エレジアの忠犬   作:からしポン酢

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エース

 偉大なる航路(グランドライン)。そこは世界の中でもっとも過酷とされる海。

 “海賊王”ゴールドロジャーが残した一繋ぎの大秘宝(ワンピース)を狙い、数多の海賊がこの海を突き進む、群雄割拠の大海賊時代の大舞台。

 そんな時代を生きる海賊の中の数ある一組。アカガエル海賊団の船に今、異常とも言える事態が起きていた。

 

「どうなってやがる……!? たった一人だぞ!?」

 

 蛙の顔のような帽子を被った男──この船の船長である男は、目の前で起きている危機に動揺してしまう。

 航海士が嵐が来ると予報し、空の色が黒に染まった頃その男は現われた。

 突如船に飛び乗ってきた進入者。自らの船が沈んでしまったので、次の島まで乗せて欲しいなどと舐めたことを言ってきた身の程知らずを海へ沈めてやろうとすれば、船員達は次々に斬られていく。

 

 まるで後ろに目でも付いているのか思える回避。

 そして銃弾をものともしない屈強な体と、軌道すら追い切れない速度の斬撃の連続。そのどれもが、今まで戦った海賊や海兵を遙かに凌駕している。

 五千万の札付きである男がまるで赤子のよう。強すぎる黒服の男は一通り蹴散らした後、恐怖で後ずさる船長を凍えるほど冷たい視線で射貫く。

 

「来ないのか? 船長はお前だろう? 売った喧嘩は取り消せないぞ」

「う、うるせえッ!! ぶっ殺してやるッ!!」

 

 切っ先を向けて淡々と告げられた言葉に、アカガエルの船長銃と鞭を構え、咆哮を上げながら駆け出す。

 怒りとプライド、そして今壊滅した一団を率いた者として。

 この男だけは殺さなくては気が済まない。例え嵐に船が沈もうとも、最早どうでもいいことだ。

 

「……見事。では幕引きだ」

「死ねェェ!!!!」

 

 手に持つ鞭をしならせ、猪のように突っ込んでくる海賊に黒色の男──ダーマは剣を構える。

 雨が降り始め、風が船を軋ませる中、ふたりの男はぶつかり合う。

 かくしてこの日、アカガエル海賊団はこの海から姿を消した。彼らと共に旅をした、海賊旗(シンボル)付いた一隻の船とと共に。

 

 

 

 

 

 燦々と輝く太陽の下、ダーマが目を覚ましたのはどこかもわからぬ海の上であった。

 

「ここは、私は確か……、船が沈んで……」

「お、ようやく目が覚めたか」

 

 今の自分の状況を確認しようとするが、それより早くに近くから声が掛けられる。

 目覚めかけの脳みそを動かしながら体を起こし、声の聞こえた方向へ向けば、そこにはこちらを見ながら気さくに笑いかける半裸の男がいた。

 

「……助けられたのか。すまない青年、感謝する」

「あー気にすんな。偶然拾っただけ、縁ってやつさ」

 

 頭を下げながら礼を言うダーマに、半裸の男は何てことなさそうに手を振りながら言葉を返す。

 橙色の帽子を被り、腕には文字を刻み、背中にはを背負う陽気な男。

 既に錆び付いた身ではあれど、一介の戦士であるダーマは一目見るだけで理解する。この男は自分が全力で挑もうと勝てるか定かではない実力者であると。

 

「私はダーマ。きみは海賊か?」

「……そうだと言ったら?」

「どうもしないさ。君の首に何億の値が付いていようと、命の恩人に変わりはないのだから」 

 

 戦意がないと伝えるダーマに依然笑みを浮かべる男だが、底知れぬ闘志を一瞬だけ感じ取る。

 かつての“赤髪”からも感じた強者の覇気。……やはり強いな、この男。

 

「俺の名はエース。ま、見ての通り海賊さ」

「……エース殿か。成程、確かに覚えたよ」

 

 彼の名を脳に刻みながら、改めて周囲を確認する。

 空は快晴。記憶に残る大嵐など影も形もなく、乗り込んだはずの船は残骸すら見当たらない。

 どうやら結構流されたらしい。助かったのは奇跡だと、自らの運に感謝しておくことにする。

 

「ああ、船が狭いのは失礼。この船は生憎一人用なんだ」

「いや、むしろ拾ってもらえてありがたいよ。最初の小舟を失い、乗せてもらおうとした海賊船も嵐で沈んでしまったらしいしね」

「嵐ィ? そりゃ災難だったな」

 

 エースは大きく笑いながら、ダーマに向かって水の入ったボトルを投げてくる。

 飲み物まで恵んでもらえることに感謝しながら、中に入った水で乾いた喉を潤し、恵みの水を五臓六歩に染み渡らせた。

 

「ぷはァ! 生き返るよ、ありがとう」

「気にすんなって。まあ飯はさっき食っちまったんでねェけどな」

「いやいや、流石にそこまで世話になるわけはいかんよ。……ふむ、失礼」

 

 ダーマは服を脱ぎながら海中の気配を探り、一言断って海へと飛び込んでいく。

 時間にしておよそ三十秒。エースが一応の心配を感じ始めた時、ダーマは勢いよく水面から飛び出し、船へ自らが座っていた場所──船に括り付けられた樽の上に何かを投げる。

 

「……魚か。これはまだ、随分活きが良いの捕まえたな」

「ええ。これで火や調味料があれば言うことなしなんですがね」

 

 ないもの強請りをしても仕方ないので、さっさと捌いてしまおうと考えたダーマ。

 だがそれを遮るように、エースは指から火を出しダーマへと見せた。

 

「提案だ。少し分けてくれ、火は貸すからよ」

「……もちろん。腕によりをかけましょう」

 

 エースが笑みを浮かべながら差し出した手を掴みながら、ダーマは船へと上がる。

 大船すら容易く沈む過酷な偉大なる航路(グランドライン)の真っ只中で出会った二人の男。そんな彼らが船上で騒ぎ出すのに、そう時間は掛からなかった。

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