カーテンの隙間から差し込む日の光が朝の訪れを告げる。小鳥たちもこの時を待ちわびたかのようにその声を響かせる中、俺は布団にくるまって朝という時間に抵抗していた。
昨日は結局ウタとルフィの二人と遊ぶことになったのだが、案の定というか振り回された。ルフィが森で大蛇の巣を突っついて中で寝ていた大蛇を起こした時は、二人を抱えて一目散に逃げたもんだ。あの二人は、特にルフィの方は毎度何かやらかすもんだからこっちも気が気じゃない。帰ってきてベッドに飛び込んだ後は泥のように眠ったわ。
今日も朝から店の手伝いがあるが、俺の体感的にあと五分は寝れるだろう。そうと決まればギリギリまで寝るに限る。
「ハチマン!!」
「うごっ.......」
眠気に誘われるまま夢の世界に旅立とうとした俺の腹部に伝わる鈍い衝撃。思わず潰れたカエルのような声が出てしまった。誰がヒキガエルだ。
「ウ、ウタ.........人を起こすのにルパンダイブすんのはダメだとお兄ちゃん思うな........?」
「ハチマンがいつまで経っても起きてこないからでしょ!」
衝撃の原因は俺に向かってダイビングしてきたウタ。いくら子供とはいえ人一人が飛びかかってきた衝撃は凄まじいもので、呻き蹲りながら恨めしそうにウタを見れば、逆に腰に手を当てたウタに叱られてしまう。
「朝とはいえダラダラしすぎっ!私の方が早起きじゃない!」
「人間歳を重ねると朝弱くなんの。十歳差なめんな」
そもそも昨日俺を振り回したのは一体誰とお思いか。お前ら二人.......いや、八割方ルフィのせいだな。あいつが悪い。
「というか、なんでウタが俺の部屋に居るんだよ」
「マキノに時間だから起こしてきてって頼まれたの!ほら、早くマキノのとこ行くよ!」
無理やり人の手引っ張って部屋を出ようとするウタに「自分で歩けるから........」と言ってついていく。店内には既にいつもの格好に着替えてグラスを磨いているマキノさんと、朝っぱらから呑んだくれている赤髪海賊団の面々。
「なんだぁ?寝坊かハチマン?だらしねえ奴だなあ」
「朝っぱらから呑んでるあんたらに言われたくねえ.......」
大体俺は寝坊してない。時間ギリギリまで寝ようとしただけだ。実際時間まで五分の猶予はあったわけだし。疲れてる時の五分の重要性を甘く見てはいけない。
「ほら!早く顔洗ってシャキッとするっ!せっかくの朝ごはんが冷めちゃうでしょ!」
「へいへい、分かってますよ」
そんな俺を急かすように背中を押してくるウタに欠伸混じりに返事をする。自分が朝飯作ったかのように言ってるけど、作ってくれたのマキノさんだからな?
「おいおい、ハチマンの奴もう嫁の尻に敷かれてんのかよ」
「ウタも大変だなあ。こんな奴が旦那でよお」
黙って聞いてれば好き勝手言ってくれる。よりにもよって本人の前で変なことを言わないで欲しい。
「よ、嫁っ!?///そ、それに旦那って.........///」
ほれ、見てみろ。こういう歳頃の子供は周りの大人が言うことに影響されやすいんだから。偶に集まる親戚のおっさんみたいな絡み方すんな。
「ちょ、ちょっと皆!///へ、変なこと言わないでよね!///」
「顔真っ赤だぞ〜、ウタ」
茹でダコのような顔で怒鳴るウタと、そんなこと気にする様子もなく笑い転げる赤髪海賊団の男共。というか、俺との結婚は変なこと扱いですかそうですか。
「........朝から酔っ払うのも大概にしてくださいよ。んじゃ、俺準備してくるんで」
これ以上酔っ払いの戯言に付き合ってられるか。そう思いながら顔を洗いに行こうとした俺の袖を引く感触。振り向けば未だに赤みの残った顔でこちらを見上げるウタと目が合う。
「ハ、ハチマンはその.........わ、私がお嫁さんだったら.........嬉しい.........?」
おっと、どうやらこのお姫様は思いのほか影響されちゃっているらしい。さて、どうしたもんか。仮に否定すれば機嫌を損ねそうだし、かと言って肯定したらロリコンのレッテルを貼られそうだ。なにこれ詰んでね?
