ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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060 ティム・マルコー

 ティム・マルコーは頭を抱えていた。

 悩みの種となったのは、街の住民からいただいたお礼の品だった。

 

 

 彼はかつて軍の下、身の毛もよだつ研究に手を染めていた。

 度重なる人体実験、材料となる人々の断末魔。

 イシュヴァールの内戦で同様に軍の暗部に触れていた医師が漏らしていた、どうして自分は医者なのに人殺しをしているんだという言葉。

 それらは彼の持つ善良な精神を蝕んでいった。

 

 そして、彼は逃げた。

 これ以上の犠牲者を生まないよう、自身の成した研究記録と成果物を強奪して。

 そのまま奈落の底まで堕ちることがなかったのは、彼の本質が研究者ではなく医師だったからなのだろう。

 

 彼はマウロと名を変え、せめてもの罪滅ぼしとして小さな田舎街で医院を開くこととなる。

 患者からたいした金銭も受け取らず、蓄えを切り崩しながら後悔に耽る日々を過ごしていく。

 

 だが、事情を隠しているのもあり、助けられている街の人々はそんな彼に純粋な感謝を向けていた。

 金銭を受け取らないのなら、代わりに新鮮な野菜を、日々の雑貨を。

 独身の彼を気遣ってか、見合い話まで出る始末。

 それほどまでに、小さな街の人々にとってマウロ医師という存在は大きくなっていったのだ。

 

 そして、男衆からエロ本を渡されるという奇想天外な事態まで訪れる。

 下世話な野郎共から渡されたのはアメストリス全土で流行を巻き起こしている世紀のエロ本。

 【むちむち錬禁術師ライザ】と【変態錬禁術師ティムコー】のシリーズである。

 

 彼が頭を抱えることになったのも無理はないだろう。

 

 彼ももういい年であり、性欲を滾らせるような若さは既にない。

 それでも中身を確認してしまったのは本人の律儀な性格か、それとも男としての業なのか。

 

 ティム・マルコーは優秀な錬金術師だ。

 それこそ軍が主導する研究の中核を担うほどに。

 人柱と呼ばれるナニカの候補として選ばれるほどに。

 

 故に。

 

「あぁ……なんということだ……」

 

 紙面の中の変態錬禁術師はキメラと称してネコミミの美少女を練成していた。

 

 ――彼の記憶が刺激される。

 かつて軍の錬金術研究に携わっていた頃に耳にした、人間をベースにした合成獣の練成実験。

 

 また別の本では変態錬禁術師が女の子に蝋を垂らし苦悶の声を上げさせて悦に浸っていた。

 

 ――彼の記憶が刺激される。

 イシュヴァールで実験されていた、火傷と苦痛が人体に与えるデータの採取。

 

 少女の身体に男性器を生やすという内容のモノがあった。

 

 ――彼の記憶が刺激される。

 雌雄合一は錬金術において完全な存在を示すもの。

 よもやこれは賢者の石を示唆しているのではなかろうか。

 

 変態錬禁術師ティムコー。

 錬金術師ティム・マルコー。

 

 その二つが彼の中で結びつく。

 

 そう、これはきっと……暴露本だ。

 軍の暗部をつまびらかにしようという、勇気ある者の描いた代物だ。

 自分が安穏と逃避している最中、戦っている人間もいるのだと気付かされた。

 

 そしてその人物は、自分のことも知っているのだろう。

 ティム・マルコーが決定的な証拠を握っていることも、きっと理解している。

 自身が持って逃げた資料があれば、軍に断罪の刃を向けることすら可能なのだから。

 

 これを描いている誰かは、自分が立ち上がるのを待っているはず。

 田舎街にまで出回っているのだから、もはや上層部が感付くのも時間の問題だ。

 

 だが、それでも。

 

「すまない、逃げ出した私には……すまない……」

 

 隠れ潜んでいる自分を表舞台に上げることを、彼は躊躇った。 

 

 涙を流して謝り始める。

 自分には勇気がない。今の平穏を壊すだけの強さがないのだと。

 

 

 後日、新刊が出たら教えて欲しいと雑貨屋に発注をかける彼の姿があった。

 男共は良いことをしたと胸を張り、奥様方に殴られた。

 

 そして、診療所を訪ねてきた患者から噂が広がることとなる。

 マウロ医師がエロ本を前に頭を下げて泣いていたと。

 

 もしかしたらライザみたいな娘さんが居たんじゃないか。

 そんな噂話は、彼の耳に届くことは終ぞなかったのだ。

 

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