ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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052 アルフォンス・エルリック

「兄さん、ボク、元の身体に戻りたい」

 

 アルフォンス・エルリックは列車の席に腰掛けたままそう呟いた。

 

 身の丈は2メートル近い大男。

 どういうわけかフルプレートを着込み、その外見に見合わない声変わり前の子供のような声が鎧から響く。

 

 彼には生身の肉体が存在しない。

 その身は鎧に刻まれた血の紋に繋ぎとめられた、魂だけの存在だ。

 

 対面に座っているのは彼が兄と呼ぶ小柄な少年。

 彼をこの世に繋ぎとめてくれた、大切な家族。

 鋼の錬金術師。エドワード・エルリック。

 

 それはエルリック兄弟が賢者の石を求めて探求の旅を続ける中の一幕であった。

 

 

 

 錬金術の使える優れた医者が居るらしい。

 旅をしているうちに、そんな噂を耳にすることがあった。

 

 医学に精通した錬金術師であれば、生体練成に関しても知見があるのではないか。

 彼らはそんな期待と共に遥々この地までやってきた。

 

 そしてその期待は、良い意味でも悪い意味でも裏切られた。

 

 まずひとつ目は肝心の術者が留守であったこと。

 これ自体は帰宅するまで待つというだけで済む、ほんの少し間が悪かった程度だろう。

 

 次にふたつ目、かつてダブリスでの修行時代に出会った旅行者と再会を果たしたこと。

 長い黒髪を湛えた小柄な少女が、この地を訪れていたのだ。

 

 大なり小なりと兄弟に対するお約束を済ませ、兄が憤るのも、もはや慣れたもの。

 小柄なのも悪くない。このくらいがちょうどいいって言ってくれる奴もいる、などと満更でもない様子で惚気られたのは初めてのことだったが。

 

 そしてこの地の錬金術師に師事しているという彼女からもたらされた情報が、最大の吉報であった。

 

 賢者の石のレシピなら知ってるぞ。

 

 彼らが旅を始めてまだ幾許もない。

 それまでほとんど進展を見せなかった伝説への筋道が、唐突に舞い降りたのだ。

 二人が歓喜に湧いたのも無理はないだろう。

 

 部外者に教えていいのかどうか分からないという彼女の言葉に二人は研究者として理解を示し、件の術者の帰宅を今か今かと待ちかねることとなる。

 

 元の身体に戻れたら何をしよう。

 そんないつもの話題も、今となっては普段以上に熱を帯びていた。

 教えてもらえない可能性だって残されているし、例え造り方が分かったとしても一筋縄ではいかないだろう。

 だがそれでも、夢物語ではなく現実味を帯びてきたのであれば、お互い語らないわけにはいかなかったのだ。

 

 そして、宿で待つ彼らの元にひとりの女性が訪ねてくる。

 

 その女性はむちむちであった。

 それはもう自走するエロスだった。

 その格好で錬金術師は無理でしょ。そう言いたくなるくらいムチエロであった。

 

「キミがエドワード君かな?お待たせしちゃったみたいでごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる姿すら艶かしいのはいかがなものか。

 間近で顔を覗き込まれている兄が心の底からうらやましい。

 

 だが、それと同時に彼はひとつのことに気付いてしまった。

 

 鎧の身体は、食事を必要としない。

 鎧の身体は、睡眠を必要としない。

 鎧の身体は……えっちなことも出来ないのだということに。

 

 目の前の錬金術師はめっちゃえっちなおねえさんである。

 異様に距離感が近いせいで兄も真っ赤になってわたわたしてしまっている。

 

 だというのに……性的な興奮が湧いてこない。

 慣れない状況に気恥ずかしさこそ感じている。だが、奥底からの、マグマのような情欲が自覚できない。

 自分は12歳。そういったことに興味津々な年頃であってしかるべきはずなのに。

 

 恋愛になんてかまけている余裕がないのは分かっている。

 けれど、意図的にしないのと、そもそも出来ないのでは話が違うのだ。

 

 

 

 そして話は冒頭に繋がる。

 元の身体に戻りたい。今までにない熱意を込めて、彼は決意を新たにした。

 

「だけど……また空振りだったね」

 

 だが、彼女から受け取ったのは、パイの具材として伝わっているという自称賢者の石のレシピ。

 材料に関しても竜のつのやエリキシルなど空想上の代物ばかり。

 しかも本人すら製作したことがないという始末。

 

 これには流石に肩を落とさざるを得なかった。

 

「いや、案外そうでもないかもしれないぜ?」

 

 この身体になって女の子と間違えられたのは初めてだったなぁと女性陣の押しの強さを思い出し始めたところで、彼の兄はそう答えた。

 

「言ってたじゃないか、自分では作ったことがないってな」

「……!そうか!このレシピを教えた人が居るってことじゃないか!それにお弟子さんにもしっかり伝えてる!」

「あぁ。それに賢者の石の製法として見ても、このレシピとやらは相当しっかりしてる。竜は錬金術において完全なる存在のモチーフだ。賢者の石と同一視されることのあるエリキシルも別物として材料に含まれてる。あの人が本当に信じてなかったのか、それともこっちを試してるのかは分かんねーけど、こいつは間違いなく宝の山だぜ?」

 

 幼くして研究者となった二人は、受け取ったレシピを錬金術師の目線で解読していく。

 

「まずは一歩前進、だね!」

「あぁ、絶対に元の身体に戻ってやろうぜ」

 

 最初の一歩から盛大におかしな方向に歩み始めたことに気付くことはなく。

 少年たちを乗せた列車はレールの上を進んでいく。

 

 彼らの進む先にきちんとゴールが存在しているのかどうか、今はまだ誰にも分からなかった。

 




捕捉
 賢者の石のレシピ(ロロナ版)
  竜のつの 2本
  ドンケルハイト
  エリキシル剤

なお注意力の高い天才二人はちゃんと行間を深読みしてくれてます
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