ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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046 ショウ・タッカー

 幾度に渡る国家試験への不合格。

 それを気にせずばっさりと諦め、異なる道を模索する者もいるだろう。

 だが、それでもなおと諦めることができず、行き詰る者だっているのである。

 

 錬金術師ショウ・タッカーは後者であった。

 

 親身に支えてくれる妻がいて、愛の証である娘がいて、一戸建てを構え、ペットの犬も飼っている。

 誰に聞いたとして、それらは幸せな家庭を築いた証と答えるだろう。

 あるいは、そのまま何不自由なく、ただひとりの男として暮らす道もあったはずだ。

 

 だが、研究者の性がそれを認められなかった。

 

 自らの研究を、有用性を認めさせる。

 その一点において、彼の心は満たされることなく、燻り、澱みを湛えていた。

 

 

「このたびの国家資格試験は不合格となっております。おつかれ様でした」

 

 今年もまた彼の夢は叶うことなく、現実に打ちのめされることとなる。

 それはこの場に足を運ぶまでに半ば覚悟していた言葉だったが、自身の研究成果が認められないのは、やはり堪える。

 

 だがここまでならば、毎年のことだ。

 磨耗し始めた自尊心も、やはり自分には無理なのではと、諦めの方向に舵を切ることもありえたのかもしれない。

 

 今回は12歳で合格したやつがいるらしい。

 

 そんな言葉が聞こえてくるまでは。

 

 その子供がどれほどの才能を秘めているのかは、関係がなかった。

 12の子供よりも劣っている。その事実が彼を致命的に追い詰めてしまった。

 

 

 どこをどのようにして歩いて帰ったのかは覚えていない。

 気付けば彼は紙袋をひとつ抱えたまま、自宅の扉に手を掛けていた。

 

 おかえりなさい。

 今年もだめだった。

 

 なんでも言ってね。力になるから。

 

 あぁ、自分にはこんな良くできた家族がいるのだ。

 【なんでも】応えてくれる家族が。

 だから、来年こそは、きっと。

 

 

 歪んだ希望を得てしまった彼は、更なる研究に取り掛かる。

 妻が協力してくれるとはいえ、理論が不完全ではそれすらも無駄に終わってしまうからだ。

 

 そうして研究室に篭り始める彼は、何故か持っていた紙袋を認識することになる。

 

 それは見慣れた雑貨屋の袋であった。

 無意識のうちに立ち寄って、無意識のうちに購入していたようだ。

 あるいは、妻にプレゼントでも渡すのがいいかもしれないなどと苦笑しながら封を切り、

 

 【変態錬禁術師ティムコー ~ネコミミ少女のつくりかた~】

 

 なんかエロ本が出てきた。

 

 妻帯者である彼には馴染みの薄い書物。

 見間違いかとメガネを拭いて再度確認するも、やはり変わることはない。

 

 自分は相当参っていたのだろうと改めて結論付け、さっさと処分してしまおうと本を手に取り。

 

 表紙のイラストを目にした彼の脳裏に天啓が走った。

 

 ネコミミとしっぽが付随した少女が涙目でこちらを睨みつけている、そんな構図だ。

 だが、合成獣の研究者である彼の目には全く別のものが映っていた。

 

 彼が研究していたのは人語を解する合成獣。

 言ってみれば獣をベースに人間の言語能力を追加した生物である。

 だがこれはどうだ?人間をベースに、獣の能力を追加することが可能なら?

 

 脳裏には次々と理論が浮かんでは消えてゆく。

 この分野に関して、彼は間違いなく天性の才能を持つ一人だった。

 

 人間を材料にするなど倫理に悖る行為だろう。

 だがもはやタガの外れている彼がその程度のことを理由に止まることなどなかったのだ。

 

 

 研究を進める上で彼が最初に行ったのは、妻へのプレゼントを購入することだった。

 

 件の雑貨屋で大々的に売り出していたネコミミカチューシャ。

 それを受け取った妻はなんとも言いがたい表情を浮かべていたが、付けてみて欲しいと頼むとおずおずと頭に装着してくれた。

 娘も欲しがったのでお揃いになるよう買い与えた。

 似合わないのは分かっていたが、自分の分も用意した。

 

 彼は保身が出来る男だった。

 

 研究が完成した暁には、今見ている光景が出力されることになる。

 だが、突然人の頭に獣の耳が生えるなど異常の極みだろう。

 

