ティム・マルコーによる暴露を聞いていたのは国内の人間だけではない。
アメストリスは軍事国家であり、今この時も国境線では血みどろの戦争が繰り広げられている。
周辺国家が諜報員を送り込むなど当然の采配であるし、偶然立ち寄っているだけの外国人もいるだろう。
リン・ヤオのように、目的を持って密入国しているような者も、国内には確かに存在する。
シン国第十二皇子は継承権争いを勝ち抜くために、伝説の遺物である賢者の石を求め、錬金術大国であるアメストリスまで遥々足を運んでいた。
そしてその目的は、軍の暗部がラジオで暴露されていたことにより、明確な方向性を獲得することになる。
語られていた中に完全なる存在を示す言葉があったのを彼らは聞き逃さなかった。
錬丹術においてそう評されるのは彼らの求める伝説の遺物。
実態は軍で精製されていたという、非人道的な研究の末に作り出された悪魔の至宝。
だがそのような代物であっても皇帝の関心を引くには十分であり、なおかつ軍が保有していることから所在さえもある程度予想が立てられる。
軍の実験場とされ滅んだイシュヴァールなる部族に、思うところがないわけではない。
だがその犠牲になった人々の重さであっても、彼にとって一族の者たちと釣り合うものではない。
渡りに船とはこのことであり、あとは混乱の続く軍からソレを盗み出すだけ。
当然軍も警戒しているだろう。それがどれほど困難かは想像に難くない。
だが、あるかないかも分からない伝説を追い求めるよりは遥かに現実的だ。
あるいはその暴露の内容が記されているという書籍を持ち帰ってもいい。
ここまで騒動になっているのであれば、書店から姿を消すのも時間の問題だろう。
石の奪取を諦めるつもりはないが、確保するのは早い方がいいはずだ。
順当に考えるならまずは書籍を確保しておき、そこに記された情報から忍び込む先に当たりをつけるのが最良だろうか。
かくして、一族を導く若き王者は方針を固める。
「ランファン、ラジオで言っていた本を探してくれ。暴露騒動なら民衆が買い求めて人だかりが出来ているはずだ」
「はっ!」
不幸だったのは彼らの出身がアメストリスではなかったことだろう。
両国では使用されている言語が異なり、彼もその部下もアメストリス語を学んではいるが、完璧ではない。
「【むちむち錬禁術師ライザと変態錬禁術師ティムコー】……訛ってはいるが錬禁術は錬金術、この国の錬丹術だろう。ライザとティムコーは人名。だが【むちむち】に【変態】……これはどういう意味だ?」
「国家錬金術師なる者は国から称号を与えられると聞きます。【むちむち】と【変態】がそれに当たるのではないでしょうか?」
つまるところ、エロ本でしか使われないような淫語がどのような言葉で表現されているのか、彼らは知らなかった。
暴露に用いられた書物がどのようなものなのか、ラジオから流れてくる不確かな言語での情報では精査できなかったのだ。
「完全なる存在を示すのは【ふたなり】……女性の肉体に【OCHINCHIN】を……まずいな、分からん言葉が多過ぎる。辞書のひとつでも持ってくるべきだったか?」
「若、書物の解読は国に帰ってからでよろしいかと。我らも錬丹術に関しては門外漢、今は石を手に入れることに集中すべきでしょうな」
残った男二人は手持ち無沙汰に手元にある情報から本の内容を予想する。
ラジオの情報でも不明瞭な部分は多かった。やはり錬丹術と言うべきか、専門的な用語が多く使われていたのだろうか。
だが辞書でもなければ言葉の壁が簡単に埋まることはなく、錬丹術……延いてはシンの情報が意図的に排除されているこの国では対応する辞書など見つかるはずもなく、あったとしてもエロ本で使われるような用語にまで対応しているかは謎であった。
彼らは総じて能力が高かった。
異国の地に一族の命運をかけて密入国してくるくらいには高かった。
一度だけ耳にした【むちむち錬禁術師ライザと変態錬禁術師ティムコー】も【変態錬禁術師ティムコー ~ふたなり少女のつくりかた~】も、オウム返しに繰り返す程度であれば記憶することが出来てしまった。
目的のためには時として情を排さねばならない。
彼らはそれが意味するところを遠からず理解することになるだろう。
意味は分からなくても本のタイトルなのだから店で聞けばいいのだと。
シンの皇子は護衛の女の子にエロ本を買いに走らせたのである。