「ハチマン!勝負しよっ!」
天気は快晴、波も穏やか。なんとも気持ちの良い船旅に浸っていた俺に声をかけてきたのは一人の少女。シャンクスさんの娘であり、漂流していた俺を真っ先に見つけてくれたある意味命の恩人でもあるウタだ。
「またかよ........」
「だって暇なんだもーん」
そんなウタだが、妙に懐かれてしまったというか事ある毎に俺のところに来てはこうしてかまってちゃんしてくる。今みたいに勝負を吹っ掛けられるのもしばしばだ。
「で?何の勝負するんだ?」
「今日は釣り勝負!先に大物を釣った方の勝ちね!」
正直面倒くさいが、ここで無視すると拗ねて後々の対応が余計に面倒くさくなる。確か最初断った時は部屋にこもって数時間出てこなかったっけ。飯の時間になっても出てこないもんだから、「早く仲直りしてこい」とシャンクスさんに呆れたように言われてしかたなく謝った。かまって欲しけりゃシャンクスさんや副船長さんのところに行けばいいものを、なんでわざわざ俺のところに来るのかは未だに謎である。
そんなこんなで彼女から簡素な釣竿を受け取った俺は、二人並んで水面へと糸を垂らす。
「ぜーったい私の方が大物を釣り上げてみせるんだから!」
「へいへい、期待してますよ」
そんな軽口を叩きながら水面を見つめること数十分。未だに何か掛かった様子はない。この待ち時間こそが釣りの醍醐味とも言えるのだろうが、既に隣のお姫様は飽きてきたご様子。そっちから誘ったのにそれは如何なものかと。
「おっ、掛かった」
「えっ、うそっ!?」
そんなウタの様子に苦笑していると、俺の持っていた竿に感じる確かな手応え。ようやく進展した状況に、自分の竿そっちのけでこっちに集中するウタ。
渋々始めた釣りだが、獲物が掛かったとなればテンションが上がってしまうのが男心というもの。期待と共に力いっぱい引き上げた竿の先に付いていたのはーーーーー
「長靴じゃん........」
誰のものかも分からない、所々に穴の空いたボロボロの長靴だった。こんなベタな展開ある?横でゲラゲラ笑ってるウタをジト目で見ながら、本日初めての獲物をポイッと海にリリースする。
「おいウタ、お前の竿何か掛かってないか?」
「あっ、ほんとだ!」
すると、今度はウタの方の釣竿にヒットした様子。慌てて自分の釣り竿のところへ走ったウタは、竿を手に持って思いっきり引っ張り上げようとする。
「手応えバッチリ!釣り勝負は私の勝ちで決まりね!」
「どうだかな。案外お前の方もゴミだったりして」
「なに〜、負け惜しみ〜?」
それは違う。まだ負けたかどうか分からないので負け惜しみではない。まあ、自分で言ってみたもののその可能性は低いだろう。そんな漫画みたいなミラクルがそう直ぐに二回も起きるわけがない。あ、でもここ異世界だったわ。
「それにしてもっ、重いっ........!きゃっ!?」
「おい!」
どうやらかかったのはゴミどころか相当な大物のようで、少女の力では釣り上げるのは難しい様子。それどころか逆に海に引きずり込まれそうになるウタに、焦りと共に走りだし彼女と一緒に釣竿を掴む。
(おっも!?)
これでも健康な男子高校生。運動部ではなかったとはいえそれなりに筋力はあると自負していたが、かかった獲物は二人でも簡単には釣り上がらない。まるで地球でも釣っているのかと思うような手応えに驚愕する。
「いいかっ、ウタっ........!せーので合わせて思いっきり引っ張るぞっ........!」
「う、うんっ........!」
「いくぞっ、せーのっ!」
合図である掛け声と共にありったけの力で竿を引っ張る。腕の筋肉がギシギシなってるが構ってられない。このままだと二人揃って海にドボンだ。
ウタと力を合わせて竿を引っ張っていると、段々と重さがなくなっていく。どうやら魚の方が自分から浮き上がってきたらしい。まさに絶好のチャンス。俺はなけなしの力を振り絞って竿を引く。
「うしっ!もう少、し.........」
次第に水面に映る魚影に勝ちを確信したのも束の間、直ぐにその魚影がデカすぎることに気がつく。明らかにおかしい。思考が神経を伝わって行動に移る前に、激しい水飛沫と共に水面から魚影の正体が飛び出してきた。
飛び出してきたのは確かに魚だった。おかしいのはそのサイズ。パッと見ただけでも明らかにこの船よりデカい。大きく開けた口には鮫なんかが可愛く見えるほど大きく鋭利な牙が並んでいる。どう考えても俺が知っている魚じゃない。
飛び上がった怪物魚は、大きく口を開けたまま俺達の方へと真っ逆さまに落ちてくる。それが何を意味するのかなんて考えるまでもない。ウタと二人でその光景を呆然と眺めるしかできない俺は、心の中でこう呟いた。
(あ、死んだわこれ..........)