 故に、今からその風潮を整えておく必要がある。

 都合のいいことに、例の書籍にあわせてネコミミアクセがやたらと売れているようだった。

 もはやひとつのムーブメントと呼べるくらい流行っていた。

 

 街の奥様のひとりがネコミミカチューシャを着けて歩いていても目立たないくらいには。

 

 

 だが、ネコミミを着けた家族と暮らしているうちに、違和感を感じ始めた、

 ネコミミを着けたまま日常生活を送っていること自体に違和感を感じるべきではあるがそれはさておき。

 

 彼の培った生物学者としての知識が悲鳴を上げていたのだ。

 人体に猫の耳を付加するならあのような形ではないと。

 

 所詮は雑貨店で売っているような安物のコスプレアイテムである。

 合成獣の専門家の視点で見たソレは、余りにも作りが甘いちゃちな代物だった。

 

 彼は自分の感性に従って少しずつネコミミカチューシャに改良を加えていった。

 妻だけでなく、娘の分もだ。鏡を見ながら自分に似合うネコミミすら模索し始めた。

 

 当然ながら、やたらクオリティの高いネコミミを着けていればどこで買ったのかと訊ねられるだろう。

 妻は躊躇うことなく夫が手ずから用意してくれたと嬉しそうに周囲に語り、娘もパパが作ってくれたと高らかに宣言する。

 

 自分達にも作ってくれないか。そんな依頼が舞い込むまでそれほど時間はかからなかった。

 

 ショウ・タッカーにとっては寝耳に水である。

 何故そんなことになっているのかまるで分からなかった。

 

 妻に促されるまま奥方に合わせたネコミミを用意し、旦那の分も立て続けに仕上げていく。

 

 ありがとう、素晴らしい作品だ!

 

 投げかけられた賞賛の言葉は、彼の心にいいようのない何かをもたらしていた。

 

 

 その後も研究の傍ら、幾度となくオーダーメイドのネコミミを作り上げる日々が続く。

 

 聞けば妻が件の雑貨店と提携して受注生産を請け負ったのだとか。

 彼も流石に売れない研究者では外聞に響くと判断し、その仕事は継続していくこととなる。

 

 そしてネコミミの受注が研究時間に無視できない影響を与え始めた頃、彼の耳に信じられない言葉が届いた。

 

 曰く、取材を申し込みたいと。

 

 ここまで来ると彼は研究者ではなくアクセサリー職人として周囲に認識されていた。

 取材の内容も当然ながら、数少ない高品質なネコミミカチューシャの作り手としてだ。

 色艶に留まらず全体のバランスから装着者に合わせた猫種の選定まで。

 国家資格に指を掛けるほどの生物学者が、錬金術さえ駆使して作り上げる逸品。

 それに迫る代物を作り上げる人物は、他には存在していないのだと。

 

 ここで取材を受ければ、研究者としての自分は死ぬ。

 今まで以上に注文が舞い込めば、既にギリギリである研究時間が確実に擦り切れるからだ。

 

 彼はずっと、研究者として名を馳せたいと考えていた。

 国家錬金術師となるべく研究を重ねたのも、本質的には名誉や賞賛を求めてのことだった。

 

 だが、本意ではないにしろ別の方向から賞賛を受ける日々を送ることになった。

 それは少なからず彼の心に影響を与えていたのだ。

 

 彼は悩みに悩んだ。悩み抜いた挙句、妻に全てを打ち明けた。

 職人として賞賛を受ける今の立場を捨てたくはない、けれど、研究者としても名声を得たいと。

 

「もう国家試験の受付期日、過ぎちゃってますよ?」

 

 妻が苦笑しながら零したその言葉に愕然とした。同時に、どこか爽やかな気分にもなったのだ。

 あぁ、自分は既に、研究者ではなかったのかと。

 試験の日時を忘れてしまうほどに、オーダーメイドアクセサリーの職人として拘り抜いていたのだと。

 

 彼は憑き物が落ちたような笑顔で妻に感謝を告げると研究室に戻り、完成間近の論文を破り捨てた。

 これでよかったのだ。人間を素材にした合成獣など、えっちな本の中だけでよかったのだと。

 

 

 後日、新聞の片隅に掲載された彼の言葉はこう始まっていた。

 好きで始めた仕事では、なかったのだけれど――

 

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