普通なんてこんなもんだ   作:黒金剛

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泥棒少女と海へ出る 後編

狭くもなく広くもない部屋。僅かに揺れる感覚から、ここが海の上に浮かぶ船の一室だということを感じさせる。男ばかりなのか汗臭い室内に少しだけ顔を顰めながら、俺の腕の中でお姫様抱っこされる形でポカンとこちらを凝視する少女に努めて優しく声をかける。

 

 

「よう、さっきぶりだな」

 

 

オレンジ髪の少女ーーーーーナミは俺の言葉に答えるように、掠れた声で言葉を紡ぐ。

 

 

「なんで.........」

 

「お前が連れていかれるところを偶々見かけたんだよ。流石にその場で武力行使も無理だったから、助けるのにここまで時間かかっちまったけどな」

 

 

連れていかれる時点で飛び出したところで、戦闘力皆無な俺が彼女を助けられるわけがなく、逆に二人揃って連れていかれて殺されていたまである。確実に助けるためには待つしかなかった。決してビビっていたわけじゃない。ないったらない。

 

 

「そんで船に入るのが見えたから、こっそり忍び込んで武器庫みたいなところの火薬に火をつけたんだよ。案の定爆発音に反応してあいつらの気を引けたみたいだ」

 

 

俺の脳力を使えば侵入なんて容易いこと。他人に触れたり気配で勘づかれたりしない限りはバレないから船の中を物色したところ、武器や火薬が大量に置かれた部屋を見つけた。そこで八幡は思いついたわけだ。“これに火つけたら爆発して全員ここに引きつけられるんじゃね?”と。

 

 

一つ誤算があったとすれば、爆発の威力が思ったより凄まじかったこと。危うく俺自身吹っ飛ぶかと思ったし、まさか船に穴が空くとは。おかげでより引きつけることはできたが、このままだと俺達まで深海までの旅路に参加してしまいそうだ。

 

 

「そういうわけだから、急いで逃げないと.........」

 

「そうじゃない!そうじゃ........ない.........」

 

 

張り上げられた声にびっくりして、多分大丈夫だけどあいつらに聞こえたらと慌てる。何事かと見れば、目にはたっぷりの涙。もしかして俺泣かせちゃった?そんなに俺に抱っこされるの嫌だった?だとしたらすみません。

 

 

「私達今日会ったばっかりで..........あんな酷いことも言ったのに.........なんで危険なことしてまで助けてくれるの.........!」

 

 

ああ、なんでってそういうこと。手段じゃなくて理由を聞いてたわけね。日本語って難しいね!

 

 

「別に酷いことは言ってないだろ。会って数分の怪しい男に対する態度としては合格点とも言える」

 

 

むしろポンポンついて行くようではこの子の将来が心配になる。強いて言うなら飯屋についてきてしまったのは減点対象だな。あそこでの満点回答は“引き笑い浮かべながら会釈して足早に逃げるように去る”だな。仮にそうされてたら俺の心へのダメージは計り知れなかったけどね。

 

 

「.........俺には妹分と弟分が居る」

 

「えっ.........?」

 

「歳はお前と同じくらい。だからなのか知らんが、お前を見捨てられなかった。お前とあいつらの姿が重なったんだよ」

 

 

思い出すのは赤髪海賊団と何処か知らない海を航海してるであろうウタと、今もフーシャ村で海賊になるとうるさくしているであろうルフィの姿。可愛くて大事な妹分と弟分の顔がどうにもチラついてしまう。シスコン?違う、千葉の兄だからだ。俺は断じてシスコンじゃない。

 

 

「お前がどんな境遇に身を置いているのかも知らないし、お前の辛さを分かってやれるなんて無責任なことは言えない。だから、これは俺の自己満足。『お兄ちゃん』としてお前をほっとけなかった。そんだけだ」

 

 

我ながらなんとも気持ちの悪い理由だ。元の世界なら一発で警察通報もんだろう。全くお兄ちゃんというのはなんと世知辛いことか。俺だけだって?すみません。

 

 

「まあ、あれだ。なんつうか、よく一人で頑張ったな」

 

「あ..........」

 

 

ナミのオレンジ色の髪を梳くようにそっと撫でる。その瞬間、堰き止めていた感情が溢れ出すように大粒の涙を流し、声を押し殺して泣くナミ。一体この小さな体にどれだけのことを抱え込んでいたのか。そんな思いと共に、俺はしばらくそのまま立ち続けて嗚咽を漏らす彼女の頭を撫でていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

