Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行   作:野傘

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お待たせしました。
こちら後編でございます。


漆黒の■帝:獄炎を纏う、覇たる者

「なに……これ……」

 

 コトブキムラより走り去りしエンテイを追い『黒曜の原野』へと辿り着いたショウ。

 だが、辿り着いた先に広がる光景を目の当たりにし——絶句する。

 

 彼女の目に映るもの、それは一面に広がる炎の海。

 荒々しくも美しき原生の自然が息づいていた筈の『黒曜の原野』が燃え盛る紅蓮の業火に覆い尽くされていた。

 

「これがエンテイの——伝説のポケモンの力なの……?」

 

 コトブキムラより姿を消した時間から逆算すれば、エンテイが『黒曜の原野』に辿り着いてよりそう長く時は流れていない筈。にも関わらず、たったこれだけの時間で『黒曜の原野』は一面の火の海へと変貌したのだ。

 伝説のポケモンが持つ恐るべき力。それが齎す影響を正しく認識し、ショウは改めて戦慄を覚えた。

 

 そして、齎された影響は炎のみに非ず。

 

 ——ぎゅうるるう!!

 ——がぎいいがあああ!!

 

「——!」

 

 燃え盛る炎の"ごうごう"という音に混じって届く、けたたましい叫び声。

 声の下へと視線をやれば、揺れ動く焔の隙間に荒れ狂うポケモンたちの姿が見えた。身より漆黒の瘴気を吹き出し、眼を真紅に充血させ、自らが傷つくことも厭わぬまま互いに殺し合うその様は、紛れもなく彼らが『百獣夜行』の影響に晒されていることを示していた。

 

「『百獣夜行』の影響がもうこんなに……! 早くエンテイを止めないと、このままじゃ……ッ!?」

 

 『黒曜の原野』は既に『百獣夜行』の呪いに侵されつつある。このまま元凶たるエンテイを放置すれば、先の『百獣夜行』を上回る規模の群れがコトブキムラへなだれ込むやもしれない。

 なればこそ一刻も早くエンテイを無力化しなければと、ショウが思ったその時。

 

 ——複数の視線が自らに突き刺さるのを感じた。

 

「……!」

 

 見られている。それもただ見られているのではない。

 肌へと突き刺さった視線に混じる——強烈な殺気。間違いない。何者かが自分達を害そうとしている。

 ヒスイの地を巡り、数多の冒険を経て磨かれたショウの危機察知能力。彼女の命を幾度と無く救ってきたそれが敵の接近を告げていた。

 そして彼女の直感を裏付けるかの如く、紅蓮の帳の向こうから怪物たち(モンスター)が姿を現わす。

 

 ——びっびるびっびい!!

 ——ぴぃひゅあああい!!

 ——ぐるおおおおおん!!

 

 炎を突き抜け現れた三つの影。"ビーバーポケモン"ビーダル、"むくどりポケモン"ムクバード、そして"でんこうポケモン"ルクシオ。彼らは例外なくその身に黒い霊気(オーラ)を纏い、赤く充血した瞳に抑えきれぬ狂気を宿していた。

 口元よりボタボタと唾液を垂れ流しながら、じりじりとこちらへにじり寄る三匹。察するにどうやら彼らはショウたちのことを自らの飢餓を満たす獲物(エサ)と判断したらしい。

 己を食い殺すため今にも飛び掛からんと身構える三匹に、ショウもまた己が身を守らんと己が刃(ポケモンボール)を投げんとする——。

 

 

 ——キュエエエエン!!

 

 

 ——よりも早く、動くものがあった。

 

 ショウがボールより相棒を解き放つよりも早く、シンオウの加護を受けし(ライド)ポケモン・アヤシシが雄叫びを上げる。

 ショウの跨るアヤシシは、かつて古代の英雄とともにシンオウへと挑み、特別な力を授けられしポケモンの末裔。彼が先祖より受け継ぎ、今もその身に宿るシンオウの加護は即ちこの地(ヒスイ)を造りし創造主の威光そのものである。そして、その威光は創世より永き時を経て、歴史よりその名を忘れ去られてなお、ヒスイに連なる遺伝子の内にしっかと刻み込まれていた。

 

 ——びい……!?

 ——ひゅあ!?

 ——ぐるる!?

 

 (シンオウ)の眷属たるアヤシシの怒りを受けて、思わず身を竦ませる三匹。朧げな理性より告げられる、"この者に手向かってはならぬ"という声。自らの内——遺伝子より響く叫びに戸惑い、三匹は怯んだように後退る。

 しかし、三匹の本能へ訴えたシンオウの声はすぐさまにそれを上回る狂気の叫び(『百獣夜行』)によって掻き消された。

 

 ——びいびびびびび!!

 ——ぴぃひゅあああ!!

 ——ぎゃるるるるる!!

 

 次の瞬間、三匹の体より漆黒の霊気(オーラ)が勢いよく噴出する。魂を蝕む飢餓の狂気に、彼らの僅かに残った理性が一瞬で塗り潰される。

 『百獣夜行』の病に侵され、とうとう狂乱する『獣』へと墜ちた三匹。牙を剥きだし、爪を尖らせ、眼の前の獲物(にく)を貪らんと狂気のまま飛び掛かった。

 

 

 ——ぶるるる……!

 

 

 狂乱のまま牙を剥く三匹を、憤怒と憐憫の情で以ってアヤシシは睨めつける。

 

 (シンオウ)の威に服さぬ蕃神(あだしくにのかみ)の徒よ。()つ神が遣わせし(あだ)の走狗よ。我が采邑(なわばり)にての乱暴狼藉、もはや許してはおけぬ。

 そして憐れなりや民草よ。外つ神の呪いに当てられ、望まぬ狂気に囚われし者どもよ。我が身に宿りしシンオウの威光を以って——その(さわり)、祓い清めん。

 

 狂乱の獣が身に牙を突き立てんとする刹那、アヤシシの角に掲げし黒玉が怪しき光を放つ。

 

【サイコキネシス】

 

 振われるは霊験の力の具現(【サイコキネシス】)。強大なる念動の力が三匹の肉体を捕え、中空へ磔にする。捕らえられた獣たちは身を縛る念動の枷を外さんと力一杯に藻搔くも、しかし手足は虚しく空を掻くばかりで脱出は叶わず。

 

 ——キュエン!

 

 そして……一方的な蹂躙が始まった。

 アヤシシが僅かに気を集中させる。ただそれだけで中空の獣を締め上げる圧が強まる。ギシギシとまるで巨人の掌の中で握り潰されるような感覚に、獣たちはこれより逃れんと遠距離の技を放とうとした。

 だが、当のアヤシシがそれを許すはずもなく。技を放つその前に【サイコキネシス】で以って彼らを振り回し、勢いよく大地へ叩きつける。身を襲う衝撃に悶え苦しむ獣たち。しかしアヤシシはそれを目にしてなお容赦なく、前脚を高々と振り上げその身体を【ふみつけ】た。

 そして地に伏せ身動きの取れぬ彼らを睥睨しながら、アヤシシは——狂乱する獣どもへ()()の鉄槌を下す。

 

 

 ——キュエエエンン!!

 

 

 瞬間、アヤシシの体より金色の光が立ち昇る。荒ぶるキング・クイーンが纏う光にも似たそれは、彼の身に宿りしシンオウの加護そのもの。

 あふれる光はやがて彼の足を伝い、押さえつけた獣たちへと流し込まれていく。輝くシンオウの加護に包まれ苦悶の声を上げる獣たち。同時にその体から漆黒の霊気(オーラ)が溢れ出し、まるで黄金光(シンオウの加護)より逃れんとするように離れていく。

 獣より分離し、地上にてドロドロと蠢く霊気(オーラ)。アヤシシはそれを汚らしいものでも見るかのように一瞥すると、輝く黄金の蹄で以って叩き潰す。果たして己と相反する神威を叩き込まれた霊気はその形を保つことが出来ず、千々となって虚空へ消えたのであった。

 

 

 

 

 ——びぃ?

 ——ぴゅ?

 ——きゅ?

 

 

 

 

 アヤシシにシンオウの加護を流し込まれ、黒い霊気(オーラ)を祓われた三匹。彼らは先の狂乱が嘘のように戸惑った様子で周囲を見回し、傍らにシシの高台の主(アヤシシ)の姿をみとめるや大慌てで逃げていく。

 その様子に黒き霊気(オーラ)の影響はまるでなく、彼らが正しく『百獣夜行』の呪縛より解放されたことを示していた。

 

(アヤシシ様、凄い……! 黒い霊気(オーラ)をあんなにあっさり……!)

 

 『百獣夜行』の瘴気に侵されたポケモンをあっさりと浄化してみせたアヤシシの力。自らも知り得なかったシンオウの加護を受けしポケモン(ライドポケモン)の力の一端を目の当たりにし、ショウは驚嘆する。

 同時に彼女は"なぜ聖獣たちが彼らを積極的に襲ったのか"……その理由(ワケ)に合点がいった。

 

 三聖獣の目的はヒスイ各地のキング・クイーン、そしてライドポケモンたちである……これまでの状況からギンガ団が導き出した結論だ。

 だが、目的は分かったとてなぜシンオウの加護を受けた特別なポケモンを襲うのか、その理由がこれまで頑として知れなかった。……先のウォーグルの一件から或いは捕食することを目論んでいるのか、と考えもしたが、しかしそれだけではどうにも説明がつかないのだ。

 何せ、彼らの捕食行動は悉く失敗している。最初の『百獣夜行』より、今の今まで一匹たりとも——少なくともキング・クイーン・ライドポケモンたちの中では——犠牲となったものはいないのである。

 さらに奇妙なことに、聖獣たちはキングたちと交戦し重傷を負わせた後に一度も再襲撃を仕掛けなかった。弱った獲物を狙うのは自然界においての定石……いや、常識といってもよいにも関わらず、である。

 よってキングたちの『捕食』は彼らにとって真なる目的と言えず、その襲撃にはまた別の理由があるのではないか……と、そう睨んでいたのだ。

 

 そして今、目の前で起きた事象により、その理由にようやく合点がいった。

 

 "キングやクイーン、そしてライドポケモンたちは身に宿すシンオウの加護により『百獣夜行』を引き起こす瘴気——黒い霊気(オーラ)を無力化し、消滅させることができる"。

 

 これを三聖獣が『百獣夜行』の元凶であるという推察と併せて考えれば……自ずと答えは見えてくる。

 

聖獣(エンテイたち)の目的は『百獣夜行』を引き起こすこと! だから、それを止める力を持ったキングたちが邪魔だった!)

