「あ、ふ…か……あ、ふ……あ、しゅ…か。」
言葉にならない呂律のまわらぬ濁声が仄暗い病室に木霊する。望月朋和は現在理学療法・作業療法・言語聴覚士による発音訓練と、筆舌に尽くしがたい過酷なリハビリ工程をこなしている。だがそんな地獄のリハビリも、望月朋和を安心させる要因にならず、暇を見てはこうして自主的なリハビリを繰り返していた。
すべては病室の片隅でお荷物となるべき人生を共に歩んでくれると誓った彼女のため。……だなんて綺麗ごとを言えたらどれだけ人生は素敵だろう。望月の原動力には一日でも早く【足手まとい】から脱却したいという一種の強迫観念が混ざっている。
自分を必要と……生きていてほしいと言ってくれた彼女を思うたび、未だ決断ができていない自分に苦悩する。
望月は最近になりようやく介護補助器具での食事ができるようになった利き手を見る。もしこの手が十全に動くようになった時、彼女を幸せにするために使えるだろうか?〝いっそあのとき死んでしまえれば〟という破滅願望を孕んだ
「望月さーん!ご面会の婚約者さんがいらしてますよ。」
「ふぇ!?」
自分でも間抜けと思う声を漏らし、夜勤の看護師に対応する。時刻は面会時間はとっくに過ぎた深夜。だというのに扉の向こうにはマタニティーウェアに身を包んだ江野明日花が微笑みを浮かべて立っていた。
「な、んれ?」
「友人の面会時間は決まってますが、家族の面会は許可があれば24時間対応しているそうです。婚約者も家族に含まれるそうで、お医者さんから許可をもらっちゃいました!」
「そう、しゃなくへ……」
困惑する望月に、江野明日花は微笑みの中に悪童のような笑みを混ぜ、優しく手を握り締めた。
「先輩を反面教師にさせていただきました。」
「おれ、を?」
「誤解させて私を惑わせて、死ぬほど欲しかった言葉は手遅れになってから死ぬほど浴びせて、期待した途端に突き放す。」
望月の心に無数のとげがグサグサと刺さる。だが言葉とは裏腹に、江野明日花は心の底から恨んでいるわけではないようだ。その証拠にぷくっと膨れた顔をしてどこか子供っぽく上目遣いでにらんでいる。
「だから先輩が不安な時はわたしが側にいます。先輩が自分のことを必要ないと思うのならばそんなことはないと何度でも言います。わたしには先輩が必要だって、聞き飽きるくらい言い続けます。」
「あす、か……」
明日花の真摯な言葉に、望月の中で逡巡していたわだかまりが溶けてなくなっていく。まるでそうするのが自然とばかりに、望月は江野明日花の頭を優しくなでた。
その行動がどれだけ江野明日花にとって救いになるか、本人は知らないままに。