転生特典は灼烈恒星 作:まだまだだね
『灼烈』と呼ばれる冒険者がいる。
くすんだ金髪に黒い外套に身を包んだ一人の男。
冒険都市ガンフボルトにおいて最強と名高い正真正銘の英雄。
これは、涙を
◇
夕暮れ時、黄昏色の空の下で閃雷が地を容易く蹂躙する。空間中に感電するように火花を散らしながら迸るそれらは、業火の軌跡が描かれたと同時に全て霧散した。
自らが操る閃雷を消された竜は飛翔しながら苛立つように咆哮を上げる。遥か遠方にまで轟くような大音量と共に電撃が放出され黄色の閃光が世界を満たした。
圧縮された電圧は莫大な威圧感を放ちながら眼前の敵を滅却せんと空間を走る。進路上にあった樹木は通過と同時に消し飛ばされた。
それに対して。
斬撃の渦が迫る雷撃を一切の拮抗も無く両断した。
瞬いた斬閃の軌道に僅かな歪みも存在せず。驚愕に一瞬硬直した竜は次の瞬間、繰り出された過密多重斬撃を全身に受け更なる混乱に陥った。
身に纏っている堅牢な竜鱗を意に介さず切り刻まれ、全身から血が吹き出す。
だがしかし、その認識すらも遅れている。斬撃は留まるところを知らずに竜を斬滅させんと猛り狂う。
「ヴアァァルゥァァア!!!!」
堪らず叫びを上げ竜は空中で暴れ出す。自身に乗り、この身をちっぽけな刃一つで斬り裂く傲慢なる
翼を持たない矮小な存在ならばそれだけで地に落ちると、竜は知っていた。
そう、
だが────
「……それが、どうした」
当たり前であるはずの物理法則を粉砕しながら人間──男は暴れ狂う竜の背中に両足だけで立ち怒涛の斬撃を浴びせている。
この程度で止まるものかと、精神力だけで普遍であるはずの法則を蹂躙する。
この世界の法則を
全身という全身を、ありとあらゆる部位を斬り刻まれている竜は何度も回転しながら落下する。飛翔していては、どうやってもこの男を引き離せないと文字通り身を持って理解した。
落下し自分を地面に叩きつけようとする竜から男が消えた。音を軽く超える速度は、竜の知覚速度を容易く超えている。
力場が存在しているかのようにただの空中を踏みしめ突貫。
「グギャァアァァァアア!?!?」
一閃。
速すぎる速度から空気の壁を突き破り男は竜の翼を切り飛ばす。突然翼が消えた竜の体制は崩れ、頭から地面と衝突した。
爆発と間違えるような大きな衝突音と砂塵が舞い上がり竜と男の姿を隠した。
「グルラァウァァァ……?」
なんだ、なにが起こっている。
自分は狩人だ。今まで何匹もの
───だというのに、今なにが起きている?
何故己が地面に倒れている?
「逃しはしない」
何故───この男は己を見下している?
竜としての、絶対王者としてのプライドが濁流のように魔力を放出させた。溢れた魔力が体内の発電核を活性化させ全身から雷が迸る。
怒りが故の暴走か或いは、生き残るための生存本能が故の進化か。
どちらにせよ、そんなことは竜にも男にも興味はなかった。
怒りに支配された竜は今までとは隔絶した加速で男に襲いかかる。音を超え、疾風迅雷の如き加速と共に牙と爪へ雷撃を収束。
収束された雷撃は己の武器を延長させるように纏わりつき、余りの出力に空間を軋ませる。
常人ならば、見ただけで死にかねない絶対的な恐怖を呼び起こさせる威光。
遍く存在に死をもたらすと、竜に思わせた圧倒的な威力。
が───
「くだらん、その程度の向上で俺を殺せると思うか」
その程度の力など、男の前では塵芥に過ぎなかった。
握る剣に業火が収束し、理諸共突き破る超常の集束性が姿を表す。
振るわれた斬閃は数十と重なり迫る雷爪を斬り落とす。本体と切り離された雷は宙に霧散する──よりも速く放たれる業火の軌跡に斬り刻まれた。
振れば振るほど剣速は指数関数的に増していく。生物に存在する一種の限界、能力の上限値とも言える見えない壁を邪魔をするなとばかりに踏破して、遂には竜から迸る雷の全てを一拍の内に斬り消した。
限界点? 阿呆を抜かすな。その程度の障壁に止まる訳が無いだろうが。
まだだと、遍く障害を踏み潰さなくてはならないというのに、こんな所で歩みを止める道理など存在しない。
法則など、気合で壊せるのだから。
「格は知れた。この程度、糧にすらならん」
超電状態となり万能感に酔いしれていた竜はその全てを一瞬にして消され、その段階でようやく恐怖を滲ませた。
違う、その全てが己の知っているニンゲンと異なっている。
何故己の鱗を貫ける? 何故己から落ちない? 何故己が持ちうる最大の雷を切り裂ける?
