普通は夏の夕焼けから   作:巻波 彩灯

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最終話:夏祭りと普通

 夏休みも中盤ぐらいになり、少しずつ終わりが見えてくる頃――俺たちは普段通り廃墟の前で待ち合わせていた。空は茜色が広がる中、紫が帯びて次第に夜の訪れを感じさせる。相変わらず外気は蒸し暑く、地面からはまだ日中で熱された分が跳ね返って冷える気配はない。

 

 煙草一本でも吸うかと思った瞬間、珍しく甚平(じんべい)やTシャツ姿の男児たちが駆けていくのを認めて止めた。流石に彼らに煙草の煙を浴びせるのは、よろしくないだろう。いや誰に対して副流煙を垂れ流すのは良くないが。

 

 裏道に等しい廃墟前を通る人がちらほらと見えるのは、今日がこの地域の夏祭りだから。大通りの方から行くと混雑しており、歩きづらいことが予想できる。

 さらに言えば、わざわざ苦手な人混みの中を飛び込むには相応の覚悟が必要となるし、体力と気力の消耗も激しい。だから俺たちがいつも集合場所としている廃墟前の通りが使われるのだ。

 

 ただでさえ喫煙所がない上に、路上喫煙して子供に紫煙(しえん)を伸ばしたら非難轟々に決まっている。一服する代わりに数日前まではなかった看板の文字を追いかけていく。解体工事のお知らせが書かれており、八月下旬に取り壊しを開始するようだ。

 

 もうこの場所もなくなるのか、と妙な感慨を覚えて浸っていると、お待たせーと緩い声が耳朶(じだ)を打つ。来たかと顔を向ければ、浴衣に身を包んだ広町の姿が。普通でありながら端麗(たんれい)な様に、少し驚いて言葉が出なかった。

 浴衣は一つ一つを見て取れば柄として癖があるのだが、不思議なほど広町七深を流麗に体現する絶妙な組み合わせ。あまり着物とかそういった類に詳しくないのだが、もし今見てる少女を綺麗だとか美しいとか可愛いだとかで評価しろというのであれば、全て言えるのではないか。それだけ広町の浴衣姿が似合っていた、着こなしていると感じた。

 

 どうしたのと首を傾げる広町の声で我に返り、お前の浴衣姿が似合っていると思っていたと素直に告げる。えへへ、ありがとうと笑みを零す彼女に何だか微笑ましくなって口角が上がったような気がした。

 

 話もそこそこに夏祭り会場へ二人並んで赴く。夏祭りには浴衣で行くのが普通らしいと広町が切り出し、特にお洒落もしていない俺を見て戸越くんはいつも通りだねともの凄く言葉を選んで言う。別に私服で参加するのも普通と言えば普通だぞと返せば、彼女も自身の記憶を呼び起こして納得する。……確かに浴衣なら浴衣、私服なら私服で合わせる方が普通かもしれないが。

 

 他愛ない話をしながら歩き続けてしばらく、人混みと合流して辿り着いた夏祭り会場。まだ夜本番ではないが、どこを見渡しても人しか見当たらない。酔って吐き気を覚える者も至って、何ら不思議なことではないぐらいに。

 行き交いが激しい大きな通り、何かとぶつかった拍子にはぐれると探すのが大変なことを察し、俺は広町と手を繋ごうと提案する。珍しくえっと素っ頓狂な声を上げる彼女だが、理由を説明すれば腑に落ちたように首肯して俺の手を握った。随分と華奢な手だが少しだけ硬さを覚える――恐らくベースの弦を押さえているからだろう。

 

 一方の広町は興味深そうに俺の手をじっと見つめていた。人を殴ることばかりしていた無骨な手がそんなに珍しいだろうか、それとも何か芸術的閃きを感じて観察しているのか。まだ俺は広町を理解できていない。

 

 戸越くんって、やっぱり大きいね。彼女は笑って、俺を見上げる。

 ああ、そうだな。俺は無愛想な顔で、広町を見下ろした。

 

 彼女の身長は決して高くはないが、とにかく低い方でもない。多分普通ぐらいと言えば、大方伝わるかもしれないラインだろう。対して俺は平均よりずば抜けてしまっているし、自分でもそれなりに高いと自覚している。

