エレジアの忠犬 作:からしポン酢
青珊瑚の森に囲まれた島の夜の海岸で、二人の男が火を囲んで酒を交わしていた。
「ってことはダーマ、あんた小舟で海へ出たのか。いくら
「まあ自覚はある。だが島に船などなくてね。最悪泳げばいいと思っていたが、やはり厳しい海だと実感したよ」
大海原で出会った二人の男。気でも合ったのか、彼らが船上で始めた最初の宴会は大いに盛り上がり、流れのままに近くの島で二次会を開こうということになったのだ。
「しかしエレジア、聞いたことあるようなないような。
「どうだろうな。かの大海賊“白ひげ”と言えど、訪れたこともない滅びた国の記憶があるかどうか」
ダーマはもらった酒を飲みながら、エレジアが忘れられていることへの寂しさを覚える。
国が滅んでもう十年近く。いかに世界政府加盟国で音楽の都とされたあの国でも、最早若い世代には知識としてすら曖昧な存在なのだろう。
「あァ、そういや“赤髪”が滅ぼしたっていう国がそんな名前だったな。合ってるかい?」
「……シャンクスか。……そうだな、その通りだ」
不意に出た旅の目的である男の名に、ダーマは僅かに言葉を詰まらせてしまう。
エレジアを滅ぼしたのは“赤髪”のシャンクスとその一団。彼らと王の目論見通り、世においてはそういうことになっている。
だが真実は違う。国を滅ぼしたのはあの忌まわしき音楽の悪魔であり、彼らはむしろこの国のために戦ってくれた英雄。つまり、本来なら背負う必要のない大罪なのだ。
だからこそ、恩人である彼らの話を聞く度に申し訳なさが戸止めどなく溢れてきてしまう。それは今感じている酔いすら消してしまうほどに。
「……私はそのシャンクスに用があって海へ出た。故に例え“四皇”や“海軍”、或いは“天竜人”の怒りに触れようとも、彼に会うまで死ぬことは出来ないのだ」
「大きく出たな。復讐かい?」
「……違う、伝えるためだ。彼も知るべきである一人の少女の今を」
一度瞼を閉じれば、浮かんでくるのはあの日止められなかったウタの決意の表情。
するべきではない覚悟をし、その小さな背で背負うべきでない重荷に潰されようとしている彼女。
救わなければ。彼女に言葉を届けなければ。
だからこそ、ダーマは海へ出たのだ。敬愛する王の言葉も聞かず、離れるべきでない彼女元から去ってまでも。
「……深く聞くのは野暮ってもんか。ま、応援してるぜ」
「ありがとうエース殿。まあとりあえずは彼の居所を掴み、そして“新世界”に足を踏み入れることからだがな」
「ま、ちと手間取るかもな。赤髪海賊団は移動の多いってのが周知の事実。いくら“新世界”にいるってのがわかっていても、誰かのビブルカードでもなきゃ巡り合わせに祈るしかねェ」
エースは酒を呑みながら極めて軽く応援するが、目の前の男の目指す目的がどれほど難しいことかを十分に理解している。
新世界。それは
今いる海を“
そんな場所に個人で挑むなど、それこそ無鉄砲であった過去の自分ですら考えなかったほど。それも航海の知識も浅く、強さ以外持ち得ぬ男が挑むなど無謀というものだ。
……助けてやりたいと、エースは柄にもなく思ってしまう。
出会いは偶然。だが共に酒を交わし、気が合ってしまったこの不器用な男に手を貸してやりたくなるのは友人として仕方のないことだろう。
だが、今のエースにはそうすることは出来ない。背中に背負う
「……気にすることはない、私も君も進むべき道がある。次に会うのは新世界、その時また酒を交わそうじゃないか」
「……顔に出てたか。ま、互いにガキじゃねえしな。今は楽しむとしようかね」
確かにその通りだと。
エースは焼けた肉を手に取って囓りながら、そういえばと一つ記憶から思い出す。
「シャンクスっていや、確か弟が知り合いだったな。何でもガキの頃世話になったんだとよ」
「……そうなのか。その子も君と同じ船に?」
「いや、弟もいっぱしの船長さ。……ほれ、こいつだこいつ」
ちょっと待ってろと、エースは自らの荷物に手を突っ込む。
肉を一囓りして待っていると、取り出した二枚の紙をこちらに向けて見せてくる。
