嶮しい山岳に囲まれた森林の一帯に開けた土地がある。
そこそこの数の建物とかなりの大きさの畑に牧場。水源も通っており山奥の村と言い張るには発展の度合いが大きく、また山岳という地形を利用した防衛設備は一種の要塞と言っていいほどだった。
ここは獅子族の隠れ里。個体数にしておよそ三千とそれなりの数とそのほとんどが戦士としての資質を持つ生まれながらに強い種族の住まう一つの小さな王国だ。
そんな王国の中心部にある一等大きな屋敷の中で、赤茶色の鬣をなびかせた獅子の古き王と蛇人の英雄『毒蛇』リブレが相対していた。
「そうか、ナターシャは死んでいたか」
玉座に座る獅子の獣人は両の掌で顔を覆い俯いた。指の隙間からは苦痛と悔恨の表情が浮かび、消え入るような声も相まって王としての威厳は微塵も見えない。
そこにいたのは娘を失った悲しみと後悔に溺れる一人の弱い父親だった。
「ええ、それであの子……ジークのことだけど、私が育てるわ」
リブレ・フエルミは毅然と言い放つ。その立ち振る舞いはいつもの
その言葉に王は顔を上げると弱弱しい笑みを浮かべながらリブレの言葉に首肯する。
「ああ、それはむしろこちらから願い出たいくらいだ」
「……どういう風の吹き回し? 『千尋の谷』はやらなくていいっていうの」
リブレは眉を顰める。『千尋の谷』とは獅子族の中でも王族にのみ施行される祭事のことであり、その名の通り獅子族の隠れ里から十里離れた渓谷に我が子を突き落とす伝統のことだ。
獅子族の王族――特に王子ともなれば『マナ循環異常体質』が確実に受け継がれる。
この行事は当人にその力を実感させると同時に幼くして一人で生き抜く力を培うために必須とされてきた習慣だった。もともとは嫉妬の魔女の災厄により幼くして過酷な状況を生き延びた獅子族の始祖の伝説に因んだ行事ではあったが、あまりに人道を外れた行いだとして若い世代からは不評であり形骸化しつつある。しかしそれを見て育った古い世代が必要な行事であると断じるのもまた事実だった。
リブレが訝しんだのは保守的かつ厭世的な思想を持っていたこの古き王が過去の風習を蔑ろにする発言をしたからだ。
王はかぶりを振ってその疑問に答える。
「正直な話な、もはや私にはナターシャの忘れ形見を千尋の谷に突き落とすなんて真似できぬのだ」
それは、王としてはやはりあまりに力のない発言だった。
実際にもう彼には王としての力は残っていない。本来なら五十を過ぎれば長すぎるとまでされる獅子族の王位に六十年以上座り続けて精神と肉体の摩耗は彼を蝕み続けている。
「私を笑うか? リブレ・フエルミ」
けして人前では出せぬ弱い顔。気心が知れていて、なおかつ自分が認めた強者であるからこそ王は押し殺し続けてきた自分の心を晒す。
それにリブレは目を閉じて無言で首を振る。
「私はな、リブレ。ずっと後悔していたのだ」
無言のリブレに対し、王は懺悔を告げる。祈るように。
「人に対し、当時の私は異常なまでの敵意を抱いていた。長い闘争の歴史に盲目的なまでに傾倒し、言葉も交わしたことのない相手を恨み続けていた。
ナターシャは、そのことに気づいていた。私の憎しみの炎に揺れる瞳を見て育ってしまったのだ。それなのにあの子は常に疑問を抱いていた。なぜ人と争わねばならぬのか、なぜ人は亜人におびえるのか、なぜ人は四百年も前の出来事を恐れ続けるのか。ナターシャの心中はおそらくこのようなものだったのだろう。何度も似たような質問をされた覚えがある」
王は苦い笑みを浮かべる。美しい思い出を吐き出し自嘲しているのだとリブレは察した。
「そして、あの子はロビンという男と出会った。人間なのに亜人への偏見が少なく、そして優秀な狩人であったのを覚えている。誠実で言葉を多く語らぬ精悍な青年だ。好ましい要素しか浮かばぬはずなのに、私は人間であるからという理由でその恋を引き裂いた」
