「んあ...........」
唐突に覚醒する意識。未だぼんやりと焦点の合わない視線の先には天井。なるほど、知らない天井だ。生きてる間に言ってみたかったセリフ第三位を言えて一人満足。一回死んでこの世界に来たようなもんだから実質二回目の人生だけども。
「おや、目を覚ましたかね」
ぼーっと天井を眺める俺の耳に聞き慣れない男の低い声が届く。のそりと上体を起こせば、自分がベッドに寝かされていることとここが誰かの家であることが理解できる。そして俺の寝ているベッドのすぐ近くに備えられた椅子に座っている声の主と思われる頭に風車を刺した男性。初対面があまりにも濃すぎるだろ。
「ノジコの様子を見に来てみれば君が畑の真ん中で気絶していて驚いた。痛むところはないかね」
ああ、思い出した。確かみかん畑で少女に頭殴られて気絶してたんだっけ。通りでさっきから地味に頭が痛いわけだ。そんで、この人が気絶していた俺を畑の持ち主の家に運んでくれたわけか。
「まあ、頭がちょっと痛みますけど大したことはなさそうかと」
「それなら良かった。ノジコ、お前もこっちに来て謝りなさい」
男性が呼ぶとさっきからこちらを物陰から見ていた少女が肩を跳ねさせる。おずおずと現れた少女は間違いなく俺が叩かれた少女だ。
「その.......いきなり叩いてごめんなさい.........」
「いや、勝手に入った俺に非があるからあんま気にせんでくれ」
今言ったように元はと言えば俺が人の家に不法侵入したのが原因だ。何より自分より年下の女の子に頭を下げさせるという鬼畜ムーブが心を痛める。俺の精神衛生上一刻も早く頭を上げていただきたい。
「ところで、君はこの村の人間じゃないみたいだが何故ここに?」
話が一件落着した雰囲気を感じ取ったのか男性が尋ねてくる。まあ至極もっともな質問ではある。この村の住人であるナミからの誘いでここに来たのだから、変に隠すのもおかしいだろう。
「実は、ナミっていう女の子の誘いでここに.........」
俺が言い切る前に、目にも止まらぬ速さで男性の手が俺の肩を掴む。待って痛い痛い折れる折れる!力強いってこの人!
「今なんと言った?何故君の口からあの子の名が出てくる?」
「いや、あの..........」
「あの子とはどういう関係なんだ。詳しく聞かせてもらおう」
「ひゃい........」
射殺すような目に俺はしかたなくーーーーーまあもとより隠す予定も無かったのだがーーーーーナミとの出会いやこの村に居る経緯を話す。怖い顔で聞いていた男性は、俺の話を聞き終わると唐突に頭を下げた。
「........ありがとう。あの子の命を救ってくれて」
「いや、そんな大したことは.........」
突然の感謝に困惑が勝ってしまう。あれは単純に知り合いの少女が命を落とすことへの寝覚めの悪さとちょっとした兄心から動いただけ。そこまで大層なことをしたわけでもないのに、こうも感謝されると慣れていないことも相まっていたたまれなくなる。
それから男性ーーーーーゲンさんにナミの出自などを細かく聞かされた。俺を気絶させた少女がナミの姉だということも。そして、彼女の母親のことも。
ナミから事前に聞いていたとはいえ、聞けば聞くほど残酷だと思った。あんなに小さな子が、目の前で母親を殺されたのだ。まだ幼い心に残る傷はどれほどのものだったのか計り知れない。
ふと見ると、話を一緒に聞いていたナミの姉ーーーーーノジコというらしいーーーーーが何かをこらえるように下唇を噛み締め、自らの服をギュッと握りしめている。それを見た俺は、反射的に彼女の頭を撫でていた。
「.........なに」
「いや、まああれだ。お前もナミも強い子だと思ってな。お前らの母親もお前ら二人のことを誇りに思ってるだろうな」
俺の言葉に目を見開いたノジコは、再び何かを我慢するように俯いた。数滴床を濡らした雫にはあえて見ないふりをしてしばらく頭を撫でる。咄嗟に出てしまうお兄ちゃんスキルもいい加減考えようだな。
「........ベルメールは魚人海賊団に殺された。にもかかわらず、あろうことかナミは親の仇であるアーロン一味に付き従っているっ..........!」
「だけど、それはこの村を.........この村の人達を守るための行動。それはあなただって分かっているでしょう?」
「だからこそ憤りが抑えきれないのだ!何よりもあの子に助けられてばかりで何も出来ない私自身に!」
行き場のない怒りをぶつけるかの如く拳を握りしめるゲンさん。爪がくい込んで血が滲むほど拳を握る姿が彼の悲痛さを物語っているようだ。
「大変だ、ゲンさん!」
突然見知らぬ男の人が切羽詰まるように家の中へと駆け込んでくる。おそらくどころか間違いなくこの村の住人だろう。ただならぬ雰囲気に体に力が入る。
「アーロンの手下の一人が村に来やがった!」
「何故だ?まだ金の徴収には早すぎるだろう」
「それが、この村に侵入した余所者を連れてこいと言っていて........」
途端に集まる視線、視線、視線。この村に侵入した余所者.........まあ十中八九俺だよな。多分どっかから見られてたんだろうな。あちらとしては俺という異分子は野放しにはできないということだろう。
「........しかたない。アーロンの手下に伝えてくれ。“我々は何も知らない”とな」
しかし、ゲンさんは重苦しいように伝えに来た男性にそう告げた。それはつまり、俺の存在をアーロン一味に隠蔽するということ。もっと言えば、アーロン一味に反抗することに他ならない。
「........そんなことする必要なありませんよ」
「........なんだと?」
「俺をその手下のところに連れて行ってくださいと言ったんです」
ゲンさんには悪いが俺は最初からこうするつもりだった。仮に俺の存在を隠していたことがバレれば、この村の人達はアーロン一味に何らかの制裁を受けるだろう。最悪の場合、今までのナミやココヤシ村の人達の努力が無駄になる可能性もある。そんな結末は何よりも俺が望まない。ぼっちは他人に影響を与えない生き物なのだから。
「........正気なのか?君の存在がアーロンにバレれば、最悪殺される可能性もあるんだぞ?」
「.........逆に聞きますが、今会ったばかりの余所者にそこまで配慮する必要がありますか?」
「君はナミの恩人だ。そんな君をみすみす見殺しにするわけにはいかない」
「それは俺だってそうです。ナミが必死に守ってきたあなた達やこの村を俺のせいで危険に晒すわけにはいきません」
まったく、この世界の人達はつくづくお人好しすぎる。こんな得体も知れない目の腐った男を馬鹿正直に守ろうとしてくれている。だが、こちらとしても引けない理由がある。
「.......どうあっても引く気はない、と?」
「ええ、まあ」
「.........君は優しいな」
あんたが言うなっつーの。ぼっちはいきなり褒められるのに慣れてないんだからやめて欲しい。
「........すまない、恩に着る。それと、どうか死なないでくれ」
「........まあ、善処しますよ」
それから俺はゲンさんについて行くように村の中心へと歩く。しばらくすると多くの人だかりが見える。そして、その中心には俺からしたら異形の存在が立っていた。
「あん?お前が報告にあったやつか?」
背丈は軽く二メートル以上。姿は同じ二足二手であるものの、肌の色は明らかに人間のそれとは違う。顔は文字通り魚顔で、二つの目がぎょろぎょろとこちらを睨んでいる。終いには背中や手に鰭や水かきが付いていて、口からは牙のようなものまで見える。
結論から言うと、異世界で初めて会う魚人はものすごく怖かったです。