エレジアの忠犬   作:からしポン酢

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王と忠犬

 かつて滅びた国、エレジアの王城。月も上がり、子供(ウタ)も眠りにつく黒空の時間。

 最早雨風を凌げるだけの廃墟と化した王の間にて、この島に住む二人の男──ゴードンとダーマが集まっていた。

 

「こちらをどうぞ。ベリベリーのワインです」

「ありがとう。……ふむ、鼻を擽る芳醇さ。こんな上等なものがまだ残っていたのか」

 

 王の間にてただ一つの椅子──玉座に座るゴードンは、グラスに注がれた赤黒の水に鼻を近づけ、寂しげに微笑みながらグラスの縁へ口を付ける。

 

「それで今日はどうだった? あの()は、ウタはしっかり学んでいたかい?」

「はっ。王が課した課題は早期に終わらせ、部屋で作曲に勤しんでいた様子でした」

 

 玉座の前で膝を突き、頭を垂れながら一日の報告するダーマ。

 ダーマが話すのは既に自室で眠りについたウタについて。

 王が不在の間、彼女がどんな風に過ごしていたかをダーマは丁寧に話しながら、懐から数枚の紙を取り出して王へと差し出す。

 

「こちらが本日の課題です。いかがでしょうか」

「ふむ。……流石はあの()だ。私の想像を遙かに超えた成長をしている」

 

 側のテーブルへとグラスを置き、ダーマから受け取った紙に目を通した後、小さいながらもはっきりとした感嘆の息を漏らす。

 

「……もう一年か。気付けば随分と時が経ったものだ」

「まだ、じゃないのですか」

「いや、もうだよダーマ。私にとってはな」

 

 ゴードンは丁寧に紙を置き、ワインの入ったグラスを再び手に取って一口含んだ。

 

「ダーマ。君はウタと上手くやれているかい? あの()と話す姿をあまり見ないのだが」

「……いえ。やはりあの娘は、王といる時が一番でありましょう」

 

 ダーマの淡々とした返事に、ゴードンは小さく唸りを漏らしてから「そうか」と口に出す。

 期待した答え(もの)ではなかったのだろうかと、ダーマは疑問に思い、そしてすぐに王の考えていたことに気付く。

 

「……ゴードン様。それで今日、私とウタを二人にしたのですか」

「相変わらず聡いな。そうだ、君たちに少しでも親睦を深めてもらいたかったのだ」

 

 

 ゴードンは誤魔化すように、グラスに残った液体を一気に飲み干す。

 ダーマは空いたグラスへ再度注ごうと立ち上がろうとするが、王は手で制してもう大丈夫だと示した。

 

「まだ怖いか。あの()が」

「……情けないことですが。王よ、私の心は未だあの日の夜に、エレジアの終焉に囚われ続けています」

 

 ゴードンの寂しげな問いに対し、ダーマは境界で懺悔するかのように言葉を漏らしていく。

 

「我が国が滅びを迎えてから一年、たった一年なのです。いくら貴方様の願いであろうと、一体どうして割り切れましょうか」

「……そう、だな。すまないダーマ、私が少し配慮に欠けていた」

「お、おやめ下さい! 私なぞに、貴方が頭を下げるなど!」

 

 ダーマは王が頭を下げようとするのを焦りながら止める。

 主君に謝らせるなど仕えの恥。だからこそ、何とか王を思いとどまらせるために、ダーマはこの日一番の動きを見せた。

 

「相変わらずだな、最早国などないというのに。……まったく、あの頃とは偉い違いだ」

 

 再度深く座り直した王は、天井に空く穴から月を眺めながら、遠い過去を懐かしむように口ずさむ。

 

「あの日都へ紛れ込み、我が国の兵士をなぎ払った野犬。あの頃の君が見れば、変わりように驚くのではないか?」

「……思い出すのはおやめ下さい。私にとって、貴方様に拾われる前は恥でしかないのですから」

 

 微笑みながら過去の片鱗を語るゴードンに、ダーマはウタに接している時には見せたことのないくらい声色をずらして取り乱す。

 

「嗚呼、あの鳴り止まぬ旋律の園が懐かしい。誰もが歌い笑い合った、君でさえも人に変えたあの国が」

「……飲み過ぎです。明日もありますし、そろそろお休み下さい。王よ」

「……そうだな。そうしよう」

 