王は自身の指先を見つめる。鋭い爪が天蓋の照明を受けてきらめいた。この爪が愛娘の死のきっかけとなったのだと思うとやりきれない。
「今思えば、ナターシャから何度もそれとなく忠告されていた。目が曇りすぎていると。そしてそれは事実であった。里の中は私の意思を受けて反人間感情が非常に強まってしまった」
「……後悔しているのね」
「しているとも、すべてにな。だが人間との戦争は王として頷くことはできずとも、思想と時代のうねりがその判断を許してはくれない。もはや双方血を流さねばならない時代が到来しようとしている。そして敗北すれば今後亜人の扱いはさらに悪化するだろう。それを防ぐには『負け方』を考えねばならないが、それを成すには象徴となりうる人物が足りない」
「あら、私じゃあ不足かしら?」
「わかっていて私を試すのはやめろ、リブレ。お前にはカリスマ性も強さも足りているがあくまでそれは平時においてのみしか通用しない。狂気の時代を終わらせるには、同じくらい狂った強さか、思想のどちらか、あるいは両方を持ち合わせたものが必要だ」
リブレはそれを聞いて目を伏せた。やはり、自分では足りないのだ。それこそかつてたった一人で万軍を退けた獅子族の始祖、戦神アルケイデスほどの英雄がいなければどうしようもない。
眼前の王も、戦場に立つには老いすぎている。強さはきっとリブレ以上だが、王が前線にたつこと自体が問題であるし、それ以前に七十の老人では継戦力に問題が目立つ。本人ももはや鯨潰しを満足に振るうことができなくなったと呟いていたことはリブレの記憶にいまだ刻まれている。
「……じゃあ、あの子ならどうかしらね」
それは言ってはいけない言葉だった、だがつい先週の驚異的な戦闘力を見て思ってしまう。確かに、あれは獅子族が伝説となりうるのも頷ける極大の戦力だ。それも、たった六歳の子供であれなのだ。期待するなというほうが難しい。
「ジークを矢面に出すのは駄目だ。若すぎるし、あの子の心が持たないだろう」
わかりきったことを、と咎めるような視線にリブレも姿勢を崩し悪びれる。
「なんにせよジークはリブレ、お前に任せる。後のことは私が処理するし、あの子を育てるのにこの里を使って構わない。ナターシャの子だと喧伝しておいたから人の姿であっても悪しき感情を向けられることはないだろう」
「相変わらずの同胞愛ね、それがほんの少しでも……いいえ野暮ね、これは。ご配慮感謝します、シグムンド王」
「ああ、気にするな。ジークフリートを頼んだぞ」
言われずとも、と言ってリブレは玉の間を後にする。
王はそれを見届けると天蓋を仰ぎ片手で目元を覆った。
「ナターシャよ。お前の言う通り、歴史を恨み続ける此岸彼岸のなんと愚かなことかな。お前たち夫婦はきっと我らの希望となりうる関係だったのだ。人と亜人、それらが愛し合ったという確かな事実の生ける証人として」
王は王足らねばならない。常に強く在り、そして時に非情になりながらも万民を愛さなければならない。十五の時に王位に着き、魔獣や亜人狩りの人間などの外敵から亜人を守り続けた護国の王としての在り方を自らの王道と定めたが、それは憎しみ故だった。
恨み、憎み、その怨嗟のような纏わりつく負の感情を動力として動き続けた、殺し続けた。その報いとして、平和の証となりえた愛娘とその婿を殺す遠因となってしまった。
王は玉座で初めて涙を流す、それを拭う人間はもういない。正真正銘、独りぼっちの王はそれでも王足らねばならないのだ。
シグムントは立ち上がり、執務室まで足を運ぶ。
涙はもうその頬面にはあらず、厳しく引き結ばれた王の表情がそこにあった。
◇
「ジーク! これ見て!」
頂点に輝く陽光に当てられて、あどけない笑顔が俺に向けられる。
