Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行 作:野傘
『天冠の山麓』。
はるか天を貫き聳え立つ天冠山の裾野に広がる、かつての遺跡の残骸が散らばる静謐にして厳かなる地。
されど現在、この地に常の静寂はなく。代わってけたたましき狂騒が響き渡っていた。
——ぎゅるるるる!!
——がげぎいいいい!!
——しゅうわわわ!!
地を埋め尽くす獣の群れ。彼らは皆一様に身から黒い靄を湧きたたせ、目を真紅にぎらつかせる。
見るも悍ましき妖魔の如き群れが跋扈する様は正しく『夜行』。身を苛む狂気のまま獣たちは神聖なる遺跡を踏み砕き、闘争の血穢で以って汚し続ける。
——そして、穢れたるは地にのみに非ず。
天冠山の穢れなき白き峰が、分厚い黒煙によって覆い隠される。
その源は宙の真中にぽっかり穿たれた虚な穴。"時空の歪み"と呼ばれるそれが『天冠の山麓』の空へ無数に出現し、止めどなく黒煙を吐き出し続けていた。
そうして降り注ぐ黒煙はやがて地へと舞い降り、ポケモンたちをさらなる狂乱へと掻き立てていた。
天を閉ざす黒煙の雲。
地を埋め尽くす黒波の群れ。
まさしく魔境が如き姿に変貌した『天冠の山麓』。
されど、かような魑魅魍魎の跋扈する異界にありて、戦う者達が居た。
「無理だってぇ! こんな数相手にボクらだけじゃ
「お静かになされませツバキさま。大丈夫です、目の前のポケモンを倒していけばいずれ全ていなくなります」
「無茶を言うなよう!! そんなこと出来るのはアンタかショウくらいなモンだろう!?」
『天冠の山麓』が南、『神前の高台』。
黒波が如く押し寄せる群れを真正面から相手取り、獅子奮迅の活躍を見せる人影が2つ。
"洞窟キング"マルマインがキャプテン、コンゴウ団ツバキ。
そして"ライドポケモン"オオニューラがキャプテンにして時空の迷い人、シンジュ団ノボリ。
都合、2名。いずれもこの『天冠の山麓』にてキャプテンを務める実力者たち。
彼らは各々自らの相棒を繰り出し、後背の『山麓ベース』を護るべく、迫り来るポケモンたちを打ち払い続けていた。
ひと昔前では考えられなかった光景。これもまた"時空の裂け目"の一件を経てヒスイに齎された変化といえよう。
——と、その時。
「(——あれは)要救助者を確認いたしました。ツバキさま、申し訳ありませんが少々の間一人で持ち堪えくださいませ」
「あ、ちょ、待ってくれよう!」
蠢くポケモンたちの只中にこちらへ駆けてくる人影を見つけたノボリはツバキにしばし一人で持ちこたえるよう声をかけると、相棒たちを連れ群れの中へ飛び込んでいく。
一方のツバキは突然の無茶振りに困惑するも、既に遠く駆けていったノボリを止めることは出来ず、仕方なしに奮戦する相棒たちへ発破をかける。
「……ええい、仕方ない! 気張れようスカタンク、ゴルバット、ドラピオン!! アイツが戻ってくるまでボクらで何とか耐えるんだ!!」
——ぷっふぃいぉぷふん!
——がーぎーがー!
——きーききき!
相棒の掛け声に応えるように気合の入った雄叫びを上げる三匹。
押し寄せるポケモンの群れに種種雑多の毒液をまき散らし、その勢いを押し留めるのであった。
一方、ちらりと見えた人影の元へ向かったノボリ。
途上、道のりを阻むように狂乱したポケモンたちが突進してくるが、そこはヒスイ指折りの実力者。的確に相棒たちへ指示を飛ばし、ポケモンたちを捌いていく。
「ジバコイル【10まんボルト】、グライオン【だいちのちから】、モジャンボ【エナジーボール】」
降り注ぐ電撃。噴き上がる大地。叩きつけられる草弾。
鍛え抜かれた手持ちたちから放たれる強大無比なる技の数々。それらは殺到する群れを纏めて吹き散らし、黒波の中にポッカリと空白を作りだす。
かくてノボリは生み出された空白の只中に立ち、視線の先、狂乱する獣の群れより必死になって逃げ惑う人物——ギンガ団警備隊隊員へと呼びかける。
「そこな警備隊員さま、こちらでございます!」
「!」
ノボリの声に気が付いたか、こちらへ転がるようにして駆け込む警備隊員。
その背には負傷した団員を抱えていた。どうやら彼は動けなくなった団員を背負い、ここまで逃げ延びてきたらしい。
「ぜえ……! ノボリ殿……!