 

 彼らの放つ瘴気を祓いポケモンたちへの侵食を食い止めるキングたちの存在は、『百獣夜行』を引き起こす側にとってあまりにも目障りだ。ならばこそ積極的に排除しようとするもの頷ける。

 同時にトドメを刺さ(再襲撃し)なかったのも納得がいく。

 先のアヤシシを見るに、彼らの身に宿るシンオウの加護はその効力を発揮させるための能動的な動作が不可欠。つまりシンオウの加護を発揮させぬだけならば、自ら動けぬほどに痛めつければそれで充分。わざわざ返り討ちのリスクを背負ってまでトドメを刺すことに執着する必要はない。

 だからこそ、彼らはたった一度襲撃を仕掛けただけで姿をくらましたのだ。

 

 ——とはいえ、先のライコウと対峙した一件を思い起こすに、彼らがキングないしライドポケモンを捕食せんとしていたことは確か。至上の目的でないというだけで、可能であるなら躊躇なくキングを弑殺しその(むくろ)を貪るだろう。

 故にショウの為すべきことは変わらない。エンテイによるキングの——バサギリへの襲撃を挫き、その弑殺を防ぐ。

 

 己が任務(為すべきこと)を再確認したショウはそのまま鹿首を南東に、目的地である『巨木の戦場』(キング場)へ向かわんとする……が。

 

「——? アヤシシ様? ……ひゃあ!?」

 

 鞍上のショウが指示を出すより早く、アヤシシが走り出す。

 燃え盛る燎原の僅かな隙間をぬい、流れる川を一足に飛び越え、山道を勢いよく駆け上る。

 駆ける先は南東の方角。しかし、視線はキング場から僅かにズレていた。

 

(アヤシシ様!? ……どうして、いきなり)

 

 風の如く走るアヤシシに振り落とされぬようしがみつきながら、ショウは困惑する。

 ライドポケモンが指示を聞かず、己の思うままに動く……こんなこと、これまでの冒険で一度として起こったことはない。事実、カミナギの笛にて呼び出したライドポケモンはよほどのことが無ければ彼女に従ってくれていた。

 ——なれば即ち、今この状態はアヤシシにとって()()()()事態であるということに他ならない。

 そしてそれ裏付けるかの如く、走り抜けたその先でショウは衝撃的な光景を目にする。

 

 アヤシシの進行方向、見えてきたのはギンガ団のベースキャンプ(高台ベース)。周囲を炎で照らされつつも可燃物の少なさ故にか未だ火の手の回っていないそこに、ショウは複数の影を見つけた。

 

(あれは……!!)

 

 揺らめく炎に照らされて浮かび上がった幾つかのシルエット。猛る数匹の獣と、それらと相対するように立つ一人の人影。

 

「——ヨネさん!?」

 

 近づくにつれハッキリと見えたその姿は、ショウも良く知る人物——コンゴウ団キャプテン・ヨネ。彼女は半ば膝をつくかのような恰好で相対するポケモンたちを睨みつけていた。

 そんなヨネと相対するは頭部に大角を掲げる四足のポケモン——"おおツノポケモン"オドシシ。身体から漆黒の霊気を噴出させ、真紅に染まった眼を狂気の光でぎらつかせる様は紛れもなく『百獣夜行』の獣のそれであった。

 膝つくヨネを追い詰めるように立つオドシシたち。その様相は誰がどう見てもヨネの危機(ピンチ)そのもの。どうやらアヤシシはこれを察知していたようだ。

 

 自らを世話するキャプテンが、狂気に侵された眷属(オドシシ)たちにより嬲り殺しにされんとしている……そのようなことアヤシシが許す筈もない。

 オドシシたちの今にもヨネに襲い掛からんとする素振りを見留めるや、アヤシシの駆ける速さがぐんと上がる。そのまま高台の縁に足かけ跳び上がり、両者の間に割り込むように着地した。

 

 

 ——キュウウエエエエン!!

 

 

「——! アヤシシ様!」

 

 突如として姿を現わしたアヤシシにヨネが驚きの声を上げる。

 一方のオドシシたちも叫声を上げるアヤシシ(自らのヌシ)に怖気づいたか、たじろぐように二、三歩後ずさる。そしてアヤシシはそんな怯んだ彼らの隙を突き、先制の一撃を以って容赦なく打ち据えた。

 

 

 ——キュエエエエイ!!

 

 

 "早業"【バリアーラッシュ】

 

 

 アヤシシの纏う念動の鎧が、巨大な壁となってオドシシたちを弾き飛ばす。瞬きの間で放たれた攻撃はまさしく早業。僅かな抵抗さえも許さぬ俊足の一撃である。

 アヤシシの【バリアーラッシュ】に打ち据えられ、吹き飛ばされたオドシシたち。そんな彼らへ間髪を入れず、アヤシシは身より湧き出す黄金のオーラ(シンオウの加護)を浴びせ掛けた。

 輝ける黄金光(シンオウの加護)を叩きつけられたオドシシたちの身体から漆黒の霊気(オーラ)が抜け出ていく。溢れる神威から逃れるように蠢く霊気(オーラ)。アヤシシが立て続けにシンオウの加護を叩き込めば、それはしばし身悶えるように震えた後、溶けるように消え去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「ヨネさん! 無事ですか!?」

 

 アヤシシが『百獣夜行』の呪詛よりオドシシたちを解放する姿を横目に、ショウはヨネの下へと駆け寄る。遠目では分からなかったがヨネの服装はあちこちが焼け焦げボロボロ、荒い息を吐きながら膝をつく姿は今にも倒れてしまいそうであった。

 

「……ああ、何とかね。正直、気を抜いたら今にもぶっ倒れちまいそうだけども……」

「酷い傷……! すぐに手当を……ッ!」

「いんや、あたしは後で大丈夫さね。それよりも先にコッチを手当してやってくれないかい?」

 

 傷だらけのヨネにすぐさま手当を施そうとするショウ。だが、当のヨネはそれを断り"先にこちらを"と自らが背負っていた()()を指す。

 

「え? ……!!」

 

 ヨネの言葉にショウは彼女の背を伺い——瞬間、驚愕する。

 

「そんな……キクイくん!?」

 

 ヨネが背負っていたもの、その姿は紛れもなく森キング(バサギリ)の世話役たるシンジュ団のキャプテン——キクイその人であった。

 ヨネの背に負ぶわれたまま身じろぎ一つしないキクイ。身に纏っていた被服は全身あますところなく黒く焦げ、その体には大小無数の傷とやけどが刻まれていた。

 専門家でないショウであろうが一目で分かる重傷。ショウはすぐさま無事であったベースキャンプのベッドへとキクイを運び、傷の手当を始める。

 

「こんなにボロボロに……一体、何が……」

「——襲われたのさ、バケモンにね」

 

 傷だらけのキクイにキズぐすりを塗布しながら思わず呟くショウ。無意識の内に放たれた彼女の疑問に、傍らのヨネが答える。

 

「——セキから異郷のバケモンがウチのキングやライドポケモンたちを狙ってるって聞いてね。大切なポケモンたちを襲わせる訳にはいかないってんで、あたしらキャプテン連中は自分達の持ち場で(くだん)のバケモンが来ねえか見張ってたのさ」

 

 "尤も、あたしはアヤシシ様が呼び出されてたんで結果としちゃ杞憂だったんだけどね"、と僅かに苦笑しながらヨネは続ける。

 

「昼間の内はいつもと変わらない様子だったんだけどねえ……日が沈んでしばらくしたらバカでかい音と一緒に『大志坂』の方から火の手が上がって……あっという間に『原野』は一面の火の海さ。おまけに辺りのポケモンたちもあの『百獣夜行』の靄に塗れて暴れ出す始末だ」

 

 「"こりゃ只事じゃない"って思ったよね」、ヨネはさらに言葉を紡ぐ。

 

「んで……こんな状態になっちまったら、流石にあたし一人じゃ対処なんてできやしない。だから一旦キクイと合流しようと思って『奥の森』まで向かって……そこで見たのさ、ボロボロになって倒れてるキクイと、キクイの相棒たちと、そして」

 

 ——"バケモン"を、ね。

 

「そいつは全身真っ黒な毛で覆われた四つ足のポケモンだった。やつは体からこれでもかってくらい黒い瘴気をまき散らしててね……一目見て分かったよ。こいつが『百獣夜行』の元凶、キングたちを狙ってるっていう異郷のバケモンだって。……多分、キクイたちはバケモンをキングのところへ行かせまいと戦ったんだろうね。……情けないが、あたしにはそんな真似は出来なかった。手向かえば殺される……そう確信してビビっちまったのさ」

 

 「キャプテン失格だよね」、と自嘲するかのようにヨネは言う。

 