人とは違う顔立ち、むき出しの牙。獣の顔立ちはそれでも恐怖を抱かせない程度には人間だった。
その手に持つのは花の冠。平和を感じさせる桃色の花弁で彩られている。
「ああ、よくできてるな。ジャックは手先が器用だな」
そう言って頭を撫でてやる、嬉しそうに子供は身じろぐと上目遣いで俺に口を開く。
赤い口から牙が覗いて、高いソプラノが耳に届いた。
「それほどでもないよ。あーあ、私もジークみたいに指先が細ければなぁ」
そう言ってジャックは指先に瞳を落とす。毛皮に覆われた指先は細く発達しているが人のそれと比べれば太く細かな作業に向いているようには見えなかった。
その事実を見て、すこし胸が痛むのを自覚する。俺の中に流れる半分の人の血は、俺を人の形に押し込めている。しかしひとたび箍を外せばその身は誰よりも獣らしくなって爪牙を敵対者を撃ち滅ぼす。
どちらでもないのに、どちらにもなれて、どちらとも醜い。
それは、本当に亜人と、あるいは人間と呼べるのだろうか。もっと別の……それこそ嫉妬の魔女のような化け物だったりしないのだろうか。無垢な笑顔を受けるには俺の身体はあまりに歪にみえた。
そんな俺の態度に気が付いたのか、ジャックを筆頭に少年少女らが俺の顔を覗き込むようにわらわらと集まってきた。この広場にいる子供の数は十八人。獅子族は元来子供を成しずらい種族であり三千人の人口を持ちながらここにいる子供の数は全体の半分ほどだ。つまり獅子族は現在四十人弱の子供しか存在しない。斜陽を迎えつつある時代遅れの種族と嘯かれていたのを、俺は知っていた。
「あれ、ジークなんか落ち込んでる?」
「ほんとだー、また落ち込んでる」
「いきなり落ち込むの不気味だからやめろよー」
「お前らなぁ。……とりあえずシャークスはアームロックの刑な」
そんな未来への陰りなんて知らないで、思い思いの心内を俺にぶつけ始める子供たち。裏表といったものが介在せず、ありのままでいて許される空間のなんと貴いことか。
そんな感傷をよそに、とりあえず俺のことを不気味呼ばわりしくさったガキを脇の下に押し込んで腕で締め上げる。きゃーと笑ってじたばたし始めるので笑いながらその動きに合わせて徐々に占める力を緩めていった。
「ぷはぁ」
「ふははは、俺を不気味よばわりするからだ。これにこりたら……ってうおっ!」
シャークスを解放して高らかに笑いあげる。できるだけ明るく、俺の暗い心内を悟られないように。すると背中に衝撃が走り思わずつんのめった。子供一人分の体重が背中にのしかかり、飛び乗られたのだと判断した。
「あはははー、ジークが落ち込んでたらこうすればいいんだぜー」
「あ、ずるい」
「俺も! 俺も乗るー」
「おい待て、さすがの俺でも五人は乗る場所がっ」
俺の抗議もなんとやら。獅子族特有の身体能力を活かして身をよじる俺に向かって遊具にでもするように飛びついてぶら下がる。背丈の差は十センチ程度しかないはずなのだが器用なもので全員が余すことなく俺の体を使って遊び始める。ぶら下がれなかった子供たちは不満そうな顔で俺を見つめているが知ったことじゃない。
「……しょうがねぇなぁ」
俺は子供たちを振り落とすと身に纏った赤と金を基調とした帯とひらひらした布、黒いインナーっぽいものなど王族が着るという伝統衣装をはぎ取ってその身を獣のものへと変質させる。四肢に毛皮が張るとともに筋肉が隆起し冠のような鬣が生えそろった。体躯は大の大人二人分ほどにまで巨大化し、四つん這いなのに視線が高くなる。
俺のその姿を見た少年少女たちは頬を紅潮させて俺のもとに集う。
俺にとっては忌むべき本能。それがこの黒く雄々しい獅子の姿。しかし子供たちや村の住人達にとってはそうではないようで憧れるような眼を向けられるので人里で向けれられた視線との差異に少々戸惑う。