何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故────恐怖。
「──ヴゥゥルァァ!!!」
他者を威圧する咆哮とは正反対の恐怖故の絶叫。
余りの恐怖から叫びを上げ、空へ逃げようとして、無様に地に崩れ落ちる。
既に翼は無くなっている事を、遅れて思い出した。
「お前はここで潰えろ」
その頭上から、万死を告げる死神が現れた。
鉄仮面のような表情を浮かべ眉を動かすことなく掲げる剣に極限まで業火を収束させる。
束なり極光へと至った刃を前に、ただひたすらに恐怖を浮かべる。
断頭台に立たされた囚人のように処刑人を見上げ────因果すら崩壊させる極光が、竜が見た生涯最後の光景だった。
腕が霞んだと同時、竜の周りに数千の斬撃が現れ、急所という急所を喰い尽くす。
やったことは単純明快。
一瞬で数千ほど長剣を振るい斬撃を生み出した、ただそれだけ。
常識を片腹痛いと真っ向からぶち壊し、その斬撃を前に次元の位相に亀裂が生じかけた。
「まだ、足りねぇ……」
急所を貫かれた竜の絶命を確認する。
外套を揺らす男の口は真一文字に引き締められていて、無感動にそう呟いた。
◇
「ありがとう、ありがとう……! 本当に、感謝する……ッ!」
解体した竜の素材を見せ、討伐を伝えた男に村長は泣きながら感謝を告げた。
どうやら、村長の孫にあたる娘があの竜に殺されかけ大怪我を負ったらしい。このままだと村全滅すらあり得ると、依頼を出す決断に至ったそうだ。
「しかし、見事だな…………あの竜相手に無傷で、こんなにも直ぐに終わらせるとは」
「…………ッ」
眼差しに込められたのは感嘆と、それを遥かに上回る畏敬。
カチリと、男の中で音がなった。まるで、地雷原に無造作に足を踏み入れたような、なにかの引き金を引いたような、そんな音。
その言葉を受け───怒りと嫌悪が胸中に濁流のように溢れた。
「…………依頼は完了だな。依頼書に完了のサインを頼む」
一刻も早く、この空間から離れたかった。
これ以上いれば、同じような事を何度も言われるだろう。
故に有無を言わせない覇気を纏って、男は依頼書を差し出した。
「…………」
村を出て街を目指し走る。
一般人なら知覚すら出来ない速度で歩みを進める。
村から、十分に離れた場所で。
「見事……? あの程度でか?」
耐え難い憤懣の欠片を漏らす。
雷竜を無傷で倒せたから? 一時間も経たずに討伐したから? 阿呆を抜かせ。
「圧勝できてねえだろうが……ッ」
救世主ならば、業火を収束させ一撃目で竜を焼滅していただろう。
鋼の英雄ならば、背中にいた段階で殲滅光を以て滅殺していただろう。
それに比べて、俺はどうした?
彼らと同じように精神力だけで物理的限界、不可能の突破が出来る俺は何故彼らよりも殺すまでに時間を使っている?