「あたしに出来たのは倒れてるキクイと相棒たちを引っ掴んでその場から逃げることくらいだった。……モンスターボールだったっけ? あんたらの使ってるおかしなボール……こんな時(倒れたポケモンを助けるの)に役立つなんて思わなかったよね。……その後は襲ってくるポケモンたちをどうにか凌いで、命からがらここ(シシの高台)まで逃げて来たんだけど——まさか、オドシシたちがぬしの縄張りを無視してまで追っかけて来るなんて思わなかった。こっちのポケモンは皆途中で力尽きちまったから対抗のしようもなくてね。あん時、あんたがアヤシシ様と駆けつけてくれなきゃそのままおっ()んでたよ。だから」

 

 「ありがとう、本当に助かった」。と、彼女はショウに感謝の言葉を伝えた。

 

「いえ、そんな。私はアヤシシ様に連れられてきただけで、お礼を言われるようなことは何も……」

「でも、あんたの手当であたしらが助かってんのは事実だろう。だったら礼を言ってしかるべきじゃあないか。——なに、こういう時は素直に礼を受け取っておくもんさ。じゃなきゃあ、助けられたあたしらだって困っちまうからね」

「ヨネさん……。分かりました、ありがたく受け取っておきます」

 

 

 さて、ヨネとかように言葉を交わしながらもショウは手を止めることなく。しばし手当を続けた後、ようやっと目に見える全ての傷にキズぐすりを塗り終えたのだった。

 ……出来る限りの手当は施したが、専門知識を持たないショウが行えるのはここまで。ベッドで眠るキクイの様子を見るに、取り敢えず喫緊の危機は去ったと見てよい。

 だが、キクイの負った傷はかなり深い。万全を期すためにも出来るだけ早く専門家(ギンガ団医療隊)の下へと送り届ける必要があるだろう。

 しかし『黒曜の原野』は今、大火と『百獣夜行』が荒れ狂う特級の危険地帯。とてもでないが怪我人を連れて安全に往来できるような状態ではない。

 

 

 ならば——ショウのやるべきことは一つだ。

 

 

「——アヤシシ様。ヨネさんとキクイくんをお願いします」

 

 ——ぶるるう……!

 

 モンスターボール片手にすっくと立ちあがり、高台ベースの出口へと歩き出すショウ。

 途中、自身を見つめるアヤシシにヨネとキクイのことを頼む。怪我人である二人はここから容易に動けない。誰かがこの場に残り無防備な二人を守る必要があった。

 

 ショウの頼みを理解したのか、任せろと言うかのように鳴き声をあげるアヤシシ。自らは古代の英雄に付き従いしポケモンの末裔、か弱き人々の力となるは当然のことである、と。

 

 ベースを守るかの如く高台に仁王立つアヤシシの姿を目にし、ショウは一つ頷くとそのまま出口へと歩みを進める。

 そんなベースキャンプを離れ何処かへ向かおうとする彼女へ、思わずといった風にヨネが声を掛けた。

 

「あんた、行くのかい?」

「はい。エンテイを……ヨネさんの言う"バケモン"を止めること、それが私の任務ですから」

「そうかい……一目見ただけだけど、アレは正真正銘の怪物だ。襲われればいかにキングとて危ういかもしれない。……逃げ出したあたしが言えるようなことじゃないが、頼む。どうかキングを……カミナギの民の宝を守ってくれないか」

 

 コンゴウ団(カミナギの民を名乗る者)の一員としてショウ(ヒスイを救った英雄)に、懇願するように言葉を投げるヨネ。

 対し、ショウは首肯することで応える。

 

 二人が交わした会話は、それだけ。それだけで十分だった。

 そのままショウは踵を返し、シシの高台より走り去る。

 

 目指すは(キング)の坐す戦場(いくさば)。燃え上がる『巨木の戦場』である。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 紅蓮の焔の輝きが照らす戦場(いくさば)

 赤く染まった『巨木の戦場』で、二つの黒曜が対峙する。

 

 

 ——グラッシャアアア!!

 

 

 一方は、大鉞を構えし岩蟷螂。

 『黒曜の原野』を統べし王者——"森キング"バサギリ。

 己が縄張りを侵す夷敵を誅せんと、斧鉞の刃を振りかざす。

 

 

 ——ががあええええい!!

 

 

 対するは、鬼角戴く獄炎の獣。

 ヒスイの大地を侵掠する覇者——"黒曜の射干"エンテイ。

 己が覇道を阻む愚物を粉砕せんと、雄叫びを上げる。

 

 片や、シンオウの祝福授かりし支配者。

 片や、■■■■の呪詛受けし侵掠者。

 

 王道を敷く者。

 覇道を征く者。

 

 両者は共に黒曜を冠すれど、異なる(しんわ)に属す者同士。

 故に彼らは不倶戴天。(しんわ)「日」(かみ)は唯一なれば、二日が並び立つこと決してなし。

 ——偽りの「日」よ、墜ちるがいい。この地(ヒスイ)に理を敷くのは、我が(しんわ)だ。

 

 そして両者は怨敵と定めし相手と視線を交わし——刹那、開戦の火蓋が切られた。

 

 ——グラシャラララ!

 

 先手を取ったのは森キング・バサギリ。

 手に携えし大斧を振りかぶり、一足飛びにエンテイへと肉薄。大木をも断ち切る黒曜の刃が、眼前の敵を両断せんと振り下ろされる。

 瞬息の間に放たれたバサギリの攻撃。威力、速度ともに申し分なく、仮にこれが並みの相手であればこの一撃で勝負は決していただろう。

 

 ——がええい!

 

 しかし、相対するエンテイは並みの存在ではなかった。バサギリの戦斧が振り下ろされたその瞬間、エンテイの足元が爆発し、その体を横方向へと押し出した。

 

 ——グラシャラ!?

 

 文字通り、爆発的な勢いで以って行われた移動。バサギリにはそれがまるでエンテイの姿が突如として掻き消えたように見えた。だが相手が消えたとて、繰り出した攻撃はもう止められない。振り下ろされた斧刃が空を裂き、大地へ深々と食い込んで止まる。

 地へめり込んだ刃は自慢の切れ味がアダとなってすぐさま引き抜くことが叶わない。攻撃が空振りに終わり、大きな隙を晒してしまうバサギリ。

 

 ——があああ!

 

 その隙を突くかのように、エンテイより攻撃が放たれる。

 振るわれるは漆黒の惨爪。牙や体毛と同様に黒曜石を含む爪は、他ならぬバサギリの鉞と同等かそれ以上の切れ味を備えていた。

 同じ黒曜の力を有しその性質を知悉するがために、迫り来る爪撃の危険性をいち早く察知したバサギリ。故になりふり構わず無理やりに斧を引き抜き、惨爪に対し防御の構えを取った。

 

 

 ギィイイイイン!!

 

 

 爪と鉞。二つの黒曜がぶつかり合い、けたたましい音とともに火花が上がる。

 虚を突かれる形となったものの、何とか放たれた攻撃を凌いだバサギリ——だがしかし、エンテイの攻撃はまだ終わっていなかった。

 

 

 

どごおっ!!

 

 

 ——グラシャッ!?

 

 鬩ぎ合う両者の間に、突如として爆音が鳴り響く。

 同時に強烈な衝撃と熱とが襲い掛かり、バサギリは思いきり吹き飛ばされてしまう。

 

 バサギリを襲った謎の爆発。それは先にエンテイが披露した瞬間移動と同じ原理で以って放たれたもの。エンテイの足裏より噴き出した可燃ガスの爆発であった。

 

 エンテイが数多の獲物を喰らうことでその身に蓄えた栄養分。それは戦闘などの激しい運動に際し、エンテイの身体を動かすエネルギー源として分解され、消費される。その際に副産物として生み出されるのがこの可燃性のガスである。エンテイはこれを身体の各部より噴射、体毛・牙・爪をこすり合わせた火花で着火させることにより、避けることも防御することも困難な攻撃手段として用いているのだ。

 

 不可視にして不可避なるガス爆発に、バサギリは避けることも出来ず地を転がる。半身は黒く焼け、身を蝕む"やけど"が戦闘力を大幅に減じさせる。

 

 後手からの切り返しにより見事、緒戦の一合を制してみせたエンテイ。そのまま畳み掛けるかの如く、隙を晒した仇敵(バサギリ)へ攻勢を掛けていく。

 

 ——がるえい!!

 

 "早業"【いわなだれ】

 

 咆哮とともに前脚を地盤へと叩きつける。一拍の間の後、叩きつけた箇所が爆発。衝撃に大地が無数の岩塊となって割れ飛び、巨大な岩雪崩(【いわなだれ】)となって動けぬバサギリへと襲い掛かった。

 

 ——グウッ……ラッ、シャア……!

 

 無数の岩塊が雨あられと降りぎ、バサギリの焼けた甲殻を打つ。弱点タイプ(いわタイプ)を帯びた衝撃が体を襲い、思わず怯んでしまうバサギリ。怒涛の勢いに反撃する暇もない。

 

 ——ががああええい!!

 

 そして【いわなだれ】により敵の動きを封じてなおエンテイが攻め手を緩めることはなく。割れ飛んだ岩塊が途切れる刹那、足元を起爆させ凄まじい勢いでバサギリへと打ち掛かった。

 果たして【いわなだれ】の勢いに押される一方であったバサギリはこれに応ずることができず——気づけば目と鼻の先、艶めく黒曜の鋭牙が迫っていた。

 

 ——グラッシャららら!?

 

 エンテイの顎がバサギリを捕え、その甲殻へと牙を突き立てる。先の爆風により焼け焦げ、脆くなっていた甲殻を黒曜の鋭牙が易々と貫き、バサギリへ尋常でない苦痛を齎す。

 身を苛む激痛に、何とか逃れんと鉞を振り回し藻搔くバサギリ。しかしエンテイの剛脚で以って地に抑え込まれ逃れることは叶わなかった。

 

 ——がるるるうぉぉ!

