ団最高戦力と謳われるショウのポケモンの腕前で以って切り抜け……とうとうコトブキムラ近傍まで辿り着いたのであった。

 

 ———フウゥ……! フウゥ……!

 

「アヤシシ様、ありがとうございました! しばらくお休みになってください」

 

 彼女らが辿り着いたのはコトブキムラの南、『始まりの浜』のほど近く。時は宵の内をとうに過ぎ、中天にかかる弓張月の幽玄なる輝きが大地を照らす頃。

 休みなしの強行軍により汗だくで荒い息を吐くアヤシシに労いの言葉をかけた後、ショウはその背より飛び降り大急ぎで駆けだす。

 しばしの疾走の後、辿り着いた『始まりの浜』にはコトブキムラから避難してきたのであろう、大勢の住人たちがひしめき合っていた。

 

「——そこで止まれ! 何者だ!」

 

 と、そこで人のひしめく『始まりの浜』へと駆け込んできた人影を警戒したのだろう、住人たちを誘導していた警備隊から誰何(すいか)の声がかかる。

 そのまま警戒しながらショウへと近づいてくる隊員たち。ある程度近づいたところで正体に気が付いたか、その顔に驚きの表情が浮かんだ。

 

「あ、あんた、確か調査隊の!?」

「ショウです、本部より命令を受け帰還しました!」

「そうだったのか。いや、助かった。あんた程の実力者が来てくれりゃあ心強い!」

 

 どうやら隊員たちはショウの実績を知っていたらしい。緊張を孕んでいた顔に僅かに安堵の色が浮かんだ。

 隊員たちの警戒心が解かれたことを見て取ったショウは彼らに現在の状況を尋ねる。

 

「それで、今の状況は?」

「ああ。——西の森からポケモンたちが大挙して押し寄せてきてな。大部分は団長たちが表門の方で何とか食い止めてるが、空を飛べるヤツが何匹かムラに入り込んじまったらしい」

「!」

「表門の部隊を割いて対応してるって話だが……正直いつ『始まり浜(こっち)』に来てもおかしくない。スマねえが、あんた入り込んだそいつらをどうにかしてくれねえか?」

「——了解しました!」

 

 隊員たちよりムラへ侵入したポケモンたちの討伐を依頼され、二つ返事で承諾するショウ。隊員たちへの礼もそこそこ、人混みを掻き分けムラの方角へと走っていく。

 ムラの方角からは低い唸り声と跫音(あしおと)が鳴り響き、時おり技の炸裂するような破砕音も聞こえてくる。どうやらムラ内では激しい戦闘が繰り広げられているらしい。ならば、対応する部隊へ一刻も早く助太刀せねばと、ショウは足を速める。

 

 そうして彼女がムラの中に一歩足を踏み入れた、その瞬間。

 

「!!」

 

 彼女目がけ降り注ぐ、"殺気"。

 危機告げる自らの直感に従いショウはすぐさま前転、その場より全力で飛び退いた。

 

 【シャドーボール】

 

 刹那、先ほどまで彼女の居た位置に着弾する霊気の弾丸。ショウ目掛けて放たれたであろうそれは、しかしコトブキムラの路面を僅かに削るだけに終わった。

 自ら目掛けて放たれた【シャドーボール】を紙一重で躱したショウ。そのまま彼女は殺気の降り注ぐ方向——上空を見上げ、先の攻撃の下手人の姿を捉える。

 

 ——ぶうわぶうわぶうひひぃい……!

 

「フワライド……!」

 

 捕えたのは夜天に浮かぶ、巨大な気球に酷似したポケモン——"ききゅうポケモン"フワライド。

 夜間にヒスイ地方の各地で姿を見せる、非常に厄介なポケモンだ。おまけに視線の先のフワライドは全身から暗闇でもハッキリと視認できる程の漆黒の霊気(オーラ)を放ち、その目は闇夜に浮かぶ火の玉のごとく爛々と紅く輝いていた。

 その異様な姿は紛れもなく、『百獣夜行』に侵されたポケモンのそれであった。

 

 ——ぶわわわわわ……!

 

 中空に浮かぶフワライドが、今度こそ逃した獲物を仕留めんと再びゴーストエネルギーを集束させる。

 だがしかし、敵の無防備な行動(次の攻撃の準備)をみすみす見逃す程ショウ(ヒスイを救った英雄)は甘くない。

 

「——ハッ!」

 

 目にも留まらぬ速さでポーチより取り出したるは、複数個の"ねばりだま"。取り出した勢いそのままに、正確無比な投擲でもってフワライドへと投げつける。

 

 ——ぶうわ……!?

 

 叩き込まれた"ねばりだま"が体表にて炸裂し、フワライドの動きを鈍らせる。その隙にショウは素早く背後に回り込むと、フワライドの無防備な背面目掛けポケモンボールを叩きつけた。

 

「お願い! バクフーン!」

 

 ——ばぎゅあ!

 

 快音とともにボールが開き、中より現れたのは彼女の相棒・バクフーン。頸部の紋様より紫炎を吹き出し、常の気怠さはどこへやら、意気軒昂の面持ちで眼前の(フワライド)へと対峙する。

 一方の不意を打たれたフワライドはフラつき、うまく動けない有様。そしてショウがその隙だらけの状態を逃すことはなく——すぐさま相棒へ必殺の連続技(コンボ)を指示した。

 

「バクフーン! "素早く"【ひゃっきやこう】!」

 

 ——ばぎゅううん!

 

 "早業"【ひゃっきやこう】

 

 バクフーンの噴き出す紫炎が勢いを増し、怨霊を模した業火の弾丸となって撃ち出される。

 瞬息を以って放たれたそれは寸分違わずフワライドの胴体へ命中、その身に黒く火傷を負わせた。

 

「もう一度! バクフーン、今度は"力強く"【ひゃっきやこう】!!」

 

 ——ばぎゅあああ!!

 

 ショウの指示を受け、バクフーンの噴き出す炎の勢いが増す。

 轟々と燃え盛る紫炎はさながら罪科を焼き清める煉獄の業火が如く。

 

 "力業"【ひゃっきやこう】

 

 再び放たれる業火の弾丸。速度は先よりもやや遅く、しかし秘められた威力は倍以上。

 そして、不意を打たれうまく体を動かせぬフワライドにそれを避ける術などなく。放たれた弾丸は爆炎となってその体を嘗め尽くした。

 

 ——ぶわわわ~~~~~!?