 最後に測ったのはいつだったか、細かい数字がどれだけ並んだのかは覚えていないが百八十センチは超えていたはず。縮んでなければ、かなりの身長差がある上に手の大きさも比例して差があるのは当たり前か。

 

 だから彼女の感想は普通かもしれない。今さら知ったところで急激に見える世界が変わることはないが、そんな小さな積み重ねが認識の変化をもたらすはず。いつかはきっと何かに引っかかって意識するようになるだろうと遠い未来に想いを馳せて、現実に戻る。

 

 手を繋いだまま屋台を回り、何か美味しそうなものを発見すれば傍に寄って買う。食べ物を買ったら、なるべく人の流れない端、食事スペースらしき場所でいただく。

 広町と一緒に屋台の定番を確認し合いながら食べるのは楽しかった。時に激論を交わしながら、そんなものもあったのかと知見を深めるのは実に楽しいし、美味しいものを共有できる普通の友人らしい会話が心地いい。

 

 腹を満たした後は、景品系の屋台に顔を出していく。射的や掬いもの系などの技量を試されるものだと、俺はまずまずの成果で広町がどうにか普通に収めようと常人にはできない微妙なラインをつく結果に。もはや奇跡としか言いようがない彼女の腕前に感嘆しつつも笑いを堪えきれなかった。

 

 特に射的はかなり顕著で、いくらなんでも小さくて狙いづらい二等や三等の景品を立て続けに取るのは普通ではない。お前、きっとスナイパーになれるぞと言ったら、戸越くんこそホラー映画の殺人鬼になれるよと返されてまた笑いが零れる。

 掬いものは基本ポイは破けるものだぞと事前に教えたから景品獲得こそならなかったが、芸術的な破け方を披露して俺も含めて周囲を驚かした。くじ引きは二人揃ってハズレを引いて、さして成果は得られなかったがこれも普通だということで満足する。

 

 一通り屋台も楽しみ切り、空の色も深く渋い青一面に変わり果てた頃合い、花火を見ようと人々が徐々に広場へと移動していく。俺たちも花火を見るために歩くが、目的地は違う。

 人があまり来ないおかげで静かに堪能できる秘密の場所、屋台通りからやや外れたところにある神社。昔からお世話になっている穴場であり、夏祭りがある度にそこで花火を眺めて楽しむのが今までの過ごし方だった。けれど今年は広町がいる、独りぼっちの花火大会じゃない。

 

 これから行く先について彼女と花を咲かせていくが、俺はどうやら少し自分のことを忘れていたらしいと痛感する。肩越しに一瞥(いちべつ)すれば、先日の喧嘩で見た数人が鬼の形相をしてついてきていた。彼女を危険に巻き込むことになるが、大通りよりも神社の方が互いにとって都合がいい――それにさっさと片付ければ問題だってない訳だしな。

 気にしてもなかったかのように、俺は広町を連れて神社へと足を運ぶ。もう一度背後を見やれば、奴らもぴったりと後に張りついていた。

 

 

 

 

 少しだけ険しい坂道を登った先、神社に到着する。相変わらず人気はなく、手入れされているのか怪しいところだが、静かに季節を楽しみにはもってこいの場所だ。そして廃墟と一緒で喧嘩するのにも打ってつけと言えよう。

 

 広町に事情を説明して繋いだ手を解き、景品を預ける。普通なら困惑したり、色々と文句を言ったりするところだが彼女はすんなりと受け入れてくれた。前にも喧嘩しているところ見られたし、初対面のときから普通に不良と接しているのだから今さら気にすることでもない。

 

 後ろを振り返り、奴らと対面して睨む。片手で数えられる程度の人数、武器らしきものは今のところ見当たらない。今回もさっさとリーダー格を見つけて叩きのめすのが一番だな。

 集団の中央に立っていた奴が、この前のことをくどくど話す。二度も筆頭を潰したのだから根に持つのも理解できるし、統率者を失っても未だにバラバラにならず復讐に走る団結力も凄いな。ただ広町が背後にいるということを考慮しても、苦しい状況ではないだろう。

 

 話が好きなのか、眼前の奴の舌が止まる気配がない。流石に仲間らも早く終われよとみたいな顔をし始めているし、俺もうんざりしている。普通なら最後まで聞くものだが、面倒だし何度も話がループして聞き飽きたからさっさと踏み込んでそいつの顔面をぶん殴った。