「いえ、今はヒスイの一大事、困った時はお互い様でございます。それよりも『天冠の山麓』に残ってる隊員はまだ居りますか?」
「いいえ、山麓に残っていた警備隊は我々で最後の筈です……!」
「なるほど、了解いたしました。では、あなた方は安全な場所へ。フーディン、彼らを集合地点まで【テレポート】お願いします」
——ふいいい……
その言葉とともに彼の目の前でフーディンと共に警備隊隊員たちの姿が掻き消える。
それを見届けたノボリは踵を返し、再びポケモンたちを蹴散らしながら『山麓ベース』へと舞い戻った。
「ようやく戻ってきたね! いきなり飛び出されたおかげでこっちはもう必死だったよ!!」
「ええ、ご苦労様でございましたツバキさま。お蔭で警備隊の方々は全員避難なされたとのこと。我々もそろそろ撤退いたしましょう」
「——本当かい!? よーし、スカタンクたち! もう少しだけ頑張ってくれよう!」
「それでは、避難地点へ向け出発進行!」
「ノボリさん! それにツバキくんも!」
「ショウさま」
「おやおや、遅かったではないですか」
『天冠の山麓』にてポケモンたちが集結しつつあると報を受け、おっとり刀でコトブキムラを出立したショウ。
途中、『天冠の山麓』から避難したギンガ団警備隊が集まっているという情報を聞き及び、彼女は避難場所と伝えられた地点へと向かう。
そうしてたどり着いたそこでショウは警備隊員たちと何やら話し合っていた『天冠の山麓』キャプテン二名の姿を見つけ、駆け寄った。
「お二人が警備隊の撤退時に殿を務めたとお聞きして……ご無事ですか!?」
「ご心配をおかけしたようですね。しかし、見ての通り我々は五体無事。大きな怪我などもありません」
「そうですか……よかったあ……」
「ふっ、そんなのいらぬ心配だよ。何せこのツバキとノボリ、コンゴウ団とシンジュ団の誇るキャプテンが2人も付いていたのだからね! ああ、あなたにも見せられなかったのは残念だよ。『百獣夜行』なにするものぞと、このツバキが襲い来るポケモンたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ——「ツバキさま」——なんだよう、ノボリ?」
彼らのことを心配していたというショウに、したり顔で自らの活躍を語り始めたツバキ。
が、ノボリはそんな彼の——若干空気の読めていない——言葉を遮り、言う。
「ツバキさまのご活躍の程は重々に承知しておりますが、現在は一刻を争う非常事態。武勇伝は後ほど存分にお聞きしますので、今は警備隊の方々の手当に回っていただけますか?」
慇懃ながらも有無を言わせぬノボリの言葉に、ツバキはしぶしぶ"分かったよう……"と警備隊の元へと向かうのだった。
「相変わらずにぎやかな方ですね、ツバキさまは。——それではショウさま、気を取り直して現状の確認といたしましょう」
「……あの、ノボリさん? ツバキくんの方は……?」
「ああ、ご心配なく。ツバキさまのお話はわたくしが後ほどしっかりと拝聴いたしますので」
「は、はあ……」
無言の圧力でごく自然にツバキを締め出し、何事もなかったように話を進めるノボリ。
そんな彼のやり口に何とも微妙な表情を浮かべるショウであったが、しかし彼が現状説明を始めるやすぐさまに表情を真剣なものへと切り替える。
「順を追って説明して参りましょう。異変はキングの不可解な行動が報告されたことから始まりました」
ノボリは言う、"異変の始まりはキングの不可解な行動であった"と。
「2度目の『百獣夜行』よりこっち、わたくしたちキャプテンが各々担当するポケモンの元で張り込んでいたことはご存知でしょう。ええ、わたくしも事が起きた当初、『崖登り崖』にてオオニューラと共に何か異変が無いか見張っておりました」
だが見張りを始めた当初の段階で、まだ『百獣夜行』の予兆らしきものは何もなかったという。
「それが見張りを始めて数刻が経ったころ、ツバキさまがわたくしどもの元へとやって参りました。そして彼は仰ったのです。"
元より"洞窟キング"たるマルマインは警戒心が強く、臆病な性格。以前にも
これは紛れも無き異変であると判断したノボリは、念のためオオニューラをモンスターボールで保護。同時に事前の取り決めに従って、『天冠の山麓』駐在のギンガ団警備隊へ連絡を図った。
「ですが、それから幾ばくも無い内に「天冠山」上空に複数の"時空の歪み"が出現。時を経ずして、『天冠の山麓』に狂乱した無数のポケモンたちが集い始めたのです」
続々と集結する想定を上回る数のポケモンたちに、警備隊は現状戦力での拠点防衛を不可能と判断し、『天冠の山麓』からの撤退を決定した。
だが、ポケモンたちの集結速度は彼らの予想以上であり、結果避難が間に合わず複数名の者が取り残されてしまったのだ。
「そこで警備隊の方々が取り残された隊員を救助するまでの間、わたくしとツバキさまが殿として拠点の防衛を務めることとなったのです」
かくしてキャプテンたちの協力、そして警備隊の決死の尽力により、どうにか死者を出すことなく
そう。結果としてはだが、ギンガ・コンゴウ・シンジュの三団の中に死者はなく、また
つまり、現状キング・ライドポケモンの弑殺を防ぐという当初の目標は一先ず達成されている。
——だが、目標が達成されたとて、決して事態が収束した訳ではない。
「……これより先は実際に見た方が早いでしょう、こちらへ」
これまでの状況を一通り説明し終えたところで、ノボリはやにわにそう言って、歩き出す。
彼の先導に従い天冠山を望む高台へとたどり着いたショウ。そこで彼女は変わり果てた『天冠の山麓』の姿を目の当たりにし——絶句する。
「ウソ……これが、『天冠の山麓』だっていうの……?」
「ええ、その通り——言うなれば"魔境"とでも申しましょうか」
天に空いた裂け目から、延々と降り注ぐ黒煙。
山肌を埋め尽くす、狂乱したポケモンの群れ。
空も、大地も、黒一色に染まったおぞましき光景。
常の荘厳さと静謐さを失い、魔境と化した『天冠の山麓』がそこにあった。
真紅の瞳を爛々と輝かせたポケモンたちが山肌を埋め尽くすように蠢動する様……ショウにはそれが、さながら決壊寸前の堤のように見えた。
(もしも、この群れが溢れ出しでもしたら……)
今はまだ、群れは無人の野たる『天冠の山麓』に留まっている。だが、ひとたび溢れ出せば……よしんば、それが
最悪の予感が脳裏をよぎりショウの背に冷たいものが走る。文字通り山一つを覆い隠すほどのポケモンの群れだ。真正面からの迎撃などとてもでないが不可能、進路上にあるもの全てを放棄しなりふり構わず逃げる他ない。
仮にこれが今のコトブキムラへと進路を向ければ——今度こそ、ギンガ団は壊滅するだろう。
"最悪の事態が起こる前に何とかして鎮めなくては"、と荒ぶる『百獣』の群れを前にそう思案するショウ。
果たしてそんな彼女を嘲笑うかの如く、事態はさらに悪化していく。
——ひゅららーい!
