フーシャ村を飛び出し、赤髪海賊団の船に揺られて再び海の上。二度目の航海ということになるが、相変わらず俺は船の雑用を引き受けたり、偶に船員と話すなどして船旅を過ごしている。他にもこの世界の情報を集めるなど、着々と一人旅の準備を始めている。
本日も空は快晴、波は穏やか、風は良好。なんとも素晴らしい航海日和。遠くからカモメの喜ぶような鳴き声も聞こえてくる。まったくもって平和なこの良き日に俺は何しているのかというと。
「.......なあ、ウタ」
「..........」
「おーい、ウタさーん」
「.........」
「もしもーし、聞こえてますかー?」
「.........ふんっ!」
「ダメだこりゃ.........」
会話どころか顔すらまともに合わせてくれない赤髪海賊団の小さな音楽家、ウタのご機嫌取りをしていましたとさ。まあ、見ての通りまったく相手にされていないのだが。
こうなった発端は俺がフーシャ村を出て一人で故郷探しの旅に出ることを伝えた時。彼女とはそれなりに関わりも深いため正直に話したところ、これが猛烈に反対された。泣くわ叫ぶわアホ毛引っ張るわでそれはもう大変だったのだ。
見かねたシャンクスさんから諌められると、今度は不貞腐れて一切口を聞いてくれなくなった。今のように無視の一点張りで、フーシャ村に行く前まではよく行われていた小さなライブもなくなってしまった。
シャンクスさんには「ハチマンは何も悪くない。甘やかしてばかりじゃウタのためにもならない」と言われているが、フーシャ村を発って今日で二日にもかかわらずまったく口を聞いていない。彼女とは仲良くなれたと自負しているのでずっとこのままというのは勘弁したい。兄というのは妹に嫌われると死んでしまう生き物なのである。
「私を置いて一人でどっか行こうとする恩知らずのハチマンなんて知らない!」
それからどうにかして機嫌を直してもらおうとしたものの全て空振りに終わる始末。その様子を見ているシャンクスさんや他の船員さん達は何も言わず、父親のような親戚のおじさんのような顔で見ているだけ。俺が何とかしろということなのか。
結局ウタとの仲は戻ることなく、更に一週間の時が流れた。
***
「ハチマン、見えたぞ!あれが目的の島だ!」
シャンクスさんの声に誘われるように視線を前に移せば、そこにあったのは確かに島だった。俺からしたらこの世界に来てから二番目、フーシャ村に次ぐ未知の島。
「あの島は比較的海賊が寄りつかない。これならトラブルに巻き込まれることもそうそうないだろ」
どうやらただ島に送ってくれただけでなく、俺の安全面も考えて島を選りすぐってくれたらしい。近くの島までと言っていたのに二週間もかかるからおかしいと思っていたのだ。本当にこの人達には頭が上がらない。
島の中でも人気のない場所へと船をつける。船を降りる準備を整えた俺に、シャンクスさんが確かな重量感のある小袋を渡してくる。
「これは一時の旅の資金だ。少なくとも数週間はこれで持つだろう」
「いやいや、流石にそこまでしてもらうわけには.........」
「俺達全員からの送り土産だ。貰ってやってくれ」
断ろうとする俺に有無を言わせず小袋を握らせてくる。手に伝わる重みが赤髪海賊団からの厚意の重みに思えた。否、これくらいの重みでは足りないほどに、この人達には本当にお世話になった。小袋を確かに受け取ってペコリと頭を下げた俺に、シャンクスさんは満面の笑みを浮かべた。
「にしてもいいのか?最後にウタと会っていかないでよ」
「.........本人が嫌なのに無理に会うわけにもいきませんから」
あれからウタは完全に部屋にこもり、顔すらも合わせてくれなくなった。一応飯は食べているみたいだからそこは一安心。偶に部屋から聞こえる啜り泣く声を、俺は聞こえないフリをした。
肉を食べながら聞いてくるルゥさんに苦笑しながら答える。全員が微妙そうな顔を浮かべるが、これに関してはしかたのないこと。本人に会う気がないのに会うわけにもいかないし、顔を見たら旅立ちの決意が揺らいでしまいそうだ。これで完全に嫌われたかもなあ。
「........皆さん、今日まで本当にお世話になりました。このご恩は一生忘れません」
「やめろよ、水臭い。........元気でな」
「........はい」
周りからも口々に「頑張れよ!」とか「風邪引くなよ!」とか「しっかり飯食えよ!」とかいう声が聞こえてくる。暖かい声に頬が緩むのを自覚しながら、船の外へと足を進める。
「ーーーーーハチマン!!」
「ウタ.........」
俺の背中にぶつけられる、一週間ぶりに聞く透き通った幼い声。思わず足を止めて振り向いた先には、赤と白の髪を乱しながら息を切らせてこちらに駆け寄ってくる妹分の姿。
久しくその姿を見せてくれたウタは、俺の傍に来るとその足にギュッとしがみついた。まるで絶対に離さないというように強く、強くしがみついてくる。
