エレジアの忠犬   作:からしポン酢

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歪んだ覚悟

 ウタが起きてこない。

 ダーマがそれに気付いたのは、朝の鍛錬を終えてから少し後のことだった。

 

 いつもならあの騒がしい声が聞こえるはず。食堂近くの気配を探ろうとそこに彼女はいない。

 ならば部屋、さしずめ夜通し作曲でもして沈没しているといったところか。

 すぐに大方の検討を付け、起こしに行こうと歩きながら部屋に五感を傾けて彼女がいるかを探ってみる。

 

「……ん?」

 

 おかしい。部屋から発される感覚が変だと感づけたのは、彼が持つ“見聞色”の資質故か。

 廊下を歩く牛歩は早足に、そして駆け足へと切り替わる。

 ざわざわと胸が騒いで仕方ない。部屋へと近づく毎に、不安はより濃く心を侵してくる。 

 

「……ウタ様?」

 

 すぐさま彼女の部屋に辿り着き、荒んだ息を整えてから戸を三回叩く。

 返事はない。もう一度、今度は先ほどよりも力を込めたが、返事は変わらず無言のまま。

 不安は更に強まる。今まで彼女を起こすとき、こんなに緊張したことはなかった。

 

「……失礼します」

 

 悩んだあげくに出した決断は、ノブに手を掛け静かに開くこと。

 ゆっくりと、もしも不安が杞憂なら、のどかに寝ているだけの彼女の妨げにならぬように。

 

 扉は軋み、音を立てながらゆっくりと開いていく。

 どうか何事もなく。そう願いながら、ダーマは部屋へと入り──そして目を大きく開いてしまう。

 彼の目に映るのは、ベッドの上で体を丸めて座り込む少女。何かに怯えるように身を震わせるウタがそこにいたのだから。

 

 

 

 

 

「ウタ、どうしました……?」

「…………い。わた………わ……」

「ウタッ!!」

 

 何度呼んでもこちらに気付かないウタに、ダーマは大声を出してしまう。

 そこまでしてようやく、俯くウタはようやく気付き顔を上げる。

 目を蜂に刺されたかのように腫らし、まるで島に住み始めたあの頃のように塞ぎ込んだ姿。

 これがあのウタか。一体何があった。経った一夜でなにをされれば、昨日までの惚れ惚れする笑顔が消えてしまうようなことが起きるのか。

 

 何か情報がないかと周囲を確認してみる。

 数多の楽譜に荒れたベッド、配信用に飼っている数匹の電伝虫。……いや待て、一匹違う奴がいる?

 

「映像電伝虫。……これはまさか、エレジアの?」

 

 側面に付いたロゴは確かに昔エレジアで使われていたもの。まだ記録が残っていることから、野良に帰り損ねた個体であると思われる。

 どこからか拾ってきたのか。少なくとも城内にはもう、映像電伝虫はいないはずだ。

 

「……失礼、拝見します」

 

 恐らくこれが原因。こいつが持っている記録こそが、彼女の様子をおかしくしてる元凶だ。

 ウタに一言断ってから、電伝虫の再生ボタンへ指を掛ける。

 ぴかりと目から光を壁へと投射し、この個体が持つ記録が映される。

 

 ──そしてダーマが見たのは、脳裏に刻まれた忌まわしき過去を呼び起こす光景だった。

 

「なっ、これは、あの日の……」

 

 続いていく。遠き過去に消えたある国の滅びが、全てを無慈悲に壊していく。

 あれを忘れたことはない。自分一人では止めることすら叶わなかった、あの恐ろしき姿を忘れるなんて出来るはずがない。

 トットムジカ。音楽を災害として顕現した悍ましき怪物が暴れる、あの日の映像がここにあった。

 

『“七譜剣”ダーマが敗北し、ただ今“赤髪”のシャンクスが交戦中ッ!! 急げ、すぐに避難をッ!!』

『あの少女、ウタという少女に気をつけろッ! あの娘が悪魔、あれこそが怪物のしょうた──』

 

 転がされた電伝虫が拾う誰かも分からぬ男の声。避難を仰いでいることから、駐屯していた海兵かエレジアの兵士どとちらかだろうか。

 だが、そんなことはどうでもいい。今大事なのはこの映像が誰に撮られたではなく、この世で一番見られてはいけない人間に見つけられてしまったことについてだ。

 

「見て、しまったのですね……」

「……私がやったんだ。わたしが、この国を……!!」

 

 映像を消して振り向けば、酷く声を震わせながら頭を抱えるウタがいる。

 こうなってしまうのも無理もない。何せこの国は恨み積った育ての海賊ではなく、自らが滅びの原因だと知ってしまったのだから。

 

「違います、あれは貴女のせいではありません! トットムジカはあくまで厄災、この国に眠っていた譜面に過ぎないのです! ですからッ!!」

「──でも私が歌わなければ、私が来なきゃ、私がいなきゃ、この国は平和だったんでしょう……?」

 

 少女の悲痛な呟きに、ダーマは思わず言葉に詰まってしまう。

 少女を庇いたいが否定は出来ない。自身も国を失った身として、それが嘘であるとは言えるほどあの日を乗り越えたわけではないのだから。

 だが、その僅かな沈黙は返事としては充分。信頼する大人が否定しないということはそうことなのだろうと、聡いウタは心の底で結論に辿り着いてしまった。

 

