Pokémon LEGENDS 三聖獣異聞録 神都秘邃百獣夜行 作:野傘
身の毛もよだつような悍ましき声。
大気をつんざき響き渡る甲高い叫び。
放たれた雄叫びが脳を貫き、その強烈な不快感にショウは思わずして耳を押さえうずくまってしまう。
(~~~~~~~ッ!!)
体が震える。
心が竦む。
魂の奥底から際限なく湧きだす恐怖に、ショウはその場から一歩も動けなくなってしまった。
(……あ)
果たして、それこそが狙いであったか。
次の瞬間、影の鳥がショウの目掛け
眼前に迫る黒い
正体不明の恐怖に身を竦ませるショウではこれを避けることは叶わなかった。
が、そのまま一方的に呑まれるほどには彼女も無防備ではない。
迫る霊気に反応し、ショウの懐から金色の光が放たれる。
隠し持っていた"ゆうひのはね"が悍ましき力を打ち祓わんと、その神秘の力を顕現させる。
目も眩むような金色の輝きが押し寄せる霊波を掻き消し、押し返す。
それは災厄を祓い清める聖なる輝き。生命を司る霊鳥の神威。
故に眷属たるエンテイが抗える筈もなく、今までと同様"はね"の光によって黒い
(なん……で……?)
だがしかし、証明された筈の
"ゆうひのはね"から放たれる金色の光をいくら浴びせても、一向に
気が付けばショウの周囲は、その全てが這い寄る"黒"に覆われていた。
もはや"はね"の光に黒い
さらにはその光さえも徐々に弱まりつつあり……このままでは黒い
(もう……ダメ……)
有効であった切り札が無意味なものとなった今、もう彼女に出来ることはない。
まさしく絶体絶命の状況に、"もはやこれまでか"と諦念とともに俯いた——その時。
——彼女の耳に有り得ない筈の声が届く。
「——え」
弾かれるように顔を上げたショウ。
その目の前で再び驚愕の事態が起きる。
"力業"【ひゃっきやこう】
漆黒の
悲鳴のような金切り声が響き、押し寄せる霊気の波が千々となって散っていく。
視界を覆う"黒"が晴れ、目の前が一挙に鮮明となる。
「——うそ」
そこで彼女は有り得ざるものを見た。
——ばぎゅあ!!
散っていく
全身を覆う黄と紫がかった黒い毛皮。首には幾つもの紫色の斑紋が連なり、そこからこれまた紫の輝く鬼火を揺らめかせる。
「そんな……まさか……!」
ゆったりとした、それでいてどことなく上品さを感じさせる立ち姿。
ああ、その姿を見間違う筈もない。
あれは紛れもなく——。
「バクフーン!?」
彼女の相棒、ラベン博士より譲り受けた始まりのポケモンが一……バクフーンに他ならなかった。
以前の戦いで永遠に
あまりにも信じがたい事態に直面し、ショウは思わずして呆けた表情を浮かべてしまう。
——ばぎゅん!
一方、自らの名を呼ばれたことに反応したのか、脱兎の如き勢いでショウの下へと駆けてくるバクフーン。
そのまま勢いよくショウに抱き着くと、彼女の腹にぐいぐいと頭を押し付ける。
それは彼が
「バクフーン……良かった、生きてた……!」
——ぎゅるるる♪
腹に感ずる懐かしい感触。それは目の前のバクフーンが決して夢でも幻覚でもないことを示していた。
失った筈の相棒との予期せぬ再会。ショウは目に涙を浮かべながら、甘える相棒の頭を優しく撫でる。
一方のバクフーンも久方ぶりの主との触れ合いを楽しんでいるのか、心地よさげに喉を鳴らした。
久方ぶりの再会を喜び合うショウとバクフーン。
「……!!」
——!!
しかし両者の心温まる交流は周囲に再び怖気だつ気配が満ちたことで中断される。
気配を辿った先を見れば、先の鬼火で散り散りとなった筈の
『ハマナスの島』に再び悍ましき叫びが轟く。
周囲に満ちる激烈なまでの「死」の気配。あらゆる生命を否定するようなそれは、まるで黄泉戸が開け放たれたかのようであった。
「……う、く!?」
ショウの心中に再び湧き上がる正体不明の恐怖。
意思に関係なく体が震え、精神が蝕まれていく。
堪え切れずに彼女が膝を突こうとしたその時、バクフーンが背より激しく炎を噴き出し、咆えた。
——ばぎゅん!