 そのまま仰向けに倒れ、話好きは起き上がらない。周りの奴らは驚いて固まり、直後に動き出したのは二人だけ。それも難なく叩きのめすが、転がっている奴と立ち竦んでいる奴を足しても最初に見た人数と合わない。

 

 もしやと思い、振り返れば見当たらなかった一人が広町を人質にしようとしていた。動くな――と脅し文句を言い切る前に、思いっきり間合いに踏み込んで顎を打ち抜く。地面に叩きつけられたのを見届けた後、残っている奴らへ一瞥(いちべつ)を投げかけると、無理やり付き合わされてきたのだろうというのが分かるぐらいに怯えている。

 これ以上喧嘩するなら相手になるぞ、と言えば彼らは足元の仲間を拾って逃げ帰っていく。もちろん俺の近くで倒れている奴も忘れずに。

 

 彼らを見送ったら、広町の方に目を向けた。おー、と感心したかのように彼女は拍手する。いやそこは普通に怖がるところだろ。

 アクション映画のヒーローみたいで格好良かったよ。いや褒めるところじゃないだろ、普通。え、そうなの? えっと普通ならなんて言う? 多分何も言わずに逃げるじゃないのか。

 

 呆れと苦笑いが混ざる会話、内容だって普通ではないだろう。だけど普通からズレた俺たちだから、そんな話になるのも普通だ。今はそれでいいと思う。

 喧嘩後の行動について議論していると、空から弾けた音が降った。見上げれば、大輪の花が開いて消えていく。もう始まっていたのか。

 

 隣も感嘆の声をあげており、花火を楽しんでいる様子。風情もへったくれもない喧嘩の後に花火というのもは悪くないかもしれない。始まる前も静かに過ごしたかったんだがな。

 わずかにアンニュイになっても、頭上で弾け開く花を見ればどうでもよくなる。大きくなものから小さく何発も打ち上げられるもの、火の筋が流れていくものなど多種多様な彩り。いつ見ても鮮やかに夜空を華やぐ光景は、心躍って止まない。

 

 まだ終わらないで欲しい、あと一発でも多く打ち上げて欲しいと自然と願ってしまう。だけど何事も永遠がないように、最後の一輪が上がった後は煙だけ残った。また神社に静けさが戻っていく。

 終わっちゃったね。名残惜しそうに広町が呟くを零す。そうだなと俺は空から目を離せないでいる。

 

 涼やかな風が通り過ぎて、木々がこすれて騒めく。夏の夜ってこんなにも涼しく賑やかだったのかと現実に返りながら、頤を引いて隣を見下ろし、朱鷺(とき)色の双眸(そうぼう)とぶつかる。

 帰るか、俺が言えば広町もうんと頷いて、神社に一礼して坂道を下っていく。預けていた景品も解いた手も来たときと同じようにして。

 

 

 

 

 街灯や家の明かりが目立つようになった夜道、俺たちは廃墟前で足を止める。二度とは見れなくなる集合場所をもう一度目に焼きつけておきたい。帰り道の途中で解体工事のこと話したら、広町がそんなことを言い出した。

 俺も賛同して現在に至る訳だが、光が差さず暗闇に溶け込んでいる様は不気味さを覚える。もし心霊現象が起きるなら、今なのではないか。薄気味悪い予感が微かによぎるも、夜特有の静謐で憂いを帯びた雰囲気のせいだと決めつけて振り払う。

 

 一回だけでも幽霊が出てきてくれたら良かったのになーとぼやく広町。出てきたら工事ができないだろとツッコミを入れ、もう帰るぞと俺は廃墟に背を向けて歩き出す。それもそうだねーと緩い返事が背後から聞こえ、遅れて隣に影が差すかと思ったら、あっと拍子抜けた声が耳朶(じだ)を打つ。

 

 振り向くと広町がしゃがんで自身の足へ目を向けていた。近寄って屈めば、下駄の鼻緒が切れていたのが見て取れる。普通なら履いたまま歩くことはできない、広町なら器用に歩いていけそうだが負担は絶対に大きい――だからといって流石に裸足で歩けとも言えない、彼女は全く意を介せずに歩き出しそうなのも想像できてしまうが。