 

 力業による威力上昇、弱点タイプによるダメージ増加、そしてやけど状態による威力倍化……それらの要素を併せた膨大なダメージがフワライドへと叩き込まれる。果たして、いかにしぶとさ(タフネス)に優れるフワライドといえども、これ程の一撃を耐えられる筈もなく。爆炎が収まった後、黒焦げとなって大地へ落下したのであった。

 

「……ふう」

 

 地面に落下したフワライドがピクリとも動かないことを確認し、戦闘態勢を解くショウ。

 その時、彼女はふと気づく。

 

「……霊気(オーラ)が消えてる?」

 

 先ほどまでフワライドの体を覆っていた黒い霊気(オーラ)、それが綺麗さっぱり消え去っているのだ。

 

「——もしかして、意識を失うほどのダメージを与えたから?」

 

 目の前で起きた現象から、"もしや意識をダメージを与えれば『百獣夜行』による凶暴化は解除されるのではないか"、と推察するショウ。

 だがしかし。忘るるなかれ、今のコトブキムラは鉄火場の真っ只中。そして鉄火場においての警戒の怠りは、まさしく致命的な隙に他ならなかった。

 

 ——ぶうわぶうわ……!!

 

「ッ!!」

 

 自らの思考へ気を取られていたショウ……その背後より、殺気の込められた鳴き声が響く。振り向けば、そこには既に【シャドーボール】の発射準備を終えたもう一匹のフワライドの姿。

 どうやら先の戦闘の最中にショウを補足し、気が付かれぬよう背後へと忍び寄っていたようだ。

 

(マズい、避けられ……ッ!)

 

 自分はいま背後を突かれ、無防備な姿を晒している。【シャドーボール】は発射される寸前、この距離では今から回避行動を取ろうと間に合わない。

 頼りになる相棒は今、数メートル離れた位置。とてもでは無いがこちらへ駆けつける猶予はない。

 

 ——自身への直撃は避けられない。

 

 刹那の間にそう判断したショウは、せめてもの防衛として腕で自らの体を覆う。

 そして次の瞬間、自らの身を襲う衝撃を覚悟し——。

 

 

 

 

 

 

「ケーシィ、【チャージビーム】」

 

 

 

 

 

 

 しかし、衝撃が彼女を襲うことは無かった。

 代わって届いたのはどこか聞き覚えのある声と——フワライドを吹き飛ばした一条の雷光(【チャージビーム】)

 

 吹き飛ばされた衝撃で、【シャドーボール】が霧散する。不意を打たれた弱点タイプの一撃で体勢を崩したフワライド。果たして声の主はその隙を見逃すことなく、トドメの一撃を撃ち放つ。

 

「"力強く"【シャドーボール】」

 

 ——シィ……!

 

 無防備な胴体に叩き込まれる、強烈な破壊力を秘めた霊気の弾丸(シャドーボール)。果たして直撃を受けたフワライドはフラフラと地面へ墜落し、完全に戦闘不能(ひんし状態)となった。

 僅か二手でポケモンを仕留めてみせた、乱入者の鮮やかな手並み。その鮮やかさに思わず見惚れていたショウに、乱入者はどこか呆れたような様子で声をかけた。

 

「——無事か?」

「た、隊長ッ!?」

 

 ショウの危機を救った乱入者。それは紛れもなく彼女の上司であるギンガ団調査隊隊長——シマボシであった。

 

「なにを呆けている。ここは危険地帯の真っ只中、油断は禁物だ」

「あ……す、すみません、隊長! つい考え事をしてしまって……」

 

 鉄火場の只中にて呆けていた自身を窘めるシマボシの言葉に、ショウは思わず恐縮する。

 

「気を引き締めろ。戦場では一瞬の気の弛みが命取りとなる」

「はい、申し訳ありません……。でも、本当に驚きました。まさか隊長があれほどの実力をお持ちだなんて」

「……昔取った杵柄のようなものだ」

 

 と、意外そうに言うショウにシマボシは一言そう答える。

 ——ショウは預かりしらぬ話であるが、調査隊設立以前のシマボシは元・警備隊の所属……それも隊長ペリーラより一目置かれるほどの実力者である。後に調査隊隊長の任を拝命し警備隊より離れたものの、生真面目な彼女は腕を訛らせぬよう鍛錬を欠かしておらず、未だ往時の実力を維持していた……という訳であった。

 とはいえ、それはあくまでも私的(プライベート)な話。よってショウの疑問には一言述べるのみで止め、話を本筋へと戻す。

 

「私の事についてはどうでもよい。——それより、迅速な帰還およびムラ内に入り込んだポケモンの対処ご苦労だった」

「は、はい!」

「ムラに入り込んだ個体は先の2匹で最後。よって、これより本陣へと戻る。キミも共に——」

 

 "ついてきたまえ"と、シマボシがそう言葉を続けようとした……その瞬間であった。

 

 

 

 ——どっごおおご!!

 

 

 

「——な!?」

「キャア!?」

 

 突如として二人を襲う、振動。

 同時にムラ中に響き渡る、耳をつんざく爆発音。

 意識の外より降りかかった異常事態に、二人は弾かれたように顔を上げる。

 

「これは……!」

「まさか……!」

 

 先の爆発音と振動、伝わってきたのは他ならぬコトブキムラ表門の方角(対『百獣夜行』最前線)

 "前線にて何か尋常ならざる事態が起こった"……そう直感的に悟る二人。

 そして、そんな二人の直感は直後に響いた大気を震わせる()()により裏付けられる。

 

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 

「「!!!」」

 

 耳朶を打つ()れ鐘のような叫び声。

 それは恐るべき威圧感と圧倒的なまでの存在感を伴って、二人の身心に圧し掛かった。

 まき散らされるプレッシャーに、ショウは自らの肌が粟立つのを感じる。

 

 間違いない。裏門(ここ)から表門までそれなりの距離があるにも関わらず、これほどの存在感を放つもの……そんなの"伝説"と謳われるポケモン以外に考えられない。

 そして今、この状況においてコトブキムラに姿を現わす可能性のある伝説のポケモンなど——ただの一匹しか存在しない。

 即ち、『百獣夜行』の元凶たる三聖獣が一角。雷の獣(ライコウ)水の獣(スイクン)に続く最後の一匹。

 

「「——エンテイ!」」

 

 頭に過ぎるその名を全く同時に呟き、二人は顔を見合わせる。

 考え得る限り最悪の、しかし、ある意味ではもっとも想定されていた可能性。"伝説のポケモン"によるコトブキムラ侵攻……それが今、現実となったのだ。

 

「……急ぐぞ」

「……はい!」

 

 交わす言葉は最小限に、そして可能限り迅速に二人はその場より駆け出す。

 目指す先は対『百獣夜行』最前線——コトブキムラ表門である。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 時はショウがムラへと帰還した直後のこと。

 

 コトブキムラ表門、ギンガ団本陣。

 迫る『百獣夜行』に対抗すべく門前へ構えられたそこにデンボクは居た。

 彼の佇まいはかつての異変の際と同様、ガラル伝来の鎧を身に着けた厳然たるもの。矢継ぎ早に舞い込む戦況報告を把握し、守備隊を差配する様はさながら歴戦の将が如く。正しくギンガ団を率いる団長として八面六臂の活躍を見せていた。

 

「戻ったぞ、デンボク」

「——ムベか」

 

 と。そんなデンボクへと声を掛ける男が一人。

 白を基調とした忍装束を身に纏う老齢の男性——名をムベ。定食屋「イモヅル亭」の店主にして、デンボクの懐刀たる人物である。

 