 

 "それでもなお"、と足掻き続けるバサギリをエンテイはいい加減鬱陶しく思ったか。踏みつけていた脚を退かし、暴れるバサギリを首の力のみで咥え上げ、勢いをつけて大地へ叩きつける。

 

 ——グラッ……!?

 

 ぐるりと天地が逆転し、凄まじい衝撃がバサギリを襲う。脳天が揺さぶられ、視界が白黒に明滅する。一瞬にして遠のく意識——しかし次の瞬間、再び襲った衝撃で意識が強制的に覚醒させられる。エンテイが再びバサギリを持ち上げ、その身体を地へ叩きつけたのだ。

 そのまま二度、三度と続けて振り回し、地へと打ちつけるエンテイ。やがてバサギリの抵抗が弱まったことを感じ取ると、そのまま勢いよく彼方へと放り投げた。

 

 投げ出された勢いのまま受け身すら取れず無様に地を転がるバサギリ。散々に振り回され叩きつけられた所為で立ち上がることさえ覚束ず、外敵を前に致命的なまでの隙を晒していた。

 無論のこと、仇の晒した致命的な隙をエンテイが逃す筈もなく。先の攻撃の余勢を駆り、必殺の一撃を解き放つ。

 

 

 ——がえええいいいい!!!

 

 

 咆哮とともに足元が炸裂し、漆黒の身体が宙へ舞い上がる。

 四肢より放出する可燃ガスの爆発を推進力へ変え、瞬く間に夜天の空へと駆けあがったエンテイ。やがて目的の高度へ到達するや身をくるりと翻し——一際巨大な爆発とともに恐るべき速度で獲物(バサギリ)目掛け、駆け下る。

 これなるはエンテイが誇りし無双の"わざ"。遥か天の高みより獄炎を纏いて、噴石が如く降り墜ちる奇襲攻撃。

 コトブキムラの戦線をただの一撃で以って壊滅してみせた、その名も——。

 

 

 

 【おにおしだし】

 

 

 

 天空より燃え盛る火の玉が落ちてくる。

 迫りくるそれは紛れもなき大技。直撃すれば自らをも容易く屠りうる、正しく必殺の一撃。

 ふらつく視界の中、バサギリは一目でそれを理解した。理解して――それでもなお立ち向かう。

 

 ——グ……グラッシャア……!

 

 身を苛む激痛。多大なダメージを受け力の入らぬ体。それらを気合で押さえつけ、無理矢理に立ち上がる。

 彼の身を突き動かすもの、それは『黒曜の原野』を統べし王としてのプライドであった。

 

 ——この地を守護し弱き者を助けること、それこそが父祖がシンオウより授けられ、我が受け継ぎし御役目。

 

 なれば異郷の徒がこの地を蹂躙すること許さじ。

 例えこの身が滅びようと、刺し違えてでも仕留めてみせよう。

 

 迫り来る火山弾を睨み、ふらつきながらも斧を振り上げるバサギリ。それはまさしく決死の覚悟なれど……しかしエンテイの「必殺」の前には蟷螂の斧が如き儚い抵抗でしかなかった。

 果たして敗残の王の覚悟を嘲笑うかの如く、バサギリへ火山弾が直撃する——。

 

 

 

「——バクフーン! 【かえんぐるま】!」

 

 ——ばぎゅうううん!!

 

 

 

 ——寸前、横合いより全力で殴り掛かる者があった。

 

 【おにおしだし】がバサギリへと着弾するその刹那、舞い降りるエンテイへ火炎の車輪(【かえんぐるま】)が激突する。

 思わぬ衝撃を受けぐらつくエンテイの体。さらに【かえんぐるま】の炎が噴き出すガスに引火し、予期せぬ爆発によってあらぬ方向へと吹き飛ばされてしまう。

 

 ——がえええい!?

 

 落下軌道がブレ、着地に失敗し地を転がるエンテイ。

 大地に爪立て勢いを殺し、どうにか姿勢を立て直すと、己に醜態を晒させた下手人を憤怒の形相にて睨みつける。

 エンテイの視線の先、傷ついたバサギリの傍らに佇む二つの影。一つは、揺らめく紫炎を纏う艶やかなる妖術師——"おにびポケモン"バクフーン。もう一つは、紺の調査隊服に身を包む人間の少女——"ヒスイの英雄"ショウ。他ならぬ、かつてヒスイを滅亡の危機より救いし英雄たちであった。

 

 ——がええい!!

 

 怨敵へのトドメを寸前にて阻止され怒り狂うエンテイ。自らを邪魔だてした不心得者どもを殲滅せんと、怒りに任せて攻撃を仕掛けようとする。

 だがエンテイが攻撃体勢に移るよりも速く、英雄たちは次なる一手を繰り出していた。

 

「バクフーン、少し時間を稼いで! 【でんこうせっか】からの【じならし】!」

 

 ——ばぎゅあ!

 

 ショウより指示が発せられると同時にバクフーンの姿がブレ、次の瞬間エンテイの眼前へと姿を現わす。文字通り電光石火(【でんこうせっか】)の素早さで以って接近したバクフーンは驚くエンテイの眼前で大地を勢いよく踏みつけた。

 

 【じならし】

 

 震脚の衝撃に大地が揺るぐ。予期せぬ震動にエンテイの体勢が崩れ、繰り出す筈だった攻撃が失敗に終わる。

 一方のバクフーンの攻撃はこれで終わらない。体勢を崩し隙だらけのエンテイの顔面へ、格闘の力を纏った拳を叩き込み——思いきり殴り飛ばした。

 

 ——ばぎゅん!

 

 【いわくだき】

 

 ——がぁ……!

 

 文字通りの巌をも砕く剛拳の一打を顔面(きゅうしょ)に受け、エンテイの体がよろめく。

 息を吐かせぬ怒涛の連撃。これにはさしものエンテイとて反撃する暇はなく。かくてバクフーンは見事、己に課せられた「時間を稼ぐ」という使命を遂行してみせた。

 

 バクフーンがエンテイを引き付け、稼ぎ出した時間。測ればそれほど長くはない、精々が一息つける程度の僅かな間。

 しかし、彼が体勢を立て直すにはそれで十分であった。

 

 

 ——グラッシャアアアアア!!

 

 

 突如として戦場に響く咆哮。同時にバクフーンの背後より、よろめくエンテイ目掛け躍りかかる影が一つ。

 腕に艶めく黒曜の鉞を備え、意気軒昂と咆えるそのポケモンは誰あろう"森キング"バサギリに他ならない。先の戦いにて焼け焦げた甲殻は元の褐色を取り戻し、素早い動きでエンテイへと迫る様は緒戦で負ったダメージを感じさせぬほどである。

 元よりバサギリは"キング"と呼称される強靭極まりない個体。有する回復力もまた尋常ではない。そこへさらにショウから与えられたのがギンガ団脅威の科学力で作り出された"かいふくのくすり"である。結果、これらの後押しも相まって驚異的な回復を見せたバサギリは僅かな時間で戦線復帰したという訳であった。

 

 バサギリの両腕が組み合わさる。鋭利なる黒曜の鉞が合体し、巨大な戦斧が形作られる。

 眼前には剛拳によろめく怨敵(エンテイ)の姿。逃しはしない、外しはしない。

 

 

 "力業"【がんせきアックス】

 

 

 跳躍の勢いのまま振り下ろされる大戦斧。大木をも両断する一撃が狙い違わず()()()()()()()()()()へと突き立てられる。岩盤が深く抉られ、切り飛ばされた破片が鋭利な飛礫となってエンテイへと襲い掛かる。

 

 ——がるえいい!?

 

 さながら先の意趣返しの如くエンテイ目掛け殺到する岩礫(いわつぶて)。雨あられと降り注ぐ岩石片が突き刺さり、エンテイは痛みと共に思わずひるんでしまう。

 訪れた絶好の好機(チャンス)。ショウたちもまたバサギリの攻勢に合わせエンテイへと攻め掛かる。

 

「このまま畳み掛けるよ! バクフーン、【ひゃっきやこう】!」

 

 ——ばぎゅあ!

 

 【ひゃっきやこう】

 

 バクフーンの頸環よりおどろおどろしい紫炎が上がる。バクフーンの周囲に鬼火の弾丸が形成され、エンテイ目掛け矢継ぎ早に放たれる。殺到した鬼火弾は体表にて次々と炸裂、エンテイの体を焼き焦がしていく。

 

 ——があ、えあぁ!

 

 身を突き刺す岩片と肌を焼き焦がす鬼火の痛みにたまらずといった風で咆えるエンテイ。

 反撃の暇もなく畳み掛けられる現状を打破せんとしたか、その身より『百獣夜行』の象徴たる漆黒の霊気(オーラ)を噴出し、二匹目掛けて解き放つ。

 

 

 

エンテイは おぞましい力を解き放った!

 

 

 

 眼前に迫る、身の毛もよだつおぞましき霊気(オーラ)

 だが、それも所詮は追い詰められ苦し紛れに放ったもの。異郷の「神」の呪詛(しゅくふく)など、万全な状態のバサギリにとっては何ら脅威たり得ない。

 

 

 

 ——グラッシュ!!

 

 

 

 咆哮とともにバサギリの体より金色の光が立ち昇る。

 荒ぶる力にも似た黄金オーラ、それは可視化されたシンオウの加護に他ならぬ。

 輝くシンオウの加護を纏ったバサギリは、迫る黒い霊気(オーラ)へ向け手にした大鉞を一閃。輝く神威の斬撃がおぞましき霊波を両断する。

 相反する神威を叩き込まれた黒い霊気(オーラ)は、声なき悲鳴を上げながら千々となって消え去った。

 

 ——ばぎゅあ!