「.........まあ、嬉しいだろうな」
たっぷり悩みに悩んだ俺は、結局素直に答えることにした。
「ほ、ほんとっ!?」
「そりゃあそうだろ。こんな美人が奥さんだったら幸せなこと間違いないだろうしな」
「びじっっっっ..........!?」
実際兄貴分としての贔屓目抜きにしてもウタの容姿は抜群に整っている。今は子供だから可愛らしいという感じだが、大人になれば間違いなく美人になる。将来有望間違いなしだ。
まあ、だからといって俺がウタと結婚するのかと言われれば話は別だが。だって圧倒的に不釣り合いだし。仮に俺とウタが結婚したら、“美女と野獣”ならぬ“美女とゾンビ”なんて作品が生まれそうだ。駄作臭プンプンだなおい。
それにしても、ウタと結婚する男は幸せだろうな。まあ、ウタと結婚するなら俺とシャンクスさんが認めた男じゃないと結婚させんけど。何処ぞの馬の骨かも分からん野郎に可愛い妹分を嫁がせてたまるか。今んとこ最有力候補はルフィかな?でもあいつ、そういうの疎そうだしなあ。
「し、しかたないわねっ!そこまで言うなら、モテないハチマンのために私がハチマンのお嫁さんになってあげる!」
「勝手にモテないって決めつけないでもらえませんかねえ」
これでも目以外なら整ってる方だと自負してるし、専業主夫という夢のために料理や洗濯なんかの家事も一通りできる。一応それなりに優良物件だと思うんだけど。目が腐ってることに目を瞑ってくれれば。あっ、なんか上手いこと言った気がする。
「まっ、もしもの時はよろしく頼むわ」
「うんっ!」
所詮は子供の頃の口約束。場の雰囲気にあてられたのもあるだろうし、時間が経てば綺麗さっぱり忘れているだろう。とりあえず適当に話を切り上げてさっさと準備しに行こう。
「美人.........美人だって.........えへへっ///」
***
「おいおい、いいのかよお頭〜」
「ん?」
準備するために店の奥へと消えた八幡と、上機嫌で鼻歌混じりに店から出ていったウタを見送って酒を呷ったシャンクスに、船員の一人が声をかける。
「このままじゃ大好きな娘がハチマンに盗られちまうんじゃねえか?」
「そうだなあ..........別にいいんじゃないか?」
ニヤニヤしながら揶揄うような声音の台詞に、しかしながらシャンクスはあっけらかんとした様子でそう答えた。
「........意外だな。お頭が一番反対すると思っていたが」
「他でもないウタ自身が決めたことだ。そりゃあ寂しさはあるが、俺達が変に否定するのは違うだろう?」
赤髪海賊団の副船長である“ベン・ベックマン”が格好よく煙草を吹かしながら言えば、酒を傾けながらそう答えるシャンクス。
「何処ぞの馬の骨かも分からん野郎に娘はやれんがあいつはーーーーハチマンは信用できる。あいつはとんでもないお人好しで、それでいて周りを冷静に見ることのできる賢い奴だ。ハチマンならウタのことを任せられる」
どうやらシャンクスのハチマンに対する信頼度は相当高いらしい。それは赤髪海賊団一同同じ意見のようだ。
「まあ、所詮はガキの一時の感情だ。ウタも場に流された部分が大きいだろうし、大人になって覚えてるとも限らんしな!」
「なんだよお頭!やっぱ悔しかったんじゃねえかよ!」
「や〜い、負け惜しみ〜」
「おい!お前がウタの真似すんじゃねえよ!」
途端に巻き起こる大笑い。言い出しっぺのシャンクスを含め、全員が笑いながら思い思いに騒ぎまくる。
「本当にそうかしら?私はウタちゃんの想い、本物だと思いますけどね」
そんな喧騒の中、やけにマキノの澄んだ声が店内に響き渡る。マキノの台詞に、頬を引き攣らせた赤髪の船長が居たとか居なかったとか。