「私には海賊を嫌う資格なんて……、シャンクスを恨む資格なんてなかったんだね……」

「それは違います。私たちがそう仕向けたのです。あの夜にシャンクス達とそう約束したのです! だからウタ様は何も間違ってなどいないのですッ!!」

「……そうなんだ。シャンクスが、そう言ったんだ……」

 

 最早これまでと、あの夜のことを話し始めるダーマ。

 あの厄災──トットムジカはウタウタの能力者が歌うことで始めて起動する怪物であると。そしてそれを退けたシャンクス達との約束により、ウタはこの島に残されゴードンに託されたのだと。

 

「王も決して恨んでいません。あの事件で気負う必要がある者など誰もいないのです。知ってしまったならば、貴女は受け止めて先に進まなきゃ行けないのですッ!」

「……先に」

「そうです。事実を受け止めるのは辛いでしょうが、それでも」

「──そうだよね。私はUTA、“海賊嫌い”のウタだもんね」

 

 唐突にウタが発した芯のある言葉は、必死に励まそうとしたダーマに唖然とさせた。

 

「何を言って──」

「泣いてちゃ駄目だよね。私は皆を救わなきゃ、皆に歌を届けなきゃ」

「何故そうなるのです! それは貴女が背負うべきものではない!! ウタ、きみの歌はきみ自身が辛くなってまで世に出すものではないはずだッ!!」

 

 ダーマはウタの出した結論に待ったを掛ける。

 涙を腕で拭いた彼女の目は、先ほどまでの真実に押し潰された少女の目でなかった。

 いけない、まずい。このままじゃこの娘の何かが変わってしまう。させていけない覚悟に塗れ、やがては狂うしか道がなくなってしまう。

 

「アハッ、思いついた。そうだ、これならみんなを救える! みんなが幸せになれる、すごい計画!」

「……な、なにを」

「ダーマ、これならみんなを救える! この苦しい現実から、皆で解放されるんだッ!」

 

 ウタは勢いよく立ち上がり、楽しげに踊りながら何かを声高らかに叫び始める。

 その顔はまるであの日、ウタがこのエレジアに訪れたあの一日のよう。大好きな人達と音楽に包まれて、心の底から笑う少女のようであった。

 

 ──嗚呼。私では彼女に、目の前のウタの心に寄り添うことが出来ない。

 

「ねえ、ダーマも協力してくれるでしょ? 私と作ろう、“新時代”をッ!!」

 

 まるで社交場で共に踊ろうと手を差し伸べてくるウタ。

 きっとその手を掴めば、自分は彼女が燃え尽きるまで共に走り続ける。それが例え王に背くとしても。

 王は拒むだろうがそれでもいい。本当に彼女がそれを望むのならば、絆された今の自分はそれを叶えてあげたいとすら思えてしまう。

 

 だがそれでも、ダーマはその手を取ることは出来ない。

 今の彼女を肯定するためには、その笑顔があまりに歪で悲痛な狂喜にしか見えなかったのだ。

 

「そっか、ダーマも私から離れるんだ。……そうなんだ」

「申し訳、ございません……。私は貴女に、そんな虚しい道を歩んで欲しくはないのです……」

 

 伸ばし掛けた手をポケットの中で強く握りながら、ダーマはウタから目を逸らす。

 ウタは目を細め、寂しげに一言だけ呟いてから、ダーマの横を通り過ぎて部屋から出る。

 

「ならお願い、邪魔だけはしないで。……私顔洗ってくるね」

「なっ、どうかお待ちを──」

 

 ダーマが振り向き、言葉を振り絞るよりも早くウタは彼から離れていく。

 すぐに追って話を続けようとするが、足を動かそうとした瞬間に考えてしまう。

 追いついたとして、自分は何を話せるというのだ。彼女に何を伝えてやれるのだろうか。

 言葉は先ほど散々吐いた。それでも彼女は立ち止まらず、むしろ焚き付ける最悪の結果を生んでしまった。

 こんな自分の言葉では彼女を救えない。或いは王の言葉でも、今のウタには届かないかもしれない。

 

 どうすれば、どうすればいい。彼女を思いとどまらせるために、俺が出来る事は──。

 

「……シャンクス。そうだ、シャンクスに会おう。ウタが計画を実行する前に、シャンクスとウタが話す機会を作るんだ」

 

 天啓が舞い降りる。奇しくも、発端である一匹の映像電伝虫に目が行ったときに。

 シャンクス、“赤髪”のシャンクス。彼女の父親である彼ならば、きっと彼女に今一番必要なものを与えてやれるはずだ。

 彼女が全てを知ってしまった今、そんなものにこだわっている場合じゃないはずだ。

 

「王よ、どうかお許しを。私は海へ出て、シャンクスに全てを伝えてきます」

 

 決意は一瞬。そうと決まれすぐに体は動き、王への手紙をしたため始める。

 王に顔を見せることは出来ない。彼に背き、ウタにも背き、そして護衛という自らの役目すら放棄するのだから。

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