——どしゅすいいー!!
——がええいいー!!
「——ッ!? この、声はッ!!」
突如として『天冠の山麓』より響き渡る、猛々しき三つの雄叫び。
雷鳴に、地鳴りに、爆発音に似たそれら……忘れる筈もない。
瞬間、天冠山の山頂へ轟音とともに白雷が閃く。同時に中腹の森から紅蓮の炎が立ち昇り、裾野の川へと多量の土砂が流れ込んだ。
魔境と化した『天冠の山麓』を三災が彩る。それは紛れもなく『百獣夜行』の元凶、狂える三聖獣が顕現したことを示していた。
「ライコウ、スイクン……それに、エンテイまで……ッ!」
「三聖獣たちが現れましたか。来るのは時間の問題と思っておりましたが、まさかここまでとは……!? ショウさま、あれを!」
その時、天冠山の一点を指差しノボリが叫ぶ。
見れば彼の指し示す先、荒ぶる災害に追われるように群れが移動し始めていた。
ギリギリで保たれていた均衡が崩れる。空前の規模の『百獣夜行』が今、目の前で発生しつつある。
——もはや、一刻の猶予もない。
(どうしよう……! 早く鎮めないと、このままじゃ……! でも、どうすれば…………あっ!)
"発生しつつある『百獣夜行』を如何にして食い止めるか"……焦るショウの脳内に、天啓の如く閃くものがあった。
そのままポーチの中に手を伸ばし、微かに輝くそれを取り出した。
「"しんくのはね"……!」
陽が覆われ薄暗い中にあって、それでもなお仄かに紅く光る美しき"しんくのはね"。
先のエンテイの一件では、この羽根から放たれた虹の閃光によって狂乱したポケモンたちがことごとく鎮められた。
ならば此度もまた同じ現象を引き起こすことができれば、発生しつつある『百獣夜行』を食い止められるかもしれない。
「ショウさま? 手に持つそれは一体……?」
「はい、これは……」
手にした"しんくのはね"を熱心に見つめるショウを疑問に思ったか、"何を持っているのか"と尋ねるノボリ。
対しショウは先の『黒曜の原野』の一件も併せ、この"しんくのはね"が見せた力について語る。
「この羽根の力をうまく使えれば!」
「なるほど、
「はい!」
黒煙を掻き消し、荒ぶる獣を鎮める"しんくのはね"の不可思議な力。
これを使えば防ぎようのない
まさしく絶望的な状況の中に出て来た希望の芽。
だが、その時表情を変えぬまま、何やら思案していたノボリが口を開き、言った。
「——果たして、それで本当にうまくいくのでございましょうか」
「え?」
"果たして本当にうまくいくのか"、と。
「それは……」
「——ああ、申し訳ありません。決してショウさまの策を否定している訳ではないのです。ですが——」
そう言って、ノボリは先の『黒曜の原野』と此度の件における相違点を指摘した。
「先の『黒曜の原野』において、ショウさまが対峙したのはエンテイ一匹のみ。しかしながら此度の『天冠の山麓』において力を振るっているのは三匹全てでございます。仮に"しんくのはね"の力で一匹を鎮めることが出来たとして、影響を逃れた他の二匹が
「……あ」
ノボリから指摘され、はたとその可能性に思い至ったショウ。
考えてみれば確かにそうだ。先の『黒曜の原野』とは異なり、『天冠の山麓』には今、全ての三聖獣が集結している状態。彼らの内一匹を鎮めたところで、他の二匹が健在ならば『百獣夜行』は引き起こされ得るのだ。
加え、彼らが駆け回るのは起伏に富んだ広大なる山地。彼の地を縦横無尽に移動する聖獣たちを一匹ずつ相手取っては、『百獣夜行』の発生を食い止めきれぬやもしれない。
——ならばどうするのか。
そんな当然とも言える問いかけに、ノボリは対案を用意していた。
「——万全を期し、彼らを一ヶ所におびき寄せ一網打尽とするのが最善かと」
一匹ずつ相手取るには時間が足りない。ならば三体全てを一ヶ所に集め、同時に鎮める。
これであれば聖獣たちに邪魔されることなく『百獣夜行』の止めることが出来るだろう。
問題は——。
「……確かにノボリさんの策は一理あります。でも、どうやって聖獣たちを
そう。ノボリの策の最大の問題点、それは一体如何にして荒ぶる三聖獣を一ヶ所に集めるのかということ。
これを解決できねば、如何に最善の策とも机上の空論に過ぎぬ。
しかし、そのようなことはノボリとて承知の上。ならば必然、そのための方法もまた想定済であった。
「ショウさまの疑念は実にごもっとも、なので彼らの求めるものを使います」
「三聖獣たちの求めるもの……? !! ノボリさん、まさか!」
「ええ、そうです。わたくしと
聖獣たちの狙いは『天冠の山麓』を治めるキングとライドポケモンだ。そして今、ノボリの元にはライドポケモンたるオオニューラが居る。彼が『天冠の山麓』に戻れば、聖獣たちは必ずやその身を弑殺せんと襲い掛かってくるだろう。彼らを釣り出す囮としてこれ以上のものはあるまい。
「こうして策を言い出した責任がある以上、オオニューラの護衛はわたくしが務めます。無論、オオニューラには傷一つ付けさせるつもりはありません。例えこの身と引き換えになろうと必ずや守り抜く所存でございます」
「ですが、ノボリさん! それはオオニューラをみすみす外敵の前に晒すようなもの! あまりにも危険過ぎます!」
オオニューラを囮として使うというノボリの策に目を剥き、険しい顔で反対するショウ。
無理もない。彼の策は護るべき対象である筈のオオニューラをわざと敵の前に放り出す危険極まりないもの。いかに有効的であろうと諸手を挙げて賛同することなどできなかった。
だが当のノボリはそんなショウを手で制し、淡々とした口調で続ける。
「——ショウさまの懸念はごもっともでございます。しかしながら、これが今取れる最も有効な策であることは事実。時間の猶予もない以上、例え危険であろうともやるだけの価値はありましょう。それにショウさまもわたくしのポケモンの実力はご存知のはず。ならばわたくしのオオニューラに傷一つ付けさせはしないという言葉も、決して大言壮語の類いでないとお分かりいただけますでしょう。なにより——」
同時に、ポンと音を立てながらノボリの腰のボールよりオオニューラが飛び出す。
視線を縄張りたる『天冠の山麓』に向け、悔し気な表情を浮かべるその様は、彼が現状に全く納得していないこと示していた。
——にゃりん……!
