俺が赤髪海賊団に滞在することが決まってから早いもので数日が経った。その間に分かったことは、この世界が俺の元居た世界とは別の世界であるということ。どうやら俺は異世界転移なるものを経験してしまったらしい。
元々その仮説は一度立てていたのだが、まさかそんなことあるわけないと可能性を除外していた。しかし、聞いた事のない単語や存在を知ったこと、逆に俺の居た世界の常識が通用しないこともあって、その可能性は確固たるものとなった。
異世界転移の原因は、おそらくというかほぼ確実にトラックに轢かれたことだろう。死んで異世界に飛ぶ、なんてのは漫画やラノベの王道スタイルだ。
そしてもう一つ分かったこと、それは異世界転移定番の“俺TUEEEE!”なチート能力などが何一つ備わっていないことだ。こういう時の王道と言えば主人公が何かしらのチート能力などを持っているものだが、色々試してみたもののその類のものが備わった様子は微塵もない。つまり、この世界の俺は元の世界の俺のまま、世間一般の高校生レベルの実力しかないということ。そして、これはこの世界を生き抜くうえで致命的ではないかと思っている。
シャンクスさんに大雑把に聞いたところによると、今この世界は海賊王“ゴール・D・ロジャー”という大海賊が残した
そんな世界でごく普通の高校生くらいの実力しかない俺が居るということは、数多の猛獣の中にチワワが一匹だけ混ざっているようなものだ。正直言ってハードモード過ぎる。
「おーい、ハチマン!甲板の掃除終わったかー?」
「っと.........すみません、もう少しです」
そんなお先真っ暗手探り状態な状況で唯一幸運だったと思えるのは、拾われたのが赤髪海賊団だったということ。最初こそビクついていた俺だが、時間が経つにつれて彼らが悪い海賊ではないと分かった。海賊なのに悪くないってなんか矛盾してる気がするが、多分だが他の海賊に拾われていたら速攻首チョンパか、一生奴隷のように扱われていたかもしれない。
その点赤髪海賊団の方々はそれはもう良くしてくれる。船長のシャンクスさんを初めとして、船に乗る全員が如何にも怪しい俺の事を気遣ってくれる。多分言われなければ、ここが海賊の船だなんて気づきもしなかっただろう。それほどまでに全員が全員人が良すぎる。
「それ終わったら飯にすっぞ〜。早く終わらせてこいよ〜」
なんで俺が甲板の掃除をしているのか。別に無理強いされているわけじゃない。頼んだのは俺自身だ。
シャンクスさんのご厚意で彼らが拠点としている村まで送ってもらえることになったわけだが、世話になりっぱなしというのは気が引ける。なので、船に乗せてもらう代わりに雑用を引き受けるという取り引きを自分から持ちかけたのだ。
シャンクスさんには「別に気にしなくていい」と言われたが、単純に俺の気が収まらないと説得したら渋々納得してくれた。俺は養われる気はあっても施しを受ける気はないからな。
そんなことを考えながら、俺は持っていたデッキブラシを再び動かすのだった。
***
「綺麗なもんだな.........」
多くの船員が寝静まった夜中。俺は寝床を抜け出して船の手摺に体重をかけながら、夜空に浮かぶ星達を眺めていた。千葉じゃ建物の明かりが多いせいか、ここまで綺麗な星空は見たことがなかった。柄にもなく浸ってしまう。
「眠れないのか?」
そんな俺の背後から聞こえる声。顔だけ振り返れば麦わら帽子を被った船長、シャンクスさんが立っていた。
「........何となく目が冴えちゃったので」
「そうか」
俺の隣に並び立って夜空を見上げるシャンクスさんにそう返す。海の上で寝るなんてそうそう経験することでもないからか、最近はよく夜中に目が覚めてしまう。
「悪いな。乗せた船が海賊船で。何かと危険なことも多かっただろう」
「俺は乗せてもらってる身ですから。そんな文句は言えませんよ」
確かに道中他の海賊に襲撃されたり、酷い嵐に見舞われたこともあった。何度か“あ、俺これ死ぬんじゃね?”なんて思う時もあったが、仮にこの海賊船に拾われなかったら宛もなく海をさまよう羽目になってたんだ。そう考えればこの人達には感謝しかない。
ちなみにだが、他の海賊に襲われた時はウタと一緒に船内の奥でひっそりと隠れていた。情けない話だが、普通に足手まといなのでしかたがない。俺だって戦いたくはないし。
「むしろ、なんでこんな怪しい奴を乗せてくれたんですか?」
正直これがずっと気になっていた。こんな素性も得体も知れない奴を呆気なく船に乗せた挙句、ここまで良くしてくれる理由が見つからない。何か裏があるのでは、なんて疑ってしまうのは俺の悪い癖かもしれない。
「仮にお前が海軍や他の海賊のスパイだったとしても、俺達なら一捻りだ。そうだろう?」
「そりゃあまあ.........」
他の海賊との戦闘で、この人達の強さは十分伝わっている。この世界のことは全くと言っていいほど知らないが、襲ってくる海賊のほとんどが名声だったり名を上げる目的なのを見る限り、シャンクスさん達は余程有名な海賊みたいだし。
「........まあ、なんだかんだ言って一番の理由は、ハチマンがそんな悪い奴じゃないと思ったからなんだがな」
「........何か根拠でも?」
「んにゃ、勘だ」
「勘かよ........」
大口を開けて笑うシャンクスさんに何て能天気なのかと溜息をつく。こんな一見ふわっとした人がこれだけ強い海賊団の船長やってるのだから、人間というのは本当に分からない。シャンクスさんが凄いことは知っているが、この様子を見てると忘れてしまいそうになる。
「実際悪い奴じゃなかったんだ。問題ないだろ?」
「決めるのは時期尚早では?」
「いや、ハチマン。お前は良い奴だ。俺が保証する」
真っ直ぐにこちらを見つめてそう告げるシャンクスさん。能天気に見えてこの人にはきちんとした芯がある。だからこそ、船員達はこの人についていっているのだろう。
なんとなくシャンクスさんの目を見るのが恥ずかしくなって、俺は逃げるように煌めく星々に視線を戻すのだった。