「——っ!? ぶはあッ!! はあはあ……バクフーン、ありがとう……!」
バクフーンの発する声を耳にした途端、身体を襲っていた震えが止まり、正体不明の恐怖より解放される。
同時に周囲に満ちていた「死」の気配が弱まり、呼吸も楽になった。
重圧より解放され、止まっていた息を吸いながら相棒に礼を言うショウ。
対しバクフーンは"気にするな"というかのように一つ頷き、視線をついと影の鳥に移す。
そして背の紫炎をますます激しく揺らめかせながら低い威嚇の唸りを上げた。
——ばぎゅるるぅ……!
次の瞬間、形を取り戻した影の鳥が再び身の毛もよだつ絶叫を上げながら、
眼前に出現した漆黒の大波浪。
触れた者の生命を簒奪し、精神を狂乱の檻に閉ざすおぞましき力を前に、しかしバクフーンは一歩たりとも引きはしない。
なぜならその背には命に代えても守るべき
——ばぎゅうううう……!
背より激しく紫炎を噴き出し、力を集中させるバクフーン。
刹那、裂帛の気合とともに溜め込んだ力を解放し……全身全霊の大火として打ち放った。
——ばぎゅああああ!!
"力業"【オーバーヒート】
黒い
ぶつかり、混じり、互いが互いを掻き消さんとせめぎ合う"黒"と"紅"。
両者の勢いは果たしてしばしの拮抗の後……徐々に後者へと傾いていった。
紅蓮に輝く【オーバーヒート】が黒い
紅き炎に身を焼かれ、まるで悶えるかのように鳴き声を上げる影の鳥。やがてその身を構成する霊気全てに炎が伝搬し、形が保てなくなったのか千々の黒靄となって消えてしまった。
「……倒したの?」
総身を焼き尽くされ、黒靄となって消滅した影の鳥を見届け、ショウはふとそんな言葉を呟いた。
何せ肉体を全て燃やされたのだ。通常の生物であれば"ひんし"……いや、下手すれば死も免れないであろう。
故に常識的に考えれば、倒した思うのも当然のこと。
——だがしかし、彼女が対するそれは残念ながら
——!! ばぎゅあ……!!
「そんな……嘘、でしょう?」
彼女たちの見つめる先、千々に散った黒靄が寄り集まり始める。
瞬く間に再生されていく肉体。果たして数瞬も経ぬ内に、彼女らの眼前にはまったく無傷の影の鳥が再び顕現していたのだった。
翼を広げ再度あのおぞましき咆哮を上げる影の鳥。
そこには先ほどの【オーバーヒート】のダメージなど微塵として感じられなかった。
千々となった状態からの完全回復。それはもはや"再生"を通り越し、"再誕"したとでも言うべきレベルの代物であった。
いかなる攻撃を浴びようとも再生する影の鳥の力を目の当たりにし、ショウとバクフーンは悟る。
"あれは尋常の手段で倒せるような存在ではない"、と。
その時、彼女らの眼前にて影の鳥が翼を羽ばたかせ天高く舞い上がる。
鳥はやがて宙の一点に到達するとその場で滞空。
嘴先を地上に向けると、一瞬の間をおいて膨大な量の"黒炎"を吐き出し始めた。
——!! ばぎゅあッ!!
「バクフ、きゃあ!?」
"早業"【でんこうせっか】
上空から『ハマナスの島』目掛け凄まじい量の黒炎が放たれる。
それを目の当たりにした瞬間、バクフーンは"でんこうせっか"の早業でショウを抱え上げ、全身全霊で黒炎の範囲より離脱した。
彼が持つ霊なる者を見通す力。それが"黒炎"に対し最大級の警告を発したのだ。
——"逃げねば、死ぬ"と。
「うっ、げほげほっ! バクフーン、いきなり何を……」
突如として抱えられた上に地に放り投げられ、衝撃で思わず咳き込むショウ。
そのまま彼女は反射的に前を向いて——。
「……は」
瞬間、絶句する。
「なに……これ」
原因は、彼女の眼前に広がる景色。
先の戦闘でいくらか燃えたものの、それでも緑が残っていた『ハマナスの島』。
だが黒炎が過ぎ去った後、青々としていた筈のそれらが悉く枯れ果て、赤茶けた色合いを晒していたのだ。
そして、枯れたのは島の草木のみに非ず。
「!! そんな、ポケモンたちが……!」
枯れた草木に埋もれるように倒れ伏す種々のポケモンたち。
身じろぎ一つせず完全に沈黙したその様は、彼らが生命を失い骸と化したことを示していた。
ゾッ、とショウの背に冷たい感覚が走る。
あの黒炎は触れた者の命を奪う。タイプ相性も何も関係なく、問答無用に。
加え、先の攻防からあの影の鳥には"はね"の力の効果が薄いことが分かっている。ショウとて呑まれれば一溜まりもなく屍を晒すことになるだろう。
見れば影の鳥が上空を旋回し、再びこちら目掛けてその嘴先を向けていた。
先の黒炎の範囲から推定すれば今度は『ハマナスの島』全域がその射程内に入るだろう。
もはや逃げることは叶わない。しかし、立ち向かうこともまた不可能だ。
訪れた絶体絶命の危機。"どうすれば"と焦燥を覚えた、その時である。
——!! ばぎゅあ!!