 

 そして、反撃はこれで終わらない。

 鳴き声と共にバクフーンが顎を開く。開かれた口元へと散り散りとなった黒い霊気(オーラ)が引き寄せられ吸い込まれていく。

 やがて散った全ての霊気(オーラ)を吸い込んだバクフーン。その瞬間、彼の頸環より噴き出る紫炎が赤黒く染まる。

 

 ——ばぎゅ……うううううん!!

 

 これなるは妖術に長けたヒスバクフーンという"種"としての「才能」、そしてヒスイの英雄(ショウ)とともに数多の冒険を駆け抜け鍛え上げられた「技量」とが合わさり為された絶技。放たれた呪詛をその身に取り込み、相手へ打ち返す呪い返しの一撃である。

 一歩間違えれば自らの身さえ危うい所業。しかしバクフーンは鍛え抜かれた超絶の技量を以って、万象恨み憎む呪詛をものの見事に御してみせた。

 取り込んだ呪詛が高密度に凝縮され、極大の鬼火弾となってエンテイへと撃ち放た(打ち返さ)れる。

 それは古今において前例なき大業。未だ名もなきその"業"に、あえて()を付けるならば——。

 

 

 

 

 

【だいおにび・うらみがえし】

 

 

 

 

 

 

 解き放ったおぞましき力がエンテイへと跳ね返る。

 

 ——がえい!?

 

 その危険性を熟知するが故にエンテイはなりふり構わずこれより逃れようとするも——叶わず。

 なぜならこれは返し風。因果応報の逆呪い。返された呪詛は縁を辿り、必ず呪い主へ降り懸かる。

 故に回避は不能、逃走は無意味。

 

 果たして放たれた極大の鬼火弾は、自らより逃れんとするエンテイ(呪い主)へと違えることなく着弾し——。

 

 

 ——がるえああぁ!!!?

 

 

 刹那、赤黒い大爆発とともにその姿を覆い隠したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ——ぎゅうん……

 

「バクフーン! 大丈夫!?」

 

 極大の鬼火弾を撃ち放った後、思わずといった風に膝をついたバクフーンのもとへショウは駆け寄る。

 見ればバクフーンは荒い呼吸を繰り返し、相当に体力を消耗しているようだった。

 無理もない。何せ彼はエンテイの放った霊気を取り込んだ挙句、大元へ打ち返すという離れ業を披露してみせたのだ。

 聖獣たちが解き放つ黒い霊気(オーラ)は、触れた者の活力を奪い、その精神を飢餓と暴走の狂気へと堕とす特急の呪詛だ。短時間かつ制御ありきとはいえ、そのような代物を体内に取り込んだのである。影響が出たとて不思議ではない。

 

「まったく、無茶して……!」

 

 消耗したバクフーンにポーチから取り出した"オボンのみ"を与えながら、思わず叱りつけるショウ。そんなショウにバクフーンは少々気まずい様子で"ぷしゅう……"と鳴いた。

 思えばバクフーンの同期の2匹は聖獣との戦いで重傷を負い、戦線離脱を余儀なくされている。恐らくは残された自分が気張らねばと気負ってしまったのだろう。故に今回このような無茶な攻撃をしてしまったのだ。

 だが、しかし。当の同期2匹が離脱した原因の一つにはショウの采配ミスもある。故に彼女自身もバクフーンの無茶に対しあまり強くは言えないのだった。

 

 それに、何よりも。

 

(さっきの鬼火弾、すごい威力だった……)

 

 放たれた鬼火弾は傍目に見ただけでも桁外れの破壊力を有していた。そしてエンテイがそれを避けることが出来ず、直撃したのも確かに目撃した。

 鬼火弾の直撃した方角を見る。爆発の衝撃で巻き上げられた土によりその姿を伺うことは出来ない。だが、塵煙の向こうでエンテイが動く様子はなく。また、先ほどまでの圧し掛かるような重圧も消えている。

 順当に考えればエンテイがひんし状態(戦闘不能)になったと見て間違いないだろう。

 

 ——グラシャラララッ!!

 

 その認識はバサギリもまた同じであったようだ。

 

 ショウと同じく土煙の彼方の様子を伺っていたバサギリ。

 彼はエンテイに動きがないことを認めるや、戦闘不能となったであろう侵略者へ確実にトドメを刺さんと、両手の鉞を再び巨大な戦斧に変貌させ、土煙の向こうへ飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——慈心寂滅(生命危機感知)——

——獄蓋開帳(炉心稼働最大)——

——火焔光背(貯蔵ガス全放出)——

——怒髪衝天(フォルムチェンジ)——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【か し ょ う ざ ん ま い】

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——。

 何もかもを焼き尽くす蒼い炎と共に、()()が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ——!!!

 

「バクフーン、どうしたの?」

 

 ()()が垣間見えた瞬間、バクフーンは跳ね上がるように立ち上がる。

 突如立ち上がったことで傍らの(ショウ)が驚くが、もはや彼にそのようなことを気にする余裕はない。

 

 バクフーンの目に映ったもの、それは彼の身に宿る霊感(ゴーストの力)が齎した限定的な未来予知。

 あとほんの僅かの間に、この地は地獄へと変わる。それを理解した瞬間、電光石火の勢いでバクフーンは動き出した。

 

 ——ばぎゅあ!

 ——グラッシャッ!?

 

 いままさにエンテイへ飛び掛からんと構えるバサギリの足元へ、鬼火弾を発射。炸裂した鬼火に思わずしてバサギリはつんのめる。

 突然の離反行為に"一体どういうつもりだ"とバクフーンを睨みつけるバサギリ。だが当のバクフーンはバサギリに目もくれず、全速力でショウの体を抱きかかえ地に押し倒していた。

 

「バクフーン!? いったい何を……ッ!?」

 

 

 

 

どっごおおおおおご!!

 

 

 

 刹那。

 果たして予知にて垣間見たが如く、塵煙の彼方より蒼い炎が炸裂する。

 

 戦場に灼熱の狂飆が吹き荒れる。

 大地を燼滅の火焔が嘗め尽くす。

 

 顕現したのは正しく焦熱の地獄。

 蒼く輝く地獄の業火(ヘルフレア)が『巨木の戦場』の一切を黒く黒く、焼き払った。

 

 ——かような地獄の只中にあってショウが無事だったのは、彼女に覆いかぶさったバクフーンのお蔭だろう。バクフーンの身を覆う体毛はいかなる炎でも燃えず、加えて優れ耐熱性を持つ。その性質を熟知するが故に彼は自らの体でショウを包み込むことで、森羅万象を焼き尽くす地獄の業火(ヘルフレア)から脆弱な主を護ったのだ。

 とはいえ、いかにバクフーンが庇ったとて業火の影響の全てを防ぎきれる訳ではない。

 

「なに、が——ッ!? ゲホッゲホッ!」

 

 毛皮越しに感じる圧倒的な熱量。いったい何事かとショウが口を開いた途端、焼けるように熱い空気が喉へと流れ込み思わず咳き込んでしまう。

 このままではまともに息すら出来ないと、ショウは慌てて制服のマフラーで口元を覆う。それでも息苦しさは変わらないが、どうにか呼吸することは出来た。

 

 次いで、圧し掛かるバクフーンに退いてくれるよう頼むショウ。

 指示に従ってバクフーンが退くと、そこでようやく彼女はなぜ()()()()()()()()()()()()()()()()を理解した。

 

(なに……これ……)

 

 彼女の目に映った光景。それは、まさしく地獄という他なかった。

 周囲四方、視界の全てを埋め尽くす蒼く輝く焔の群れ。戦場を囲うように燃え盛る炎はさながら自分達(罪人)を閉じ込める監獄の如く。キング場の象徴であった大木も薙ぎ倒されて焼け落ち、水分を失った大地は黒く焼け焦げ、あちらこちらがひび割れていた。

 

 そして、様変わりしたのは景色のみにあらず。

 

 ——グ……ラ……

 

(!! バサギリ!?)

 

 ショウの目が地獄と化した『巨木の戦場』に動くものを捉える。

 咄嗟に視線を遣ればそこにあったのは森キングたるバサギリの姿。しかし、その様相は先ほどとあまりにもかけ離れていた。

 身体を覆う甲殻は余すところなく黒く焼け、一部はまるで融けたかのように歪んでいる。両腕に備えられた石斧は高熱のためにひび割れが走っていた。

 力尽きたように地に伏せ、ようやっと呼吸を繰り返す様はどうみても重傷——それも命に関わるものだ。

 普通のポケモンならとっくに死んでもおかしくない状態。それでもバサギリが命を繋いでいるのはキングポケモンに特有の強靭極まりない生命力のお蔭だろう。

 ——だが、それも長くは保たない。早急に手を打たなければバサギリの命はここで尽きる。

 

 文字通りの瀕死状態であるバサギリに駆け寄らんと体を浮かしかけたショウ。だが、そんなショウを押し留める者があった。

 

(バクフーン!? どうして止め——ッ!?)

 

 走り出さんとしたショウの体を掴んだのは、彼女の相棒バクフーン。見れば彼の頸環からはこれ以上ない勢いで紫炎が噴き出し、視線の先に存在する()()へ最大限の警戒を露わにしていた。

 相棒のただならぬ様子に、ショウが釣られて彼の視線を向ける先を見れば——。

 

 

(!!!!)

 

 

 ——鬼神が、いた。

 

 蒼炎が照らす戦場にて、なお際立つ蒼い輝き。

 四肢から、たてがみから、鬼面から、怖気だつ蒼い炎を噴き出す黒曜の鬼神——姿を変化させ(フォルムチェンジし)たエンテイが、そこに居た。

 

 その姿を認識した瞬間、焼け付くような重圧(プレッシャー)がショウを襲う。

 脳裏に思い浮かぶ『火吹き島』の溶岩流。それがまるで高波となって襲い掛かってきたような感覚を覚えた。

 

(……ッ!!)