「わぁー! やっぱかっこいいなぁ!」
「始祖様みたい!」
「ジーク、背中に乗せて!」
『ああ、わかってるだろうが、一度に乗れるのは三人までだぞ』
「「はーい!」」
勢いの良い返事に獅子の姿のまま頷くと、三人を背に乗せて広場を駆ける。
顔に風が当たり、景色が目まぐるしく変わる。『風除けの加護』を持っていないためこれ以上の速度を人を乗せたまま出すことはできないが、それでも電車並みの速さだ。
そのまま俺は日が暮れるまで子供たちの遊びに付き合った。
「じゃあねー」
「また明日ー」
思い思いに告げられる別れの言葉。平和だ。外の世界で起こる戦争なんてなかったみたいな平和な世界。ふと涙が零れそうになる。どうして亜人というだけで彼らが疎まれなければならないのだろうか。なぜ俺の父と母は死なねばならなかったのだろうか。
人が憎たらしかった。亜人を蔑み排斥する人が許せなくなった。
けれど、父は人だった。人でありながらやさしく強く、こうなりたいと思わせる背中を持った偉大な父。目を瞑れば今でも思い出せる、二週間前までは狩りに連れて行ってくれる約束までしていた親の思い出にどうしようもない寂寥が浮かぶ。
父と同じ形をしたものを殺す感触。
――あれをもう一度やる?
無理だ。覚えていないからこそ、断言できる。
俺は、狂気に陥っていたとはいえ、慣れ親しんだ村の人々を殺すことを、きっと直視できなかったのだ。そう考えれば、あの日の出来事をほとんど覚えていないのにも合点がいく
俺の精神は人を殺してのうのうと生きてられるほど強くはない。
けれど、一度好きになった人たちが虐げられているのを指を咥えてみていられるほど臆病でもない。
どうすればいいんだろう。いっそほかの子供たち同様無力あるならこんな悩みなど考えなくてもよかった。だが俺は獅子族の王族の血を引いているらしく、そのせいか腕力、敏捷性、耐久力などあらゆる面が極限まで強化されている。
この力を使えば、亜人が虐げられる世界を変えられるのだろうか。
もし変えられるのだとしたら、俺はこの力をふるえるのだろうか。
わからない。わからなかった。
「こんなところにいたのね」
背後からこの二週間ですっかり慣れ親しんだ声が聞こえた。
振り返れば紫のローブを身に纏った蛇人がいる。
俺の両親の友人だったと名乗り、俺を獅子族の里まで連れ出した恩人にして親代わり。
「ああ、子供たちと遊んでた」
「ふぅん、随分となじんでるようじゃない。お母さん安心したわぁ」
「……馴染んでるっていうより、あの子たちがいい子なだけだよ。それにこの村の人たちもすごくいいひとばっかりだ」
リブレは俺の横まで来ると岩場に腰を掛けて俺の目線に合わせて口を開いた。
「あら、人との対話ってのは鏡みたいなものよ。アナタがいい子だから、彼らもいい人としてあなたに返してくれているの」
だから暗い顔をやめなさい。と言われる。確かに善意に対する表情に陰りが見えるのはあまりいいことではない。……子供たちにも言われていたが、そんなに俺の顔は辛気臭いのだろうか。確かめるように右手で顔に触れるが鏡を見ているわけでもないのでわからない。
「……まっ、あんなことがあったわけだしそんな簡単にはいかないわよねぇ」
リブレは俺の左腕に尻尾を巻き付けて俺を寄せる。逆らうことなくその力に身を任せると、リブレの厚い胸板に抱かれる。
「……なんだよ」
「辛そうな人を慰めるおまじないよぉ。私の里の子供たちには大人気だったんだから」
相変わらず、俺に向ける表情は柔らかで慈しみに満ちている。
俺に対するこの感情は、友人の息子だからの一言では説明できない気もするが、この二週間で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた人を疑えるほど俺は人生経験が豊かではなかった。それ以前に、その行為の一つ一つがあまりに丁寧だったので、疑う余地がないと無意識に判断したのかもしれない。