 しんみりと今を憂い始める王に、落ち着きを取り戻したダーマがゆっくりと側に寄る。

 慣れぬ子育てへの疲れもあって、一杯でも相当に酔っていたのだろう。

 立ち上がろうしてとふらつきかけたゴードン。ダーマが素早く彼に支えると、王は小さく「すまない」と口ずさみながら体重を預けた。

 

「……すまない。この後ウタの様子を見て来てはくれないだろうか」

「もう寝ていますよ。王が心配するようなことは何も──」

「それでも頼む。頼むよ、ダーマ」

「……畏まりました。ですのでどうか、ゆっくりとお休み下さい」

 

 ダーマはか細い願いに頷きながら、眠りに落ちた王を背に抱え揺らさないようゆっくりと歩き出す。

 王は酔いやすく、公事でなければ潰れた彼を運ぶこともたまにあった故、こういったことに戸惑うことはない。

 だがエレジアが栄えた頃よりも王は少し軽くなった。あくまで感覚だが、あの頃はもう少し重かった気がする。

 やはり疲れているのだろう。なにせ休むことなくウタの世話を続けながら、この王城から距離のある書庫や大聖堂跡に赴いたりするのだから。

 

「……歯痒いな」

 

 なのに自分は、偉大なるゴードン王の最後の護衛たるこのダーマは、そんな王の負担を何一つ支えることが出来ていない。

 仮にもエレジアの民であったくせに音楽の知識があるわけではなく、自分が熟せるのは食料の調達と王がいないときにウタの側にいることだけだ。

 なんと情けないことだ。嗚呼、こんな自分がどうして、こんな様で王の負担を減らせるというのか。

 

「お許しを。どうか、ふがいなき自分をお許しを……」

 

 寝入った王の耳に届かぬよう、人の息吹よりも小さく呟きながら、慎重に王の部屋へと歩を進める。

 せめて王の眠りを妨げることのないように。

 それくらいしか出来ない自分には、それくらいしか出来ることはないのだから。

 

 

 

 

 

 王を部屋に届けたダーマは、そのまま王の願い通りにウタの寝室へと足を運んでいた。

 気配を探って彼女が寝ていることを確認から、静かに戸を開け足音を立てずに部屋の中へと入っていく。

 子供とはいえウタも女。無断で部屋に入ることへの抵抗はあったが、それでもダーマにとっては王の命令が最優先だ。

 

「すー、すー……」

 

 ベッドの上にいるウタは可愛らしい寝息を立てて横になっており、こちらの進入に気付かないほど熟睡している。

 幼児と少女の中間くらいのあどけない寝顔。もしもこの場に王がいれば、天使が寝ていると見紛うほどだと自慢してくることだろう。

 この寝顔だけではこの少女がエレジアを、あの音楽大国を滅ぼした張本人だと到底思えない。例え彼女以外に生き残りがおらず赤髪の海賊が罪を被らなくとも、こんな幼い少女が疑われるなどないはずだ。

 

「そうだな。弱いのは俺だよ」

 

 自嘲を零しながら、ポケットに入れている震えた手に力を込める。

 ……やはりいらぬ心配だった。一顔見れば王への義理も果たせるのだし、すぐに立ち去るとしよう。

 すやすやと眠る赤白の彼女に一礼し、この場を去るため背を向けて進もうとした。

 

「シャンクス……、ルフィ……」

 

 直後、背後の少女が縋るように誰かの名前を呼ぶのが聞こえてしまう。

 シャンクスという名には覚えがある。今や十億を超える大海賊、ウタの父親であるあの赤髪の男の名がそれだ。

 けれどもう一人には覚えがない。確か赤髪の船員にルフィなんて名前の海賊はいなかったはずだし、起きている時の彼女の口からも聞いたことがない名前だった。

 どこかの島にいる友達の名だろうか。それとも年頃の娘らしく、ちょっと気になる一でもいたのだろうか。

 

「ご……な……い。ごめん、なさい……」

 

 ……何を謝っているのか、ダーマにそれが分かることはない。

 彼にとってウタは王が託された原石。そして故郷である国を滅ぼした悪魔の元凶でしかない。

 そんな彼女へ理解を示そうとは思えない。例えあの惨劇が、彼女の望んだものではなかったとしても。

 

「……失礼します」

 

 ダーマは悪夢に苦しむウタへ振り返ることなく、そのまま部屋を立ち去っていく。

 それが大人として尚更情けない行動だと分かっていながらも、それでも彼女の側に寄り添うことなど出来なかった。

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