エレジアの忠犬   作:からしポン酢

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ある国の滅び

 トットムジカ。王が唱えた古き伝承が語り継ぐ、忌まわしき悪魔の悲劇の名。

 ある果実を口にしたものが歌うことで開花するそれは、あるはずのない世界の終焉を引き起こすと予言されている。

 一度発動すれば世界の終焉は必至。その旋律が生み出す悪魔には、いかなる王ですら抗うことは出来ないだろうと。

 

 眉唾だと思っていた。いかに思慮深い我が王の言葉とはいえ、そんなものが存在はあり得ないことだと内で存在を信じてなどいなかった。

 

 だが……だからこそ、俺はその光景を忘れることはない。

 僅か一日で滅びを迎えた我が祖国エレジアの、戦火に呑まれ変わり果てる故郷の終末を。そしてその厄災を食い止める海賊達を見つめながら、かつて聞いた伝承の悪魔の名を口にした王の姿を。

 

 トットムジカ、トットムジカ。我が国(エレジア)を滅ぼした、忌まわしき悪魔の力。

 忘れてはならない。嗚呼、それが引き起こされた厄災の名。

 そしてそれを引き起こした災厄のきっかけたる悪魔。それが今、王を救ったあの海賊との取引によってこの島に残された、哀れな歌の申し子であることも。

 

 

 

 

 

「ねえダーマ。ダーマはなんでこの島にいるの?」

 

 最早過去の名残と化した古びた城。滅びた島の残骸にて、赤白髪の少女──ウタは男に問いかけた。

 ウタがダーマと呼んだのは、黒い帽子とコートを身につける長身の男。

 その暑苦しい格好を脱いだところを見たことがなく、ウタの前では一度だって表情を動かさない強面の男だった。

 

「何故と言われても、王がここにいるからですが」

「ふーん。じゃあなんでゴードンと一緒にいるの?」

「王の護衛だからですが。……ほら、ペンが止まってますよ」

 

 ダーマは所用でこの場を外す主君を思いながら、手を止めるウタを注意し再開を促す。

 ウタは頬を膨らませてぶーたれながらも、数秒の間に視線を机に戻し、再び手を動かしていく。

 

 かりかりと。掻き込む音だけが部屋へ、そして腕を組みながら柱に寄りかかるダーマの耳に響く。

 ウタ。それがかつて栄えたエレジアの全てを詰め込むため、そして世界一の歌手にするために、我が王自らが手塩に掛けて育てられている、目の前の少女の名前だ。

 実際、彼女の歌は天性のものに間違いない。かつての王国ですら並ぶものはなしと、我が優しき王はそう断定し、親である海賊から引き抜こうとしたのだから。

 

「今日の勉強終わり。ダーマ、私部屋に戻るから」

「……畏まりました。私は食事の準備をしますので、どうぞゆるりとご休息ください」

 

 椅子から跳ねるように立ち上がり、ずんずんと部屋を立ち去るウタに頭を下げるダーマ。

 彼女の子供らしい軽さの足音が遠退いていき、彼女の気配が離れていったのを感じながら、ダーマはそっと息を零す。

 

 ……ウタがこの島に住み始めてから、もう一年と少しが経ったか。

 

 かつてこの島には国があった。民の誰もが音楽を愛し、世界で最も音に富んだ国とまで言われた一つの大国が存在していた。

 王の護衛であった俺ですら、国は平和だったと思う。偉大なる航路(グランドライン)にあってなお、平和と笑顔に溢れた音楽の国がそこにはあった。

 

 だが、それは所詮過去の話。もうこの島には自分たち三人以外の人は存在せず、後に残るのはかつて栄えた栄光の残骸だけ。

 たった一夜にして滅びを迎えた、その国の名はエレジア。

 そして滅ぼしたのは国が伝える予言の悪魔。……そしてその厄災を眠りから呼び起こした者こそ、先ほどまでそこで勉学に勤しんでいた少女──ウタなのだから。

 

 そんな少女を、国を滅ぼした厄災の種を、あの方は今も育て続けている。

 この国を滅ぼし、そしてこの(くに)を救った赤髪の海賊。あの方は彼らとの約束と音楽を愛した国の王としての使命、そして王が持ち得なかった次代への希望を全て込め、彼女を世界一の歌手に育てようとしているのだ。

 

 王の方針を理解は出来る。だが俺は、それに是と盲信することは出来ない。

 確かにあの娘に同情はある。どんな事情があるにせよ、幼き頃に親から捨てられるなど、腹が引き裂かれるよりも辛いことであったはずだ。

 だがそれ以上にウタは、幼子の振りをしたあの怪物は。

 我が故郷を滅ぼした悪魔。そしていずれ世界を滅ぼしうる力と可能性を秘めた、希望と絶望を司る歌の申し子なのだ。

 

 かつての懐刀として、王の賛同出来ないことほど口惜しいことはない。

 けれど仕方ないのだ。俺は先を見据える我が王のように、そして笑顔を失いながらも気丈に生きる、あの少女のような強さを持ち合わせていないのだから。

 

「……ふう。情けないな、俺は」

 

 時間があれば昔を思い出し、そして流れで今を思えばいつも、最後に残るのは自らへの後悔だけだ。

 国も人も、自らの手では何一つ救えなかった男。

 エレジア最強などと言われながらも過去の厄災一つ退けられず、あの赤髪の海賊がいなければ、王とあの娘すら救えやしなかった間抜けな男。

 嗚呼、なんと情けない。なんと愚かで無価値な愚物風情が、このエレジアの末路に生き長らえてしまったのだろうか。

 

「……帰られたか。さて、迎えに行こう」

 

 ダーマは誰もいない部屋で更に鬱気に浸ろうとしたが、それを遮るように人の気配を察知する。

 ウタではないのは確か。あの娘の気配は自室に留まっている。

 であれば候補はあと一人。滅びた国に運良く残った古い書庫に向かった、自身が忠を誓うあのお方だ。

 

 王を迎えに行き、そして報告の後に食事を作らなければ。

 身勝手な後悔に溢れた気持ちを切り替えながら、ダーマは部屋の戸を開けて歩き出す。

 その男の名はダーマ。かつてエレジア最強と謳われながらも何も為せなかった、滅びた国の王に仕える最後の戦士。

 部屋を出た後の彼にはもう、先ほどまで滲ませていた醜態など、僅か一片たりとも存在しなかった。

 




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