「——やむを得ぬ事情からこうしてボールに避難してもらいましたが……大切な棲家が荒らされて、怒ってるのは誰よりもオオニューラ自身なのです。ただ命を失われては困るからという理由で、ヒスイを守る柱として危機に立ち向かわんとする彼の意思を止めることなど、わたくしにはできません。それでもなおショウさまが止められるというのであれば——それ相応の対案をお出しいただきたく存じます」
「……ッ! それは……」
ノボリとオオニューラの覚悟を前に、ショウは思わず言葉を詰まらせる。
シンオウ様の眷属として、この地を守り弱き者の力となる。それこそが遥か遠き
果たしてショウにはその覚悟に見合うだけの対案を出すことが出来るのか。
黙り込んでしまったショウを見つめ、答えを待つノボリ。だがいくら待っても彼女からの言葉はなく、もはや"対案はない"ものと彼は判断する。
「……決まりですね。他に対案が無い以上、わたくしの策を——「あります!」——ほう」
そこで"他に案がない以上はこれで決定である"と、宣言しようとしたノボリ。
だが、彼が言葉を言い終える直前、発されたショウの声により遮られる。
「お聞きしましょう。ショウさまの策とは如何なるものでしょうか?」
「はい、私の作戦は——」
そう言って、自らの立てた策を話すショウ。
果たして彼女の策を聞き及んだノボリはふむと一つ頷き、言った。
「——確かにこの方法であればオオニューラを危機に晒さずとも彼らを釣り出せる可能性はあります。試してみる価値はありましょう。問題はそれでオオニューラが納得するかどうかですが……」
——にゃりん
「"かまわない"、と。ふむ、ならば問題ありません。ショウさまの策、試してみることにいたしましょう」
ががああああええああああ!!!!
駆ける。
駆ける。
駆ける。
心中を埋め尽くす狂気のまま、只管に猛り、追い立て、駆け続ける。
——
——弑せよ。戮せよ。滅せよ。
——忌々しき「神」の光を、この地より一掃せよ。
精神へ響く、鳴りやまぬ叫び声。
声の指し示すままエンテイは滅ぼすべき「神」の光を求めて、『天冠の山麓』を駆け回る。
——!!
その時、エンテイの知覚が忌々しきかの「神」の気配を捉える。
気配を辿り視線を飛ばせば、そこには
身よりは忌々しきかの「神」の気配を漂わせるそのポケモンは、紛れもなくエンテイが探し求めた
—— 見 つ け た。
探し求めた獲物を補足し、
煩わしき「神」の眷属。
ここで逢うたが最期。決して逃がしはしない。必ずやその身を引き裂き、忌々しき光を消し去ってくれようぞ。
エンテイの四肢に力がこもる。
大地に爪立て、体勢を低く、さながら引き絞られた矢の如く解放の時を待つ。
ががあああ!!
刹那——エンテイの足元が炸裂し、文字通り爆発的な勢いでその体が射出された。
撃ち放たれた矢が如く、一直線にオオニューラへと迫るエンテイ。その体は狙い違わずオオニューラのいた地点へ着弾、大地ごと抉り飛ばす。
——がああええ……!
だがしかし、抉り飛ばされた跡の地にオオニューラの姿はない。着弾の寸前にその場より飛び退き、攻撃から身を躱していたのだ。
そのままヒラリと身を翻し、軽やかに逃げ行くオオニューラ。対しエンテイも"逃しはせぬ"と、逃げるオオニューラの後を猛然と追い始めた。
断崖に爪を立て、山麓の険しい地形を物ともせず
爆裂によって地形を粉砕し、恐るべき速度で踏破するエンテイ。
逃げるオオニューラと追うエンテイ。延々続くかの如き両者の追走劇はしかし、徐々にエンテイへと天秤が傾いていった。
原因はエンテイの有する圧倒的な機動力。爆風を用いたその跳躍は峡谷を一息で飛び越えるほど。
いかにオオニューラの登攀力が優れようとも、その速度差は歴然であった。
彼我の距離が縮まっていく。あと少し。あとほんの少しの距離で、逃げる
——!!
