エレジアの忠犬 作:からしポン酢
あの海岸で会話した日を境に、ダーマとウタのの関係性は少しずつ変わり始めた。
「あ、ダーマ」
「危ないですよウタ。……というかよく登れましたね」
時にはどうやって登ったかわからない大樹の上まで追いかけたり。
「これは食べちゃ駄目な奴です。それも、これも、もう全部毒キノコです」
「えー? これは可愛いし、ワライダケは食べれるって聞いたよ?」
「だめです。色合いのいいキノコは基本毒ですし、そもそもワライダケは精神安定剤ではありません」
時にはどこからか摘んできたキノコについてお説教したり。
「~~。どうダーマ? このフレーズ良くない?」
「……ええ。とってもお上手ですよ、ウタ
またあるときは大自然の中で歌うウタに耳を傾けたりと、まあいろいろなことがあった。
最初は微妙な距離感だったが、気付けばゴードンが後方から笑顔で見守るほど、微笑ましい関係に変わっていった二人。ウタの固く閉ざされた心はいつしか、少しずつだが溶けているように見える程だ。
そして時は流れ、ウタがエレジアが訪れたあの日からおおよそ九年が経過する。
ウタは現在十八の少女。ある国では大人とされる
ダーマは傘を片手に持ち、見聞色を頼りに島を歩く。
捜し人はいつもの人物。ゴードンとの授業を終え、自由奔放に島を巡る赤白髪の歌姫さまである。
雨でも降りそうな灰色の空模様。早いところ見つけ、濡れて風邪でも引かないよう傘を届けてなければと、いつもより少し早足になってしまっている。
元気があるのはいいことだが、せめて空の色くらいは見て欲しいとは思う。
まあ以前に比べれば微笑ましい悩みことか。
脳裏に浮かぶウタの笑みを思い出し、ダーマは僅かに苦笑いを零していると耳と感覚が小さな音を捉えた。
「海岸か。……好きですね、彼女も」
潮騒の音の側にいることが多いのは、やはり彼女も海の娘ということか。
彼女の父親が聞けば喜ぶのかもしれないなと思いながら、ゆっくりと彼女の元へと近づいていく。
徐々に大きくなる彼女の声。雰囲気的には歌ってはいないのだろうが、自身の見聞色では他の人間など姿形も感じられない。一体誰と話しているのだろうか。
「はーお疲れ! 今日もありがとー!」
「……ウタ様?」
「うわっ! ってダーマ? もー、驚かせないでよー!」
背後から掛けられた声に驚きながら振り向き、ほっと息を吐きながらダーマの方を叩くウタ。
やはり人がいたようには見えない。……まさかまたその辺のキノコでも食べてしまったか。
「誰かと話していたように聞こえましたが、幽霊でもいましたか?」
「え、なにそれ怖い。違う違う! これだよこれ!」
幽霊説をばっさりと切り捨てたウタは近くの岩場に駆け寄り、置いてあった何かを抱いて戻ってくる。
ウタに見せられたそれは、何やら側面に“SSG”と書かれた電伝虫。かつての王城は愚か、自然と化した今のこの島でさえ見たことのない種で、よく見れば岩場には同じのが数匹いる。
「ウタ様。こいつらは一体……」
「この電伝虫凄いんだよ! 前に島に流れ着いてたのを見つけたんだけど、なんて他の島の人達に歌が届くんだ!」
興奮しながら話すウタをよそに、ダーマは訝しげに今は目を閉じている電伝虫に目を向ける。
彼女の話から察するに、こいつは映像電伝虫なのだろうか。
だが可笑しい、普通の電伝虫は知らないダイヤルに繋ぐことは出来ないはず。一方的に電波を送るなんて種類は聞いたことがない。
「もしや新種……いや、天然なら文字など刻まれるわけが……」
「どうしたのダーマ? 何か悩みごと?」
「い、いえ。何でもありません」
浮かれるウタとは反対に、ダーマは目の前の珍妙な生き物へ疑問が尽きない。
隔離された島で外を知らずに育ったウタ。そもそもの性分からしても、彼女はこれが危険な代物であるとはこれっぽちも考えやしないだろう。
だからこそ、代わりに自分や王のような大人が考えなければならない。
これは本当に使っていいものなのだろうかと。彼女にとって、悪いことに繋がってしまわないかと。
「私が歌うと皆嬉しそうに喜んでくれるんだ。ねえ、凄くないこれ!」
「……そのようなものを見つけたのなら、すぐに言ってほしかったのですが」
「ごめんなさい! 忘れちゃってたの!」
多少は責めたい気持ちだが、ウタにここまで綺麗に頭を下げられたは返す言葉もない。
まあ大事にはならなかったのだし、今はこれでよしとしておくべきだとダーマは判断した。
「……ひとまず今日は帰って王に相談しましょう。これほどの物となると、さすがに私の手には余ります」
「はーい」
周りにいる電伝虫をかき集め、ウタと共に王の待つ城へと帰還する。
帰る道の間、楽しげなウタとは対称的にダーマの思考はぐるぐると回り続けていた。
「いいじゃないか。ウタの歌を聴いてもらえるなら、これ以上に素晴らしいことはない」
「そうでしょー? ダーマったら深く考えすぎなんだよ!」
城に戻った後、料理途中のゴードンに電伝虫の話をすれば、彼はその存在を笑顔で肯定した。
「王よ。そんな簡単に決めていいことでは……」
「だが、既にウタの歌は世界に届き始めているのだろう? 確かにその電伝虫は珍しくはあるが、彼女の歌声が世に出るのは素晴らしいことじゃないか」
渋い顔をするダーマに優しい声色で語りかけながら、慣れた手つきで料理を皿へと盛り付けていく。
「ですが、こんな出も分からぬ物を使うなど──」
「それでも危険と断ずることも出来はしない。ウタ、すまないがこれを運んでくれないか?」
「おっけー。うわー美味しそう、早く来ないと先食べちゃうからね!」
ゴードンから大皿を受け取ったウタは軽快な足取りで離れていき、厨房には二人が残された。
「……王よ。無礼を承知で申し上げますが、流石に浅慮が過ぎませんか?」
「いやダーマ、私はしっかりと考えているよ。これでも一国の王であった身。情報の重要さは嫌と言うほど知っているのだから」
「でしたら──」
「だが、それ以上に確信しているのだ。あの娘の歌声には、世界を癒やす力があることを」
王は確然とした態度でダーマにそう告げる。
例え危険があろうとその電伝虫には、そしてウタの歌声にはそれ以上の奇跡が眠っているのだと。
それを聞いてしまえば、ダーマはもう矛を収めるのみ。かつてと依然変わらぬ王の姿に、彼へと深く頷くことしか出来なかった。
「……畏まりました。しばらくは様子を見ることにします」
「ありがとうダーマ。なに、心配はいらないさ。深く考えず、あの娘にいい気晴らしが見つかったと思おうじゃないか」
王はエプロンとコック帽を外し、ダーマの肩に手を置いて礼を言った。
「さあ私たちも行こう。私の話でウタを待たせすぎてもいけない」
「……そうしましょう。ちらりと見えただけでしたが、今日は一段と美味しそうな出来でしたからね」
ダーマは小さく笑みを浮かべると、ゴードンは頷き料理の話をしながら歩き始める。
それでもダーマの不安は未だ消えることはなかったが、一旦は置いておこうと気持ちを切り替え付いていった。