アレックス・ルイ・アームストロング少佐は混乱の最中にあった。
軍を揺るがす大スキャンダルが暴露されてから然程経ってはいない。
そんな中、大総統は上層部に大規模な制裁を下しながらひとつの命を発した。
国家錬金術師の召集である。
最初に彼の脳裏に浮かんだのはイシュヴァールで経験した悪夢であった。
人々の悲鳴、怨嗟、憎悪の声。掌の上から零れていく、無数の民の姿。
彼も知ることとなったこの国の暗部は、決して許されることではないだろう。
だが、あの悲劇をこの地で、国の中枢たるセントラルで起こそうというのか。
中央に居を構えている彼は誰よりも早く大総統の元へと駆けつけた。
「まずは資料を受け取りたまえ」
真意を問いただすためだったのか、あるいは思い留まるよう具申するためだったのか、彼自身にも分からない。
だがデンと手渡された薄い本の山はその思考を中断させるに余りある衝撃を与えたのだ。
山の頂に鎮座していたのは【むちむち錬禁術師ライザとえっちな錬禁術】。
いい感じに服の乱れた女性の描かれたそれは、どストレートに用途が想像できるようなブツであった。
「か、閣下……これは一体……?」
「うむ、非常に頭の痛い話になるのだがね」
曰く、国家錬金術師を集結させるのは暗号の解読のためであると。
そして読み解くべき資料が手元にあるアレでアレな本であるのだと。
「ティム・マルコーも本の著者も雲隠れしてしまっている。見つけ出せたとしても、彼らにしてみれば軍など信用ならん存在だろう。となれば残された資料からその意図を読み解くしかあるまい」
苦々しい表情で大総統が見つめる先にあるのは、やはり【むちむち錬禁術師ライザとえっちな錬禁術】。
軍の暗部は暴かれ、しかし報復を恐れた告発者は地下に潜り、我々軍人が残された資料を基に膿を出し切るべく奮闘する。
状況的におかしなことは何一つとしてないはずだ。
「以前から内偵は進めていたが、このような形で動かざるを得なくなったのは誰にとっても想定外だろう。浮き足立っていた連中はあらかた片付けたが、それが全てである保障もない」
だが【むちむち錬禁術師ライザとえっちな錬禁術】である。
【むちむち錬禁術師ライザとえっちな個人授業】に【むちむち錬禁術師ライザとえっちなキノコの育て方】。
他にも多様なエロスが込められた熱意すら感じるエロ本の数々。
彼にはどう考えても軍を揺るがすスキャンダルの解決に動いているとは認識できなかった。
というかこれ自体がある意味スキャンダラスな光景であった。
「暗号解読の期間はひとまず一ヶ月。また、これは今年度の査定としても扱うものとする。解読できるのが最良だが、それが適わん場合でもそのように報告して欲しい。アメストリス有数の知識人である君たちが揃って暗号などないと結論付ければ、それはそれで安心出来る要素ではあるからだ」
本当に頭の痛い話ではあるのだがな。
そう締めくくったキング・ブラッドレイ大総統の頬に湿布が貼られていることにようやく気付く。
これの準備は妻帯者には辛いだろうというのは独身である彼にもよく分かった。
裸で渡すのは忍びないと用意された紙袋に資料を入れて退出する。
大真面目な話であるのにどこかやりきれない。
心なしか自慢の筋肉も萎れているように感じられた。
「少佐!」
「少佐っ!!」
そして、そんな彼に声をかけてくる者達がいた。
佐官である彼の直属の部下である、マリア・ロス少尉とデニー・ブロッシュ軍曹。
大総統が国家錬金術師に招集をかけた。
そこで命じられる内容というのは、軍人であれば誰にでも思い当たるものがある。
人間兵器と呼ばれることさえある彼を慕い、純粋に心配までしてくれているのだ。
自分にはもったいないほど、よく出来た部下なのである。
「う……む、心配をかけたようだな。閣下より命じられたのは暗号の解読である。戦場に立つことは恐らくないだろう」
そう告げてから、ふと気付く。
自分の部下のひとりは、うら若き女性だということに。
その人物がこれから暗号解読を行う自分の補佐を行うことになるのだという事実に。
目に見えて安堵を浮かべている二人を前に、彼の背には嫌な汗が滲んでいた。
筋肉で解決できないことに対して、彼は無力であった。
「……ロス少尉、国立図書館から資料を借りてきてはくれまいか?医学書……それも……うむ……女性特有の病に関するものが、必要となりそうなのだ」
「はっ、お任せください!」
何の疑問も持たず素直に応じてくれた彼女に若干の罪悪感を感じるが、覚悟を決める時間が欲しかった。
そして残ったブロッシュ軍曹を伴って適当な空き部屋に腰を落ち着け、彼の力を借りることに決めた。
「軍曹……折り入って相談したいことがあるのだ」
「少尉にではなく自分にですか?何なりとお申し付けください!」
元気に応える部下に彼は重々しく頷くと、抱えていた資料を引っ張り出す。
ばさりと紙袋の中身が明かされ、軍曹の目が丸く開かれる。
「これライザの本じゃないですか……あ、そういえばラジオで言ってたのって……」
「うむ、閣下は我らに、これらの本に秘された暗号を解読するように命じられたのだ」
微妙な沈黙が場を支配する。
マジですか?うむ、マジである。
二人が視線で交わした会話はそんなところだろう。
「これを解読するのだと、少尉に上手く伝えるにはどうすればよいのだろうか……?」
「いや、普通に頭を下げるしかないんじゃないでしょうか……?」
国家錬金術師ですら頭を悩ませる難題を打ち明けられた彼は、何も考えずに答えを返すしかないのだった。