「ご苦労。して、侵入したポケモンたちは?」

「おおよそは討ち取った。ムラへの被害もほぼなしだ。残りは掃討部隊(シマボシ隊長たち)が片付けるだろう」

「うむう」

 

 侵入したポケモンたちを討伐したというムベの報告にデンボクは鷹揚に頷く。

 押し寄せる『百獣夜行』を捌き切れず数匹のひこうポケモンの侵入を許してしまった時は思わず冷や汗が出る想いであったが、どうにかおおよそ片付いたようだ。ムラや住人に大きな被害を出すことなく対処できたことにデンボクは内心胸を撫で下ろした。

 

「それで、こちら(前線)の状況はどうだ?」

「うむう、相変わらずだ。設備・人員ともに大きな被害はない」

 

 日暮れとともに始まった、ギンガ団による対『百獣夜行』防衛戦。その推移は——先ほどのひこうポケモンたちの侵入を除けば——順調そのものであった。

 

 押し寄せる波浪の如き『百獣夜行』。その勢いを受け止めるのは常とは異なる要塞染みた姿へと生まれ変わったコトブキムラの表門。

 門の外面、ムラ外側にはポケモンたちの進撃の勢いを削ぐべく、傍を流れる小川を利用した(ほり)と無数の乱杭が備えられている。門の左右には土塁が盛られ、ポケモンたちの侵入を防ぐ逆茂木(さかもぎ)がズラリと並ぶ。さらに内側には増設された物見櫓が立ち並び、配備された隊員が空からの攻撃に警戒していた。

 門を隔てた内側は周辺の建物が解体された広場*2と化しており、さらにはそれを囲むようにぐるりと身を隠す置き盾と阻塞(バリケード)が設置され、表門を突破された際の二重の護りとしていた。

 限りある資材を惜しみなく投入し、ポケモンたちの手すら借りて整えられた迎撃設備。それはまさしく人とポケモン……二つの異なる種族が力を合わせ作り上げた新時代の建築物。ギンガ団の持つ先進技術とポケモンたちの馬力が組み合わされることで形作られたそれは、ヒスイ地方において並ぶ者無き堅牢さで以って見事、『百獣夜行』の侵攻よりコトブキムラを守り抜いていた。

 

「そう、か」

「うむう……侵攻するポケモンの数が想定より少なかったのも幸いであった。『百獣夜行』は少しづつ勢いを削がれつつある、このまま()()()()()()()夜明けには『百獣夜行』は鎮静するだろう」

 

 敵は想定より少数。迎撃も順調。このまま何も無ければ『百獣夜行』は終わるだろう——と、答えるデンボク。

 だが、しかし。

 

「何事もなければ……か。それはつまり」

「うむう。()()()()()()()()()……そんなことありえんだろう」

 

 "このまま何事も無ければ終わるだろう"、そんな楽観的な展望をデンボクは"ありえない"と切って捨てる。

 

(ああ、そうだ。此度の『百獣夜行』、襲撃してきたポケモンがあまりにも少な過ぎる)

 

 思い起こすのはセキ・カイより聞き及びし、両団の里を襲った『百獣夜行』のこと。

 彼ら曰く、何の予兆もなく突如として姿形も千差万別のポケモンたちが大挙して里へとなだれ込んできたのだという。混乱状態ゆえに断片的な情報は多いものの、突き合わせれば両団の里を襲った『百獣夜行』には概ねこのような共通点が存在していた。

 

 翻って、此度コトブキムラを襲った『百獣夜行』はどうか。

 『百獣夜行』襲来前に奇妙な『時空の歪み』という明確な前兆。

 狂乱こそしてはいるものの、明らかに少ない数のポケモンたち。

 おまけにその内訳といえばオヤブン級はおろか、進化した個体すらもまばらな雑兵の群れ。

 ——とてもシンジュ・コンゴウ両団の里を襲った災厄と同じとは思えぬ。

 

 そして何より。

 

「未だ、元凶が姿を見せておらん……!」

 

 『百獣夜行』の元凶と思しき存在、伝説の三聖獣がその姿を見せていない。

 故に此度の襲撃、まだ一波乱ある。デンボクはそう確信していた。

 

「"元凶"……かの聖獣がこのムラを襲う、と貴様はそう見ているのか」

「いかにも……!」

 

 未だ姿を見せぬ『百獣夜行』の元凶が、恐るべき力を持つ聖獣がムラに襲撃を仕掛けてくる。

 顔に剣呑な表情を浮かべそう断言するデンボク。そんな彼の様子にムベはしばし目を伏せた後、再び口を開く。

 

「……デンボクよ、敢えて言っておくぞ。ここは我らの故郷ではない、コトブキムラだ。そして貴様はこのムラの全てを率いる立場。即ち、ムラの住まうもの全ての命が貴様の双肩にかかっている。忘れるなよ、貴様の命は貴様だけのものではない。一時の感情に身を任せ、無茶することは許されんのだ」

 

 忠誠を誓う腹心として、そして誰よりも間近で人生を見てきた友として、ムベはそう諫言する。

 

 シノビとして影に徹するムベが直に言葉として伝える。

 そうせざるを得ない程に今のデンボクの状態は危ういものであった。

 ——何せ此度の『百獣夜行』、ともすれば先の異変以上にデンボクの記憶(トラウマ)を掘り起こしかねないものなのだから。

 

「……そんなことは分かっている」

「ならばよい」

 

 バツが悪そうに視線を逸らしながら"分かっている"と答えたデンボクに若干溜め息を漏らしつつ、それ以上の追及はやめるムベ。

 

「辺りを哨戒してこよう。物見の兵にも"警戒を怠らぬように"と伝えてくる」

「うむう、頼んだぞムベ」

 

 そのまま彼が本陣を後にしようと踵を返した、その瞬間であった。

 

「——報告! 報告!」

 

 突如、声を張り上げながら本陣へと駆けこんでくる団員。

 彼は陣内にデンボクの姿を見つけるやすぐさまに走り寄ってくる。

 

「どうした、何があった?」

「はあはあ……物見の兵より、報告です! 西の森の『時空の歪み』に動きあり、何者かが『百獣夜行』を散らしつつ恐ろしい速さで向かってきている、と……!」

「——何だと!?」

 

 それはまさしく風雲急を告げる報。

 "西の森に開いた『時空の歪み』より、コトブキムラへと接近する影あり"。それを聞き及んだデンボクは瞬時に悟る、とうとう()()が動きだしたのだと。

 

「(とうとう来おったか……!) ——総員に通達! "三聖獣接近せり、直ちに配置に就け"!」

「了解!」

 

 デンボクの叫声に本陣へ詰めていた団員たちが慌ただしく動き出す。

 瞬く間に防衛線全域へと伝えられる命令。団員たちはすぐさま事前の手筈にしたがって陣形を変える——大勢のポケモンを相手取るもの(対『百獣夜行』)からたった一匹を仕留めるためのもの(対"三聖獣")へと。

 そうして全ての兵が配置に就いた、まさにその刹那。

 

 

 

 ——どっごおおご!!