 

 えーと、これって心霊現象かな? 本人はこれからのことよりも今起きた事象の方に興味が向いている様。だとしても小さすぎるな。心霊現象として捉え難いほどに起きた範囲や影響が狭く、専門家でも何でもない俺が推し量るのは困難すぎる。

 彼女もどう捉えようか悩むも、一応心霊現象として認識するということで解決。次はどうやって帰るかという問題に直面する。いや普通はこちらが最優先だと思うが、興味が惹かれる方に意識が向くのは仕方ないことだ。

 

 とりあえず俺が広町をおぶって彼女の家まで送る。今のところ一番無難な案を口にすれば、いや大丈夫だよーと首を横に振られた。しかし修理する手立てがない以上、鼻緒が切れた下駄を履いたまま歩くことは不可能。

 何かいい代替案がないか模索しているらしい彼女の険しい顔を眺めること、少し。家まで大丈夫かな? と観念したように訊ねてきた。もちろんと頷き、背負う準備を整える。

 

 俺の景品も含めた荷物を持った手が首に回され、背中に一瞬だけ体重が乗る隙に両足を抱えて立ち上がっていく。決して軽くはないが健康的な生活を送っていると思える重みを感じながら、先程よりもゆっくりと一歩を踏み出す。

 重くないのか、みたいな質問は頭上から来ない。代わりに戸越くんの目線ってこんな感じなんだーと感心が降ってくる。もうちょっと高いぞと返せば、そういえばそうだよねと納得の声が落ちてきた。

 

 腕にのしかかる重さが主張を強めながらも適当な会話を続け、広町が案内する方向へ足を運ぶ。じめりとした湿ってまとわりつく暑さも手伝って、額から汗が流れていく。やっぱり夏は暑くてかなわない。

 

 思えば、喧嘩と煙草しかなかったのに今年の夏で少しだけ変わったような気がする。いや両方ともしているが、頻度はほんのわずかだけ減ったとは思う。恐らく広町七深という不良と普通に会話できる少女と出会ったからだろう――未だに普通とは分からないし、彼女のことも理解できていないでいるが。

 ただ何となく感じたのは、喧嘩も煙草だけでない日常がこれからの俺の普通になっていくのだろうという期待。本当にその通りになるかは先の俺次第だろうが、希望が持てるだけでも一歩前進している。普通とは何かという答えは、当分出てこないと思うが片鱗はきっと広町を通してさらに人と繋がれば見えてくるだろう。

 

 追憶と推測を頭の片隅に置きながら、しばらく彼女を背負って歩き続ければ、やがて目的地に到着する。離れが付属し、常人が住まうには金銭面的に厳しそうな一軒家。広町の家って、思っていた以上に立派だったんだな。

 

 ここでいいよと言った彼女を下ろし、預けていた景品も返してもらう。お前の家、デカイなと零したときには苦笑いされた。あまり家族を紹介したくない様子ながらも、父親が彫刻家で母親が画家と簡潔に説明をし、離れはアトリエだということも教わる。

 筋金入りの芸術一家なんだなと思いつつ、だからこそ普通とズレていることも気にかけているかもしれないと何気なく料簡を立てたが、推考するにはまだ早いと打ち消す。代わりにいつかお前の絵も見てみたいなと告げ、再び苦い反応をされたが、広町はいつか、ね……と微かに前向きな返答をしてくれた。

 

 話題も一段落したところで、俺は帰ると伝える。こくりと首を縦に振った後、彼女はありがとうと礼を口にし、「戸越くん、また明日」と言って玄関に向かう。「また明日な、広町」軽く手を振って別れの挨拶をしたら、踵を返して来た道を戻っていく。恐らく今の瞬間は、間違いなく俺たちは普通だった――だって、これからも顔を合わせるのに“また明日”って言わないのはおかしいだろ?




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 夏のバンドリ祭りという企画が立ってから1ヶ月と数週間ぐらいの期間でしたけども、全く執筆ペースが間に合わず後半3日間連投することになり、個人的には苦しい状況だったなと思います。
 今は無事に8月20日~25日までの投稿期間内に投稿できて、一安心しているところです。

 改めまして、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 まだまだ拙いところはありますが、今後ともよろしくお願いいたします。
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