ショウの傍ら、同じく影の鳥を見上げていたバクフーンが突如振り向く。
「バクフーン?」
——ばぎゅ! ばぎゃあ!
「"ゆうひのはね"を? 掲げろって言っているの?」
バクフーンは彼女の胸元……懐に忍ばせた"ゆうひのはね"を指差し、身振り手振りで何かを伝えようとしているようであった。
その様子から察するに、どうやら彼は"ゆうひのはね"を掲げさせようとしているらしい。
何ゆえバクフーンがそのようなことをさせようとしているのかは分からない。だが、今は他に手の打ちようのない状況。ここは相棒を信じる他ない。
バクフーンの行動を信じ、手にした"ゆうひのはね"を高々と掲げたショウ。
次の瞬間、上空の影の鳥に反応するように"ゆうひのはね"より金色の光が漏れ始める。
——ばぎゅううううん!!
と、同時に紫炎を激しく揺らめかせながらバクフーンが咆える。
するとどうだろう。"ゆうひのはね"より漏れ出た光が彼の口元へと吸い込まれていくではないか。
羽根より発する力を吸収し、バクフーンの炎が眩い金色の光を帯びる。
——ばぎゅあああああ!!
咆哮とともにバクフーンの体から放出される無数の鬼火。
それは背に揺らめく炎と同じ夕暮の金の色を帯び、元の紫と混ざりあって曙の空を思わせる色合いに変化していた。
放たれた鬼火はバクフーンの意に従い一ヶ所に収束、やがて巨大な曙光の火炎弾へと変わる。
その時、上空より影の鳥の鳴き声が響き、その嘴先より再び"黒炎"が吐き出される。
『ハマナスの島』の全域を覆い尽くさんばかりの勢いで拡がる漆黒の炎。
しかし、迫り来る滅びの火を前にしてバクフーンの顔に怯えはなく。
瞬間、己が霊感の導くまま、作りだしたる曙の火球を"黒炎"へと叩きつけた。
百鬼の闇夜に横行するは、佞人の闇主に媚びて時めくが如し。
太陽昇りて万物を照せば、君子の時を得、明君の代にあへるが如し。
激突する"黒炎"と"曙光"。
それらは一瞬の拮抗の後——曙の輝きが黒炎を押しやっていく。
数多のポケモン、即ち"百獣"。
その大襲来、即ち"夜行"。
影の鳥が吐き出す"黒炎"は、災厄『百獣夜行』の根源たる力そのもの。
そして跋扈する"夜行"は、闇夜を切り裂き昇る旭日によって終焉を迎えるという。
ならばこそ、
其は百獣の闇を切り裂く、黄金の旭光。
永劫の呪いを祓うその大業に、名をつけるとするならば——。
——ばぎゅあああああん!!
闇夜の昏き火を下し、曙の輝きが勢いを増す。
それはまるでヒスイを覆う災厄を祓うかの如く、『百獣夜行』の元凶を照らし出し、焼き清めていく。
全身を余すことなく曙の光に灼かれ、影の鳥が悲鳴を上げる。
バクフーンの持つ浄化の炎に、"ゆうひはね"の力に上乗せした一撃。先と違い、異質のものが混じるがために影の鳥がこれを侵食することは叶わず。
為す術もなく実体なきその身を曙に取り込まれていく。
そうして一際長き絶叫を上げたのを最後に——影の鳥は今度こそ、跡形もなく消え去ったのであった。
(勝っ……た!)
曙の光炎により影の鳥が跡形もなく消滅したのを見届け、今度こそ勝利したと確信するショウ。
先ほどとは明らかに手応えが違う。間違いなくあの一撃は影の鳥にとって致命傷となった筈だ。
事実、しばらく待っても影の鳥が"再誕"する様子はない。まき散らされていた黒靄もすっかり消えてしまったことから、どうやら完全に消失したようだ。
突然現れた脅威が取り除かれたことに安堵し、胸を撫で下ろしたショウ。
と、同時に冷静になった彼女の脳にある疑問が思い浮かぶ。
(それにしても、あれは何だったんだろう……?)