 

 その時、静止していたエンテイの鎌首がもたげられる。

 視線の先、映っているのは——地に這いつくばるバサギリ。

 

(まっ——)

 

 マズいと思った。

 止めねばと思った。

 

 だが——思った時は、既に手遅れだった。

 

 

【フレアドライブ】

 

 

 戦場に蒼い火閃が走る。

 頬を焼けるような熱風が打つ。

 気が付いた時には、エンテイがバサギリの場所に居て——バサギリは天高く弾き飛ばされていた。

 

 風に吹かれた木の葉のようにバサギリの体が宙を舞う。

 その下にはさながら噴火寸前の火山が如く四肢に凄まじい力を蓄え、姿勢を低くするエンテイの姿。目はしっかとバサギリを捉え、今にも飛び掛からんと構えを取っていた。

 

(ッ!! 間に合え!!)

 

 ——ばぎゃ!?

 

 瞬間、ショウはバクフーンの下を飛び出していた。

 エンテイは今度こそバサギリを仕留めようとしている。ならば如何に危険であろうとも、黙って成り行きを見守る訳にはいかなかった。

 走りながらポーチより空のボールを取り出し、投擲する。

 

 それと全く同じタイミングで、エンテイが足元を炸裂させ空へと舞い上がった。

 大気を蹴り上げ、宙を疾駆し、瞬く間にバサギリへと接近する。

 そして、自らをここまで追い詰めた怨敵を確実に仕留めるべく、蒼く輝く炎爪を振り下ろしたのであった。

 

 だが、しかし。

 

 ——?

 

 炎爪がバサギリの体を引き裂く寸前、その体が消失する。

 投擲されたモンスターボールがバサギリへとぶつかり、バサギリを内部へと格納(捕獲)したのだ。

 重力に引かれ落下するボール。それが地面へと激突するその刹那、駆け寄ったショウの手にしっかと捕らえられたのであった。

 

(——よかった! 間に合っ……!?)

 

 手にしたボールを仕舞いながら間に合ったことに安堵するショウ。だが、突如ぐらりと視界が揺れ思わずその場に膝をついてしまう。全身を襲う異常なまでの倦怠感。さらに手足がしびれ立つこともままならない。

 さもありなん。現在ショウが置かれているのは、高熱と有毒ガスが渦巻くおおよそあらゆる生命体にとって地獄そのものの環境だ。頑健なポケモンの身ならばいざ知らず、脆弱な人の身で耐えられる訳もない。

 生者を許さぬ地獄の力に、膝を突き一歩たりとも動けなくなってしまったショウ。されど、ここは未だに修羅場。いくら傷つき弱っていようが「敵」は待ってくれない。

 

(——!!)

 

 瞬間、ショウの目と鼻の先に、凄まじい熱気を放ちながらエンテイが降り立つ。

 

 "ぎょろり"、と真紅の眼光が這いつくばるショウを射抜く。突き刺さる激烈な殺意にショウは——周囲に焼けつくような熱気が充満しているにも関わらず——まるで背筋が凍るような感覚を覚えた。

 怨敵(バサギリ)が姿を消した今、この火獄に残る敵はショウ達のみ。ならば彼女がエンテイの次なる標的となるのは必然であった。

 

 エンテイの四肢に力がこもる。

 眼前に這いつくばる目障りな敵を消し炭にせんと、足裏に可燃ガスを収束させる。

 

 ——ばぎゅあ!!

 

 "早業"【でんこうせっか】

 

 だがしかし、エンテイがショウへと飛び掛かるより速く、彼女の信を置く相棒が両者の間に割り込んだ。

 

 ——ばぎゅううううん!!

 

 "力業"【ひゃっきやこう】

 

 文字通り電光石火の素早さで飛び込んできたバクフーンは勢いそのまま、頸環より無数の鬼火弾を作り出しエンテイ目掛け撃ち放つ。

 殺到した鬼火の群れはエンテイの体表にて次々と炸裂。疾駆しようとしたエンテイの体勢を崩し、その場へ押し留めることに成功した。

 

「ゲホッゲホ……ぅ、バク……フーン……ゲホッ!」

 

 駆け付けたバクフーンへ息も絶え絶えに呼びかけるショウ。だが、出来たのは辛うじてその名を呼ぶことのみ。もはや言葉を発することさえ辛いようであった。

 息も絶え絶えの様子で地に這いつくばる(ショウ)の姿に焦りを覚えるバクフーン。四方八方より絶えず熱風が叩きつけられるこの環境(じごく)はニンゲンである(ショウ)にとって極めて危険だ。一刻も早く抜け出さねば命が危うい。

 

 ——ッ!!

 

 どうにかショウをこの地獄より連れ出さねば、とバクフーンが思案した矢先、彼の瞳に霊感(ゴーストの力)が再び少し先の未来を垣間見せた。

 

 ——赤熱する大地。

 ——轟音とともに崩壊する足場。

 ——戦場を越え『奥の森』すらも埋め尽くす、灼熱の火砕流。

 

 垣間見えた未来に、思わずしてバクフーンは目を剥く。

 少し先、この場は燃え盛る岩崩によって呑み込まれる。

 あれほどまでの大規模な災害(わざ)、避けることなど不可能。かといって逃げる時間もありはしない。そして呑まれたが最後、(ショウ)は確実に命を落とす。

 

 次の瞬間、彼の身に桁外れの重圧(プレッシャー)が圧し掛かる。

 重圧の元を辿れば、そこには四肢を大地に押し付け、微動だにしないエンテイの姿。

 ——その足元は一目で分かるほどに赤く、輝いていた。

 

 その姿はまさしく噴火寸前の火山が如く。

 最早一刻の猶予も残されていないのは明白であった。

 

 

 ——ばぎゅあッ!!

 

 

 その事実を知覚した刹那、咄嗟にバクフーンの体は動いていた。

 

(……ぅ、バク、フーン……何を——あぅ!?)

 

 近くに伏せていた(ショウ)の体をしっかと掴み、あらん限りの勢いをつけて放り投げる。

 人を遥かに超えるポケモンの膂力で以って投げ飛ばされた(ショウ)の体が勢いよく宙を舞い、そのまま戦場を囲う炎壁を突き抜け、災害(わざ)の届かぬ範囲へと離れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に鬼神(エンテイ)の咆哮が鳴り響く。

 同時に大地へと注ぎ込まれたガスが一斉に起爆する。

 次の瞬間、『巨木の戦場』を……否、『奥の森』全てを揺るがす巨大な震動が襲いかかり——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【かさい・おにおしだし】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして、全てが崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「——あっ、ぐう!!」

 

 一瞬の途轍もなく熱い何かをくぐり抜けるような感覚。同時に衝撃とともに体が大地へ叩きつけられる。

 したたか打ち付けた背中に痛みが走るが、しかしそんな些細なことを気にする余裕はない。

 

「——ぅ、ゲホゲホッ!!」

 

 息を目いっぱいに吸い込み、窒息寸前の肺へ新鮮な空気を送り込む。熱気を含んだ空気が喉へ流れ込み思わず咳き込むが、しかし呼吸できないほどではない。

 ゼイゼイと何度も息を吸い込んでは吐きだし、どうにか呼吸を整える。

 

「……ッ!! バクフーン!!」

 

 何とか呼吸を安定させ、ようやくマトモな思考が戻ってきたショウ。すぐさま相棒の名を呼び、蒼焔の帳の向こうにその姿を探す。

 だが——。

 

 

 

 

ドオン!!

 

 

 

「——きゃあっ!?」

 

 突如として、大地が震撼する。

 依って立つ筈の地面がグラグラと揺れ動き、立っていられずショウは思わずその場にへたり込んでしまう。

 同時に、彼女の眼前で轟音とともに『巨木の戦場』を含む『奥の森』そのものが崩れ落ちていった。

 

 山体が崩壊し、残骸が高温のガスとともに雪崩となって駆け下る。

 顕現した火砕の大奔流は進行方向の何もかもを巻き込みながら突き進み、海にまで到達してようやっと停止する。

 見れば、埋め立てられた土砂によって『ハマナスの島』が陸続きとなっていた。

 

 

「ぇ、あ……バク、フーン……?」

 

 

 変わり果てた『黒曜の原野』を前にショウは茫然と立ち尽くす。

 眼前にあった『巨木の戦場』は原型を留めぬほどに破壊しつくされ、跡形もなく崩れ落ちており——無論のこと、そこに居た筈の彼女の相棒(バクフーン)の姿はどこにもなかった。

 

(だ、大丈夫……! きっと、どこかに脱出して……!)

 

 脳裏に最悪の結末が(よぎ)り、咄嗟に頭を振ってそれを打ち消す。

 そうだ。まだ(むくろ)を直接見た訳じゃない。生きている可能性だってきっとある。

 それがどこまでも希望的な観測であることは分かってる。しかし、そう考えなければとてもでないが耐えられなかった。

 ——大切な相棒(かぞく)を永遠に失ってしまったという、現実に。

 

「探しに——ぁ」

 

 消えてしまった相棒を探しに行かんと、腰を浮かせかけたショウ。だがその瞬間、彼女の傍らにズシンという音とともに何かが着地する。

 感じたのは肌を焼く熱量と、背筋が凍りつくような重圧。ああ、間違いない。

 僅かに視線を動かせば、そこにあったのは全身を蒼く燃やす漆黒の羅刹(エンテイ)の姿。

 その狂気輝く真紅の瞳は、無防備な(ショウ)をしっかと捕らえていた。

 

 マズいと、咄嗟にポーチへと手を伸ばしたショウ。

 しかし、彼女の手がポーチへ届くよりも前に、エンテイからおぞましき漆黒の霊気(オーラ)が放たれていた。

 

 

 

 ——がるええい!!

