紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーは自身を異常者であると定義している。
本質の理解は錬金術においても大前提であり、自身という物質を正しく運用するためにも欠かすことの出来ない要素であろう。
爆発物の爆ぜる音が美しい。
全身を揺らす轟音や建造物の倒壊による地響き、それに巻き込まれる人々の断末魔もまた、彼にとっては官能をくすぐるもの。
異常を異常だと認識できたのは幸か不幸かどちらだったのか。
ただひとつ確かなのは、彼が自分自身を否定することがなかったということだ。
異常者、狂人、大いに結構。
であれば自身の人生は、健常で通常な人々との生存競争であるのだと。
故にそれは必然だったのだろう。
刑務所の中であっても暴露騒動の噂を完全に遮ることは出来ない。
当然ながら人事は滅茶苦茶に乱れ、その穴埋めに奔走するのであればまだいい方。
刑務官の口から愚痴が漏れれば、檻を挟んでいても囚人達の耳にも届く。
曰く、ライザのエロ本で国中が混乱していると。
流石の彼の頭にも疑問符が浮かんだ。
彼が服役する以前から件のエロ本自体は存在していた。
しかし雑貨屋のエロコーナーをわざわざ覗くような人物でもなく、あくまで噂程度に聞いていたというレベルの認識であった。
国家錬金術師として従軍していた彼にも当然ながら部下は居た。
だが表面上取り繕う程度の付き合いしかなかった相手とエロ本談義をするはずもなく、彼自身がそれを確認することは今までなかったのだ。
そしてそれが、数年に渡りシリーズの冊数を増やしたそれらが、目の前に山となって積まれていた。
暗号を解読せよと、大総統直々の命令である。
控えめに言って意味不明である。
自分が服役している間に一体何が起きたというのか。
ホムンクルスとは人間を超越したこの国の影の支配者ではなかったのか。
全く以て本当に、どんな歴史を辿れば大真面目にエロ本を解読する羽目になるというのだろうか。
「……まあ、愚痴を言っても仕方がありません。仕事に取り掛かるとしましょう」
そうしてざっと目を通すことしばし。
山の底に沈んでいたソレが彼の目に留まることになる。
【むちむち錬禁術師ライザと変態錬禁術師ティムコー】
人間の尻から魂を抜き取るという、もはや常人であれば理解を拒むような内容を確認した彼は、喉の奥から出る笑い声を抑えることができなかった。
「くっくっくっ……なるほど。いやはや、確かにこれは無視出来ませんね。彼らが躍起になるのも納得というものです」
賢者の石の造り方なら彼も識っている。
表現の差はあれ、紙面に描かれているのはまさにソレだ。
同時に今になって自身の知恵を使おうと考え始めた理由もよく分かる。
人間を見下し、資源としか見ていない連中が、低俗な艶本など嗜むわけもないのだから。
今頃大慌てで資料という名の薄い本を精査しているのだろう。
そこには何も記されていないことにさえ気付かずに。
狂人の洞察力というのは計り知れないものがある。
彼ははっきりと感じ取っていた。
この狂気の産物のようなエロ本から、偏執的とも言える作者の情熱を。
この本を描いた人物は、紛れもなく、これを性的興奮が得られるモノとして描いている。
そこに妥協などなく、暗号だの暴露だの、余計なものなど一切含まれていないのだ。
全く以て、面白い。
常人との闘争になると考えていた彼の人生に、別の狂人が割り込んで来ようとは。
ただ監獄の中で機を待っていただけの彼の手に、キャスティングボートが舞い落ちて来ようとは。
陣営は大きく分けて三つ。
ホムンクルス陣営と、彼らと敵対しているグリードなる人物の軍勢。
そして何も知らない表側の軍人を含むアメストリスの人間達。
流石に偶然吊るし上げられただけのエロ作家など、組織として考えるに値しない。
彼が暗号などないことを示せば、ホムンクルスたちは数百年の英知を以て、グリード一味を絡め捕る準備を始めるだろう。
彼が何もしなければ、グリードは百年の計略を以て、見当違いに注意を向けているホムンクルスたちの脇腹を抉り取るだろう。
あるいはその腑に収められた賢者の石を以て、アメストリスの軍人として脅威に立ち向かうのも不可能ではないだろう。
あぁ本当に。
全く以て面白い。
「ま、仕事は仕事です。彼らを納得させるプレゼンを用意せねばなりませんね」
そこで一切の反芻を行わないのが彼が狂人たる由縁だろうか。
彼が取り掛かるのは、当初の通りの指示された仕事。
既に出ている暗号などないという結論を上役に納得させるため、彼は全力を持って仕事に励むだろう。