「........行かないで」
「っ........」
「ずっとここに居てよ........一緒に遊んで、私とルフィの勝負を見て、私の歌を聞いて、ずっと一緒に笑ってる.........そうやってずっと一緒に居ようよ..........」
見上げるウタの顔は今にも泣き出しそうにくしゃりと歪んでいた。案の定揺らぎそうになる意思をどうにか立て直した俺は、しゃがみこんでその頭を優しく撫でる。
「........確かに、そんな生活がずっとできたら楽しいだろうな」
「っ!だったら!」
「でもな、なんか足りないんだ」
俺は羨ましかったのだ。家族の絆というものが。シャンクスさんとウタ、そして赤髪海賊団の間にある、俺が踏み込めない何かが。
「ウタとシャンクスさんを見てると思うんだよ。俺には家族が居ない、家族に会いたいってな。.........だから、ごめんな」
「でも........でも.........」
ポロポロと堪えきれなくなった涙が綺麗な紫色の瞳から零れるウタ。俺としてはウタのこんな顔は見たくない。彼女が見せる笑顔はとても綺麗だから。
「ほれ」
「えっ.......?」
「ルフィともやってただろ?再会の約束。指切りだ」
突然小指を出してきた俺に呆然とするウタ。俺が説明すればハッとした顔になり、ぐしぐしと涙を拭って俺の小指に自分の小指をしっかりと絡めてくる。
「.........私、なるからっ!歌で皆を魅了する、歌で新時代を作る世界一の歌姫に!その時になったら、もう一度ハチマンに会いに行くから!」
「........それは八幡的にポイント高いな」
指を繋いだままお約束の決まり文句を口ずさむ。またもや約束という名の枷ができてしまった。本当に元の世界に帰る前に全部果たせるのやら。思わず自分に呆れてしまう。
それでも、可愛い妹分のためなら.........何より彼女の笑顔を見ることができたなら、そんな些細なこと吹き飛んでしまうのだから、お兄ちゃんというのは随分チョロインらしい。俺がヒロインとか誰得だよ。
「ちゃんと約束したんだから、私の事忘れたらダメだからね!」
「忘れねえよ。むしろ俺が忘れられないか心配なまである」
「私がハチマンのこと忘れるわけないじゃない!」
そんな言い合いをして、もう一度二人で笑い合う。最後に彼女の頭を撫でた俺は、ゆっくりとその場に立ち上がる。
「........じゃ、またな」
「.......うん」
別れの言葉に再び涙が出そうになるウタは、しかし今度はそれを堪えてしっかりと笑ってくれた。妹の成長って早いのね。八幡寂しい。
「ハチマン」
「はい?」
「お前がどう思ってるか分からないが、俺達は全員お前のことを大事な仲間だと.........家族だと思ってる。帰ってきたくなったいつでも帰ってこい」
「.........はい」
ああ、本当に狡い人だ。そんなことを言われたら堪えていた
「それじゃあ改めて、本当にありがとうございました。........いってきます」
『いってこい(いってらっしゃい)!!』
***
「........行っちまったな」
「うん........」
歌い終わりレッド・フォース号の甲板から遠ざかる一人の青年の背中を見送るウタと、その一歩後ろから同じように立つシャンクス。既に船員達は船内へと入り、寂しさを紛らわすための宴の真っ最中だ。
「やっぱり寂しいか?」
「ちょっとね.........でも、約束があるから。いつまでもくよくよしてられないもの」
僅かに温もりの残る自らの小指を愛おしそうに見つめるウタ。その様子にシャンクスはふっと口もとを緩ませる。
「あっ!!」
しかし、一転して何かを思い出したかのようにウタは声を張り上げる。
「どうしようシャンクス!私、ハチマンと結婚する約束の指切りしてない!!」
慌てた様子で告げるウタ。キョトンと呆けていたシャンクスだったが、すぐに堪えきれないというように大笑いする。
「ちょっと!なんで笑ってるのよ!」
「いやあ、悪い悪い。にしても、本気だったんだな。それ」
「当たり前よ!私は約束通り新時代の歌姫になって、ハチマンをもらいに行くんだから!」
“普通逆だろうに”と思い、苦笑いを浮かべるシャンクス。対してウタは「それなのに.........どうしようっ.........」とオロオロしている。
「それなら、さっきの指切りで二つの約束をしたってことにすればいい。ハチマンは別に一回の指切りで一つの約束とは言ってなかったからな。何も間違いじゃない」
「.......だけど、それって屁理屈じゃない?」
「確かにな。だけど、ハチマンならそんな時こう言うだろ?」
ーーーーー屁理屈も立派な理屈!!
二人して声を揃えてそう告げた後、思わずというように同時に吹き出した。カモメの飛ぶ青い空には、二人分の笑い声がしばらく響き渡っていた。