***
「野郎共ォォォォ!この大物を釣り上げたウタとハチマンに乾杯だァァァァ!!」
『ウォォォォォ!!』
ガツンと酒の入ったジョッキをぶつける音が多方で響く。この船だと当たり前の光景になっている唐突な宴の様を眺めながら、端っこでジョッキに入った水をちびちびと飲む。
それにしてもこの人達、ほんと宴好きだよな。何かと理由つけて毎日宴しようとするし、何なら理由なんてなくてもとりあえず騒いでる気がする。
俺達が釣り上げた、もとい襲われた怪物魚は騒ぎを聞いて駆けつけた赤髪海賊団の皆様があっさりと処理してくれた。その怪物魚はというと、こんがりと美味しそうに焼かれて宴の席に並んでいる。要するに、この魚は二つの意味で料理されちゃったわけだ。別にうまくないって?ほっとけ。
今回の件で、この世界の海は俺の居た世界の海とは比べられないほど危険な場所だということが嫌というほど分かった。よくこんな海で漂流して無事だったよな俺って。まったく運がいいのか悪いのか。
「にしても、こんな大物を釣り上げたとなりゃ、釣り勝負はウタの勝ちで決まりだな!」
赤髪海賊団の狙撃手であるヤソップさんの言葉に、そういえばそんな勝負してたなと思い出す。命の危険感じてそれどころじゃなかったからすっかり忘れていた。
「ううん、それは違うよ。私一人じゃこんな大きな魚釣れなかったもん。釣れたのはハチマンが居てくれたおかげ。だから、今回の勝負は引き分け!」
「ね!」と俺を見ながら笑顔で同意を求めてくるウタ。別にウタの勝ちでも構わないのだが、本人がそう言ってるなら無理に否定することもないと思い、「そうだな」と適当に返す。
「よーしっ!せっかくだから今日も歌っちゃおっと!」
「おい!野郎共!俺らの音楽家のステージだぞ!」
そう告げたウタは、近くにあった酒の樽の上に立つ。それを合図に赤髪海賊団の面々が一斉にウタの方を向く。ただ樽の上に立っているだけなのに、その姿はまるでステージに立つアイドルや歌手のよう。
「私は赤髪海賊団の音楽家、ウタ!歌で皆を幸せにする女よ!」
「いよっ!待ってました!」
「歌ってくれぇ!ウタ!」
観客達の声に答えるように歌い始めるウタ。その瞬間、耳朶を打つのは透き通るような、それでいて確かな存在感を感じさせるような美しい歌声。天使が祝福していると錯覚するほど綺麗で美しい、まるで澄んだ清流のような体全体に染み渡る歌声に、引き寄せられるように聴き入ってしまう。
歌の名前は確か『世界のつづき』。なんでもウタ自身が作詞作曲したらしい。バラードの曲調は宴の騒がしい雰囲気には似合わない気もするが、そんなこと気にならないほどに彼女の歌は綺麗だった。
「ふぅ.........」
そうして曲が終わり、続いて大勢の拍手が甲板の上を覆うように響き渡る。気づけば俺も自らの両の手のひらを打ち鳴らしていた。
「どうだった、ハチマン!私の歌!」
「相変わらず上手かった。できることなら毎日聞いていたいまである」
「えへへっ、ありがとっ!」
歌い終わったウタは、決まって俺のところに真っ先に感想を聞いてくる。シャンクスさんや他の船員も居るのに、何でこうも毎回俺のところに来るのか。
最初は「ああ、まあ、いいんじゃね?」と半ば流すような感想を言っていたのだが、それが気に入らなかったのか「もう歌わない!」とへそを曲げてしまう結果となり、他の船員から“謝れ”だの“ちゃんとした感想を言え”だの鬼気迫る表情で言われた。ウタの歌声が好きな船員達からしたら死活問題だったのだろうが、だからといってそんなことでピストルを持ち出さないで欲しかった。
実際彼女の歌に心打たれたのは事実だし、こんな小さい子相手に意地を張るのもアホらしいと思い、今では素直に感想を言うようにしている。決してピストルが怖いからではない。
「今日は気分がいいからもう一曲歌っちゃおっかな!」
「おいおい、無理はすんなよ?」
「平気平気!それじゃあいっくよー!!」
こうして、小さな歌姫の小さなライブは二曲目へと突入していくのだった。
***
「ん........」
漏れる息と共に覚醒する意識。どうやら完全に眠ってしまっていたらしい。なんだか長い夢を見ていたような気分だ。ウタの歌を聞いた時は毎回このようにしていつの間にか眠ってしまっているのがほとんどだ。
「そんで、これもまたいつも通りか」
続いて視線を横に向ければ、俺の肩に頭を置いてスヤスヤと寝息を立てているウタの姿が映る。これもまた普段の光景。歌い疲れたのか気づいたら眠っているウタは、基本俺の肩を枕にして寝ているのだ。
「ほんと、そうしてるとまるで兄妹みたいだな」
誰かがそう言って笑う。兄妹か.........そういえば小町はどうしているのだろうか。俺が死んで悲しんでくれているのなら御の字。少なくとも気にかけてくれるくらいしてくれればそれだけでお兄ちゃんハッピーなんだけどなあ。
「ハチマンは弟か妹が居るのか?」
「........妹が一人」
「そうか.........きっと心配しているだろうな」
「どうですかね。案外手のかかる兄貴が居なくなって清々してるかもしれませんよ」
「そんなことはないさ。血の繋がりのないウタでさえここまでハチマンに懐いてるんだ。ウタにとってもハチマンの妹にとっても、ハチマンは立派な兄貴なんだろうな」
本当にそうなのか、そうであればいいなと思いながら体重を預けてくるウタの紅白の髪をそっと撫でる。この世界には居ない、もしかしたら二度と会えないかもしれない世界でたった一人の