 

 

 

 轟音、振動——そして、衝撃。

 

 恐ろしい速度で接近した()()が表門へと衝突し、その重厚なる門扉を()()する。

 衝突の衝撃で巻き上がる土煙。視界を塞がれ、門扉を破砕した何かの姿を見ることは叶わない。

 

「ッ!!」

 

 だが……例え姿は見えずとも、その存在はハッキリと感じ取れる。

 全身に圧し掛かる桁外れの重圧(プレッシャー)。それはかつての異変で荒ぶる「(シンオウさま)」と対峙した時と同等——否、それ以上。

 デンボクは確信する。間違いない、目と鼻の先に伝説のポケモン(人智を超越した怪物)が居る、と。

 

 そして、かようなデンボクの確信を裏付けるかの如く——怪物が現れる。

 

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 

 デンボクの耳朶を打つ、咆哮。

 正しく天地を震わせるほどの轟音に、立ち込めていた土煙が吹き散らされる。

 遮るものの無くなり、一挙に開けた視界。

 映ったのは月明かりに照らされ威風堂々と立つ、一頭の獣の姿であった。

 

 体を覆う漆黒の毛並み。月光を反射し僅かに艶めく様は、さながら磨き抜かれた黒曜石の如く。

 胸元より伸びるのは樺色の体毛。それはまるでひび割れより覗く、煮えたぎった溶岩のよう。

 背よりたなびく黄土色のたてがみは、地より噴き出す噴煙を思わせ。

 額に白亜の双角を戴くその相貌は鬼面を纏うかの如く荒々しく、そして禍々しい。

 

 表門に大穴を穿ち、圧倒的な威圧感を以って佇む獣の姿。

 記憶にあるものとは確かに異なる特徴を備えているが……間違いない。

 

「——エンテイッ!」

 

 "かざんポケモン"エンテイ。

 ジョウト地方(故郷)に語られし伝説の三聖獣、その最後の一匹に他ならなかった。

 

 堅牢なる表門を容易く粉砕し、コトブキムラへと足を踏み入れたエンテイ。伝説に語られるポケモン、その荒々しき姿を目の当たりにし、思わずたじろぐ団員たち。

 

 ——がえん!!

 

 次の瞬間、そんな彼らの眼前でエンテイが再び()えた。

 続いて身をぶるりと一震い。まるで目障りな塵芥を一掃するかの如く、エンテイより漆黒の炎にも似た霊気(オーラ)が解き放たれる。

 

 

 

エンテイは おぞましい力を解き放った!

 

 

 

「ッ、総員! 物陰に身を隠せ! 黒炎には絶対に触れるな!」

 

 地を舐めるかの如く押し寄せる霊気(オーラ)。デンボクは団員たちにすぐさま物陰へと身を隠すよう指示すると、自らも手近な置盾の裏側へと滑り込む。

 刹那、身も凍るような寒気とともに黒い霊気(オーラ)がデンボクの隠れる盾へと衝突した。だが……。

 

(……よし! 対策は有効であったか!)

 

 押し寄せる霊気(オーラ)が背後へと流れていくのを感じながら、デンボクは施した対策が正しかったことを確信する。

 ヒスイに現れし聖獣たちが放つ黒い霊気(オーラ)。それは触れた者の活力を奪い、その精神を狂乱の檻に閉ざす極めて厄介な代物だ。事実、過去に聖獣と対峙したショウはこの霊気(オーラ)が原因で二度も敗れることとなった。

 よって、コトブキムラへの聖獣の侵攻を考えた際、これに対抗するためにはこの黒い霊気(オーラ)への対策が必須。しかし、その正体も良くしれぬ霊気(オーラ)なるものを如何にして防ぐのか——ヒントとなったのは二度目の『百獣夜行』調査、ショウが深緑のスイクンと対峙した際の報告であった。

 曰く、放たれた霊気からショウを守るべく彼女の相棒ダイケンキがその身を呈して庇った際、霊気を浴びたダイケンキは暴走状態となったものの、ショウ自身はその影響より逃れられた、と。

 ——果たしてショウから齎されたこの報告により、デンボクはこの霊気(オーラ)に関してある予測を立てる。即ち、この黒い霊気(オーラ)()()()()()()()()()()()()のではないか、と。

 凶悪な性能に反する、あまりにも単純な弱点予想。しかしこれ以外には特に有効な対策案も出ず。よってこの予想を"真"と仮定し対策は練られることとなる。

 そして今、その予測は正しかったことが証明された。

 

 迫る漆黒の霊気はデンボクが身を隠す盾にぶつかるが、それまで。

 そして霊気(オーラ)が過ぎ去りし後も、身に寒気こそ感ずれど動けぬほどではない。ギンガ団が施した対策は間違いなく有効に働いていた。

 デンボクが盾の影より僅かに身を乗り出して見やれば、団員たちもみな遮蔽物に身を隠して無事だったのであろう、倒れ伏す者は一人もいなかった。

 

 ——!

 

 自らの放った霊気(オーラ)を凌がれた。障害物の裏からワラワラと姿を現した団員たちの姿を見とめ、エンテイもまたその事実に気が付いたようであった。

 "塵芥の分際で何と小賢しい"——果たしてエンテイが本当にそう思ったのか定かではない。しかし、目障りな塵芥を一掃出来なかったことで確かにエンテイは苛立っているように見えた。

 

 ——ガルルルル……!

 

 あるいは"霊気(オーラ)で一掃できぬのならば自らの手"で、と考えたのであろうか。低い唸り声を上げながら、エンテイが一歩足を踏み出す。それは眼前に姿を見せたニンゲン(デンボク)を屠るべく勢いを付けるための一歩。だが、しかし。何気ないその一歩はエンテイにとり、虎口へ飛び込む行為にならなかった。

 

 ——!!?

 

 地を蹴るべく踏み出された一歩。しかし、その先の踏みしめるべき大地が突如として消失する。代わって姿を現わしたのは地面にぽっかりと口を空けた、大きな大きな陥穽(おとしあな)

 戦場に敷かれた偽装が解かれ、宵闇に黒々とした姿をさらけ出した大穴。そこへ駆けだそうとした勢いのまま真っ逆さまに墜ちていくエンテイ。そのまま数秒の自由落下の後、穴の底へと着地する。

 穴はそれなりの深さがあったが、伝説とすら謳われるエンテイの身体能力からすればこの程度一飛びに脱出できる程度のもの。"この程度で己を拘束しようなどとは片腹痛い"、と。エンテイはニンゲンの浅知恵を嘲笑うかのように穴から脱出すべく四肢に力を込めて——。

 

 ——がえぃ!?

 

 そして気が付く。自らの体表にベットリと貼り付き、動きを鈍らせる何かの存在に。

 

 ——がえええい!

