拝啓父さん、俺は家出します   作:水割りトウモロコシ三世

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そうだ、家出してやろう

ライヴァンが家出したきっかけはほんとうに些細な、誰もが持つだろう気まぐれな思いつきだった。

 

ちょうど4ヶ月前のことである。

その日は父親と喧嘩した翌日で、珍しく太陽の眩しい日だった。

 

窓を開けて、勢いよく枠に長い足を乗せる。

ライヴァンは朝ご飯も食べずにぶつくされて自室から飛び降りて出た。昨日の今日のことだから父親と会うのが気まずかったのだ。

(いってぇ…引っぱたかれたとこまだジクジクする…こんなことあったっけ?……ねぇわ…あーほっぺたの骨折れるかと思ったわってかアレ絶対マジギレじゃん…やば)

不機嫌そうな顔で赤くなったほっぺたを摩りつつ。

 

まぁ、今回は自分が悪いと思っている。

こっちは感情と詭弁で叫ぶのに対し、あっちは論理武装で淡々とこちらの言い分を斬り捨ててきたのだから。

 

しかもこっちを責め立てるでもなく言った言葉に対して返してきているだけに、苛立ちは募れどライヴァンは為す術もない。

いっそ清々しいまでの完敗っぷりだった。

 

だからこそ父親の意見を正しいとすんなり受け入れるのは、なんか癪に障ったのだ。

 

「でもなー」

 

今回ばかりは面と向かってまた反発する気には到底なれない。言葉を選ばなすぎて父親をマジギレさせてしまったのである。

 

ホワイトアウトした視界に、頬にジクジクと走った激痛。思わず悪態をついて見上げた途端、息が詰まった。

 

(ーあ、やっちまった)

表情の抜け落ちた顔でジッとこちらを見る父親は、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す鬼神の如く、あまりにも冷たい目をしていた。頭のてっぺんから足先までが氷柱になったよなうな気分だった。

 

死ぬほど後悔した。だが泣きじゃくることはなかった。なんせ反抗期。プライドだけは高いので。

 

ライヴァンは泣きそうな顔をグッと顰めた後、父親の顔をキツく睨んで出ていった。顔を見ないことで己のボロボロになった自尊心を守るために。

 

ドアを派手に閉めた途端に涙がこぼれ落ちてきた。堪らず走って部屋まで戻った。恐怖と後悔が八割、怒りが二割。

アレ、絶対覇王色の使い手だわと本気で思った。それか魔王とか邪神とかそういう類の、なんかやべー人智を超えた存在か何かだ。きっとそうに違いない。あんな怖い顔したのが人間でたまるかってんだ。チクショウ。ライヴァンは枕を抱きしめてベショベショ泣いた。

 

回想終了

 

「っあー、どうしよ、どうしよ」

 

忙しなく手を動かして、酔っ払いみたいな足取りは導かれるように砂浜へ向かう。

行き着いた砂浜は広く、全てを受け入れるように透き通る白をしていた。

ドンと腰を下ろし、静かに靴と靴下を脱いで浅瀬に足をひたして、グッと目をつぶるとタコみたいに脱力する。

「やばぁー」

やらかした。心の中でそれだけが渦巻く。昨日の光景がパッパと脳内スクリーンに映り、父親の低い声がまだ耳の奥にこびりついている。繰り返す度どうにもならないぐちゃぐちゃした気持ちが心臓を満たし、まるで鉛みたい。

「ハァ」

息が苦しい。

堪らず溜息を吐いて、膝を抱えて胎児の姿勢になる。

足の指で砂をぎゅうぎゅう握って離し、かき混ぜる。

 

ここは幼いころから通う秘密の憩い場。宝石の浅瀬。

何か悩み事があるとき、こうやっていると気分が落ち着くのだ。

 

フッと息をつき、静寂に身を浸すこと数分。羊水の中はきっとこんな感じなのだろうなとポーっと思いながら、心臓の音が落ち着いたところでゆっくりと目を開く。

横たわるように広がる水面は、エメラルドグリーンから深く美しい青色へと表情を変えている。陽光を散らす波、どこまでも 広がる群青の水平線、カモメの歌声ー

 

慣れているはずなのに、どこか新鮮に見える景色だった。

 

海は広いな大きいなぁ。潮風と共にはるか向こうの世界に心が吸われる心地に身を任せ、ライヴァンは自分の意識を景色に溶かし、ゆっくり深呼吸した。

 

寄せては引く波の音は目まぐるしく回転する思考をしずやかに研ぎ澄ませていく。氷の表面を削るみたいに、荒々しい感情を切り崩して、磨いて、透明にして。

そうして導き出され、自然と心の中に落ちてきた言葉を花の咲いたような笑顔で口ずさんだ。

 

「そうだ、家出してやろう。」

 

行ってみたいなよその国。と。

自らが零したロクでもない言葉は、偶に道端で見かけるキラキラした石みたいに不思議と輝いて聞こえた。

 