数瞬の後、獲物が確かに自らの射程に収まったのを見たエンテイは爆炎とともに勢いよく跳躍。中空よりオオニューラ目掛け、燃え盛る火の玉となって駆け下る。
——ががああええええい!!
放たれた必殺の一撃。火球と化したエンテイが逃げるオオニューラを強襲する。
果たして、必殺の意を込めた一撃は寸分違わずオオニューラの身体を捕え、その身を大地に打ち据えた——筈であった。
——!?
瞬間、エンテイの残されていた僅かな理性が驚愕に染まる。
確かに打ち据えた筈の
あり得ざる事態を直視し、混乱のあまり思わず動きを止めるエンテイ。
刹那、その認識の外側より大質量の攻撃が叩きつけられた。
——がえいあ!?
エンテイの横合いより襲い掛かった膨大なる泥の奔流。弱点となる"じめん"のエネルギーの流れに呑まれ、その身体に無視できぬダメージが刻まれる。
全身に纏わりつき、その身を圧し潰さんとする泥波。しかしエンテイはこれに翻弄されつつも、纏わりつく泥塊をガス爆発によって吹き飛ばし、どうにか脱出することに成功する。
——ぎいい……!
弱点タイプの一撃を受け、大きく傷ついた肉体。身を苛む痛みに怒りを募らせながら、エンテイは先の一撃が放たれた方角へと目をやった。
——ひゅ、らああ……!
——どぅ、しゅいい……!
真っ先に飛び込んできたのは、自らと同じく地に膝を突き苦痛の声を漏らす、「純白」と「深緑」の
そこでエンテイはようやく気が付く。どうやら自分達は獲物の罠に嵌り、各々の「必殺」をお互いに撃ち込まされたらしい。
朧げな理性の中、狩られるべき獲物にまんまと一杯食わされた事実を認識し、エンテイは激怒する。
怒りのまま視線をさらに動かせば、膝をつく自分たちの中心、こちらをせせら笑うかのように立つ
瞬間、眼前に立つオオニューラの姿がぐにゃりと歪み、奥より彼らを化かした下手人がその真の姿を現わした。
——こきゅおおおおん……!!
先端が紅く染まった、真白のざんばら髪。
怨讐の昏き光を宿す、黄の瞳。
現れたのは全身を白と紅に彩られし「幻影の亡者」——"のろいぎつねポケモン"ゾロアークであった。
——があえぎゅららら!!
——ひゅうるぐるぎい!!
——どしゅるがるげあ!!
顔を憤怒に歪ませ、姿を露わにした下手人を睨みつける三聖獣。
彼らの怒りに呼応するかの如く、彼らの身体からドス黒い
漆黒の津波が三方より同時にゾロアークへ迫る。
周囲全てを囲われた上、彼我の間に遮るものは何もなく、霊気より逃れることは叶わない。
眼前の不届き者は間もなく呪われた霊気によって朽ち果てるだろう。
黒い津波と化した
だがしかし、かような彼の確信は——。
「ゾロアーク、戻って」
——裏切られることとなる。
黒い
代わって顕れたのは
その時、朧げな思考の中でエンテイはかの少女の姿に見覚えがあることに気が付く。
そうだ。あのニンゲンは確か……——!!!!
瞬間、エンテイの全身に怖気が走った。
原因は視線の先、
"あれはダメだ"——彼女の持つ羽根を目にした途端、エンテイの心に猛烈な忌避感が湧き上がる。
あれはダメだ。
あれだけはダメだ。
あれは——あれは——!!
エンテイの精神に満ちていた狂気の叫びが急速に静まっていく。
代わって心中を支配したのは、抑えがたき恐怖の情。
気が付けば、自らでも訳の分からぬままにエンテイは走り出していた。
止めねばならぬ。留めねばならぬ。
あの輝きは、あの光は、我らの——。
だが、しかしすでに
一瞬の間をおいて、目も眩むような虹の閃光が放たれ——そして、全てが光に包まれた。
(うまく、いった……!)
虹色の閃光に眩んだ目を瞬かせながら、ショウは自身の策が成功したことを確信する。
ショウの目論見通り、先の『黒曜の原野』同様、黒い
直に確認は出来ていないが、この虹の閃光の力によって『天冠の山麓』の狂乱していたポケモンたちは鎮静化した筈だ。事実、先ほどまで轟いていた筈のポケモンたちの喧噪が消えていた。
これで『百獣夜行』の発生は阻止できた、そう確信してショウは僅かに安堵する。
ショウの立てた策。それは
三聖獣の狙いはヒスイのキング、そしてライドポケモンたち。故に
そこで彼女が思案したのは囮を本物ではなく影武者とする作戦であった。そう、結果として彼らをおびき寄せられるのならば、囮は必ずしもオオニューラでなくともよい。まやかしとて彼らの目を欺ければ囮として十二分に機能する筈である。
そして、ショウの手持ちの一匹にはまさしくお誂え向きの能力を持つ者——幻影を用いて外敵を欺く化けギツネ——ゾロアークが居た。彼の操る変幻自在の
加え、虚像は囮として本物に勝る部分もある。聖獣たちを誘導する最中に攻撃を受けた場合、本物であれば避けられぬ攻撃も実体なき虚像ならば避けられる可能性は高い。仮に攻撃が直撃したとて、本体が無事ならば再展開することも出来よう。即ち、安全性においても本物を使うより優れているのだ。
かくて、かような理由をもってショウはノボリを説き伏せ、そして目論見通り、三聖獣を同時に鎮めることに成功したのであった。
そうこうする内、眩んでいたショウの視界が徐々に戻ってくる。
——ええい……
——ららい……
——すすい……
(——え?)