 

 四肢に貼り付き、その身を縛る何か。エンテイはそれを引き剥がさんと力の限り藻搔くも、藻搔けば藻搔くほどに拘束は強まっていき……とうとう身動きが取れなくなってしまう。

 エンテイの身を縛るもの。その正体はねばりだまの成分とむしポケモンの糸と組み合わせ作りだされた捕獲網(キャプチャーネット)であった。

 むしポケモン由来の凄まじい強靭性と柔軟性を有する拘束糸と、複数ぶつければ荒ぶるオヤブンポケモンすらも動きを止める粘着成分の混合物……それが穴の底にびっしりと敷き詰められていたのだ。いかな伝説のポケモンとてそう簡単に脱出することは叶わない。

 

 これこそがギンガ団が三聖獣を相手取るべく用意した策。圧倒的な力を持つ伝説のポケモンを相手に、その力を発揮させることなく一方的に攻撃できる状況を作り出す……古来より伝わる、自らより強い存在を相手取るためのニンゲンの知恵であった。

 

「——かかった! 総員、エンテイへ一斉攻撃! ヤツを確実に仕留めろ!」

「「「了解!」」」

 

 訪れた千載一遇の機会(チャンス)、ここを逃せば二度目はない。その認識を以って全団員へ攻撃を命じるデンボク。

 飛ばされた指令に団員たちはすぐさま相棒たちを繰り出すと、号令へ合わせて一斉に"わざ"を放った。

 

「コリンク、【10まんボルト】!」

「ブイゼル、【ハイドロポンプ】!」

「ズバット、【ヘドロばくだん】!」

「ドクケイル、【むしのさざめき】!」

 

 穴の底、身動きの取れぬエンテイへ雨あられと降り注ぐ"わざ"の数々。殺到するわざの余波で底を伺うことは出来ないが、しかし見えずともこれ程の波状攻撃を受ければ、いかなエンテイとて一溜まりもあるまい。

 

「……?」

 

 と、そう思考していたデンボクの耳がふと、聞き覚えの無い()()を捉えた。

 

 

 

 カチ……カチ……

 

 

 

 周囲に響くかすかな音。わざの炸裂する轟音に混じって聞こえたそれは何か固いもの同士をぶつけるような……そう丁度、燧石(ひうちいし)を打ち合わせるような。

 

「……まさか!」

 

 それに気が付いた瞬間、デンボクは顔を蒼褪めさせる。

 鉄火場の最中(このような場所)において、燧石を打ち合わせるような団員がいる筈もない。ならばこの異音の発生源はどこなのか? ……決まっている。

 

 この場に居るギンガ団団員以外の存在——即ち、穴の底のエンテイに他ならない。

 

「総員、攻勢を強めろ! ヤツの拘束が解け……!」

 

 エンテイ(ヤツ)の拘束が解けかけている。そう直感的に悟ったデンボクは団員たちへ攻勢を強めるよう指示を飛ばすも……時すでに遅し。

 彼が指示を言い切るその前に、戦場に"がちん"と一際大きな撥音(ばちおと)が鳴り響き。

 

「「「うわあ!?」」」

 

 刹那、陥穽より"轟"と音を立てながら巨大な火柱が噴き上がった。

 大地を揺るがす震動。昏き穴底より赫赫たる火が上がる様は、まさしく火吹く山が如く。

 そのあまりの衝撃に、思わずして団員たちは攻勢の手を止めてしまう。

 

「いかん!」

 

 ただの一撃で波状攻撃を頓挫させられ、デンボクは思わずして声を漏らす。

 ギンガ団の攻勢はエンテイの体力を削ると同時に、その身を穴の底に押し込めておくためのもの。ならば攻勢の手が止まるということは、エンテイを押し留める力が弱まったということに他ならず。

 

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 

 ——そして、怪物(モンスター)が再び姿を現わす。

 

 大気を震わせる咆哮とともに、燃え上がる火柱より飛び出す黒い影。

 現れたるは漆黒の体毛靡かせる伝説のポケモン……エンテイ。

 身体を所々煤けさせながらも、逞しき四肢で大地にしっかと仁王立つ様は、正しくその身が未だ戦闘可能(健在)であることを示していた。

 

 ——捕獲網(キャプチャーネット)を構成する素材は植物とむしポケモン由来の生体物質。故に極端な高熱(ほのおの力)に晒されれば強度は著しく下がってしまう。とはいえ、陥穽に仕掛けられた量となれば例え最終進化を果たしたほのおタイプのポケモンといえども脱出することはまず不可能の筈である。

 それをこうも容易く焼き切られた——その事実は正しくエンテイ(伝説のポケモン)が一般のポケモンと一線を隔す、埒外の力を有した怪物(モンスター)であることを物語っていた。

 

(チィ……仕留め切れなんだか!)

 

 健在のままエンテイに陥穽より脱出され、デンボクは歯噛みする。

 相手は伝説とすら謳われるほどの存在であり、その戦闘能力は絶大無比。まともに相対すれば例え討ち取ったとて大きな被害は免れぬ。故に、可能ならば何もさせぬままトドメを刺したかった。

 だが、過ぎ去ったことを後悔しても詮なきこと。湧いた不安をすぐさま追いやり、デンボクは伝説のポケモン(エンテイ)を目の前にして狼狽える団員たちを一喝する。

 

「——狼狽えるなッ! 例え罠より逃れたとてヤツは手負いッ! このまま一息に押し切るのだ! ――ゴローニャ!」

 

 同時に自らもボールより手持ちポケモン——"メガトンポケモン"ゴローニャを解放し、眼前の(エンテイ)めがけ攻撃を命ずる。

 

「ゆけい! "力強く"【アイアンヘッド】ォ!」

 

 ——ごろんごろん!

 

 主からの指示を受け、全身を鋼色に輝かせたゴローニャ。そのまま手足を引っ込めると、転がりながら凄まじい勢いで突進していく。

 強大な敵に臆せず立ち向かうゴローニャの姿に、我に返った団員たちは我も続けと自らの相棒へと"わざ"を指示。エンテイめがけ突撃し、あるいは攻撃を打ち放つ。

 

 ——…………。

 

 周囲四方より自らを打倒せんと迫る種々雑多の攻撃の数々。が、それらを目の前にしてエンテイはなお不動。逃げることも隠れることもせず、塵芥ども(デンボクたち)足掻き(攻撃)を静かに睥睨するのみであった。

 

 なにゆえにエンテイはこの大攻勢を前に避ける素振りすら見せなかったのか。

 その理由はあまりにも単純明快。

 

 ——避ける必要などない。ただ、それだけのこと。

 

 デンボクたちが必殺の気迫を込めて放った一斉攻撃は所詮、エンテイにとっては狩られる獲物(じゃくしゃ)たちの儚い抵抗に過ぎなかったのだ。

 

 "ガチン"……と、エンテイが牙を打ち鳴らす。

 打ち合わされた上下の鋭牙。その内に含まれる黒曜石の成分が反応し、僅かな火花が散る。

 

 一斉攻撃を前にしてエンテイが取った行動は、たったそれだけ。

 ——それだけで全てがひっくり返った。

 

 

 ボバッ!!

