「........確かに期待しないとは言ったけどなあ」
あれから街を歩き続けること数時間。その間に故郷へ帰る方法を聞いた回数は数えられないが、何一つそれらしい情報はなし。過度な期待はするなと自分に言い聞かせていたが、こうも歩き回って収穫がないと流石に堪える。人に話しかけるのだって一苦労なんだからな?ぼっちなめんな。
厳しい現実に肩を落としながら人混みの中をとぼとぼと歩く。続きは明日にして今日はもう宿に帰って休もう。そう思いながら道を進んでいると、前方から来る小走りの海兵二人とすれ違う。何やら焦っている様子で、その会話がすれ違った拍子に聞こえてくる。
「よりにもよって“悪魔の実”を落とすとは.........とんでもない失態だぞ」
「も、申し訳ございませんっ!!」
「謝罪はいい。今は早くその実を見つけ出すのが先決だ。落とした場所に心当たりはないのか?」
「じ、実は数時間前に角を曲がった時に果物屋の主人にぶつかってしまって..........もしかするとその時に............」
どうやら上司とその部下という構図のよう。ヘコヘコ謝る部下の方を見て、どの世界でも上下関係というのは面倒くさいものだなと悪態をつく。やっぱ専業主夫こそ至高だよな、うん。
(“悪魔の実”、ねえ.........)
“悪魔の実”ーーーーー名前だけなら聞いたことがある。この世界に存在する不思議な力を持った果実。その果実を食べた者は理屈では考えられない超人的な力を手に入れられるんだとか。その希少価値は凄まじく、それ一個で億単位の金が動くんだとか。
なんで俺がそんなことを知っているのかというと、ウタが悪魔の実の能力者ーーーーー悪魔の実を口にした人のことを言うらしいーーーーーだったからだ。ウタが食べたのは“ウタウタの実”という悪魔の実。自らの歌声を聞いた者の意識だけを自身が作り出した仮想世界、通称“ウタワールド”に引き込むことができるらしい。ただし、体力の消耗が激しく疲れると寝てしまい、それと同時に能力も解除されるんだとか。ウタの歌を聞くといつの間にか寝ていたり、逆に歌い終わった彼女がいつも寝ていたのはこれが原因らしい。
そんなチート能力使い放題の最高な果実のように聞こえるが、当然というかデメリットもあるらしく。なんでも“悪魔の実”は海の悪魔の化身と言われており、これを食べた者は海に嫌われるーーーーー要するに一生泳げない体になってしまうそうだ。あと壊滅的に不味いらしい。
でもまあ、一生カナヅチと引き換えにチート能力もらえるなら安いもんだと思うけどな。味だって我慢すればどうにかなるだろうし。そう考えるとメリットの方が大きいのではないかと思ってしまう。
(それにしても、果物屋か.........)
先程海兵の一人が言っていたことが頭の中に引っかかる。“悪魔の実”は表面に奇天烈な模様がある以外は普通の果実と変わらないと聞くし、果物屋の主人と海兵がぶつかった拍子に主人の元にその実が紛れ込んでいたとしたら。そういえば今日買ったリンゴの最後の一個が、リンゴとは到底思えないほど不味かったような。更に言えば、とても食えないと捨てたそれに変な模様があったような。
「.........まさかな」
いくらなんでもそんなピンポイントで当たるわけがない。これはあれだ。偶々その時の記憶が頭に残っていて、海兵の話を聞いたせいで変に関連づけてしまっただけ。最後のやつの味がおかしかったのも、間違えて腐りかけのリンゴをもらっただけのことだろう。それはそれでどうなのかと思うけど。
悪い想像を振り払うように頭を軽く振った俺は、宿へ向かう足並みを再開させようとしてーーーーー突如耳朶を打った銃声に再び動きを止めることとなった。
「は?」
普段の生活では間違いなく聞くことがない音に呆然とする。街が一気に音を失う中、音の出処に目を向けるとそこには一人の男の姿。その高々と上げられた右手にはピストルが握られており、銃口からは僅かに煙が上がっている。
「全員動くんじゃねえ!!」
張り上げられる野太い声。それを皮切りに、街中を悲鳴のオーケストラが包み込む。阿鼻叫喚の最中、再び鳴り響く銃声。
「俺達は海賊だ!死にたくなけりゃあ、黙って道の脇に一列に並べ!!逆らう奴は撃ち殺す!」
見れば叫ぶ後ろには十人ほどの男達。その全員が武装をしているのだから、男の言ってる事は本当なのだろう。シャンクスさんはこの島は比較的海賊が寄りつかないと言ったが、何せこの大海賊時代。海賊が来る確率がゼロとは言ってないのだ。その稀な出来事に見事に巻き込まれてしまったらしい。