背を丸め、怯えたように体を震わせる三聖獣の姿であった。
先ほどまで纏っていた狂気は消え失せ、何かに恐怖するかのようにひたすらガタガタと震える三匹。
そこには伝説のポケモンと謳われる力強さなど何もなく。ショウは目の前のこれがとても先ほどと同じポケモンと思えない程であった。
(そう言えば、あの時も……)
思い起こすのは先の『黒曜の原野』での一件。あの時も虹の閃光を浴びた直後、エンテイはどこか怯えたような姿を見せていた。
気になったショウが彼らの様子を確かめるべく一歩足を踏み出すと、聖獣たちはビクリと頭を上げ、彼女から距離を取るように後退る。
その時、ショウは怯える彼らの視線が自らの手元へ注がれていることに気が付いた。
(……もしかして、この子たちが怯えているのはこの羽根なんじゃ——えっ!?)
その様子から彼らの怯える要因がこの"しんくのはね"ではないかと思案しつつ、ショウは視線に釣られるように自らの手元へと目を落とし……驚愕する。
(また、色が変わって……!?)
彼女の手にしかと握られた"しんくのはね"。燃え盛る炎の如き紅色であったそれに陽光を思わせる金色が加わっており、さながら夕焼けのような色合いとなっていたのだ。
(どうして? ……さっきの黒い
言うなれば"ゆうひのはね"と呼ぶべき色合いとなった"しんくのはね"を見つめ、しばし思考に没頭するショウ。
——がえぎぎぎぎいいい!?
——ひゅらぎゅるるうう!?
——どしゅしゅげええあ!?
「ッ、なに!?」
だが次の瞬間、周囲へ響いた身の毛のよだつ叫び声にショウは強制的に現実へと引き戻される。
音の出処は彼女の眼前、全身から漆黒の炎を噴き出し、悶え苦しむ三聖獣であった。
(あれは、あの時と同じ……!)
聖獣たちの全身を覆う悍ましき黒い炎。それは間違いなく、先の『黒曜の原野』において虹の閃光を浴びたエンテイの体より噴き出したものと同一の代物であった。
——がえええええい!?
——ひゅらららいい!?
——どしゅすいいい!?
眼前で苦痛に悶えるかの如くのたうち回っていた聖獣たちは、やがて襲い来る苦しみから逃れるように各々明後日の方向へ走り出す。
——ひゅららーい!
——どしゅすいいー!!
——がええいいー!!
そして、『天冠の山麓』に長々と
天冠山の争乱より数日。
ギンガ団仮本部、医務室にて。
「——うむう。そうか、私の寝ている間にそのようなことが……」
全身包帯塗れで寝台の上に横たわりながら、デンボクは頷いた。
寝台の傍らに居るのは調査隊隊長シマボシ、そして同隊員ショウ。彼女たちは目覚めたデンボクへ、彼が意識を失っていた間の諸々の事件を報告していたのだ。
先のコトブキムラ襲撃にて全身骨折の重傷を負い、意識不明状態であったデンボクは医療隊による懸命の治療の甲斐もあって何とか意識を取り戻し、こうして報告を受けられるまで回復していたのであった。
二人からの報告を全て聞き終えたデンボクは、傍らに立つシマボシへと労いの言葉をかける。
「シマボシよ。私が不在の間の団の指揮、ご苦労であったな」
「勿体ないお言葉です。しかし、団長不在の間も組織が維持できたのは各部隊の隊長たち、そしてここに居るショウも含む団員たちの献身的な働きがあってこそ。私一人の働きでは決して成し得ませんでした」
対し、シマボシは自身の力のみならずあくまでも団員たちの尽力の賜物であると言う。
相変わらずとも言えるシマボシの言葉。デンボクは内心で僅かに苦笑する。
「分かっている、皆の働きには十二分に感謝しているとも。うむう……彼らの尽力に報いるためにも、一刻も早く業務に復帰できるよう努力しよう」
「そうしていただけると」
「うむう。……して、『天冠の山麓』より逃走したという聖獣たちについてだが」
と、そこで話題を切り替えたデンボク。
切り替えた先は現状での最大の懸念点、姿を消した三聖獣の行方についてであった。
「彼奴らのその後の足取りは掴めているのか?」
「はっ。まず聖獣たちそのものですが、こちらは未だ所在を掴めてはおりません。しかし周囲に残された痕跡から、彼らはそれぞれ『黒曜の原野』、『紅蓮の湿地』、『純白の凍土』へ向かっているものと推定されています。捕捉は時間の問題かと」
「うむう、そうか」
"聖獣たちそのものの所在は未だ掴めず、しかし痕跡から捕捉は時間の問題である"というシマボシの言葉に、デンボクは満足気に頷く。
これまで頑として知れなかった聖獣たちの動向を把握し、さらには可能性の高い行先まで推測できるようになった。つまりは今まで後手後手に回っていた『百獣夜行』対策を先んじて行えるようになったのだ。紛れもない進歩であった。
そして、進展はそれだけに留まらない。
「シマボシ、そしてショウよ。『百獣夜行』を鎮める方法を見つけたというのは真か?」
「はい、間違いありません」
ヒスイを脅かす新たな災厄、『百獣夜行』。この地に現れた異形の聖獣たちが引き起こすそれは、迎撃するか逃走する他に対処しようがない、発生することそのものを防ぐことの叶わない代物であった。
しかし先の『黒曜の原野』、『天冠の山麓』の件を経て、ギンガ団はこれの発生そのものを防ぐ"切り札"を手に入れたのだ。
「ショウ、あれを団長に」
「はい、隊長。——団長、こちらです」
「うむう、なるほどこれが……」
