ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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012 ハイマンス・ブレダ

 それはいくつかの偶然が生んだ喜劇だった。

 

 ひとつ、幼馴染の関わったエロ本を確認するのを躊躇い、中身を見ずに知り合いに配布した男がいたこと。

 ひとつ、最初に配られたエロ本が、絵柄が受け入れられるかどうか確認するためのお試し版だったこと。

 ひとつ、士官学校のカリキュラムが、間違いなく優秀な軍人を育てるに足る内容だったこと。

 ひとつ、女性として生を受けた著者たちが、野郎共のリビドーを甘く見てしまったこと。

 

 

 ハボック雑貨店の納入先の一つである、東部士官学校。

 士官候補生として教育を受けているハイマンス・ブレダは机に向かってペンを動かしていた。

 

「くそっ、違う、こんなんじゃねぇ……こんなんじゃねえんだ……!」

 

 小さな呟きとともにくしゃくしゃに丸められた書き損じがまたひとつ、ゴミ箱の上に重なった。

 既に周囲には無数の失敗作が散乱しており、ガリガリとペン先が紙を削る音は止まることなく響き続ける。

 

 軍備と言うのは軍事大国アメストリスにとって国家予算の大部分に当たり、次代の軍人を育てる士官学校の運用、更にはそこで使用される備品も一部に含まれる。

 このような資源の無駄遣いを上官に見つかれば咎められることは間違いないだろう。

 だがそれでも彼の手は止まらなかった。

 

 薄れていく記憶、脳裏にこびり付いたそれを紙面に残そうと、必死になって手を動かし続ける。

 

「くそぉっ、上手く描けねぇ、違うんだ、ライザはこんなんじゃねえんだ……!」

 

 士官学校主席という間違いなく優秀な彼をもってしても、一朝一夕でHENTAI国家の積み上げたエロスに追いつくことは不可能であった。

 

 

 きっかけとなったのは彼にとって個人的な友人である、とある雑貨店の従業員だった。

 その友人のそのまた友人がエロ本を描いたから読んでみないかという、男同士の実に馬鹿馬鹿しいやり取りだった。

 互いにげらげら笑いながら薄っぺらい冊子を預かり、その表紙を見た時点で、魅入られた。

 

 エロい。

 

 話の内容などあってないようなものだ。

 錬金術と言ってはいるがやってるのは薬品の調合であるし、失敗して媚薬になるだなんてもはやジョークの領域である。

 更に絵柄には馴染みがなく、大きく描かれた瞳に違和感を感じる始末。だが、エロい。

 

 おっぱいの曲線や尻の形、そしてなにより内容の9割が視覚的エロスに訴えるイラストを前面に押し出した全く新しいエロ本。

 今までの文学的な官能小説が小洒落たコース料理とするのなら、こちらは野郎の求めるものをよく分かっている肉・肉・肉の男飯。

 彼の中で親友にランクアップした件の友人が勧めてくるのも頷ける、書店に並んでいたら躊躇いなく購入を決めるだろう逸品。

 

 本の中の少女は薬の影響で我慢が出来なくなり、服もいい感じに乱れ、次のページでいよいよ到るだろうとドキドキしながら冊子をめくり、

 

 

 お試し版はここまでです!製品版をお楽しみに!

 

 

 彼の思考はそこで止まった。

 

 

 ページを戻す。色々と出来上がったえっちな女の子が描写されている。

 ページを捲る。お試し版はここまでです!製品版をお楽しみに!

 

 彼はふぅ、と一度大きく息を吐き、

 

「ハボック……ジャン・ハボックうううぅぅぅぅ!!!!」

 

 その怒号が士官学校の寮中に響き渡った。

 

 

 

 士官学校では、優秀な軍人を育てる教育が施されている。

 その中には情報の分野も存在し、無線機の取り扱いや軍用の符号、そして自身が見たことを正確に報告するための技術の習得もカリキュラムに含まれている。

 

 その技術とは、写生術。

 

 写真機こそ存在しているものの軍での蛮用に耐えうる代物は発明されておらず、軍用の写実的な速記術は未だに現役で。

 

 

 ハイマンス・ブレダは机に向かってペンを動かしていた。

 

 悶々とした欲求を抱えたまま、それでも成績を落とさなかったのは主席たる所以なのか。

 そして訪れた写生術の授業、絵を描く技法を学んでいる最中、彼の脳裏にひとつの天啓が舞い降りた。

 

 そうだ、自分で描けばいいのだ、と。

 

 あのエロスを自分の手で再現するのだ。

 なんなら、存在しない続きを描いてしまってもいいではないかと。

 

 だがしかし、彼は漫画というものを知らな過ぎた。

 コマ割や吹き出しの配置、オノマトペの使い方。

 軍の教える写実的な画法とは異なる、適切なデフォルメの技術。

 

 原本が手元にあれば完璧に近い模写も出来たのかもしれない。

 だが彼の上げた雄叫びは優秀な士官候補生たちを呼び集め、件の冊子の存在はあっという間に知れ渡ることとなった。

 上級生から寄越せと言われれば軍人の卵としてノーと言うことなど出来るはずもなく、又貸しに又貸しを繰り返された結果、原本たる聖書は行方知れずとなってしまった。

 

 試行錯誤を繰り返し、それでも理想のライザを描くことが出来ず。

 ……そんな彼の姿を、同僚たちも見ていたのだ。

 

 忘れてはいけない、悶々としているのは彼だけではなかったということを。

 誰もが滅茶苦茶イイ感じのところで終わるエロマンガを読んでしまったということを。

 

 ハイマンス・ブレダはそんな彼らに指針を与えてしまった。

 そう、俺の描いた最高にエロいライザを、士官候補生たちは揃って求め始めたのだ。

 

 

 俺ライザ品評会。

 後に民間にまで裾野を広げる新たな文化は、こうして花開いたのであった。

 

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