その後どうなったか気になるだろうが、なんら難しいことはなかった。再び能力を使い、船員が武器庫にかかりっきりになっている間に難なく脱出。相当な被害だったのか追手などは見る影もなく、そのままナミを俺が泊まっている宿舎まで一時避難させた。

 

 

「改めて、その.......ありがとう。助けてくれて」

 

「気にすんな。あのまま何かあったら寝覚めが悪かっただけだからな」

 

「.......捻くれ」

 

 

宿のベッドにちょこんと腰掛けるナミは、呟くようにぽつりぽつりと自らの境遇を語ってくれた。

 

 

自分の住んでいた村が魚人海賊団に支配されていること。そいつらに母親を殺されたこと。村の住民を守るために、親の仇である魚人海賊団で測量士として働いていること。そしてーーーーー

 

 

「アーロン.........魚人海賊団の船長と約束したの。一億ベリーで村を解放してくれるって。皆を助けてくれるって。だから、私は一億ベリーでココヤシ村を買うの!」

 

「........そのために海賊専門の泥棒を?」

 

 

俺の質問に笑顔で頷くナミ。それは未来に希望を見出すための強がりの表情にも思えた。

 

 

はっきり言おう。重い、重すぎる。齢八歳の少女が背負うにしてはあまりに重く非情な現実。俺が身を置いていた生温い環境とはわけが違う。つくづくこの世界は優しくないらしい。

 

 

「.........すごいな、お前」

 

「えっ?」

 

「村の皆を救うために、子供なのにあんな危険なことしてまで金を集めてんだろ?俺だったら絶対できない」

 

 

小さい体で海へ出て、危険だとわかっていながら海賊から金品を奪う。いつさっきのような状況に陥るのかも分からない。いつ死んでもおかしくない。

何より、一番辛いのは親を殺した相手の言いなりになっていること。きっと憎いはずだ。憎くないはずがない。それを押し殺して、村人を守るために必死に働いているのだ。

 

 

平気で人を殺したり、村を支配したりするやつらだ。ナミの扱いは決して良いものでは無いだろう。それでもいつか来る解放の日まで、必死に唇を噛んで耐えているのだろう。

 

 

「さっきも言ったが、お前の辛さを全部分かってやるなんて無責任なことは言えない。だがまあ、弱音の捌け口くらいにならなれる........と、思う。だから、その.........」

 

 

俺の煮え切らない言葉は、胸に飛び込んできた小さな重みによって遮られた。

 

 

「.........いいのかな?泣いても.........弱音吐いてもいいのかなっ..........?」

 

「........当たり前だろ」

 

「っ!」

 

 

途端に聞こえる泣き声と吐露されていく弱音。怖かった、辛かった、苦しかった.........まるで背負うものを下ろすように声を上げて泣く彼女の背中を、赤子をあやすようにゆっくりと優しく撫でる。

 

 

「それで、ナミはこれからどうするんだ?」

 

 

ひとしきり泣き終わったナミに尋ねると、ずびっと鼻をすすりながら真っ赤に腫れた目でこちらに向き直る。

 

 

「........一応お宝は手に入れたから、一度ココヤシ村に戻るつもり。ハチマンは?」

 

「俺は.........」

 

 

やっべえ、今更だけど島から出る方法が無くて途方に暮れてたこと思い出した。マジでどうしよっかなあ..........

 

 

「........恥ずかしい話だが、航海術持ってなくてしかたなく島に滞在してる状況でな」

 

「それなら、私と一緒にココヤシ村に来る?」

 

 

頭を掻きながら情けなくそう告げる俺に対するナミのそんな提案。魚人が支配している村に行くなんて命の危険しか感じないが、この島に永住するよりはマシかもしれん。

 

 

「というか、今更だがナミはどうやってこの島まで来たんだ?」

 

「自分で船を出して来たよ?私、航海術使えるから」

 

 

え、マジ?こんな小さな子が航海術使えんの?大海賊時代パねぇ。と言うよりは、ナミが天才なだけなのかもしれん。

 

 

「なあ、お願いがあるんだが。ココヤシ村に行く間に俺に航海術を教えてくれないか?」

 

「もちろんいいよ!」

 

 

思いがけず航海術を学ぶ機会に出くわすことが出来た。自分よりだいぶ年下の女の子に教わるのは情けない話だが、この先旅をするためにはしかたがない。

 

 

「それじゃあ、改めてよろしく頼むわ」

 

「うん!よろしくね、ハチマン!」

 

 

こうして、俺はひょんなことから出会った泥棒少女と海に出ることになったのだった。

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