シマボシに促されたショウがポーチよりそれを取り出し、デンボクへと差し出す。
彼女の手に握られた金と紅に輝くそれを一目見て、デンボクは思わず感嘆するのだった。
「"ゆうひのはね"、か」
「はい。この羽根を聖獣の放った霊気に接触させた際、強力な虹の光が発生。それに触れたポケモンたちから『百獣夜行』の影響が消失しました。加え、今回の『天冠の山麓』においてはさらに上空に発生していた"時空の歪み"もまた同時に消失した、と」
"シンジュ団キャプテン・ノボリ氏からも証言が得られております"とシマボシは付け加えた。
「ふむ、なるほどな。ところで……報告によれば羽根のこの色合いは元々透明であったものが変化したとのことだが」
「はい。『群青の海岸』で見つけた当初は確かに透明な色合いでした。それが『黒曜の原野』の件で真紅に、そして——」
「此度の一件にて夕焼けを思わせるこの色合いに変わった、と」
「仰る通りです」
「うむう。……しかし、そうか。羽根……いや、まさかな」
ショウより差し出された"ゆうひのはね"を眺め、その来歴を聞き及ぶデンボク。そうして聞き終えた後、彼は何がしか思案する素振りを見せる。
考え込む彼の姿に"もしや"と思ったシマボシはデンボクへと問いを投げる。
「団長。もしや団長はこの羽根に心当たりがあるのでは?」
「……そうだな、無いこともない」
果たして彼女の予想通り、デンボクにはこの不可思議なる羽根について心当たりがあるようであった。
「その"心当たり"というのは?」
「うむう。——我が故郷たるジョウトの地に、美しい羽根を持つポケモンの伝説がある」
曰く、そのポケモンは美しき七色の翼を持ち、その姿を見た者は永遠の幸福を約束される。
曰く、そのポケモンは虹の麓に住まい、心正しき者の前にのみ姿を現わす。
曰く、ジョウトにおいては古来より生命の象徴として尊崇される、"海の神"と対を為す"虹の神"。
その名を——。
「ホウオウ」
——"ホウオウ"という。
「……では、この"ゆうひのはね"はそのホウオウなるポケモンの羽根である、と?」
「断言は出来ぬ。そも伝え聞くホウオウの羽根色は鮮やかなる虹の色、決してかような夕日の如き色合いではない。だが、この羽根は『百獣夜行』へ遭う度にその色彩を変化させている。ならば、今の色合いはこの羽根が"にじいろのはね"に至る途上であると考えることも出来よう。……何より」
と、そこでデンボクは一拍を置き、そしてこう言った。
「彼奴ら……三聖獣とホウオウには浅からぬ因縁がある」
「因縁?」
「うむう——以前、ジョウトの伝説において聖獣たちは同時に生み出されたと話したことがあったな? その三聖獣を生み出したとされる存在こそがホウオウなのだ」
デンボクは語る。
伝承に曰く、三聖獣たちは火事によって命を落とした名もなき三匹のポケモンであった。
死した三匹の境遇を憐んだホウオウは、彼らに新たなる姿と力を与え、自らの眷属として再びこの世に蘇らせた。
かくて蘇った三匹が今の三聖獣——ライコウ、エンテイ、スイクンである、と。
「虹の輝きで以って彼奴らが齎す災厄を鎮め、傷付いたものたちを癒す——この"ゆうひのはね"がホウオウのものであるのならば、あるいは彼の者も我らと同じく眷属の凶行を止めようとしているのやも知れぬ。……尤も、"ゆうひのはね"が真にホウオウの羽根であるのか確かめる術がない以上、単なる推測の域を出んがな」
結局のところ"ゆうひのはね"の出どころが分からぬ以上、それが本当にホウオウと関わりがあるのかは不明のままだ。
そして現状、ギンガ団にとっては"ゆうひのはね"の出自の如何などさして重要な問題ではない。
——重要なのはただ一つ、この羽根には聖獣たちの放つ
(この羽根の示した力。これさえあればもはや『百獣夜行』は恐るるに足らず)
原因不明、正体不明、対策不能の未知なる災厄であった『百獣夜行』。
しかし今、その発生の種が割れ、さらにこれを防ぐ術を手に入れた。
『百獣夜行』は既に未知なる災厄ではなくなっていた。
——ならば。
「——
そうしてデンボクは
「ギンガ団調査隊に任務を言い渡す。各地を流離うエンテイ、ライコウ、スイクンを捕らえよ。——ヒスイの地より『百獣夜行』を駆逐するのだ」
「——はっ」
「……え? あ、はい!」
デンボクより申し渡された新たな任務——三聖獣の捕獲。
これを聞いた二人の反応は全くの正反対であった。
常と変わらぬ沈着冷静な顔のまま、当然のように"是"と返したシマボシ。
一方のショウは一応の返事こそしたものの、納得しかねるようなどこか当惑した表情を浮かべていた。
何ゆえにショウはこのような表情を浮かべていたのか。その理由はかつての彼女の経験にあった。
「あの、団長。一つ懸念が……」
「むう、何だ」
「はい。かつて彼らを捕獲したボールが内部から破壊された件……これについてはいかがいたしましょうか」
そう。かつてショウは『純白の凍土』にてライコウを捕獲しようと試みた際、捕獲完了した筈のボールを内側から食い破られるという信じがたい事態に遭遇している。
即ちこの問題を解決しなければ三聖獣の捕獲は事実上不可能、元凶を断つことは出来ないのだ。
「——うむう、お前の疑問は尤もだ。しかし、案ずるな。解決策は用意してある」
「!!」