 

 

 

 

 

エンテイは おぞましい力を解き放った!

 

 

 

 

 

 迫る漆黒の波濤。

 放たれたのは目と鼻の先。とてもでないが避ける暇はない。

 そして、彼我の間に遮るものは——何もない。

 

(——ぁ——死——)

 

 黒一色に染まる視界。ショウはそこに自身の逃れえぬ死を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、彼女の意識は完全に迫り来る「死」に呑まれていた。

 全身が凍り付き、自らの意思では指一本とも動かせない状況。

 ——故に、その行動は完全に無意識のものだった。

 

 伸ばしかけた手がポーチを探り、中からあるものを引っ張り出す。

 そのまま取り出したもの——宵闇において輝く"とうめいなはね"を、迫る霊気(オーラ)へ向けて突き出した。

 

 刹那、迫り来た漆黒の霊気(オーラ)が"とうめいなはね"と触れあい——次の瞬間、眩い虹色の輝き(ほどばし)った。

 

 ——がるえあああ!!?

 

(っ!! 何、コレ……!?)

 

 放たれた凄まじい虹色の輝きに目を焼かれ悲鳴を上げるエンテイ。

 ショウもまた眩い光を直視できず、思わず目を瞑る。

 

 

 虹色の輝きはやがて漆黒の霊気(オーラ)の全てを呑み込み、巨大な虹の大波となって『黒曜の原野』の全てを覆い尽くした。

 

 

(……ぅ)

 

 直視できぬほどの輝きが少しずつ収まってきたことを感じとり、ショウはゆっくりと眼を開く。

 閃光を直視した影響か開いた視界に虹色の残影が映る。だが何度か目を瞬かせればそれも消え、徐々に正常な視界が戻ってくる。

 

(……え!?)

 

 そこで目に飛び込んできた景色にショウは思わず驚愕する。

 

(炎が、消えてる……?)

 

 つい先ほどまで草木を焼き焦がしていた業火が、キレイさっぱり鎮火していたのだ。それも彼女が居た森だけではない。目を走らせれば『黒曜の原野』一帯を覆っていた火の海が全て消失していた。

 

(……さっきの閃光せい? あれが火を消したの?)

 

 広範囲に亘り、あれほど燃え盛っていた火が一瞬にして消えた。

 考えられるとすれば先の閃光が要因だろうが、しかし一体如何なる理屈でそれを為したというのか。

 目の前で起きたあまりにも不可思議な現象。思わず握っていた羽根を見たショウは——そこで再び驚愕する。

 

(羽根の色が、変わってる……!?)

 

 水晶の如く透き通っていた筈の"とうめいなはね"。だが、いま彼女の手元にある羽根の色はまるで先ほどまで燃え盛っていた炎の如く、美しい真紅に変わっていた。

 

 

 ——が、えあ……

 

 

(……! エンテ……イ?)

 

 その時、ショウの耳が弱々しい唸り声を聞きつける。

 反射的に顔を上げるとそこにはエンテイの姿。しかし、その様子は先とはまるで異なっていた。

 

 纏っていた蒼炎が消え去り、元の漆黒へと戻った体。

 圧し掛かるようであった重圧は霧散し、怯えたように左右を見渡す様からは一片の戦意も感じられない。

 先ほどまでの狂気をぎらつかせていた筈の瞳には、確かな理性の光と隠し切れぬ恐怖と困惑の色があった。

 

(さっきまでと全然様子が違う……。これもあの光の所為……?)

 

 先の狂気とは打って変わったエンテイの弱々しい姿に、訝しみつつも"これも先の閃光の影響か"と様子を伺うショウであったが——。

 

 

 

 

 

 ——が、ぎいいいいい!?

 

 

 

 

「——!?」

 

 次の瞬間、その様子は急変した。

 

 彼女の眼前、突如としてエンテイが悲鳴を上げ、身悶えする。

 原因は精神の奥底より湧き上がった、抗い難き狂気の叫び。

 

 

贄を 贄を 疾く贄を

贖え 贖え 汝が罪を

宿し 広めよ 我が障

詛い 盈ちよ 我が疫

 

 

 エンテイの身体から黒炎が噴き上がる。

 それは実体なき心魂を冒す、呪詛の炎。

 噴き出た黒炎は周囲に広がることなく、ただエンテイのみを包み、その精神を灼き尽くしていく。

 

(……なに、これ)

 

 全身より黒炎を噴き出し、尋常ならざる苦痛に悶え苦しむエンテイ。あまりにも凄惨なその光景を前にショウは思わずして立ち竦む。

 エンテイの身を灼く黒炎。光も熱も発さぬそれは『百獣夜行』を引き起こす黒い霊気(オーラ)と酷似していた。

 しかし、感じる悍ましさは桁違い。これを「炎」とするならば、先の戦闘でエンテイから発せられた霊気(オーラ)など「煙」にも等しい。それほどまでに感じ取れる力の密度が違う。

 直接触れず、ただ見ているだけにも関わらず、まるで生命を根こそぎ吸い取られるかのような感覚が彼女を襲う。

 仮に"あの世"なるものが存在するとすれば、そこにはあのような力が満ちているのだろう……そう思わざるを得ないほどに、この「炎」は不吉さに満ちていた。

 

 ——がええええいい……

 

 そして——噴き出す黒炎の勢いが収まり、再びエンテイの姿が露わとなる。

 エンテイの伏されていた顔が上がり、ギョロリと動いた瞳と目が合った。

 

「……ッ!」

 

 瞬間、ショウは息を呑む。

 先程まで瞳の中に確かあった筈の理性。しかし、今のエンテイからそれは完全に焼失していた。

 ——代わって在ったのは、只管に底知れぬ"狂気"。

 

 

 ——がえええええい!!

 

 

 エンテイが咆える。

 そこには理性も、否、怒りの感情さえ欠片もなく、ただただ精神を縛る狂気の衝動のみが込められていた。

 

 ゆらり、とエンテイが踵を返す。

 もはやその瞳にショウの姿は映っていない。その内にあった一切の情動は、全て黒炎により焼き尽くされ消えた。

 代わって彼の体を動かすのは、精神の内奥より湧き出る——狂気。

 身心を支配する狂気に突き動かされるまま、エンテイは跳躍する。

 

 狂気の指し示す彼方——神座を戴く、天冠の霊峰へと。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「——以上が『黒曜の原野』で起きた一連の事象の報告となります」

「そうか」

 

 エンテイ襲撃の翌日、コトブキムラ。

 訓練場に移設したギンガ団本部の一角にてショウより『黒曜の原野』での顛末を聞き及び、シマボシは一つ頷いた。

 

「任務、ご苦労だったな。想定外の被害は出てしまったが、エンテイの襲撃からキングを守るという当初の目的は成功した——よくやった」

「——はい。そう、ですね」

 

 ショウがデンボクより与えられた任務……即ち三聖獣エンテイによる襲撃を防ぎ、キングの身を守ること。そして彼女は与えられたその任務を——想定外の被害は出たものの——達成した。

 困難な任務を見事に成功させたショウへ、称賛の意を込めて労いの言葉を掛けるシマボシ。しかし、それを受けたショウの顔色はどこか優れない。

 だが、それもいた仕方のないことであった。

 

(——長く共にあった相棒(バクフーン)を失ったのだ。落ち込むのも当然か)

 

 『黒曜の原野』での一戦、バクフーンはエンテイの引き起こした火砕流から(ショウ)を逃し、呑み込まれたという。

 『奥の森』一帯を崩落させて発生した火砕流は、海にまで到達し小規模な津波すらも引き起こす程に大規模なものであった。そのため呑まれたバクフーンの捜索もままならず、未だ消息は分かっていない。

 しかし、如何に頑健なるポケモンとはいえこれほどの大災害に遭って無事である可能性は限りなく低い。残念ながら生存は絶望的であろう。

 

(せめて(むくろ)の一つでも見つけてやれば弔うことも出来ようが……)

 

 とはいえギンガ団全体が半ば麻痺している現状、かような私事に人手を割くことなど出来る筈もなかった。

 ああ、そうだ。ギンガ団は確かに『百獣夜行』——エンテイの襲撃を退けた。だが、その過程で負った被害はあまりにも大きい。

 

 エンテイの襲撃によってコトブキムラでは全体の3割近い数の建物が損壊した。

 特に戦場となった北側が酷い。一部設備を除くほぼ全ての建造物が焼失し、比較的マシだったギンガ団施設にも大なり小なり何かしらの被害が発生している。*1

 これらを全て復興するとなれば、いったい如何ほどの時間と費用が掛かるだろうか。

 

 さらに被害は建築物のみならず、人員についてもまた同じであった。

 先の一戦におけるギンガ団の負傷者は数十名。内、重傷者は少なくとも二十名以上——その中にはイモヅル亭亭主ムベおよび、ギンガ団団長デンボクも含まれていた。

 特に団長デンボクは意識不明の重体だ。医療隊の尽力により何とか一命を取り留めたものの未だに意識は戻っていない。

 最高責任者の不在はギンガ団の指揮系統にも少なからず混乱を齎している。無事だった各部隊の隊長で何とかまとめているものの、ギンガ団の機能は半ば麻痺状態に陥りつつあった。

 

 拠点への甚大な被害。麻痺しつつある組織。コトブキムラ壊滅、そしてキングの弑殺という最悪の事態こそ免れたものの、それでもギンガ団を取り巻く環境は悪い。

 常に沈着冷静なるシマボシをして、思わずため息の一つもつきたくなる状況。

 だが、どうしようもない現状を嘆いたところで詮なきこと。起きてしまったことが変えられない以上、優先すべきはこれからどうするのかだ。ため息を吐いている暇などない。

 