 

 

 瞬間、突如としてエンテイの周囲が()()する。

 顕現する強烈な爆風と衝撃波。それは瞬時に膨張し……殺到するポケモンたちへ襲い掛かる。

 果たして攻撃動作の真っ最中であった彼らにそれらを避ける術はなく、防御する暇もないまま真正面から受け止める羽目となった。

 

 ——ごろろろッ!?

 ——きゅわんッ!?

 

 放たれた特殊攻撃は爆発の衝撃によって打ち消され、エンテイを自ら打ち据えんと迫っていたポケモンたちも襲い来る熱量に動きを止め——あるいは止まることが出来ず身体に重篤な火傷を負う。結果、ギンガ団より放たれた攻撃はその衝力の一切を喪失し、頓挫することとなった。

 

 数十もの攻撃をただの一撃を以って挫いてみせたエンテイ。さながら自らに歯向かう愚か者へ、彼我の絶対的な力の差を見せつけるかの如く。

 しかし、それを目の当たりにしてなお目障りな塵芥ども(ギンガ団)は諦めた様子を見せない。それどころか新たな手駒(ポケモン)を繰り出し、再び攻勢を仕掛けんとする始末。

 

 ——"しつこい"。

 

 抵抗を続けるギンガ団に業を煮やしたか。エンテイは自らに手向かう目障りな塵芥ども(ギンガ団)を一掃すべく、己が()()を開帳した。

 

 ——がえん!!

 

 短い咆哮とともにエンテイの足元が比喩なく()()する。

 爆風と衝撃が地を抉り、反動でエンテイの身体が押し出される。そのまま幾つもの爆発を連続で起こし、天高く駆け上っていくエンテイ。やがてある高度に到達するや身をくるりと翻し、爆風とともに凄まじい速度で大地へと突撃する。

 

 ——がええええい!!

 

 

 

【おにおしだし】

 

 

 

 刹那、赤熱するエンテイの体がコトブキムラへと着弾し——目も眩むような大爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の瓦礫を巻き込みながら爆風が迫る。

 逃れようとするも震動で体勢が崩れ咄嗟に動くことが出来ない。

 絶体絶命の危機。その時、デンボクは腹心の部下にして友たる男の声を叫ぶ声を聞く。

 

「デンボク!!」

 

 同時に、何かに押されるような感覚と共にデンボクは阻塞(バリケード)の陰へと転がり込み。

 ——直後、視界の全てが暗黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、うう……!」

 

 圧し掛かる阻塞(バリケード)の残骸をどうにか退かし、うめき声を上げながらデンボクは身を起こす。

 どうやら短時間気を失っていたらしい。体を強かに打ち付けた所為か全身が痛んだ。

 だが、幸いにして受けた負傷と言えばそれだけ。阻塞(バリケード)が身を守る盾となったためか、身体を動かせぬほどの重傷は負っていない。

 爆風の襲い掛かる寸前、阻塞(バリケード)の陰へと突き飛ばされたお蔭であった。

 

「……! ムベ!」

 

 そこで思い起こすのは自らを突き飛ばした(ムベ)のこと。彼の咄嗟に機転により重傷を負わずに済んだ。しかし、ムベ自身はどうであろうか。

 デンボクを庇ったがために爆風が直撃していたとしたら……いかなムベとて重傷は免れないだろう。

 姿の見えぬ友の安否を思い、その名を呼ぶデンボク。しかし彼の声に応える者はなく。焦燥感に駆られたデンボクは立ち上がって周囲を見渡し——。

 

「——は」

 

 瞬間、全ての思考が凍り付いた。

 

 原因は立ち上がったデンボクの目に映った景色。

 着弾の衝撃で抉れ、黒く焼け焦げた地面。吹き飛ばされた瓦礫があちらこちらに散乱する戦場。倒れ伏す傷だらけの(ムベ)の姿と、そして。

 

「コトブキムラが……!」

 

 真紅の炎を上げ燃え盛るコトブキムラと——それらを前に悠然と佇む漆黒のエンテイ(モンスター)であった。

 

 コトブキムラが燃えている。

 ムラの家屋はその大半が木造建築だ。故に一旦火が付いてしまえば最後、あっという間にムラ中へと燃え広がる。そして『百獣夜行』の真っ只中であったコトブキムラにこれを消火する人手も、余裕も、ある筈がない。

 結果、火はますます勢いを増しながらムラ中を覆い尽くさんばかりに広がり続けていた。

 

 燃える。

 燃えていく。

 コトブキムラが——新天地に築き上げた新たなる故郷が——デンボクの夢見た理想の礎が——燃え墜ちていく。

 

 

「——————」

 

 

 果たしてその光景は、焼け落ちるかつての故郷の記憶(トラウマ)を溢れさせるのに十分であった。

 

 

「…………なぜ」

 

 

 ボソリと、デンボクの口から言葉が漏れる。

 

 

 

「……なぜ、お前たちは我らを脅かす?」

 

 

 

 それはエンテイに問いかけるようでもあり、同時にここではないどこかへと問いかけるかのようだった。

 

 

 

「いつもそうだ。我ら(ニンゲン)が必死になって築き上げてきた営みを、お前たち(ポケモン)は理不尽に壊していく」

 

 

 

 やがて一人言のようであったデンボクの言葉に——抑えようのない憤怒の色が帯び始める。

 

 

「我らがいくら共生の道を探ろうとも、我らがお前たちを理解すべくいくら努力しようとも……それをッ! 嘲笑うかのようにッ!! 我らを蹂躙するッ!!

 

 

 ()()()以来、デンボクの心の奥底に燻っていた憤怒と憎悪。

 それが堰を切ったように溢れ出し、同時に言葉はますますとその勢いを増していく。

 

 

何なのだお前たちは!! なぜ我らを苦しめる!! 我らがお前たちに何をした!? 我らが営みは、同胞たちを、友を——妻を!! 滅ぼすに足る罪であったとでも言うのか!?

 

 

 それは"ギンガ団団長"としてのデンボクの原点。

 記憶の奥深くにハッキリと焼き付いた今なお色褪せぬ光景。

 

 ポケモンの襲撃を受け燃え墜ちる、故郷の姿。

 

 

ふざけるな! もうたくさんだ!! これ以上! お前たちを! ()()で好き勝手にさせるものか!!

 

 

 ブツリ、という音とともに視界が真紅に染まる。

 怒り震える掌にボール握りしめ、デンボクは己が手持ちを繰り出す。

 

「——カビゴン!」

 

 ——ガビィ!

