最初の印象は少し天然な大人しい子という無難なものだった。
でも違和感が累積してきたのはいつからだろう。あまりにも〝生理休暇〟が多すぎる事だろうか?それとも治りきっていない生傷を化粧で隠していた時だろうか?〝演技をしている〟ことに強い違和感を覚えたときだろうか?
わたしが【りさ】として【えある】ちゃんと出会ったのは、職場の同僚として。
少し
だいたい水商売……とくに【
それでも崖から落ちそうな人間が手を差し伸べて来たら、思わず掴んでしまうのがわたしの悪癖だ。……例え自分が一緒に崖から落ちてしまうとわかっていても。
な~んてね。柄にもなく悲劇のヒロインぶって語っちゃったけれど、私に出来る事なんてそう多くない。精々……
「えあるちゃん、帰りミスド寄っていかない?」
彼女に少しでも〝ふつー〟の楽しみを提供することくらいだ。
「え!?いいの?うん、行く!」
お互い帰り支度も終わり、一緒に店の出退勤サービスの車に乗ろうとしたタイミング。わたしもえあるちゃんも早番で、時刻は夕方に差し掛かった頃合い。客と鉢合わせるのが怖いから、少し離れた場所がいいだろうか。
「じゃあドライバーさん、ごめんだけど〇〇高校の近くのミスドで降ろして。」
「はい。流石に待つことは出来ませんので帰りはタクシーになりますがいいですか?」
「私は大丈夫。えあるちゃんは?」
「うん、あの場所からなら歩いて帰れるから。」
「えあるさん大丈夫です?確か、えあるさんの家って……。」
「大丈夫、歩いて帰れるから。」
えあるちゃんは笑顔のままチンピラ崩れのような風貌をしたドライバーの言葉を遮断した。この笑顔の裏に秘められた無言の【圧】は、わたしも幾度か感じたことがある。
当然わたしはえあるちゃんの住所など知らないが、徒歩での帰宅を
「楽しみだね♪わたし甘いものなんて久しぶり~。」
わたしの感情の陰りを悟ったのだろうか、えあるちゃんは満面の笑みを湛えている。〝普段甘いもの食べないの?〟……そう聞こうかと思ったのだが、最初に彼女を甘美店へ誘った理由を思い出す。
えあるちゃんは【この仕事】で得た収入のほとんど全てをDV彼氏に奪われている。もし〝お金は彼氏に全部渡しているから〟なんて
「そうなんだ、わたしも久々かな~。最近嫌な客多くてストレス溜まっていたし、発散しちゃお!」
わたしは笑顔を浮かべて演技をした。えあるちゃんの闇に深入りする度胸も覚悟も無いわたしに出来る最善手は、天真爛漫で何も考えていないおバカな子を演じる事。そうすれば傷つかなくて済む、わたしも、そして多分、えあるちゃんも。
これは優しさなんかじゃない、残酷な決断だ。わたしの思考が自己嫌悪に陥ったあたりで車は出発した。
「わぁ凄い!ドーナツがいっぱい!」
いや、ドーナッツ屋さんなんだから当たり前だよ。と喉元までツッコミの言葉が込みあがる台詞を発し、えあるちゃんは目を輝かせてショーウィンドウ越しに置かれた色とりどりのドーナッツたちを眺めている。品数に圧倒されている様子で目を白黒させていたが、最終的にフレンチクルーラーをひとつ頼んでいた。
「飲み物はいいの?」
「うん、お水で十分。」
「……そっか。すみません、わたしも同じものを、飲み物はアイスティーで。」
自分も水を頼もうかと思ったが、えあるちゃんが〝好きなものを頼みなよ!〟と言い始め、押し問答になる未来がありありとみえたので、飲み物は普通に頼んでおく。それにこうすることで……
「あ、この紅茶おいしい!えあるちゃんも飲んでみなよ!」
目の前で小動物のようにはむはむと笑顔でドーナッツを食べていたえあるちゃんの顔が驚きに染まり、フルフルと顔を横に振る。何事もそうだけれど、拒絶されるというのは結構悲しいもの。そう思っていたのだが、えあるちゃんは予想もしなかった提案をしてきた。
「じゃ、じゃあ!一口と、あとそのアイスティーのグラス借りていい?」
「うん、いいけれど……。」
何をするのかと思っていたら
「地面が明るいから反射の水質が……、でもスレスレだとドーナッツの質感が……」
ぶつぶつと呟きながらカメラを構えるえあるちゃんはまるで別人のようだ。そして色々と悩んでカメラの音を鳴らしたえあるちゃんはわたしに撮りたての画像をみせてきた。
「うわ!凄い!お店のホームページに載せられるよ。」
映像越しにも分る、フレンチクルーラー独特の柔らかな質感と宝石のように輝く粉砂糖、アイスティーは上に浮かぶ氷が光を乱反射させ、一種幻想的な雰囲気を醸し出している。とてもチェーン店のドーナッツとアイスティーだけで撮った写真とは思えない。
「やったー!お店のホームページに載せようかなと思って。りさちゃんに太鼓判もらっちゃった!」
わたしの言う
「水面の反射って撮るの難しいんだよね。上手くいって良かった。」
なんでえあるちゃんは笑顔の裏でこんな悲し気な目をするのだろう。一体何を懐かしんでいて、どんな心境にいるのだろう。ただ、あのDV男を思い出している訳ではないことだけは理解出来た。ただ……
〝誰から写真を教わったの?〟
そんな地雷を踏む勇気はわたしには無かった。