足りない。
何もかもが圧倒的に不足している。
彼らと同じように成りたいと不相応ながらに願ってしまったのだから、涙を
こんな塵屑であろうとも力を手にしたのなら義務を果たさないといけないのだから。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
前世の記憶に存在する言葉で己を戒め、更なる進化を求める。
あぁ、果たすさ。この身が朽ち果てようとも、どうなろうとも、光の奴隷のように成り果てなければならないのだから。
溢れて止まらない自己嫌悪と己への憤怒に焼かれながら、暗がりに染まった世界を歩き続けた。
◇
冒険都市ガンフボルトにおいて名を馳せる冒険者が数多く存在する。
あらゆる環境への中継となる地形の特徴から、その都市に大量の冒険者が集まるのは至極当然であった。
怪物の討伐、商人の護衛、その他千変万化のありとあらゆる『依頼』が都市を巡り、組織同士が勢力争いに鎬を削り、日夜問わず清濁併せて活気に溢れている。
飛び交う依頼、地形の影響もあり活性化する経済、集まる命知らずの猛者たち。そしてその裏で蠢く悪意。
何処よりも夢に溢れ、何処よりも絶望に近いその都市はその特徴から名付けられた別称は『
そんなガンフボルトにおいて最強格の一つに『ログ・レムナント』という組織がある。所属する冒険者は十数人と少数ながら、一人ひとりが桁外れの実力を誇るその組織を都市の中でも最強と呼ぶものは多い。
『彗星』『愚断』『符葬』『月冠』、他にも都市最強格が所属し、その名の一つですら組織を冠するに相応しいネームバリュー。
そして、「都市最強」の『灼烈』。
圧倒的な剣術と埒外の出力の炎熱、常識破りの覚醒の連発。
どれほどの窮地であったとしても物語の英雄のように立ち上がり覚醒を遂げる、紛れもない「英雄」。
そんな益荒男は『ログ・レムナント』の本拠地である館の団長室で、蒼天を思わせる青髪の女性と相対していた。
「依頼だった都市外西部における雷竜と白霧蛇の討伐を完了。そして救援要請を出していた冒険者の救助にも成功。最後に帰路で数十人に襲われた。これが依頼書と救助報酬連絡書、報告書になる」
男の報告に呆れたようにため息を付きながら女性は口を開く。
「…………また依頼以外にも色々絡まれても、ここを出てから一時間しか経っていないの?」
「違う、一時──」
「あーもう、分かった分かった。一時間も、でしょ? でも今回の雷竜と白霧蛇は通常個体よりも獰猛で能力もかなり高かったんだよ?」
「あの程度なら造作もない。逆にあの程度の存在に手間取っているようでは話にならない」
男の理解し難い発言に頭痛を振り払うように頭を揺らし、書類に目を通す。
書かれている報告は真面目なため、咎めようにも咎めない、厄介な男であった。
「あれ、何かまだ用でもあった?」
「いや、新たな依頼はないか」
思わず天を仰いだ。
またこれだ。未だ部屋にいる男はこれまたトンチキな事を言い出す。
「あのねぇ、君は朝から何度も依頼は依頼はと言ってきたでしょ! うちも依頼はたくさん来るけど流石にもうないの!」
朝から一度も休まず十数の依頼と救助と闇討ちの応戦を繰り返してなお依頼を求める男に説教の意を込めて叫ぶ。
男は思わず口をつぐんだ。
「ほら、さっさと部屋に戻って! 私のためと思ってラスト君は休みなさい!」
「…………分かった。フィリア、迷惑をかけてすまない」
あいも変わらず鉄仮面を崩さないが、声には幾らかの申し訳無さに似た感情を感じられる。
ラストと呼ばれた男は了承を告げた後に一礼し、部屋を出ていった。
「もうっ、ラスト君のトンチキッ」
パタンと扉が閉まってから、出ていった男の愚痴を吐き出す。
「あんなに四六時中働いて、もっと休んでよぉー! 私が普段何言っても聞かないくせに、何が迷惑かけてすまないだよ。申し訳なく思ってるならちゃんと休んでって何回言ったと思ってるの!?」
こんな事を思いつつも、何処かしら分かっている。
彼は止まらない。
何を言ったとしても、何をしても、最後には必ず誰かを助ける英雄になろうとする。
そんなこと、重々承知なのに。
「彼が笑ってるとこなんて、見たことないよ……」
冒険都市に訪れて、彼と一緒に『ログ・レムナント』を作ってもう四年も経つのに、ラストが笑っている姿を見たことは無かった。
いつも口を真一文字に引き締められていて、見たことがあるのはせいぜい苦笑ぐらい。
そんな此処にはいない彼にヤキモキとする。
どうせ、こんな想いを抱いても彼は気づきはしないんだろう。
「アリスって、呼んでくれないかなぁ」
いやそう頼めば多分呼んでくれるだろうけどっ。
そんな淡い想いに百面相を浮べて『ログ・レムナント』団長、アリス・フィリアは悩ましげに息を吐いた。
プロットなしの一発ネタを深夜テンションで書くとだいぶ地獄になりますね。
続くかも。