しかし、そんなことはデンボクとて十二分に承知の上。
すでに解決策は用意しているという。
「そ、それは一体いかような!?」
「うむう、それは——「デンボク団長!!」——丁度来たようだな」
その時、ドタドタと足音を立て病室へと駆けこんでくる者があった。
音に釣られ振り返ったショウは駆けこんできた人物の姿を見て、目を丸くする。
「ラベン博士?」
「オー! キミもいたのですね、ショウくん! グッドタイミングなのです!」
現れたのは紫色のニット帽を被った大柄な男性、その名を"ラベン"。ギンガ団調査隊所属のお雇い研究者であり、『ポケモン図鑑』の編纂を務めている人物であった。
"どうしてラベン博士がここにいるのか"、予想外の人物の登場を疑問に思うショウ。しかし彼女の疑問は続いてのデンボクと博士の会話にてすぐさま氷解する。
「こうしていらっしゃったということは、例のものが完成したのですな」
「はい! 団長から依頼された例の三聖獣捕獲用の新型ボール……とうとう出来上がったのです!」
デンボクと博士、両者の間で交わされた会話を聞いてショウは察する。
どうやら先ほどデンボクが言った"解決策"とはこの新型ボールのことであったらしい。
確かに『百獣夜行』の発生からこっち、ラベン博士は終始忙し気な様子でショウとも滅多に顔を合わせることがなかったが……その理由もこの新型ボール開発に掛かり切りとなっていたためのようだ。
「うむう。ご苦労でしたな、ラベン博士。無理な依頼であったにも関わらず、しっかと完成いただいたこと感謝いたしますぞ」
「何の何の! 今はヒスイのピンチ、ギンガ団の一員としてボクも出来る限りのことをするのは当然なのです! それに、この依頼はショウくんの安全にも関わること。ボクの頑張りで
そう言って朗らかに笑うラベン博士。
しかし、言動とは裏腹に目元にはクッキリと濃い隈が出来ているのが見て取れる。さらによくよく見れば心なし体もふら付いているように見えた。
口では"お安い御用"と述べたものの、どうやら完成まで相当な苦労があったらしい。
デンボクは心中にてラベン博士へのさらなる感謝を重ねるのであった。
「では、博士。新型ボールをショウにお渡しいただけますかな? それとその性能の子細も共に」
「了解なのです! ——それでは、ショウくん。こちらをどうぞ」
デンボクより促され、ラベン博士は懐より完成した新型ボールを取り出しショウへと手渡す。
受け取ったショウは手元へと視線を移し、手にしたボールをしげしげと眺めた。
「これが……」
受け取ったボールは上部に二つの突起を備える、ヘビーボール系列に似たシルエット。しかし、感じる重量はヘビーボールとは比べ物にならぬほどに軽く、フェザーボールと遜色がない程である。
全体が高級感の溢れる紫と臙脂に塗られ、開閉スイッチの上には見慣れぬ異国の文字が描かれていた。
「全体的な構造は強度に優れたヘビーボールを基本とし、三聖獣の素早い動きにも対応できるよう徹底的な軽量化を施しました。途中で軽量化に伴う強度の不足が懸念されましたが、これについては素材として
"現状、これを越える強度のボールはヒスイに存在しないでしょう!"、ラベン博士はそう誇らしげに言う。
「理論上、いかなるポケモンであろうとも捕獲可能な性能! ギンガ団の技術力を結集したまさしく最高性能のモンスターボール! 作成にあたって協力いただいたクラフト
「"マスターボール"なのです!!」
ラベン博士が告げたその名を、"マスターボール"。
奇しくもそれは遥か未来において、最高の性能を持つボールと同じ名を冠していた。
「——マスター、ボール」
その名を告げられた瞬間、ショウの心に言いようのない感覚が湧き上がる。
もはや朧気にしか思い出せぬ
「ただ素材の関係上作成できたのは3つだけで、予備もありません。なので聖獣たちを捕えるのは完全な一発勝負となってしまうのですが……」
「——大丈夫です。私なら必ず当てられます」
限界ギリギリの数しか揃えられなかったことに面目なさげな表情を浮かべるラベン博士。
対しショウは力強く"自分なら確実に当てられる"と言う。
「ショウくん……ええ、そうですね。ギンガ団が誇る捕獲
「はい、任せてください!」
「うむう。——では、改めて命じる! ギンガ団調査隊所属・ココノツボシ団員ショウよ! 災厄の元凶たる伝説の三聖獣を捕らえ、『
「——はい!」
原因不明の災いに怯える時は既に去った。
今よりは我らが攻める時。『百獣夜行』を終わらせ、
決意を新たに、ギンガ団が——ヒスイの英雄が動き出す。
今、ヒスイを覆う『獣』の闇を打ち払わんがために反撃の狼煙が上がった。
【BGM:たいせつなものを手に入れた】
・マスターボール ×3
どんなポケモンも 必ず捕まえることができるという 最高性能の不思議なボール。
遥か未来における最高のボールと同じ名を冠するボール。オリジンボール作成の際に余った端材を組み込むことで驚異的な強度と投擲性能を両立した、まさしく最高のボール性能を持つ。
その強度ゆえ一度内に収まれば例え伝説のポケモンであろうとも脱出できず、当たりさえすれば理論上いかなるポケモンでも捕獲が可能。しかし未来のそれと異なり誘導機能などは着いておらず、確実に当てるには対象に大きな隙を晒させる必要がある。