喧嘩で苦々しい、申し訳ないという思いをしながらもライヴァンの脳内選択肢に最適解である父親に対して素直に「謝る」とか「和睦」だとかで終わらせるというのは存在しなかった。

確かに自分は言いすぎた。それは反省はしているし、後悔もしている。

しかし、それはそれ。そんなものには子犬を撫でるが如き微笑みで中指を立てるのがコイツの性分なのである。

 

だから真逆に、面と向かわず「今回ばかりはテメーと分かり合えねぇよ!ヴァーカ!!!」と後方へ全力疾走することにしたのだ。

 

人はこれを逃避という。

 

 

…まぁ、それだけならよくある話だ。

誰もが親に反抗したくて家出を思いつき、そして断念する。若しくは厳しい現実を味わうことで失敗に終わるか。

いずれにせよ、たいていその経験は幼き日々の微笑ましい思い出となり、時折笑い草として談笑の場に引き出されることとなったりするのが古来より繰り返される常というものだ。

これまでのライヴァンがそうであったように。今回もそうやってこの喧嘩は終わるはずだった。

 

 

問題は、その日のライヴァンが反抗期・思春期真っ盛りでマリアナ海溝よりも深くいつも以上に機嫌が下がっていたこと。そして幸か不幸か(少なくとも父親にとっては不幸極まりないないだろうが)、父親との航海で培った(叩き込まれた)計画力、行動力、そして持ち前の意志(反骨精神)が凄まじかったことだった。

 

「そうとなれば、入念に準備しなきゃ!」

珠のような笑顔でよしと頷くと、明後日の方向へ突っ走っていく衝動を胸に家へと足早に帰った。心は風みたいに軽かった。

『思い立ったが吉日』『やるなら徹底的に』

座右の銘である。

 

その日の夕方になってライヴァンは父に柄にもなく素直に謝った。

父はしばしの間瞠目し、訝しげな顔で額に手を当ててきて頭の方を本気で心配された(何故こうなったかライヴァンは納得いかない)。が、特に何も言われずに一日は終わった。

次の日、いつもは着いていく航海にも、ライヴァンはちょっと気まずそうに眉を下げて『頭を冷やしたい』と『いい子』を演じて断った。

昨日のこともあってか、父は気を使った様子で「気をつけろよ。何かあったら電伝虫で連絡しなさい」といつもよりちょっと優しく言うだけで出かけていった。

あんまりにも切なげに可哀想な態度をとっているものだから、すっかり信じている様子だった。

 

まさか家出するなんて思ってもいなかっただろうに。

 

「俺、将来俳優になれるかもしんないわぁ」

伽藍とした家の中でポツリと呟く。

そうして、まんまと残ってみせたのである。

ライヴァンはほくそ笑んで新聞を閉じ、父が航海に行っているほんの数日のうちにせっせとリュックサックに旅支度を詰め込んだ。

父の船からかっぱらっておいた予備の記憶指針と最寄りの島や行きたい島の永久指針も忘れずに。

そうそう、宝物のこれも大事に持っていこう。

「うふふふ」

一人旅だなんて、人生で初めてだ。これから気兼ねなく何でも好きにできると思うととってもワクワクする。スキップして鼻歌でも歌ってしまいそうだ。

他にも色んなものを入れてリュックサックを閉めて…開いて。ちょっと考え込むと、お気に入りの万年筆で置き手紙を認めた。

詩を綴るように流麗な筆記体でさらさら書き、せっかくだからと丁寧に折って便箋に入れ、鴉の描かれたお気に入りの封蝋まで付けて机の上に乗せた。

 

父親を煽ることだけには余念が無いのだ。

 

ーさぁ、これで準備は万端だ。

大窓の外に見える空は抜けるように青い。海も静かで、またとない旅日和である。幸運の女神は自分に味方してるらしい。

 

 

「行ってきまぁす」

外套に身を包み、帽子を深く被って、もぬけの殻となった家に仰々しく頭を下げた。

キラキラした目でくるりと振り向く。

 

外の空気を思いっきり吸い込んで、グッと手のひらを握りしめる。嗚呼、夢に見た自由はすぐそこまで迫っている!

ライヴァンはそうして青い海のはるか向こうへ堂々と飛び立ったのだった。

 

残された手紙の内容はこうである。

『拝啓父さん、俺は家出します。探さないでください。

1年ぐらいしたら多分戻ります。

お元気で

探さないでください。

 

愛をこめて、ライヴァン

 

P.S.ムカついたので明後日飲むと言われていた酒瓶を1本、保管場から拝借しました。いつか多分返すので許してください。

 

 

くたばれバーカ!

 

この一連の行動が後に大きな波乱を生み出す原因になったことを

そして近いうちに『新解釈おとうさんといっしょ! 楽園を駆ける鬼ごっこ編〜親愛なる悪友を添えて〜』が勃発することも…

 

ライヴァンはまだ、知らない。

 




次回は大体サブキャラ視点進行でかなり長め(2万字弱想定)の予定です。
原作キャラも少し出ます
誤字・脱字や感想お待ちしています
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