 それに今回の一件、得られたものもあったのだから。

 

(——虹の閃光、か)

 

 此度、エンテイの襲撃にて初めて確認された事象——『百獣夜行』を引き起こす漆黒の霊気(オーラ)から放たれた謎めいた虹色の輝き。報告によればエンテイの放った黒い霊気(オーラ)を塗りつぶすように顕現し、『黒曜の原野』一帯を覆っていた火災を一瞬にして消火したという。

 ——これだけでも驚くべき内容であるが、報告にはこの虹の閃光についてさらに驚くべき証言が含まれていた。

 

「確認する。虹の閃光が浴びた者の傷病を治癒し、さらに『百獣夜行』の影響を打ち消したというのは確かか?」

「はい、ヨネさんとキクイくんからの証言です。まず間違いないかと」

 

 そう。虹の閃光が齎したのは火を消したばかりに非ず。光を浴びた者の傷を癒し、さらには『百獣夜行』にて狂乱するポケモンたちを一挙に鎮静化させたのだとか。

 ショウも直接目にした訳ではない。だが、証言したのは当時『黒曜の原野』に滞在していたコンゴウ団キャプテン・ヨネおよびシンジュ団キャプテン・キクイの両名だ。そして両名は共に『百獣夜行』にて負傷……特にキクイは意識不明の重体であった。

 しかし、『シシの高台』を通り過ぎる虹の輝きに身が触れた途端、ヨネとキクイが負っていた傷は跡形もなく消え去さり、加えてキクイは意識を取り戻したという。さらに傷が癒えたのは二人のみに留まらず、ひんし状態であった二人の手持ちも——モンスターボール内に格納されていたにも関わらず——回復していたのだとか。

 なお、モンスターボール内のポケモンの回復についてはショウの手持ちについてもまた同じく。エンテイとの一戦で瀕死の重傷を負っていたバサギリも、格納されたボールが虹の閃光に触れたお蔭か傷は既に快癒しており、現在その身柄はシンジュ団の元へ戻されていた。*2

 さらに特筆すべきは『百獣夜行』の影響の打ち消しであろう。

 両キャプテンの証言によれば虹の閃光が過ぎ去った後、『黒曜の原野』のあちらこちらで暴れていたポケモンたちはまるで悪夢から覚めたかの如く鎮まっていたのだとか。事実、ショウもまた虹の輝きが収まった後——一時的にではあるが——エンテイが理性を取り戻していたことを確認している。

 これが示すことは即ち、彼の虹の閃光には『百獣夜行』の呪詛を祓い、その精神を狂乱の檻より解き放つ力を有していることに他ならない。

 

 これまでは影響範囲から逃れる、あるいは遮蔽物で以ってその侵食を防ぐなどと言った限定的な対策しかとれなかったが、この虹の閃光により『百獣夜行』に対し、根本的な対策を取れる可能性が見えて来た。

 突如として襲ったヒスイを未知なる災厄——『百獣夜行』。虹の閃光は、あるいは未だ以って謎多いこの災厄を解決する糸口と為り得るやもしれない。

 

「虹の閃光はエンテイの放った黒い霊気(オーラ)()()()()を触れさせたことで発生した。そして、()()()()というのが……」

「こちらです」

 

 そう言ってショウが取り出したのは真紅に輝く一枚の羽根。

 

「……ふむ、確か水晶の如く透き通った色合いと聞いていたが?」

「はい、『群青の海岸』で発見した時はそうでした。それがエンテイの霊気(オーラ)に触れた後、このような色合いに」

「なるほど……差し詰め"とうめいなはね"ならぬ"しんくのはね"というべきか」

 

 差し出された真紅の"とうめいなはね"……いやさ"しんくのはね"を受け取り、眺めるシマボシ。

 部屋に差し込む光を反射し僅かに七色に煌く羽根は、確かにどことなく神秘性を感じさせるものであった。

 

「返却する。……仮に"しんくのはね"に任意で虹の閃光を発生させられるのならば、これは『百獣夜行』に対する切り札と成り得るかもしれない。キミは引き続きこの羽根を携帯し、その性質を調査してくれ」

「分かりました」

「本来であれば専門の研究部隊を作り、優先的に性質把握を行いたいところ。だが、人的資源の払底に加え、喫緊にて対処すべき事項が山積みの現状、"しんくはね"研究の優先度は下げざるをえない。……すまないな」

「大丈夫です、ギンガ団の現状は私も把握しています。それに研究のための情報収集も調査隊の任務の一つ。調査隊隊員として任務を果たすのは当然ですから」

「そうか——分かった、よろしく頼む」

 

 『百獣夜行』収束の切り札と為り得るもしれない"しんくのはね"。だが、今のギンガ団に新たな研究を手掛けている余裕はない。

 掴みかけた希望を後回しにせざるをえない現状に眉尻を下げ謝罪の言葉を口にするシマボシ。

 そんな彼女の対しショウは"研究のための情報収集も任務の一環である"と、気にする素振りもなく答えたのであった。

 

 さて、虹の閃光および"しんくのはね"について一通り話し終わった二人。

 続けて論ずるのは喫緊にて対処すべき課題——エンテイの行方についてだ。

 

 此度の一件、どうにか『黒曜の原野』における『百獣夜行』の脅威は退けられたものの、元凶であったエンテイは未だ健在。そして元凶が健在である以上、何処かで再び『百獣夜行』を引き起こす可能性は高い。故にその行方を追い、動向を把握するのは急務と言えよう。

 幸いにして先のライコウ・スイクンとは違い、今回はショウが逃走するエンテイの姿をしっかりと目撃している。大まかにでも逃走した方向が分かれば追跡は難しくない筈だ。

 

 そんなシマボシの言葉に同意するように頷いたショウ。

 彼女は先日の一戦の後に目撃したエンテイの様子を語る。

 

「逃走したエンテイは『黒曜の原野』の東側、内陸の方へ向かいました」

「東側……。仮にヤツがそのまま直進し続けたとすれば、進行上にあるのは——」

 

 机上に拡げたヒスイ地方の地図上、『黒曜の原野』から東の方向をすっと指でなぞっていくシマボシ。やがて地図上のとある一点を指し示したところで指は動きを止める。

 覗き込んだそこ、描かれていたのは天高く聳える霊峰の図。

 瞬間、二人はどちらからともなくその名を唱えた。

 

「「『天冠の山麓』」」

 

 全く同時に口を吐いて出たその名は『天冠の山麓』。ヒスイ地方の中央に聳え立つ霊峰——『天冠山』を擁する一帯である。

 彼の地は先の『百獣夜行』襲撃が起きた地と同じ、キング場を備えたる要の地。そして三聖獣の狙いは各地を治めたるキングやライドポケモンたちである。

 ならばこそエンテイの行く先が『天冠の山麓』である可能性は極めて高いと言えよう。

 

「彼奴の次なる標的は『天冠の山麓』。狙いはマルマイン(キング)オオニューラ(ライドポケモン)か。……ショウ」

「! はい!」

「可及的速やかに準備を整えた後、『天冠の山麓』へ向かえ。彼奴の襲撃を阻止し、キングたちの弑殺を防ぐのだ」

「了解しました!」

「私も彼の地に駐留している警備隊へ警戒を強めるよう連絡する。キミは現地の戦力と協力し任務を——?」

 

 エンテイの次なる標的に思い至り、すぐさまショウに『天冠の山麓』へ赴くよう命じたシマボシ。

 だが、しかし彼女が全てを言い終えるその前に——凶報が舞い込んだ。

 

 

 

「ほ、報告! 報告!」

 

 

 

 突如として屋内に響く叫声。

 仮本部が俄かに騒がしくなり……次の瞬間、ショウたちの元へ慌てた様子の警備隊員が駆け込んでくる。

 

「どうした、何があった」

 

 尋常でない様子の隊員に嫌な予感を覚えつつ、"一体どうしたのか"と問うシマボシ。

 次いで警備隊員が発した報告を聞き及び——その顔が驚愕に染まる。

 

「て、『天冠の山麓』に駐留中の部隊より報告です! 『天冠の山麓』に先の『百獣夜行』襲撃時と同様のものと思しき"時空の歪み"が複数個発生! さらに、山肌を埋め尽くす規模のおびただしい数のポケモンたちが集結しつつあると!!」

「!!!!」

「なんだと——!?」

 

 告げられたのはまさしく凶報。

 『天冠の山麓』に同時発生した複数の"時空の歪み"。

 山麓に集いつつあるおびただしい数のポケモンたち。

 それは紛れもなく、『百獣夜行』の前触れに他ならず。

 

 災厄はすでに、天冠の霊峰を侵し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……見つからんのう……」

 

 

「いったいどこへ落としてしまったか……」

 

 

「アレが無いとヒスイがマズいことになるのじゃが……おや? コヤツは確か……」

 

 

「ふむ……捨て置くのも偲びないか……まあ、これも何かの縁じゃろうて」

*1
ギンガ団本部庁舎もまたご多分に漏れず、崩落の危険性から現在は無事だった訓練場の建物を仮の本部としていた

*2
ただ、いかに当ポケモンが健勝とて、縄張りたる『巨木の戦場』は崩れ落ち、跡形もない状態。ついで『百獣夜行』の脅威も去ったとは言えず……バサギリが『黒曜の原野』に戻るのはまだ先のこととなる見込みであった




エンテイ(???の姿)
タイプ:いわ/ほのお
<そうげんのらせつ>
『命脅かす大敵と見えし時、その姿変貌すと伝えあり。身に蒼き焔を纏いて荒れ狂いし様、まさに悪鬼羅刹が如し』
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