思うのは先ほど襲撃を受けたあの影の鳥のこと。
エンテイの肉体から突如として現れ、最後の一撃を除いたあらゆる攻撃が通用せず、生命を奪う黒い炎を操る謎の存在。
ポケモンのようでいて、しかしポケモンではない異質なナニカ。その正体も由来も何もかもが不明の謎めいた存在であるが、しかしただ一つだけハッキリしていることがある。
(あの鳥の体、聖獣たちの黒い
影の鳥は『百獣夜行』の元凶たる
故にあの鳥は『百獣夜行』に関わる存在であることは確かであろう。
とはいえ、現状で判明していることなどその程度。それ以上のことを考えるにはあまりにも情報が不足していた。
ならばこれ以上考えを巡らせても時間の無駄。一度情報を持ち帰り、以降は
と、そこでショウは影の鳥に対する思考を打ち切り、別に優先すべき事項へ意識を移す。
なぜならショウの本来の目的——エンテイの捕獲——は影の鳥の出現によって阻まれ、未だ完了していないのだから。
周囲を見渡し影の鳥が消滅した場所の傍に倒れるエンテイの姿を見止めたショウは、マスターボールを片手に再び慎重に近づいていく。
幸い、エンテイは先と変わらず沈黙した状態で目を覚ます素振りはなく。難なく接近したショウは至近よりその無防備な体目掛けてマスターボールを投擲する。
「——せいっ!」
果たして投げられたボールは寸分の狂いもなくエンテイへと到達し、何の抵抗もなくその身体を内に吸い込み格納する。
そして三度飛び跳ねた後、小さな花火を上げて捕獲の完了を告げたのであった。
「……ふう」
捕獲したエンテイのボールを拾い上げながら、何となしにショウは一息吐く。
ライコウ、スイクン、そしてエンテイ……と、これでヒスイに出現した異形の三聖獣は全て捕獲された。
そしてその身柄を押さえた以上、彼らが引き起こしていた『百獣夜行』も発生することはもうない。
ヒスイを襲った未曽有の災厄はここで終息したのだ。
「これで……終わったんだよね」
手にしたマスターボールを見つめ、独り言ちる。
『百獣夜行』に残された謎は未だ多いが、少なくともこれ以上被害が発生することはない。
それに根源たる三聖獣の身柄も確保済み、後はじっくりと時間をかけて解明していけばよいのだ。
ともあれ喫緊に迫っていた危機への対処は終わった。
あとはムラへと帰還し、この調査結果を報告しなければ。
"団長たちも首を長くして待っているだろうし……"と、ショウは踵を返しコトブキムラに帰還しようとする。
「帰ろう、バクフーン」
だが"帰ろう"と呼びかけたにもかかわらず、何故だか
「バクフーン……? どうしたの、帰るよ?」
不思議に思ったショウが傍に近づきもう一度呼びかけるも、反応はなく。
目をかっと見開きながら、バクフーンは『ハマナスの島』の北東——聳え立つ天冠山を一心不乱に見つめ続けていた。
——ばぎゅあ……!
その時、戦闘を終え鎮火していた筈のバクフーンの背に再び紫炎が揺らめき出す。
それはまるで何かに警戒しているかの如く。
「バクフーン……?」
明らかに尋常でない様子の相棒に不穏なものを覚えたショウ。
「——!? 辺りが、急に暗く……!?」
刹那、彼女自身もまた周囲を襲う異変に気が付いた。
時刻はそろそろ正午を回ろうかというにもかかわらず、辺りが急に暗くなったのだ。
今日の天気は雲一つない晴天、太陽が雲に隠れるということは有り得ない。
だが先ほどまで燦々と降り注いでいた筈の陽光はなぜだか急速に陰り、代わって不自然な暗闇が辺りを包み始めていた。
「いったい、何が起きて……!?」
辺りを襲う明らかな異変。
一体何が起きたのかと、ショウは空を見上げ——。
「……嘘でしょう」
——
「太陽が……!?」
天冠山の頂、かすめるように登っていた日輪——それが内よりしみ出す漆黒の影によって侵蝕されていたのだ。
太陽の内にまるで虫食いのように出現した無数の黒い影。それはみるみるうちに勢力を拡大し、ほどなくして太陽をすっかり覆い隠してしまう。
昼間にも関わず逢魔ヶ時のように昏くなる視界。
次いでショウの目の前でさらなる異変が発生する。
影に覆い隠された日輪……その周囲の空間が歪み、渦巻くように蠢き始めたのだ。