溺れてしまいそうになるのを抑えてリブレの胸を軽く押して離れ目を合わせた。座っているから長身のリブレとの顔の距離はそれほど離れていない。
「……なぁリブレ」
「なぁに?」
「なんで亜人って差別されるんだろうな」
「……嫉妬の魔女の影響。の一言で片づけられないのは確かよ」
怒りよりも悲しみが押し出された憂鬱気な表情だった。
どこか遠くを見るような、後悔しているような。そんな表情。
「嫉妬の魔女以前にも差別の対象となっていた節はあるそうよ。エルフをはじめとした見目の良い種族はよく人間から
「……この戦争で変わると思う?」
リブレは一瞬口を開き、しかし戦慄かせて目端に涙さえ浮かべて笑みを浮かべた。
「変わらない、でしょうねぇ。亜人戦争だなんて聞こえはいいけれど、各部族が散発的に戦争を仕掛けているだけなのが現状よ、獅子族や鬼族がここに加わっても、軍隊として動くルグニカには勝てないわ。一応、ルグニカ側も国力の損失を恐れて本軍を動かしてはいないようだから和睦するのを中心に今後の展望を会議しているんでしょうね。私たちが生きやすくなるにはその和睦の時にどんな条件をつけるかしかないわ」
「じゃあ亜人が一つに纏まれば、勝てると思う?」
「……無理よ」
絞り出すように言う。
「そもそも絶対数が少ないし、まとめられる器がいないわぁ」
「リブレは亜人族の英雄なんでしょ? それでもだめなの?」
リブレは苦笑して俺の頭を撫でる。
「私がいくら強くて凄いからって限度があるわ。……あなたのお爺様でも多分無理でしょうね」
この話をすると、リブレはいつも辛そうだ。俺もこんな顔を見ていたくてこの質問を続けていたわけじゃない。
「なら、なら、獅子族の王子である俺が参戦したら、どうなる」
リブレの目を見る。リブレの眼の奥に悲しみの色が強く光る。
「……あなたは戦士だから、あえて本当のことを言うわね」
少し間をおいて、リブレは言う。
「あなたがハーフで、幼すぎることを加味しても、十分以上にお釣がくるわ。悔しいけどあなたの強さは私以上だし、これからもっと延びる。そして何より獅子族というのが大きいわ、亜人の多くはあなたのご先祖様とお爺様の偉業を知っているもの」
「だったら……!」
「けど! ……あなたは、戦士ではあるけれど優しい子よ」
声を荒げ、だけど優し気に俺の左腕にまた尻尾を巻き付けてくる。その尻尾は震えていた。
「誰かを守るために人を殺すことはできても、そのあとの重みに押しつぶされそうになるくらい、優しい子よ……」
最後はもう消え入りそうなくらい擦れた声だった。獅子としての聴力がなければ聞き逃していたくらいの小さな声。完全にリブレはその顔を俯いて隠してしまっていた。
「……リブレ、大丈夫だよ、顔を上げて。俺は戦争に参加するつもりはないよ。リブレが言った通り和睦が成立するならそれに越したことはないし、俺、結構臆病だからさ、だから……」
言葉に詰まる。誰かを慰めるなんて初めてのことだったから何を言えばいいのかわからないのだ。
「……ええ、ええ。そうね、あなたが臆病なのかどうかはちょっとわからないけど、和睦で終わるのならそれに越したことはない……わよね」
言い聞かせるようにそう言って、立ち上がる。大きいからだが俺の眼前に広がり戦士としてのリブレがそこにいる。
「さあ、帰りましょう。今夜は腕によりをかけて鍋作ってあげるわ、鍋」
「鍋に腕をかけるのか……」
夕焼けに照らされて、リブレに手を引かれて家まで帰る。
美しい夕日を前に、俺は亜人戦争がリブレの言った通り和睦で終わることを願う。
願いなんかかなうはずがないと、わかっていたはずなのに。