男の命令に近くに居た住民は全員従った。ピストルを持った人間に脅されれば当然の反応だろう。俺だって撃たれたくはないので、そそくさと他の人達に倣って道の脇に並ぶ。
「今日俺達は、小汚いコソ泥に船の宝を根こそぎ奪われた!犯人は他の仲間が捜しているが、そのせいで俺は今非常に気分が悪ぃ!そこで、この街に居る奴らから金品を奪っていくことにした!」
黙って聞いていればあまりにも理不尽が過ぎる。宝が奪われたのはこの人達の落ち度だし、そもそもそれだって何処かから奪ってきたものだろう。挙句の果てにはイライラしてるから関係ない俺達の金を奪おうとする。控えめに言って最悪だ。
シャンクスさん達で麻痺していたが、本来海賊とはこういうものなのだろう。自分達の欲を満たすために罪もない一般人を巻き込み、逆らう奴は容赦なく手にかける。俺はまだこの世界を甘く見すぎていたのかもしれない。
心の中で悪態をついている間に、部下であろう人達が住民の金品を集めにくる。大抵の人は銃を向ける船長に怯えて大人しく差し出し、勇気を出して抵抗した人は容赦無く暴力を受けた。地獄のような光景だ。
もちろん俺だって他人事じゃない。懐にはシャンクスさん達から貰った大金がある。助かるにはこれを差し出すしかないわけだが、恩人である彼らの厚意の詰まった小袋をこんな奴らに渡すのは非常に納得がいかない。
(いっそのこと今だけ俺の存在ごと消えてくんねえかなあ..........)
赤髪海賊団への恩と己の命を天秤にかけながら、遂にはそんな現実逃避を思い描いてしまう。そう考えている間に俺の順番が迫ってくる。こればっかりはしかたない。命あっての物種だし、死んでしまってはルフィやウタとの約束も守れない。苦渋に顔を染めながら、金の入った小袋を取り出した俺はーーーーー
(..........はい?)
ーーーーーさも当たり前かのように俺の前を通り過ぎていく海賊に心の中で呆けた声を上げた。
待て待て、いや待たなくていいんだけど。だっておかしいだろ。今明らかに俺の前に来たのに、見向きもせずに俺の隣の人へと移ったのだ。別に隠れていたわけでもないし、なんなら目も合った。にもかかわらず、まるで
結局満足して去っていった海賊達を眺めながら、意味の分からない状況に呆然としていた。頭の片隅でとある自分の仮説を唱えながら。
***
あれから宿へと帰った俺は、先程の出来事について考えた。加えて自分の身に何が起こったのか、思いつく限りの仮説を試してみた。
ーーーーー結論から言うと俺、比企谷八幡は能力者になっていました。
いや、俺も認めたくはなかったよ?けどさ、色々試してみた結果それしかありえないんだからしかたないじゃん?どうやら俺の嫌な予感は当たってしまったらしい。いや、気づけよ果物屋のオヤジ。気づけよ俺。
俺が食べた実の名前は分からないが、どうやら実の能力は自分自身と自分が触れたものに対する他者からの認識の阻害。要するに『限りなく目立たなくなる』ということだ。あの時無視されたのは、あの場に居るほとんどの人が俺を認識していなかったかららしい。
ここで重要なのは、『透明化』ではなくあくまで『認識の阻害』であること。つまり、相手に視認された状態では能力は発動せず、相手からの認識が少しでも外れた際に“消えたい”と心の中で思って初めて能力が発動する。さらに、息遣いや足音、気配なんかは隠すことができないらしい。
(地味すぎるだろ.........)
自分の食べた“悪魔の実”の能力について知った俺の最初の感想がそれだった。俺だって男の子なわけで、こう異世界でチート能力手に入れて無双なんてものにちょっぴり憧れがあるわけであって。その結果がこれなのだから、そんな文句が出てもおかしくはないと思う。そもそも前の世界に居た時からオートのステルススキル持ちだったし。
加えてこんな地味な能力でも俺は既に能力者。普通に生きていきたい俺にとって、その肩書きは邪魔なものでしかない。肩書きだけはいっちょ前で、蓋を開ければただの泳げない陰の薄い奴。それが今の俺。これを不幸と言わずになんと言うのか。
普通を貫こうと決めた矢先のなんとも幸先の悪いスタートに溜息しか出ない俺を、山へと帰るカラスの声が嘲笑うように響き渡っていたとさ。
八幡の食べた実の名前は分かってません。この世界の知識が全くない八幡ならこういうことがあってもおかしくないと思いますし。
というのは建前で、シンプルに実の名前が思い浮かばなかっただけなんですけどね(∀`*ゞ)テヘッ