その様はさながら周囲にあるものを全てを吸い込むという
しかし
蝕日より吐き出される膨大な
黒い靄の如きそれは瞬く間に拡がっていき、とうとうヒスイの空を完全に埋め尽くしてしまう。
日の光は完全に遮られ、周囲はまるで真夜中のようであった。
——さらに、異変はこれだけで収まらず。
突如として『黒曜の原野』の中空に幾つもの黒い穴が穿たれる。
穴からは天に座す蝕日同様、黒い靄が溢れ出し、地上へと降り注いでいく。
それは先のコトブキムラ襲撃にて確認された、『百獣夜行』を齎す異形なる"時空の歪み"に他ならなかった。
「なん、で……!? だって、聖獣たちはもう……!?」
かつての異変を思わせる暗黒の空を見上げ、ショウは茫然と呟く。
なんだアレは。なにが起きている。
元凶たる三聖獣は全て捕えた。『百獣夜行』はもう起きない筈だ。
だがそんなショウの想いと裏腹に、災厄は終わるどころかますますとして勢いを増しているようにも見える。
想像を超えた事態を前に、思わず立ち尽くしてしまっていたショウ。
その時ふと懐に違和感を覚えた彼女は、すぐさまそこに仕舞っていた"ゆうひのはね"を引っ張りだし……戦慄する。
「そんな……"ゆうひのはね"が!?」
紅と黄金の色を帯び、自ずから輝きを発していた筈の"ゆうひのはね"。
それがどういうことだろうか。放っていた光は完全に消え失せ、鮮やかだった色合いもくすんですっかり色褪せていた。
色褪せた"はね"からはもはや何の美しさも神秘性も感じられない。これでは黒い
発生した異変。切り札の喪失。
襲い掛かる悪夢のような現実にどうすべきか分からず、ひたすら混乱するショウ。
「——おうい」
と、そんなショウの耳に突如として誰かの呼び声が届く。
それはショウが見知ったとある人物の声であった。
次いで呼び声に応じて振り向いてみれば、そこにあったのは果たして予想通りの姿。
「——コギトさん?」
現れたのは黒いつば広帽子と黒いドレスを身に纏った美女。
どこか老獪でミステリアスな雰囲気を醸し出すその女性の名は、"コギト"。
かつて赤い空の異変でショウを助け、異変の終息に貢献した人物であった。
「おお、そなた久しぶりじゃのう。こんな辺鄙な所で何をしておるのじゃ?」
「あ、はい。お久しぶりです、私は団長からの依頼で……じゃ、なくて! コギトさんこそ何でこんなところに居るんですか!?」
周囲が明らかに異常な状態であるにもかかわらず、どこかとぼけたような口調で"何をしているのか"と問うてきたコギト。
そんな彼女にショウはついいつもの調子で言葉を返すも、すぐさまに"それはこっちの台詞だ"と逆に質問を投げ返した。
「ん? わしか? ふむ、わしはギンガ団の長に用事があってのう。コトブキムラに向かっておったのじゃが……途中でそなたを見かけたので挨拶でもと思った訳じゃ」
「デンボク団長に用事、ですか? それはどのような……?」
「ああ、それは……ん?」
と、コギトが答えようとしたその時、ふと彼女の視線がショウの背後——こちらに近づくバクフーンの姿を捉えた。
「何じゃ。急に姿を消したと思ったら、そなた主の下へ戻っておったのか」
——ぷしゅう……
「ああ、ああ。別に謝らんでもよい。元より傷が癒えたら帰すつもりだったのじゃ、それが多少早まっただけのこと」
——ばぎゅ、きゅう!
「分かった分かった。なら今度暇な時にでも畑を手伝ってくれ……まあ、その"今度"があればの話じゃがのう」
お互い見知った風な様子で、何やら会話を交わす両者。
一人蚊帳の外に置かれたショウは、"はてこの二人に接点などあったのか"と首をかしげる。
「あの、コギトさん? バクフーンといったい何を……?」
「ん? ああ、気にするでない。ボロボロじゃったコヤツをあたしが手当してやったというだけじゃ。殊更語るようなこともない……それに、今はそんな悠長なことしとる場合でもないしのう」
そう言うと、コギトは天冠山の方をチラと見やり続けた。
「とうとう
「それは、大丈夫ですが……」
「ならばよし。では早速向かうとしようぞ。あまりグズグズしておる暇はない……何せ」
そうしてコギトは一拍の間を置き——
「
「————え?」
——衝撃的な言葉を呟いたのであった。