「こっちが俺の弟、んでもう一枚が弟の
「ほう。確かにいい目を……ん?」
楽しそうに自慢するエースから受け取った手配書を眺めてみる。
一枚は麦わら帽子を被った笑顔の少年、そしてもう一枚は傷だらけの緑髪の男。額はそれぞれ一億と六千万と、中々に危険視されている海賊のようだ。
モンキー・D・ルフィとロロノア・ゾロ。……何だろう、まるで記憶にささくれが刺さったかのようにその名に反応した気がした。
「麦わら帽子……。そういえば、昔シャンクスも似たようなのを被っていたな」
「預かったんだとよ。立派な海賊になったら返しに来いってさ」
……預かった? 確かシャンクスは、あの帽子を随分と大事にしていた気がするのだが。
「その場所は? まさか
「ああ。フーシャ村って国外れにある小さな村さ」
村の名前を聞いた瞬間、ダーマはの記憶は酔いすら消して刹那に覚醒する。
フーシャ村、そしてルフィ。昔ウタが一度だけ話してくれた、小さな村と友達の名前がそれだったはずだ。
点と点が一つの線になっていく
「彼は、そのルフィ殿は何か言ってなかったかい!? シャンクスといた際に友達がいたとか!!」
「なんだよ急に……けどそうだな。確か帽子のことを聞いたときに、船に友達がいたって話を聞いた気がするな」
突如声を荒げたダーマに訝しげに見ながら、エースはそんな話を聞いたことを思い出す。
詳しいことは知らないが、確か赤髪海賊団がフーシャ村にいた頃、一緒に遊んでいた友達がいたのを聞いたことがある気がする。
直接出向くことはほとんどなかったが、フーシャ村
「……会ってみるかい? 弟に」
「!! 会えるのか!?」
「まあ運が良ければだけどな」
垂らされた蜘蛛の糸に縋るが、エースも遭遇することに確証を持つことは出来ない。
いかに見聞色を極めようが、この広い海で個人を探すことなど不可能に近いこと。実際エースが知る中で最も見聞色が強い者でも、精々小さな島一つが限界であった。
他にもいくつか策は思いつくが、残念ながら方角の特定すら難しい。再会したときに弟のビブルカードを作ってなかったからだ。
「つい先日、俺はアラバスタ王国で会ってきたばかりでな? あの辺りの島の
「……三つ?」
「サン・ファルドにセント・ポプラ、そしてウォーターセブン。特にウォーターセブンは造船に長けた島でな? 新世界を目指す海賊であれば、一度は立ち寄っておきたい街さ」
まあ俺は行ったことないけどな、とエースは酒を飲みながら話を続けていく。
「……つまりその三つの島、特にウォーターセブンに行けば可能性はあると?」
「まあそういうことだ。シャボンディ諸島で待つって選択もあるが、どうやら急ぎのようだしなァ?」
気を遣ってくれたのか、エースはいくつかある内最も早く会えるプランを教えてくれたのだと、ダーマはは目の前の男に感謝しながら考える。
当初の目的通りシャンクスに会うため最速で新世界を目指すか、或いはこの手配書の海賊に会うために進路を変更するか。選択肢は二つに一つだ。
本来なら迷う必要はない。いくら全ての辻褄が合おうと、このモンキー・D・ルフィという少年がウタと知り合いかは定かではないのだから。
けれど不思議と、この少年に会いに行くべきだと思ってしまう自分もいる。何一つ根拠はないが、それでも自ら培ってきたカンはそうするべきだと言っているような気がしてならない。
彼らも海賊であるなら、恐らく目的は同じ新世界。であればまずは彼らの元へ行き、それからシャンクスを目指すのも悪くはないだろう。
「……決めた。私はこのルフィという少年に会う。新世界に行くのはその後にしよう」
「……そうかい。ま、応援してるぜダーマ」
エースは少し静かに笑みを浮かべながら、最後の一本そうな酒瓶の蓋を指で弾く。
「さ、真面目な話は終わりにして飲み直そうぜ。せっかくルフィに会いに行くってんだ、弟の話してやるからよ!」
「……そうだな。今は素直に楽しもう」
気を取り直し、夜の海岸で騒ぎ始める二人。
結局この後数時間。夜が明けるまで、ダーマはエースの弟自慢を延々と聞かされ続けた。