 

 ボールより飛び出し、地響きとともに着地したのは"いねむりポケモン"カビゴン。主の怒りに同調するように低く唸り、眼前に佇むエンテイを睨みつける。

 膨れ上がる憎悪と殺意がデンボクを心中を支配する。もはや彼にはここがコトブキムラなのか、それとも滅んだ故郷なのか……それすらも定かではない。

 

 分かっていることはただ一つ。目の前の化物(エンテイ)が排除すべき外敵であるということだ。

 

「ヤツを仕留めろ! "力強く"【10まんばりき】ィ!!」

 

 激昂の叫びとともにデンボクは命ずる。

 ヤツを潰せ。ヤツを倒せ。

 二度と我らを害さぬよう、完膚無きまで討ち果たせ。

 

 ——オオオオオォォォォ!!

 

 発される指示に込められた、デンボクの憤怒と憎悪。

 垂れ流されるそれを余さず受け取ったカビゴン(忠実なる手足)は、顔に憤怒の相を浮かべ、咆哮とともに地響きをたてながら駆けだした。

 

 普段の緩慢さを捨て去った、カビゴンの全力疾走。

 短い腕をこれでもかと振り回し、一歩ごとに小規模の地震すら引き起こしながら、彼我の距離を瞬く間に縮めていく。

 引き起こされる振動と轟音に気が付いたのか、ようやっとカビゴンへと視線を向けたエンテイ——だが、時すでに遅し。

 エンテイが意識を向けたその時、既にカビゴンは天高く跳び上がっていた。

 

 500キロ近い質量が宙を舞い、眼下の獲物(エンテイ)目掛け墜ちていく。

 それは己が身体能力の全てを解放し繰り出された、カビゴンの全身全霊にして本気の一撃。

 

 "力業"【10まんばりき】

 

 刹那、加速したカビゴンの体が隕石とも見紛う勢いで叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンテイは苛立っていた。

 原因は目覚めた時に感じた、とある気配。

 

 理由は分からぬがその気配を認識した瞬間、精神に言いようのない騒めきが走った。

 精神の奥底を刺激し、どうしようもなく苛立たせるそれにエンテイは酷い不快感を覚えた。

 

 忌々しい。気色が悪い。ただ在るだけで虫唾が走る。

 何としても源を突き止め、この気配を断たねばならぬ。

 

 障害物(家屋)を粉砕し、邪魔だてする不届き者ども蹴散らしながら気配の源を探すエンテイ。

 忌々しい気配はニンゲンども巣(コトブキムラ)の中心部へと近づく毎に濃くなっている。気配の源がこの辺りにあることは間違いない。

 そう判断したエンテイはより注意深く探らんと意識を集中させた……その時である。

 

 ——があああびいいいいい!!

 

 突然の地響きと振動。

 見れば宙よりこちら目掛け、カビゴンが堕ちてくるのが見えた。

 

 飛来する大質量の塊。

 それは伝説のポケモンたるエンテイをして、"脅威である"と認識するほどの威力を秘めたもの。

 

 故にエンテイは気配より一時意識を外し——迎撃に移る。

 

 ——がえん……!

 

 体勢を低く、爪を地にしっかと喰い込ませ、四肢に力を込める。

 伝説のポケモンが有する圧倒的なまでの膂力、それが余さずエンテイの全身に押し込められる。

 エンテイの肉体からギシギシと音が鳴る。圧縮された莫大なエネルギー、それはさながら噴火寸前の火山の如く、解放の時を今か今かと待ちわびていた。

 

 そして——。

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 

 "力業"【だいふんげき】

 

 

 

 衝突(インパクト)の瞬間、咆哮とともに押し込められたエネルギーが解放される。

 エンテイの全身が炎に包まれ、火山噴火の如き勢いで以って【10まんばりき】と激突する。

 

 カビゴンとエンテイ。

 両者より放たれた2つのわざがぶつかり合い、互いを打ち消さんと鍔迫り合う。

 果たして全霊を以って放った大技のせめぎ合い——勝ったのは、後者であった。

 

 勝敗を分けた要因、それは厳然たる力の差。

 伝説を伝説たらしめる圧倒的な強さ。伝説に語られる存在とそれ以外の間に横たわる、絶対的なまでの格の違いであった。

 

 ——がびいっ……!

 ——ががあ!!

 

 【だいふんげき】の圧力に押され、【10まんばりき】の勢いが弱まる。力負けしたカビゴンの巨体が徐々に、徐々に押し返されていく。

 

 ——がえええいい!!

 ——がっ……びい!?

 

 そして、圧力に負けたカビゴンが一瞬バランスを崩したその瞬間。エンテイはカビゴンの体を掬い上げ、思いきり投げ飛ばした。

 

 

「カビゴッ……ぬおおお!?」

 

 

 500キロ近い質量が宙を舞い、恐ろしい勢いで転がっていく。

 止める者なく転がり続けた巨体は、線上にあったあらゆる瓦礫を吹き飛ばしながら突き進み、ギンガ団本部の一部を破壊してようやく停止する。

 

 

 ——背後にいた自らの主(デンボク)を諸共に巻き込んで。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 人気のないムラの通りをショウとシマボシはひた走る。一刻も早く表門の守備隊と合流すべく、ひたすらに足を動かす。

 途上、轟音と共に降り注いだ火山弾によってムラのあちらこちらから火の手が上がり、延焼を防ぐべく奔走した結果遅れてしまったものの、それでもどうにか本部前まで辿り着いた二人。

 だが、たどり着いた先で二人が見たものは——。

 

 

「——団長!?」

 

 

 吹き飛ばされたカビゴンに巻き込まれ、諸共に本部へと突っ込むデンボクの姿であった。

 500キロの大質量が叩きつけられ、本部の一部が崩落する。散乱する瓦礫と土煙で視界が塞がれ、奥を伺うことは出来ない。だが、あれほどの勢いで叩きつけられたのだ。無傷などということはありえないだろう。

 

「——そんな……団長!」

「! ショウ、待て!」

 

 デンボクがカビゴン諸共崩落に巻き込まれたのを目の当たりにし、慌てて本部へと駆け寄ろうとするショウ。

 だが、走り出そうとした彼女の腕をシマボシが掴み制止した。

 

「隊長! でも、団長が……!」

「団長の安否を確かめたい気持ちは分かる! だが——脅威は未だ去っていない!」

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 果たしてシマボシの言葉を裏付けるかの如く、二人の右手——表門前の広場より漆黒の毛並みを持つ怪物(エンテイ)がその姿を現す。

 

 ——がるるる……!!

 

 視界の先に二人の姿を捉え、低く唸るエンテイ。彼は二人を次なる標的と見なし、攻撃態勢を整える。

 発せられる強烈な殺気と重圧(プレッシャー)、二人の体に緊張が走った。

 

 ——シ!

 ——ばぎゅん!

 

 と、向けられる強烈な殺気と重圧(プレッシャー)から二人を庇うように、エンテイとの間に割り込む二人の相棒(バクフーンとケーシィ)

 自らより格上の存在(伝説のポケモン)を前にして、しかし二匹に一切の怯みはなく。むしろ闘志を剝き出しに意気軒昂、伝説なぞ何するものと真っ向から対峙してみせる。

 これこそ人とキズナ結びしポケモンの強さ。一たび信頼するパートナーを背にすれば、彼らに恐れるものなど何もないのだ。

 

 ——があああ……!!

 

 遥か格下の存在でありながら、自らを恐れることなく闘志すら向けてくる二匹の在り様。それが癪に障ったか、エンテイより発せられる殺気がますます強まる。

 三匹の間に飛び散る、見えざる火花。両者ともすでに臨戦態勢。後は闘争(しょうぶ)の火蓋が切られるのを待つばかり……であったのだが。

 

 

 ——!!!!

 

 

 戦端を開かんと二人目掛けて一歩踏み出すエンテイ。だが、その途端に身をびくりと震わせ動きを止める。

 

「——?」

 

 先ほどまでの攻撃的な姿とは明らかに異なるエンテイの様子にショウは違和感を抱く。こちらを見据えたまま僅かに後退るその様は、ショウにはまるで何かに怯えているかのようにも見えた。

 が、しかし抱いた違和感を深堀する間もなく、エンテイはさらに二、三歩後ろへ下がると踵を返し、疾駆。

 

 

 ——がえええいい!!

 

 

 そのまま止まることなく表門を駆け抜けたエンテイは()れ鐘の咆哮を一つ響かせた後、宵闇へと姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

退(しりぞ)いた……?」

 

 一触即発の気配から一転、こちらを攻撃することもなく立ち去ったエンテイ。彼の去った暗闇を見つめショウは思わず呟く。

 確かにエンテイと交戦せずに済んだのは僥倖であった。相手は伝説のポケモン、戦えば勝敗の如何を問わずコトブキムラにさらなる被害が及んだだろう。ただでさえ先の火山弾によってムラには甚大な被害が出ているのだ。これ以上の被害はギンガ団にとっての致命傷となりかねかった。

 さらにこちらにはデンボクの安否という懸念事項もある。本部の崩落に巻き込まれたとあらば、どれほど楽観的に見積もっても重傷を負ったことは確実。ゆえに一刻も早い救助が必要であったが……もしもエンテイと交戦していたならば、とてもでないが迅速な救助活動など望めなかっただろう。

 故にエンテイが退(しりぞ)いたのは喜ぶべきこと、なのであるが。

 

(あの時、エンテイはまるで()()()()()()()()だった)

 

 思い出すのは先ほどのエンテイの姿。今にもこちらへ攻撃を仕掛けんとしていたにも関わらず、何故かすぐさまに退いた。

 その様子がどういう訳かショウにはまるで何かに怯えているように見えたのだ。

 

(でも、伝説のポケモン(エンテイ)が怯えるだなんて……)

 

 一般のポケモンとは隔絶した力を持つ怪物……それこそが伝説のポケモンだ。自然界において彼らの脅かすような存在などまずを以って皆無に等しい。

 ——そのような存在が怯えるなどとは一体どういう訳であろうか。

 

 抱いた疑念はますます大きくなり、ショウの思考は加速していく。

 だが、そんな彼女の没頭はしかし、突如響いたシマボシの一喝により中断されることとなった。

 

 

「——ショウ! 今すぐエンテイを追え!」

「うえっ!?」

 

 

 常に沈着冷静なるシマボシの常ならぬ焦った声音に、ショウは思わずびくりと体を震わせる。

 突然の言葉に混乱し思わずシマボシの顔を伺うショウであったが、続く彼女の言葉を聞き及び、瞬時にその顔が引き締まった。

 

「エンテイの走り去った方角にあるのは『黒曜の原野』! 彼奴はかの地のキングを狙っている可能性が高い!」

「!!」

 

 エンテイは表門よりコトブキムラから走り去った。そして、その先には『黒曜の原野』がある。

 ヒスイに現れし聖獣たちは各地のキングを襲った。ならば、走り去ったエンテイの標的は紛れもなく——彼の地を縄張りとするバサギリ(森キング)に他ならない。

 

「このまま彼奴を放置すれば、キングの弑殺……果てはさらなる『百獣夜行』が齎されるかもしれない」

 

 そうだ。考えればコトブキムラを襲った『百獣夜行』が従来の情報と異なっていたのも当然のこと。何せ今回の『百獣夜行』の発生源はコトブキムラ近傍の森林。人の生活圏(コトブキムラ)に近いが故に生息するポケモンもたかが知れている。必然的に他のキング場を有する地にて引き起こされたものと規模がまるで異なる。

 言ってしまえばアレは三聖獣出現に伴う余波ようなものだ。真なる『百獣夜行』とは程遠い。そしてこのままエンテイを放置した場合、引き起こされる『百獣夜行』は今回とは比べ物にならぬものとなるだろう。

 そうなれば今度こそコトブキムラは終わる。故に——。

 

「デンボク団長の依頼は三聖獣の魔の手よりキングを守護すること……。ムラのことは我々に任せ、キミは任務を果たすのだ」

 

 "三聖獣よりキングを護れ"、それこそがデンボクより与えられたショウの任務。そして彼女は未だその任を解かれていない。

 ならばこそ——ショウの答えは一つであった。

 

「分かりました。……隊長、団長を——コトブキムラをお頼みします……!」

「任せておけ……さあ、行け!」

「はい!」

 

 信頼する上司(シマボシ)に後事を託し、脇目もふらずショウは駆けだした。

 戦闘の爪痕の残る広場を駆け抜け、表門よりムラの外へと飛び出す。天に浮かんでいた"時空の歪み"は既になく、ムラへと殺到していた群れは散り散りとなって消え去り、行く手にはただ静かなる暗闇のみが拡がる。

 ムラを一歩離れるや否やすぐさまに、ショウはカミナギの笛を取り出し一吹き。美しき旋律が宵闇に響けば、間もなく静寂(しじま)の向こうより、勇壮なる蹄の音がやってくる。

 

 ——キュエ――ン!

 

 高らかなる嘶きと共に現れたるはシンオウの加護受けし特別なポケモン——ライドポケモン・アヤシシ。かつて古代の英雄とともにシンオウに挑みしポケモンの末裔が、ヒスイを救いし英雄(ショウ)の呼びかけに応えたのだ。

 月光にきらめく白毛を靡かせ、駆けるショウの速度に合わせるように並走するアヤシシ。そしてショウが手慣れた動作でその背へと飛び乗るや、風の如き速さで以って夜路を駆け始める。

 

 

 目指すはコトブキムラの西方、森キングの治めたる——『黒曜の原野』である。

*1
同時にこれは両団がその提案を無視できない程、ヒスイにおけるギンガ団の存在が大きくなっていることの証左でもある

*2
なおこの広場にはさらに万が一の事態に備え、とある仕掛けが施されているのだが……その詳細はここでは割愛する




エンテイ(???の姿)
タイプ:いわ
<こくようのしゃかん>
『双角戴く黒き獣。姿異なれど似通う特徴を有す故、"エンテイ"のリージョンフォームと推察す』
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